ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2010年12月11日
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 ガッツに溢れたロックン・ロールが好きである。意気地なしの自分に喝を入れられたような気になるからなのだったが、それはいつだって、めそめそ悩んでろよ、くそ野郎、いじけたいだけの奴なんて知ったこっちゃないし、憂鬱なんて何の役にも立たねえんだ、という強烈な一打をパワフルなサウンドに乗せて寄越す。結局のところ、フィンランド出身の3ピース・バンド、SWEATMASTERに求めたくなるのもそこなんだよな、と思う。この『DIG UP THE KNIFE』は、通算4作目となる彼らのフル・アルバムで、もちろんのこと本質は以前と同じく、ソウルフルなガレージ・ロックを大音量で響かせる。ベースの太いラインがぶいぶいうなり、ドラムのリズムは非常にタイトで、キャッチーなフレーズに強弱を託していくギター、そしてこの、コブシがききまくっているというほどにパワフルなヴォーカルこそがSWEATMASTERであろう。力尽く、持って行かれるものがある。ただし、07年の前作『ANIMAL』に比べ、スロー・テンポやミドル・テンポのアプローチが印象的になってきたようにも感じられる。いや、楽曲のスピード自体はことさらダウンしていないのだけれど、エモイッシュな展開やドラマティックなパートが以前にも増して強調的になっているためだ。衝動性のレスポンスよりも肝の据わったグルーヴが色濃くなっているのだったが、この手のアーティストにおいては、キャリアを積むにつれ、カントリーやブルーズへの接近を果たしながら本格派の黄昏を歩み、哀愁を帯びていく傾向が強いなか、それとは別種の成熟を試みているのが頼もしい。ハイライトに挙げたいのは、やはり、5曲目の「TURNOVER」である。過去のタイプでいえば「I AM A DEMON AND I LOVE ROCK 'N' ROLL」の流れを汲むような、これぞ正しくSWEATMASTERならではのアンセムであって、生き生きとしたスウィングの魅力、痛快なハンド・クラップに胸はずむ。くじけてしまうことも、情けなく小さくまとまることも、くだを巻くしか脳がないことも、まったください。ガッツに溢れたロックン・ロールをもう一回あるいは何度も何度も好きにさせる。

 『ANIMAL』について→こちら
 『TOM TOM BULLET』について→こちら 

 バンドのオフィシャル・サイト→こちら
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2010年11月28日
 CHANGE UR WORLD(初回限定盤1)(DVD付) CHANGE UR WORLD(初回限定盤2) CHANGE UR WORLD

 ああ、やはりKAT-TUNを補えるのはKAT-TUNだけなのであって、何人たりとも彼らの替わりにはなれやしねえんだ。性急でいてパワフルなビートがそうさせるのか、あるいはヘヴィ・メタリックなアプローチがこのグループに最も似つかわしいからか、通算13枚目となるシングル「CHANGE UR WORLD」は、前シングル「Going!」に漂っていた躊躇いを見事に吹っ切っている。正しく会心の一撃であろう。

 今を生きろ、と言うのは容易い。だが、今を生きる、これを繰り返し続けるのはとても難しい。しかし、結局のところ孤独な自分の運命は自分にしか変えられないのだし、それは常に、今をいかに生きられるか、にかかっている。激しいハード・ロックを盾に〈テキトーな嘘でバックれて / ありえねーウソ並べたって / 世界 / 変えられやしない…〉ので〈ギリギリでいつも生きていたいから〉と歌い、デビューしたKAT-TUNが、そこからさらにアップデートされたマシンで高速域を駆け抜けるかのように〈U CAN CHANGE UR WORLD 煌めきを / もう逃さないよ / COME WITH ME この世界を / 変えてみようか / 今 / 手を / 空へ / 足跡は刻まれる / 全ては / この手の中〉と今もなお歌い続けるさまには、決して目減りしないエネルギーが宿されていると思う。

 とにかく強烈なのはバックのトラックである。だいたいこの、スピード・メタルを参照しているんだかハードコア・テクノを参照しているんだかよくわからないまま、ただただアッパーに刻まれていくリズムは一体何なのだ。ヘッド・バンギング調のギターやトランシーなシンセサイザーの響きと相まって、必ずしも趣味が良いとは言い難い。にもかかわらず、本来なら下世話でいて破廉恥なはずのそれが、伸びやかなヴォーカルのメロディと化学反応を起こしながら、絡み合い、愚直さを踏み越えるほどにポジティヴで力強いセンセーションを実現しているのだから、恐れ入る。

 そして、バックのトラックに負けじと息巻く田中くん(JOKER)のラップ・パートだ。これがある意味では「CHANGE UR WORLD」最大の決め手だろう。かねてよりKAT-TUNのアンセムに欠かすことのできなかったそれであるが、ここでは曲中のブレイクを果たすのみではなく、さらに扇情的なフックとなりえている。ヴォーカルの面において、現在の5人編成は、いくら各々のふんばりを認めようとも、オリジナルのラインナップと比べたとき、少々出力に不足があるのを隠せない。仕方がないのである。しかし、田中くんのアジテーションがそれを肩代わりした、というのでは語弊があるので、なるたけ正確を期したいのだけれども、低い声でドスを利かせたラップが、全体のなかで大きなアクセントとなり、ヴォーカル・パートにもうちょっと厚みが欲しいところを、ひっくり返し、清々しくもフレッシュな印象に変えているのだった。

 いずれにせよ〈低脳 / 手と手を合わせPRAYしろ〉という攻撃的なフレーズが音楽番組などで堂々炸裂していたのは痛快であったし、〈FLY HIGH SOLDIERS / (WOW)WE'RE SOLDIERS / (WOW)LIKE A SOLDIER / (GO HOME)お帰んなさい / (欲の)亡者 / (ただの)傍若無人なGAME〉と韻を並べたクライマックスの男伊達ときたら。爽やかさのなかに無骨な態度を覗かせる。

 田中くんのラップ終わり、激しさが一旦止む。しかしてそれをバネに再度の盛り上がりが生じていくのだったが、ここだ。ここで上田くん、田口くん、田中くん、中丸くん、亀梨くんと、次々にスポットライトが移っていく展開は、KAT-TUNという個性の内訳を明確に教えてくれる。とくに〈今 / 手を / 空へ / 限界を超えてゆく〉と中丸くんがキーをハイに入れるのを受けて〈CHANGE UR WORLD〉と亀梨くんがシャウトするその声は、か細さのなかに目いっぱいのエモーションを張り詰めさせていて、取り返しのつかないことを取り戻そうとするのがたとえ無駄だとしてもそうせずにはいらない、抑えきれないぐらいの切実さをこちらの胸に突き立てる。うまいへたとはべつのレベルで、きりりと引き締められるものがある。

 かように「CHANGE UR WORLD」は豊富なトピックを持っているのだけれど、いやいやカップリングに収められた他のナンバーにしたって、どれもがタイトル・トラックに劣らないほどのインパクトを有しているのが、まあ一言で言えば、やったね、なのである。初回限定盤2の2曲目、田中くんのラップで幕を開ける「REMEMBER」は、アレンジのみならず歌詞も含めて、80年代のスタジアム・ロックを彷彿とさせる。時代錯誤だと思うかい。おそらくそうではないだろう。そうではなくて、海外の若いハード・ロック・バンドにも同様の傾向がうかがえる00年代以降の流れをきっちり受け止めているのだと考えられたい。そしてそれが、こうもジャストに決まっているアイドルがKAT-TUN以外のどこにいるっていうんだ。

 同じく3曲目の「ニートまん」は、上田くんのソロ・ナンバーで、すでにMOUSE PEACE名義のコンサートで披露されていた。ヴィジュアル系にも似たソリッドさとアニメ・ソングみたいなハイ・テンションを併せ持ちながら、(・∀・)こうしたAAを多用し、働きたくないよ、と夢想をオープンにしているのが、ひじょうにキュートであるし、痛快だ。作曲に、声優関連の楽曲でも仕事をしている黒須克彦が関わっていることから示唆的なとおり、間違いなく意識的にインターネットやオタクの文化圏へアクセスを試みている。

 NTT presented by Junnosuke Taguchiとクレジットされた4曲目の「GIRLS」は今回、裏のハイライトと呼ぶに相応しい。NTTとはずばり、中丸くん、田中くん、田口くんの3人の頭文字をとったユニットである。田口くんが指揮をとり、ダンサブルでエレクトリックな高揚感にラップをメインで搭載し、ぶっちぎりのパーティ・チューンが繰り広げられるのだったが、これがもう、田中くんと中丸くんのヒップホップ・サイドにおけるスキルを存分に味わえるのがたまらなく。田中くんが〈振り回せ (Boom!Boom!) ここバビロンcity / Raga song 踊らにゃ損 / 踊るAho! に見るAho! 踊れAho!〉とけたたましいフローを効かせれば、中丸くんは〈HBB Look at Me! Me!/ かなりHigh俺らNTT / やれるもんならPull upさせてみな〉といった具合に血気の盛んなヒューマン・ビートボックスを聴かせる。どちらにもKAT-TUN本体ではなかなか顕在化しないスリルが満ち溢れているのが嬉しい。無論、それらの特性を自分のフィールドに持ってき、すばらしくまとめ上げた田口くんの辣腕を忘れてはならない。三者三様、スタイルもアピールも異なった3人によって織り成されるコントラストは、確実に体温をアップさせる。まるで腕を掴まえられて、引っ張られ、次のとおり誘われている。〈俺らのPaceに / 置いてけぼり?/ って下らんノリって気付きなさいな / もう懲り懲りって言い訳並べず / 心の檻ってぶち壊すもんじゃありませんか?〉

 以上のフレーズは田中くんによるものだが、「CHANGE UR WORLD」はもとより、「GIRLS」ばかりではなく、他のナンバーも含め、そのラップが以前にも増してヴァリエーション豊かとなっている点に、KAT-TUNの現在と今後が占われている気がしないでもない。少なくともそれは「Love yourself〜君が嫌いな君が好き〜」後の混乱を経て訪れた「Going!」から「CHANGE UR WORLD」への変化と符合しているのである。

 たとえば、通常盤の2曲目にあたる「GIVE ME, GIVE ME, GIVE ME」でも田中くんのラップは、グループ自体の足どりと同時進行上に新たな存在感を得ている。「Love yourself〜君が嫌いな君が好き〜」以降、特徴的となっていたオートチューン・ポップスの路線は「GIVE ME, GIVE ME, GIVE ME」に受け継がれた。JUJUや加藤ミリヤ、西野カナなどのプロデュースで知られるジェフ・ミヤハラが作曲を担当しているのだけれども、メロウに濡れそぼったフィーリングは、なるほど、それらのアーティストから連想されるものと大きくかけ離れてはいまい。一方で、しっとりとしたスロー・ナンバーであるにもかかわらず、ギターのリフがぎゃんぎゃん鳴り、重量級のリズムがずしんと響く、こうしたアレンジに対し、さも当然のごとく、せつなかっこういいモードを全開にしているのが、とてもKAT-TUNらしいし、またここではZEEBRAばりの凄みではなく、KREVA寄りの柔らかさで、悲しみと優しさの中間点を手探り、綴っていく田中くんのライムが、タイトルどおりに〈GIVE ME GIVE ME GIVE ME GIVE ME ONE MORE CHANCE〉と重ねされていくコーラスをさらに印象深くしている。

 ところで田中くんの話を続けたいのだったが、通常盤3曲目の「NEVER×OVER〜「-」IS YOUR PART〜」において、従来のJOKERではなしに田中聖の名義で作詞にクレジットされているのは、楽曲の特性を考える上で意外と重要に思われる。メンバーの紹介をリレーするという、まあSMAPでいえば「Five True Love 」や「FIVE RESPECT」に近しい位置づけのナンバーである。その制作に、JOKERと田中聖のパーソナリティを使い分ける彼が、あくまでも後者を選び、関与しているのは、KAT-TUNのTであることの明確な意思表明にほかならない。各々のソロ・ナンバーをリミックスし、高速のビートで繋ぎ、メドレー化したバックのトラックは、ひじょうに効果的でいて、中丸くんから亀梨くん、亀梨くんから田口くん、田口くんから田中くん、田中くんから上田くん、上田くんから中丸くんへ、手渡されたバトンをマイクに変え、KAT-TUNのイニシャルを循環するヴォーカルには、紛れもなくこのグループの現在が印されている。

 そう、そして未来はまだわからない。〈READY「K」 CARRY「A」 FOLLOW「T」 MORE「T」 WOW WOW CALLING「U」 HURRY「N」 WOW WOW〉と繰り返しながら歌われるなか、しかし運命は常に開かれていることが〈FOREVER... WE NEVER GIVE UP THE DREAM 「FOREVER... WE NEVER GET AWAY」〉というメッセージに、そのために今を生きなければならないことが〈WE NEVER OVER「OVER」 WE NEVER EVER CHANGE「WOW YEAH」〉というメッセージになり、託されているのだと信じられる。

・その他KAT-TUNに関する文章
 『NO MORE PAIИ』について→こちら
 「Going!」について→こちら
 「Love yourself 〜君が嫌いな君が好き〜」について→こちら
 『Break the Records -by you & for you-』について→こちら
 「RESCUE」について→こちら
 「ONE DROP」について→こちら
 「White X'mas」について→こちら
 『KAT-TUN III - QUEEN OF PIRATES』について→こちら
 「DON’T U EVER STOP」について→こちら
 「LIPS」について→こちら
 「喜びの歌」について→こちら
 『Cartoon KAT-TUN II You』について→こちら
 『Live of KAT-TUN “Real Face”』DVDについて→こちら
 「REAL FACE」について→こちら

 DVD『KAT-TUN LIVE Break the Records』について→こちら
 DVD『KAT-TUN LIVE TOUR 2008 QUEEN OF PIRATES』について→こちら

 コンサート『KAT-TUN LIVE TOUR 2010 PART2:WORLD BIG TOUR』(2010年・東京ドーム)
  7月24日の公演について→こちら
  7月17日の公演について→こちら
 コンサート『KAT-TUN LIVE TOUR 2010 公開リハーサル』(4月28日・さいたまスーパーアリーナ)について→こちら
 コンサート『不滅の10日間ライブ KAT-TUN TOKYO DOME 2009』(09年・東京ドーム)
  6月15日の公演について→こちら
  5月22日の公演について→こちら
  5月18日の公演について→こちら 
 コンサート『KAT-TUN LIVE TOUR 2008 QUEEN OF PIRATES』(08年8月5日・東京ドーム)について→こちら
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2010年10月06日
 LIVE(初回限定盤)(DVD付) LIVE

 NEWS、通算4枚目となるフル・アルバム『LIVE』は、たいへん聴きどころの多い作品だと思う。反面、パンチの弱さのようなものをどこかしら感じてしまうのであったが、しかしそれこそがこのグループのカラーであったとすれば、正しくNEWSじるしの佳作にほかならない。無論、熱心なファンにしてみたら、これは必ずしも肯定的な意見とは受け取れないかもしれない。けれど、何を差し置いても、ポップスとしての強さ、そして勢いやノリに任せた姿勢で取り組まれては台無しになってしまうそれに対し、派手さではなく、地力の高さ、メンバー各人のポテンシャルとその総和をもって、見事に応えている。じんわりと胸に響いてくるようなエモーションを与えているのである。

 確かにアルバムは「恋のABO」のアッパーなディスコでペダルを踏む。タイトル・チューンでもある「LIVE」のファットなロックで大きな車輪が回り出す。そのほかにもジャニーズならではのきらきらしたシーンは多い。だが個人的には、いつかへの郷愁をミディアムに綴った5曲目の「秋の空」や、先立ってシングル・リリースされていた9曲目の「さくらガール」、ヒルクライムが楽曲を提供した12曲目の「内容の無い手紙」、初回限定盤においてはラスト・ナンバーとなる13曲目の「エンドレス・サマー」などの、等身大のイメージを生きているかのような楽曲にはっとするし、実際、そこで聴かれるヴォーカルの、まっすぐにまっすぐと伸び、あれだけ遠かった過去や未来にもじきに手が届いてしまいそうなしなやかさこそが、他のグループとの明らかな差別点になっている。

 いやいや、おまえは単純にヒロイズム(ソング・ライター)の関わったナンバーが好きなだけなんじゃねえか、と言われたら、ああ、まあ、そうだろうね。先に挙げたうち、「秋の空」「さくらガール」「エンドレス・サマー」の3曲に、作詞や作曲でヒロイズムのクレジットが入っている。嵐との仕事で知られる吉岡たくが、いかにもなアレンジをリズムに加えた8曲目の「ワンダーランド」だってヒロイズムの作であり、じつはそれも好きである。ただ、そうしてうかがえるのはNEWSというグループとヒロイズムが寄越した楽曲の相性の良さにほかならない。初期の頃はともかく、現在のNEWS、つまりはさまざまな経緯を得、次第に成熟をまといはじめた彼らにとって、ヒロイズムの手がけたセンチメンタル、損なわれたもののなかから黄昏を取り出し、後悔を希望に変えていく素振り、前向きであろうとする印象のメロディを、メンバーが達者にリレーし、熱っぽく、ユニゾンのコーラスへと結びつけていく様子は、それだけでもう十分な個性になりえているのだ。

 けだし「エンドレス・サマー」は出色であろう。バンド・サウンドの後ろにストリングスを置いたさわやかなポップスである。やはりヒロイズムが作曲、前作『color』のハイライトを飾った「FLY AGAIN」に通じる感動を持っているが、バラード・タイプのそれとは違い、アップ・テンポな響きをたたえているところが、とくに好ましい。そりゃあ、かつては〈はみだしたまま・生きていけると・大袈裟に言ってみたけど・大胆なほど未来はすぐに変わらなかった〉のであって〈追いかけるたびに遠ざかってく・虹のようなあの日々は・輝きだけを胸に残し・終わりを告げた〉のだったが〈まだ夢に夢見た季節がここにあるから・僕らは行くよ・もう一度輝く自分を探す旅〉に出るのは〈やがて僕らがありふれた大人になっても・扉はいつも・きっと・あの夏に繋がっているから〉なのだと、こういう心象はおそらく、誰のなかにも小さく燻り、あるいは眠り続け、起こされるときを待っている。それをやさしくキックし、たとえめいっぱいの努力が挫折や敗北にしか行き着かなかったとしても決して無駄じゃない、無駄じゃないんだぞ、思わず明言したくなるぐらいの勇気を与えてくれる。

 ヒロイズムのソング・ライティング以外では、すでに述べたとおり、「内容の無い手紙」が、いや、まんまヒルクライムじゃんね、これ、ではあるものの、パート分けされたラップ調のフレーズにおいて、各人の歌唱スタイルが如実となっており、存外、個人戦の様相を呈している。そこに強い強いフックを求められるのが良い。そしてもう一つ、NEWSやテゴマスの諸作と縁深いzoppが作詞、11曲目の「D.T.F」にも名前を見つけられる大智が作曲を担当した6曲目の「2人/130000000の奇跡」を、『LIVE』のハイライトとして挙げたい。ハードなギターの鳴り渡るナンバーなのだけれども、基調をなしているのは明るく跳ねたキーボードの旋律である。疾走感がある。せつなさが駆ける。次のようなキャッチーなリフレインに、破れてもなお瑞々しい恋心が宿る。〈2人/130000000の奇跡・なのに・こんなにも簡単なの・「ずっと一緒にいようね」って・君は笑ってた・じゃあなんでさ・こんなにも胸が痛い・もう壊れちゃいそうだ・I want you I need you I miss you My love・Forget you Good-bye? I don't wanna do it〉

 それにしても通常盤の14曲目に収められた「share」は、メンバー6人が作詞作曲したナンバーで、すでにファンのあいだでは知られ、待ちに待ったスタジオ・ヴァージョンには違いないのだったが、端整なディレクションによって親しみがこぼれ落ちるほどの臨場感が制御され、あくまでも「恋のABO」のシングルで聴かれるライヴ・ヴァージョンに比べてしまうから、の話になるのだけれども、カタルシスの部分に弱さが出てしまっているのを少々残念に思う。

・その他NEWSに関する文章
 「さくらガール」について→こちら
 「恋のABO」について→こちら
 『color』について→こちら

 コンサート『LIVE!LIVE!LIVE!NEWS DOMEPARTY』(2010年9月28日・東京ドーム)について→こちら
 コンサート『NEWS WINTER PARTY DIAMOND』(2008年12月30日・東京ドーム)について→こちら

 テゴマス・コンサート『テゴマス1stライブ テゴマスのうた』(2009年8月5日・国立代々木競技場第一体育館)について→こちら
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2010年09月29日
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 やっぱり、安定した歌唱力、がこのグループのキーなんだよな、と、昨日(28日)東京ドームで行われたNEWSのコンサート「LIVE!LIVE!LIVE!NEWS DOMEPARTY」を観ながら思ったのであった。ニュー・アルバム『LIVE』を引っ提げてのツアーになるわけだが、ダンスや演出を派手に決め、観客の度肝を抜くというよりも、ヴォーカル・パートの充実した楽曲を次々に披露、それを足がかりに全体のエンターテイメント性が高められている、かのような印象を持っているのである。

 いや確かにオープニング、アリーナの中央に設置されたステージ、方々に置かれた6つの球体が割れ、そこからメンバーが、どどん、と登場してきたときのインパクトは、ひじょうにでかい。でかかった。そして「恋のABO」である。アップ・テンポなダンス・チューンに、心躍るし、体揺れるだろう。だが、繰り広げられるアトラクションはさほど凝っているとは言い難い。基本としては、楽曲中心主義的なパフォーマンスで会場のテンションをアップさせていく。2曲目のアンセム「weeeek」にしてもそれは同様だ。ライヴならではの悪のりを加えながら、あくまでもそのやたら高性能なミクスチャー・ロックの魅力を、最大限に生かし、生かすことで、NEWSというグループのコントラストを鮮やかに描き出す。

 序盤、四季折々のコンセプトをもって「さくらガール」(春)「SUMMER TIME」(夏)「紅く燃ゆる太陽」(秋)「星をめざして」(冬)のシングル群がオンパレードされる。バックのサウンドは、総じて録音されたものを使用しているにすぎないのだが、打ち込みが主体であること、それが床を伝わってくるほどのヴォリュームで鳴らされているため、胆の太いグルーヴが体感される。無論、そのなかで各人のヴォーカルが各曲に与えられたエモーションを熱っぽく再現していくところに、ここぞ、とばかりのクライマックスが宿されているのである。美しいレーザーライト、メンバーがリフトに乗り、高く上がった場所で歌い上げられる「星をめざして」のロマンティックさ加減ときたら。

 新作からの「Dancin' in the Secret」を間に挟み、ソロ・コーナーへと入る。まずはテゴマスだ。象の仕掛けにまたがり「僕のシンデレラ」を。降りて「夜は星をながめておくれ」である。言うまでもないことだったが、やはりこの二人のヴォーカルは侮れねえ。掛け値なしに、うまい、と思える。グループ全体のナンバーにおいても、手越くんと増田くんが果たしている役割はとても大きいのだけれど、これだけの実力があればさもありなん、だろう。堪らず、しんみりとする。一転、コメディ・パートを引き受けたのは小山くんと加藤くんのコヤシゲ・コンビであった。ほとんどストーリーをなしていない歌詞の「言いたいだけ」は、ユーモラスな曲調は当然、その中間に置かれたトークも相まって、最高に笑えた。

 しかしこの愉快な空気のあとに、『LIVE』アルバムのハイライトでもあり、少年時代への郷愁が感動的な「エンドレス・サマー」を持ってくるかね。もっとも期待していた楽曲であっただけに曲順にもったいなさを覚えた。ともあれ、「エンドレス・サマー」で再びメンバーが合流し、新旧織り交ぜたセット・リストが続いていく。「秋の空」のセンチメンタル、「BE FUNKY!」の果敢なガッツに、胸が痺れる。

 はたして錦戸くんはソロ・コーナーで何をやるのかしら。アコースティック・ギターを片手に現れた彼の場合、スケジュールが忙しく、準備は万端ではなかったのか、コヤシゲのようなギミックはまったく用意されていないようであった。と、まさか関ジャニ∞の「LIFE〜目の前の向こうへ〜」を弾きはじめ、歌い出したときには、おおこうきたか、と驚いたのだが、結局のところそれは触りでしかなく、本題はジャニーズ・グランジのギター・ロック「code」だ。これまでのツアーでもさんざん演奏されてきた楽曲だから、熱心なファンからすれば、またかよ、な部分もあろう。しかし個人的には大好きな一曲なので、とにかく聴けたのが嬉しい。最初、アコースティック・ヴァージョンでプレイされていたそれは、途中からQuestion?がバックに加わり、オリジナルに近しいバンド形式へと姿を変える。ダイナミックな展開、ハードなトーンのギター、そして印象的な次のフレーズ。〈君を彩る全ての要素を・僕が守ってみせよう・何があっても傍にいよう・君が悲しむ全ての要素は・僕が奪うから・ありったけの・愛を・愛を・愛を〉

 そのまま錦戸くんの紹介を受け、6人全員でマイクを握るのは、ヒルクライムが楽曲を提供した「内容の無い手紙」である。これも好き。ラップ調のヴォーカルをリレーし、せつない恋心が叙情される。

 さて。NEWSは今年で結成7周年に達した。その旨をアナウンスし、やはりラップ調の「Happy Birthday」である。なるほど、ヒルクライムのあとにSEAMOのナンバーが続くわけだ。そして過去の映像をバックのスクリーンに映しながら、デビュー曲の「NEWSニッポン」で、大盛り上がり。初期の代表曲である「チェリッシュ」を経、山下くんが自らのソロ・ナンバー「One in a million」で、その類い希なる存在感をアピールする。今回のショーにおいて、もっとも激しいダンス・シーンはここではなかったろうか。エレクトリックなビート、ライティングの眩さも断トツであったように思う。むしろ、そういう派手さがNEWS本来の持ち味とは別個のものであることを逆説的に知れたのだった。

 気球などのアトラクションを駆使、一通り代表曲をこなしたところで、メンバー全員が作詞した「share」の感動によって、コンサートはエンディングを迎える。〈すれ違いゆく風の中で・僕らはなぜ出会えたんだろう・同じ星が今見えるなら・僕らはただそれだけでいい・Just only stars… just only stars… Just only stars blinking always breathe in us〉というコーラスが正しく、一期一会の、千載一遇の、奇跡のような、宝物のような瞬間が、今ここにあって、それが散り散り、離れ離れ、別れ別れになっても、必ずや背中を押し、励ましてくれることの願いを高らかにする。

 山下くんのタキシード仮面や手越くんの女装(もはや恒例であろう)まで飛び出したアンコールを含め、前回からひさびさに観られたNEWSは、彼らがNEWSであることの本領を、余すところなく発揮し、またいつか会える日を大きく期待させた。

・その他NEWSに関する文章
 「さくらガール」について→こちら
 「恋のABO」について→こちら
 『color』について→こちら

 コンサート『NEWS WINTER PARTY DIAMOND』(2008年12月30日・東京ドーム)について→こちら

 テゴマス・コンサート『テゴマス1stライブ テゴマスのうた』(2009年8月5日・国立代々木競技場第一体育館)について→こちら
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2010年09月26日
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 なるほど。これが上田竜也という美学の魅力かあ。抜群の、かっこうよさ、と、かわいらしさ、の相反する二つの要素が分かちがたいまでに同居したステージは、事前に予測していた以上の、ときめき、をもたらしたのだった。昨日(9月25日)は、国立代々木競技場第一体育館に、彼のソロ・コンサート「MOUSE PEACE uniting with FiVe TATSUYA UEDA LIVE 2010」を観に行ってきたのである。

 上田くんは姿を見せぬまま、まずはオープニング・アクト的にFiVeが自分たちのオリジナル・ナンバーをプレイするところから、「MOUSE PEACE uniting with FiVe TATSUYA UEDA LIVE 2010」の幕は開く。出だし、中江川くんのヴォーカルが少し不安定であったものの、上里くんのベースと牧野くんのドラムがつくり上げていくグルーヴは、いつも通り、盤石、その厚みのある演奏で、会場に火を入れ、暖める。楽曲の特徴として、RADWIMPSほどウィットに富んでいるわけでもなく、The Mirrazほどに皮肉が効いてるわけでもないし、ONE OK ROCKほどのアグレッシヴさを持ち合わせているわけでもないのは、やはり惜しいのだが、上述したリズム隊の活躍、そして石垣くんのキーボードによって差し込まれるハード・ロックふうの華麗なフレーズには、正しくこのバンドならではのポテンシャルがある。無論、中江川くんの弾くギターが、ブルージィにもグランジィにも歪んで、響き、FiVe印のグルーヴにより強力なパンチを与える。4曲ほどでFiVeがいったんステージを下がると、さあ、いよいよ自身のユニットMOUSE PEACEを率いる上田くんの登場だ。

 オープニングからして凝っている。外国人の少女が、夜の森をさ迷い、やがて老紳士に出会い、心優しき主人が待つという城へと誘われていく、このような映像がスクリーンに流れる。中世ヨーロッパふうのファンタジー、童話のダーク・サイドを模した世界観が、観客の意識に植え付けられるだろう。そして1曲目は、KAT-TUNのセカンド・アルバム『cartoon KAT-TUN II You』に収録されていたソロ・ナンバーの「LOST」だ。ステージの中央に巨大な階段が設置され、その頂上から上田くんがマイクを片手に降りながら姿を現す。バックを固めたMOUSE PEACEとFiVeの演奏は、ヴィジュアル系のロックを思わせる疾走を果たしていき、上田くんのワキに寄り添ったMOUSE PEACEのギターは低く構えたそれを早弾き、あらかじめ提示されたコンセプトを、音に、見栄えに、ダイレクトに再現する。

 ストリングスの楽隊。女性奏者も含めた三本のギター。キーボードの旋律。ゴージャスにもダイナミックにもうねるサウンドに、とかく燃える。そこにきて、複雑な拍子をスピーディに展開する「RABBIT OR WOLF?」が2曲目である。やはり燃える。だが、個人的には3曲目の「腹ペコマン」が最高であった。スクリーンに映し出されるのは(・∀・)こういう顔文字を多用した歌詞、立ち上がったばかりの世界観をぶち壊しにしかねないようなハッピーな曲調、テンションはまるでコミックなのだけれども、実はそれが違和感なくはまっているところに、上田竜也という美学の本質を見た気がしたのだった。

 後半で披露された「ニートまん」や「ヤンキー片想い中」などもそうなのだが、ギャグすれすれ、ハッピーなトリガーを引きっぱなしの場面に、上田くんの、かわいらしさ、は充実している。スマイル一つで何かもを蕩かしてしまう、あの、かわいらしさ、である。反面、「LOST」や「RABBIT OR WOLF?」などのルナティックでクールな局面では、かっこうよさ、が万全となっている。精悍な王子様のごとき、かっこうよさ、である。後者を王子様に喩えるなら、前者は、無邪気なお姫様みたいな、かわいらしさ、といえるかもしれない。天使と悪魔の喩えにかけてもよい。いずれにせよ、かくいう二面性を一つの身体に宿しながらも、双方が決して仲違いをしていないので、ときめく。

 そればかりではない。もしも「LOST」や「RABBIT OR WOLF?」が、ヴィジュアル系やゴシック・ロックとの近似値をとっているのだとすれば、「腹ペコマン」や「ニートまん」には、ニコニコ動画やオタク系コンテンツとの親和性がうかがえるだろう。いや、たしかに両者は、今日において必ずしも対立し合う関係にはないどころか、ミックスされてしかるべき可能性を覗かせてはいるのだったが、それをおそらくは、きわめてナチュラルに、あるいは無自覚に共存させてしまっている点も併せて、上田竜也という美学は完成しているのだと思う。

 コンサートの中盤に置かれた「マリー・アントワネット」は、そうしたすべての高度な達成にほかならない。KAT-TUNのツアーで先立って公開されていたナンバーだけれど、展開の早い打ち込みがビートを鳴り響かせるなか、エフェクトによって匿名性を高められたヴォーカルが、タイトルに暗示的な貴族の私欲、贅沢な暮らしぶり、我が儘な態度を、屈託なく、宣う。バック・ダンサーをメイドに見立て、軽快なステップを踏み、理不尽な社会観さえもポップに昇華した演出は、KAT-TUNの時と同様である。しかし今回のソロ・コンサートでは、そこから先の物語が用意されていた。城に火をつけられ、メイドたちが次々と倒される。主人である上田くんは追い詰められ、崩壊のイメージが広がる。そしてそれがそのままショー全体のクライマックスとなっていくのである。

 逆襲の炎を吐くドラゴン。水柱。バック・ミュージックは盛り上がり、破滅のワン・シーンを荘厳なカタルシスに変える。これがすばらしかった。やがて「愛の華」や「花の舞う街」のセンチメンタルを受け、幕は閉じられるのだけれども、ここでのスペクタクルがあってこそ、それらの儚さが生きてくるかのような構成になっていたのだ。

 ところでこの日、客席には田口くんが来場していた。MCのコーナーでその件を上田くんは嬉しそうに触れていたが、アンコールのラスト、ジャンプを繰り返し、演奏を締める箇所でも田口くんをいじり、じっさい田口くんはそれに応え、元気よく跳ね、会場中を沸かせていた。ソロでの活動とグループでの活動をどう線引きするかは、まあ人それぞれであろう。だが「MOUSE PEACE uniting with FiVe TATSUYA UEDA LIVE 2010」は、まず間違いなく、KAT-TUNという母体のなかで得られた成果を持ち出し、延長していったものであって、たぶん上田くん本人もそのことを熟知している。こういう言い方をしてはあれだが、同じく今年にソロ活動を行った赤西くんの場合、KAT-TUNとはべつの表情を出そう出そうとするあまり、どこか身の丈に合っていない印象を覚えてしまった。それが今回の上田くんにはなかったのである。どちらが正しいのかはわからない。わからないが、しかし。そうであるがゆえに、この日のショーはKAT-TUNのファンとして素直に楽しかったし、満足させられる内容をなしていた。

・その他KAT-TUNに関する文章
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 「Love yourself 〜君が嫌いな君が好き〜」について→こちら
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 「ONE DROP」について→こちら
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 『KAT-TUN III - QUEEN OF PIRATES』について→こちら
 「DON’T U EVER STOP」について→こちら
 「LIPS」について→こちら
 「喜びの歌」について→こちら
 『Cartoon KAT-TUN II You』について→こちら
 『Live of KAT-TUN “Real Face”』DVDについて→こちら
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 DVD『KAT-TUN LIVE Break the Records』について→こちら
 DVD『KAT-TUN LIVE TOUR 2008 QUEEN OF PIRATES』について→こちら

 コンサート『KAT-TUN LIVE TOUR 2010 PART2:WORLD BIG TOUR』(2010年・東京ドーム)
  7月24日の公演について→こちら
  7月17日の公演について→こちら
 コンサート『KAT-TUN LIVE TOUR 2010 公開リハーサル』(4月28日・さいたまスーパーアリーナ)について→こちら
 コンサート『不滅の10日間ライブ KAT-TUN TOKYO DOME 2009』(09年・東京ドーム)
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2010年09月02日
 ああ「12ヶ月」という楽曲がとてもいいな、と思うのだ。こうやってカミセン(Coming Century)を熱心に聴くようになったのは昨年の活動以来だけれども、V6のニュー・シングル『only dreaming / Catch』の初回限定であるMUSIC盤に付属されたボーナス・ディスク、そこに入ったカミセン名義のナンバー「12ヶ月」は、ミニ・アルバム『Hello-Goodbye』で得られた充実の間違いなく延長線上にある。カミセンの優位とは、メンバー3人のまさしく三者三様の声質が、現代的なコンテクストを汲んだトラックの上で、エモーションのひじょうに鮮やかな世界を切り開いているところにあるのだったが、Sonar Pocketや湘南乃風、FUNKY MONKEY BABYSと関わりのあるSoundbreakersをバック・アップに迎えて、せつない線のラヴ・シーンを描き出す。

 正直、ヴォーカルの巧みさをいえば、V6の年長組にあたるトニセン(20th Century)の方に圧倒的な分がある。だがすでに述べたとおり、森田くん、三宅くん、岡田くんの、歌声の、必ずしも技術論には還元できない特徴的な部分が、カミセンの最大の魅力なのであって、それを「12ヶ月」に満ちる情緒はフルに生かしきっているのだった。派手な展開も決してなく、穏やかに刻まれた打ち込みのなか、誰かを想うと必然、心の動きが激しくなってしまうのをなるたけ抑えているかのようなコーラスは、今までになかったぐらい大人び、しかしその奥の奥で静かに燃え続けたまま、まだ消えないでいる気持ちを確かに伝えてくる。とくに岡田くんのファルセット、森田くんの低音から三宅くんの高音へとリレーされるラップときたら、自分の経験に重ねて、痛くした胸を押さえたっていい。〈時間を戻せたら・君に会えたら・この腕でしっかり・抱きしめる・もう二度と君が・世界から消えないように〉と。〈言いたいのに・抱きしめたいのに・ケンカだっていいから・君としたいのに〉って。そう〈泣いて・思い出すのは笑顔ばかりなのに・何故〉

 そして最後の〈夕暮れがそっと・空を染めていく・あの日の向こう側・君が笑っている〉という甘やかでいて寂しげなフレーズのあと、曲間なしでアップ・テンポで軽快な「New Day」に繋がっていく構成がまた、「12ヶ月」の表情と輪郭をくっきりさせている。カミセン名義でありながらもトニセンをフィーチャリングした「New Day」は、ダンサブルなポップ・ソングとなっていて、前向きなメッセージが何よりも力強く。と、まあカミセンの楽曲についてのみ触れてきたのだったが、いやじつはV6名義のタイトル・トラックである「only dreaming」にしても、ここ最近のシングルでは出色だと思われるし、トニセン名義の2曲にしたって、おそらくはジャニーズでもっとも成熟することに自覚的なグループであるのをうかがわせるほど、すぐれた歌唱力によっておおらかな風景を掴まえている。

・その他Coming Century(V6)に関する文章
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 Tear the Signs Down

 08年の前作『THIS IS A FIX』より、元YOURCODENAMEIS:MILOのポール・ミュレンをメンバーに加えたTHE AUTOMATICであるが、サード・アルバムの『TEAR THE SIGNS DOWN』は、いやいや、さすがにポールのインプットでかすぎだろ、と思わせる。まあ確かに『THIS IS A FIX』の時点で、現在の方向性は垣間見えていたけれど、ここまでくるともう、06年にデビュー作『NOT ACCEPTED ANYWHERE』を発表した頃とは違うバンドのよう。無論、力強いコーラス、リズムのパターンなど、随所にTHE AUTOMATICらしさは残されているものの、かなりの部分にYOURCODENAMEIS:MILOのテイストが入ってきているのである。何はともあれ、二本になったおかげでギターのサウンドに厚みが出、本来のヴォーカルであるジェームス・フロストではなく、ポールがメインでマイクをとっているナンバーの増えたのは、大きい。また彼は、前任であるアレックス・ペニーの代わりにキーボードも担当しており、その旋律の与える印象が以前とはだいぶ異なっているので、たとえジェームスがメインのヴォーカルであってさえ、楽曲の表情は着実に変化している。ニュー・レイヴ、ブリット・ポップ、ポップ・エモ、ポスト・ロック、ロックン・ロール、THE AUTOMATICにYOURCODENAMEIS:MILOという、野心的なアプローチによって英国のホープでもあった二つのバンドの、その音楽性が見事にミックスされ、コンパクトな楽曲のなかに射程の広いサウンドが実現されているところが、最大の魅力であろう。とにかく。さあ。2曲目の「INTERSTATE」を聴きたまえよ。音響、バックの演奏に深い溜まりを持たせながら、構成はきわめてシンプル、軽快なテンポとストレートに伸びてくるコーラスが心地好い。8曲目の「RACE TO THE HEART OF THE SUN」におけるヘヴィなグルーヴは、ざっくばらんに激しさを増していくが、次第に美しく、細やかな情緒を作る。

 バンドのオフィシャル・サイト→こちら
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2010年08月25日
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 ああ、またもやENDLICHERI☆ENDLICHERIに魅了されてしまうわけだ。やはりこのアーティストはジャニーズやアイドルの枠内で計られるべきではないのだろう。たしかにギターの土屋公平、竹内朋康、ベースの鈴木渉、ドラムの屋敷豪太、キーボードの十川ともじ、パーカッションのスティーヴ・エトウ等々の、バックをつとめるミュージシャンの錚々たる顔ぶれがそれを許さないというのはある。だがしかし、彼らを従えなければ達成されないものがある、おそらくはそのような確信をパフォーマンスによって見事再現してみせたところに、ENDLICHERI☆ENDLICHERIの、中心の点である堂本剛の、最大の価値を見られたい。

 昨日(8月24日)、ENDLICHERI☆ENDLICHERIの「CHERI E」と題された今回のツアーを国立代々木競技場第一体育館で体験したのだった。去年の公演を記すさいにも述べたが、ENDLICHERI☆ENDLICHERIにおける堂本剛とは、ケリーというペルソナを得たマルチなパーソネルである。超ど級の演出ではなく、まさしく音楽の鳴り響くさまを通じ、この世界と現在と自分との関係を、三角形状にこしらえられたステージの上に切り出していた。

 いくつかの曲は入れ替わっていたものの、セット・リストは去年と大きく変わらない。ただし、このツアー全体の主旨がそうなのか、偶々この日のモードがそうであったのか、ちょっとわかれないのだけれども、ハイなテンションとポジティヴなフィーリングが前面に出、全体的なイメージはだいぶ違って感じられた。抑圧のなかでがんじがらめになった苦しみを余裕で蹴飛ばすかのような頼もしさが、楽曲の表情を、屈託のないかわり、昂揚を目一杯詰め込んだものへと変えている。

 ジャム・セッション的なパートが混沌としていなかったぶん、1曲1曲がタイトに決まっていたようにも思う。とはいえ、まあMCのコーナーが長かったのもあるが、およそ3時間のあいだに披露されたのは10曲ちょっとであって、バンドの演奏がフレキシブルであればあるほど、素材がフル以上の構成を経、ライヴならではの脈を持っていくスタイルは健在、生きるというのは不確定な出来事の数々から他には替えられない一瞬を掴み取ることなのだ、と、ファンキッシュなグルーヴに教えられる。

 序盤に繰り出された「傷の上には赤いBLOOD」の、あの、ホーン・セクションとぴょんぴょん跳ねる(じっさい観客もぴょんぴょん跳ねる)リズムに合わせた〈傷の上には赤いBLOOD・この世に降りた意味鳴らせ・罰当たりと云われてみても・いいんじゃない? ねぇ夢見ようか〉というフレーズが、うなだれた気分の向こうに晴れ間を覗かせる。そして本編のラストを飾った「これだけの日を跨いで来たのだから」の、あの〈悲惨な出来事なんて・あるのが当たり前じゃない? これだけの日を跨いで来たのだから・あたしたちはね・歩んでいるの・一歩一歩と人生って道を〉というフレーズが、どこまでも伸びやかなヴォーカルと相まって、決して困難に負けてはならないと背中を押す。

 それにしても、ハイなテンションとポジティヴなフィーリングのまざまざとしていたのはどこよりも何よりも、アドリブのインストゥルメンタルで場面を繋いでみせるアンコールではなかったろうか。だいたい、去年のそこから生まれてきたのが「音楽を終わらせよう」であったことを考えれば、後半に出現したヴォーカル入りのナンバーは完全に風向きを異にする。

 とくに派手だったのは、なんと竹内朋康がギターを置き、マイクを手にし、ラップをやり出したあたり、である。堂本剛はベースへと回り、主人公は完全に竹内だといってもよかった。ヒップホップのアーティストとコラボレイトする機会が多いだけであって、そのアジテーションもなかなか堂に入っている。しかし重要視したいのは、これによりロックやファンクをすでに内包していたENDLICHERI☆ENDLICHERIが、ヒップホップふうのアトラクションをもこなせると実証した点にほかならない。要するに、可能性の幅にまだまだ広げられるだけの余地があることを、見事にあらわしていた。

 実際、その後に堂本剛が即興の歌詞でヴォーカルをとったラストの楽曲は、これまでと同様に愛をテーマにしながらも、その愛がひたむきな顔つきで迷いに負けない力強さを寄越す、ENDLICHERI☆ENDLICHERIにとっては初期の衝動みたいでもあり新しい鼓動にも似た祈りを、間違いなく、描き出していたのである。やがて巨大なカーテンがステージを包み込む。そして最後には誠実な余韻がちゃんと残された。

・その他堂本剛に関する文章
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2010年07月25日
 もはや先週と同じ気持ちでその場に居合わせることは叶わなかった。周知のとおり、今後もメンバーを1人引いた状態でKAT-TUNの活動は続くことがほぼ確定的になってしまったせいである。もちろんそれは、現在のツアーが発表された段階で、十分に考えられるものであった。しかし考えうるかぎり、もっともあって欲しくないものであった。いずれにせよ、寂しい? と問われたなら、寂しい、と答えるしかないんだ。いやたしかに5人のKAT-TUNもまず間違いなくKAT-TUNなのだったが、そのことは決して6人のKAT-TUNをKAT-TUNではなかったとはしないのであって、双方をKAT-TUNとして認められる以上、あるいは双方がまったく同じではない以上、前者が後者の、後者が前者の、いちばん近い比較対象になるよりほかない、にもかかわらずそれは必ずしも幸福な見方とはなれないのが、寂しい。

 要するに、「KAT-TUN LIVE TOUR 2010 PART2:WORLD BIG TOUR」を観るのは二度目であった昨日(24日)、グループを取り巻く状況が状況なおかげで、赤西仁という不在を痛切に意識せざるをえなかった。

 セット・リストや演出は、先週と今週とで、そう大きく変わらない。たとえば田中くんのソロ・コーナーに女性のダンサーが登場せず、きわどさは以前よりも控えめになっていたのは、まさかPTAに怒られたわけではあるまいね、なのだけれども、そのような変更はあくまでも細部に止まるであろう。したがって、初見のときよりもいくらか冷静にショーを眺められたのだったが、やはり「Keep the faith」や「DON'T U EVER STOP」のようなドライヴとグルーヴに、赤西くんのヴォーカルが入っていないのは、パワー・ダウンの印象を免れない。オリジナルのヴァージョンとは完全に出力が違うのであって、こればっかりは他のメンバーが達者にフォローしようとすればするだけ、欠落のほうが際立ってしまう。重要なのはそれが、6人が5人になったという単純な数の引き算によって生じているのではなく、赤西仁の個性を誰も肩代わりできないことの証明になっている点である。

 もちろん、赤西くん抜きで新しく設定されたコンビネーションを悪くいっているのではない。5人のKAT-TUNには5人のKAT-TUNならではの魅力がある。「Love yourself 〜君が嫌いな君が好き〜」や「THE D-MOTION」の、改められ、新しくされたヴァイブレーションはそれを教えている。しかし同じく6人のKAT-TUNには6人のKAT-TUNならではの魅力があった。すでに述べたように、今はただ、その差異があきらかであればあるほどに、寂しい。

 ところで映画『BANDAGE』に、赤西くん演じる主人公が女性マネージャーから「あんた、ソロで何やるの」みたいなことを言われるシーンがある。このタイミングでDVD化されたのは、あまりにもアイロニックで、胸が痛いよ。感傷的すぎるかな。

 7月16日の公演について→こちら

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2010年07月17日
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 だめだよ。ありえない、といういことが、ない。馬である。馬である。何はともあれ馬なのであって、もう最高潮に馬なのだったが、ふつうあれは思いついてもやらない、しかしそれをやるからたまらないのだし、そこが好きだよ、と痛感させられる。いやおまえは何を言っているんだ、てな話なのだけれども、要するに、だ。昨日(7月16日)は東京ドームで開催された「KAT-TUN LIVE TOUR 2010 PART2:WORLD BIG TOUR」を観に行ってきたのだった。

 そしてその、ハイライトとすべき一つがアンコールに出てくる馬で、少しでも間違えればギャグでしかないような演出なのだが、グループのカラーからしたらまったく外していないところに、あらためてKAT-TUNの本質を見た気がした。もしやKAT-TUNの存在とはすでに、アイドルというより、エピック(叙事詩)そのものなのではないか。これが先頃のアルバム、『NO MORE PAIИ』のリード・トラック、「N.M.P. (NO MORE PAIN)」を耳にしたときの印象であり、そうした推測を裏づけるほどのインパクト、エキサイティングなショーを、まさに目撃する。

 じっさい、エピックと呼ぶに相応しいイメージの「N.M.P.」でコンサートは幕を開けた。客電が落ちるやいなや、Kis-My-Ft2の藤ヶ谷くんにイントロデュースされ、ミュージック・ヴィデオのオープニングどおり、メンバー個々の映像と壮大なオーケストレーションが流れる。天井だ。宙から降りてくるゴンドラに乗って5人が登場し、衣装も含め、あのファンタスティックでサイバティックな「N.M.P.」の世界像を再現するのである。メロディはゴージャスな明暗を描き、田中くんのラップが扇情的に、しかしてやはりクライマックスで〈Nooo Paaaaaaaaaaaaaain〉と声を張る上田くんはエモーショナルだ。

 痛みは要らない。その想いが残響となってもまだ、ゴンドラは下がり続ける。だが、じょじょに地上までの距離を縮めるなか、「FALL DOWN」のアグレッシヴなミクスチャー・ロックが炸裂する。歌詞にある〈暴走まるでCrazy train〉の一節よろしく、ステージに設置されたモニュメントが、巨大な爆発音をともない、倒壊してゆく。なるほど、公開リハーサルで見られた演出は、ドームのサイズに拡大されるとこうなるんだ。迫力は二倍三倍に増した。びびって、わっとなってしまったじゃねえか。

 いずれにせよ、もうKAT-TUNのコンサートははじまっているんだぞ、という興奮に包まれている。それが夢でも幻でもないことを続く「Real Face」は高らかに宣言していただろう。ここから地上に降り立った5人が「ONE DROP」、「Keep the faith」とハード・ロックを序盤に展開するさまは、今やお決まりのパターンとはいえ、どうしたってテンションを引き上げられてしまう。バックをつとめるFiVeの演奏ものっている。個人的には、牧野くんのドラムにもうちょい重みが出ていればなおよかった、少し音が硬めなんじゃないかな、と思う。しかし畳み掛ける勢い、アタック、アタック、アタックは、間違いなく「ONE DROP」のせつなかっこうよさに似合っていた。

 引き上げられたテンションは、「THE D-MOTION」と「Love yourself〜君が嫌いな君が好き〜」でダンスのモードにビートを違えられても、決して落ちることがない。どちらも赤西くんが担当したオートチューンのパートを田中くんをメインにしたラップへと差し替えたヴァージョンだ。それにしても「THE D-MOTION」の楽しさときたら。自然と体が揺れてくる。またスタジオ音源と大きく異なっているのは、締めの部分である。中丸くんのリフレインに亀梨くんのヴォーカルが重なり、余韻をつくる。ライヴならではのタッチをよくあらわしていて、これ、ぜひとも高く評価されたい。

 ソロ・コーナーへのブリッジとなる亀梨くんドラム・ソロは、まあご愛嬌であって、類い希なる色気が迸っているのを視認できるだけで満足なのだったが、田中くんの「MAKE U WET -CHAPTER2-」は、ちょ、ちょっとちょっと、ただでさえエロティックなナンバーが、女性ダンサーとの絡みを入れたパフォーマンスによって、さらにえらいことになっていた。曲調自体がじつはそうなのだけれども、性交をダイレクトにイメージさせるのは、おそらく、洋楽的な過激さを狙ってのものである。さてこの、いやらしさのむんむんに満ちた空気をどうしたもんか。

 田口くんがすごいのは、結局のところ、そこであった。どこまでもほがらかにチャーミングな笑顔の「LOVE MUSIC」で、さっきまでの猥褻なムードを一変させてしまうんだからな。そして和太鼓のセッション等を挟み、中丸くんは新旧のソロ・ナンバーをメドレーで繋げる。動の部分と静の部分が1曲ごとに入れ替わる。どうしてこの人はこんなにも器用なんだろう。「FILM」のやさしさに浸りながら、ついつい感心する。ソロのコーナーにかぎったことではない。先述した「THE D-MOTION」のくだりもそうだし、他のナンバーもそう、トークやコントの場面もそうだったのだけれど、今回のショーにおいて、中丸くんの活躍こそが、すべてのクオリティを左右していたのは紛れもなく。いくら褒めたって褒め足りねえよ。

 メンバーが出演しているテレビ番組や商品のCM、過去のミュージック・ヴィデオをバックのスクリーンに映し出すというブレイクを経、「DON'T U EVER STOP」、「RESCUE」、「LIPS」のヒット・パレードで、ふたたび5人が足並みを揃える。そうして膨らんだ熱気を、「愛のコマンド」のヘヴィ・ロックが、「GOLD」の初期衝動が、よりいっそう加速させる。ヤマだぞ、ヤマ場だぞ、中盤のヤマ場がやってきているぞ、と、誰に教えられるでもなく、実感する。たちまち燃え尽きそうだ。どうせなら燃え尽きてもよかった。

 休憩を兼ね、ファン・サービスの一環ではあるものの、トークのコーナーはいささか長く思われた。ツアーに帯同しているKis-My-Ft2を紹介し、彼らが自分たちの持ち曲である「祈り」と「FIRE BEAT」を披露する。後者においては、KAT-TUNの面々も一部に加わる。Kis-My-Ft2も好きなグループなので、こうしたドッキングは、スペシャルなイベントであれば、嬉しい。「祈り」の、北山くんと藤ヶ谷くんの、ツインで聞かせるヴォーカルは、言うまでもなく、甘い、痛み、を誘う。

 さあ、コンサートの本編もいよいよ後半戦である。「僕らの街で」は、FiVeがアコースティックで演奏するヴァージョンで歌われた。そして、きた。『NO MORE PAIИ』に収録された楽曲のなかでもひときわ感動的な「FARAWAY」が、ここで、きた。あくまでも個人的な感慨でしかないのだったが、半ばに〈生き急ぐことさえ / 君のためだと思ってた / もし世界の裏 / 離れても / 途絶えない絆 / 感じて〉というフレーズがあるじゃんね、それはそれとして胸を震わすのだけれども、ふいに現在の一片を欠いたKAT-TUNを重ねてしまい、よけいにはまる。だが、あたたかく波打った旋律に託されているのは力強い願い以外の何ものでもないので、悲しみに暮れない。

 明るいほうへ、明るいほうへ「RIGHT NOW」と「HELLO」のハイなアジテーションが導いていく。他のメンバーが姿を消し、田中くんと中丸くんのコンビが並び立てば、もちろん「ONE ON ONE」だ。初期の楽曲でもとくにこれが好きなのは、田中くんの尖ったラップがばりばりと憂鬱を引き裂く一方、中丸くんは真っ直ぐと伸びるメロディに繊細さを隠そうとする、そのコントラストに青の時代ならではの清潔なフラストレーションが預けられているからであって、つまりは若気の至りで世界と取り引きしているところが、燃える。

 かつてのモチベーションが「ONE ON ONE」を通じて再検証されたのち、上田くんからのソロ・コーナーに入る。この上田くんのナンバーが、やたらすぐれていた。てっきりアルバムから「RABBIT OR WOLF?」をやるのかな、と踏んでいたのだが、どうもそんな様子じゃないね、と首を傾げていたら、ピッチのはやい打ち込みがかかり、ニュー・ウェイヴともゴシックともヴィジュアル系とも似て非なる、耽美でアッパーなサウンドを繰り出してきたのである。メイド服の女性が数名、上田くんに従い、英語詞で綴られたナルシズムに振り回される。楽曲もパフォーマンスも一発で気に入った。

 亀梨くんの趣向も興味深かった。新旧のソロ・ナンバーをミックスし、一個のドラマに仕立てているのだけれども、独特なセンスのいかんなく発揮された構成には、やはり常人には及びもつかないものがある。Kis-My-Ft2のメンバーと咬みつ咬まれつのヴァンパイア劇を演じる姿に、女性の観客が歓声をあげるのはたぶん、やおいの幻想に近しいものがあるためだろう。中丸くんのビートボックスが相変わらず達者なのに、おお、と唸らされたのち、「Going!」を筆頭に終盤が訪れてしまう。

 さしあたり「ハルカナ約束」や「Will Be All Right」はパスされてしまったが、ファンにはお馴染みの「WILDS OF MY HEART」や「Peacefuldays」では、当然のこと、会場中が一体になる。本編のラストを『NO MORE PAIИ』からのバラード、「PROMISE SONG」で迎える。このへんは予定調和のきらいがあるにはあるものの、有終の美の、きらきらまばゆさに、ぐっときてしまうのだから弱るよ。

 そして馬である。アンコールの1曲目が馬だったのである。正直、そのイントロが響き出したとき、まさかもう一度「N.M.P.」をやるのかい、と斜に構える部分がなかったといえば、嘘になる。にもかかわらず、予想を越え、さすがにぶっ飛んだのは、メンバーが実物の馬に乗ってステージのワキから登場し、アリーナの周縁を回りながら、ひじょうに真剣な顔つきで「N.M.P.」に情感を込めていたことだ。要するに、アルバムの通常盤におけるジャケットを再現していたのだったが、ふつうそれは思いついてもやらない、しかしとうに詰まらない常識など突き抜けているのが、ずばりKAT-TUNにほかならない。

 威風堂々とした姿は、正しくエピックそのものであった。誰が文句をつけられよう。ショーの最中、赤西くんの不在について、まったく考えなかったわけではない。コンサートの内容が良ければ良いほど、複雑なものを覚えなかったわけではない。あるいは赤西くんがいたらと想像しない場面もなかったわけではない。だがアンコールのインパクトはありとあらゆる疑念を吹っ飛ばしてくれる。

 英雄たちはみな、いくつもの危機をかいくぐり、ときには敗北し、ついには勝利を収めるからこそ、エピックの価値を持ちえるのだし、KAT-TUNにとっては、ありえない、ということが、ない。それだけは疑いようのない事実なのだ。「Peacefuldays」の歌詞を借りるならば〈ソレだけがすべてソレだけを望もう〉なのである。少なくとも「Going!」のリピートにより、3時間強のステージに幕が降りるまで、何も怖くない、そう信じられるほどの幸福に身を委ねていた。

 ところで中丸くんが、ブログを持っている人はKAT-TUNのコンサートがすばらしかったと書いてね、みたいなジョークを最後の最後に言っていたが、ちくしょう、このブログはいまいちだよ、あまりうまく書けていない。

・その他KAT-TUNに関する文章
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2010年07月10日
 JUMP NO.1

 Hey! Say! JUMPに関しては、これまでに発表されてきたシングルの数々が必ずしも自分の好む音楽性とは一致しなかったため、さほど関心が高くなることもなかったのだが、ファースト・フル・アルバムとなるこの『JUMP NO.1』はしかし、いやまあグループ自体の特徴をつよく印象づけるという意味では、他にはないサムシングをはっきり得られるわけではないものの、ジャニーズ歌謡を一個のジャンルとするのであれば、それの現在形をひじょうにレディメイドなかたちで提出していて、若々しいなかにどこか懐かしさを感じさせるところが、思いのほか楽しかった。驚きがまったくない、というのは、ときとして魅力的な措置となる。個人的には9曲目の「Dreams Come True」以降の並びが好きである。より正確を期すなら、10曲目の「Time」をもっとも好きなナンバーとして挙げたいのであって、じつはそこまで行ってよくやく『JUMP NO.1』の方向性に、はまれた。じっさい「Time」って白眉ではないかい。ハードな打ち込み、ダンサブルな曲調に、メロディ化されたせつない別れとささやかな期待とが、縫い込まれていく。この手のサウンドはまさしく、平田祥一郎という作曲家が得意とするものだろう。そして歌詞をのせているのはメンバーの高木雄也である。高木くんのレトリックは、入魂の息遣いをうかがわせるけれども、決して非凡なものではない。だが、むしろ〈終わりなき永遠を感じてた / You & I / サヨナラもべつに / いいじゃん / いいじゃん / 振りはらう / 愛してるの言葉も / 思い出の中だけ / 時計の針止めた / フ・タ・リはもう戻らない〉そのようなステレオタイプ性にあらわれた率直さこそが、ひどく胸を打つ。純粋であることとメランコリックであることが、照れ隠しのない表情の向こう、混在しており、それが性急なビートによって、まざまざ強調されているのだ。ただし、全体的にミックスが変ではないだろうか、これ。まさか編曲に有岡くんがクレジットされているのは無関係と思うが、ヴォーカルのバランスがときおりおかしくなるし、バックの触感がちょっと耳障りになる箇所がある。他のリスナーもそう感じているのかどうか、はたしてそのようなミックスが正解で狙いなのかどうかは不明なのだが、できればもっとべつの仕様で聴きたかった。八乙女くんが作詞作曲した13曲目の「アイ☆スクリーム」もなかなかにキュートだ。たぶん、磯崎健史と吉岡たくの、いかにもポップなアレンジが功を奏している。15曲目の「Dash!!」は、いっけんHey! Say! JUMPには似つかわしくないようなロック・ソングになっているのだけれど、編曲に清水昭男の名を見つけ、なるほど。ストリングスを含んだ大仰なバラードの「Thank You 〜僕たちから君へ〜」で幕がおりるあたりも、ジャニーズ歌謡のセオリーどおり。それにしてもしかし「Thank You 〜僕たちから君へ〜」の終盤、余韻を残すよりも先に転調し、ブラス・バンドのレパートリーふうにシングルのメドレーがはじまるのは、良くも悪くもすげえアイディアだなあ、と衝撃をもたらすし、メンバー一人一人が最後にメッセージをあてているのは、蛇足気味に受け取れる。
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2010年07月04日
 「薬師寺」 / 堂本剛 初回盤 【DVD+CD】

 堂本剛のアポリアは、きわめてアーティスティックであろうとするアプローチが、ジャニーズという資本やイメージをバックにしなければほとんど維持することができず、したがって真にアーティスティックであるとは一般的に見られない、そのいかんともしがたいところに生じているのだったが、しかしそれがある種の異様な凄みを彼のステージに与えていることは、この、昨年(09年)の7月11日に奈良の薬師寺で行われたパフォーマンスを収めたDVD『薬師寺』から確認できる。

 独特な世界観、という便利な言い回しがある。たいてい、こいつはちょっと形容しがたいぜ、と困らされるような場合に用いられるのだけれども、キーボードの弾き語りによってショー全体の幕を開ける「ソメイヨシノ」は、まさしくそれだと思う。必ずしも取っ付きやすいとはいかないメロディや歌詞が、凝った工夫もなく、剥き身に近しい状態で再現される。あくまでもスタティックな楽曲の魅力はそこで、堂本がすぐれたシンガーであることの声量に、まったく依存してしまい、大仏を背後にして設置された野外のステージは必然、開放感に溢れていながらも、どこか悲壮でシリアスな響きばかりが強調的になっていくのだ。これは7月10日の演奏をパッケージした初回限定盤に付属のライヴCDにおいて、つまりは映像を抜きにしたとき、密室状の息苦しさにすら似てくる。だがやはり、そういった複雑なねじれの構造こそがこのアーティストの本質であって、他には替えられないインパクトを担っているのだとしか言いようがない。

 空の突き抜けたコンディションに相応しいカタルシスを持っていくのは、むしろ、堂本がベースを携え、ジャム・セッションふうに展開される2曲目のインストゥルメンタル・ナンバー「美我空」以降であろう。ギターに名越由貴夫、ベースに吉田健、ドラムに屋敷豪太などを迎えた布陣は、山折り谷折りに堂本が先陣で刻むコントラストを繊細かつダイナミックなタッチでフォローする。スティーヴ・エトウのパーカッションが立てる金属性のリズム、そして十川ともじのキーボードが、オーガニックな印象の高まった演奏に機械質の触感を加えているのも、演奏を躍動させるのに必要な効果を上げており、3曲目の「Let's Get FUNKASY!!!」で、すべては跳ねっ返りのヴァイブレーションへと変調、すばらしい昂揚を描き出すのである。

 続いてもファンキッシュな4曲目の「Love is the key」はもちろんのこと、ラスト・ナンバーにあたり、堂本がギターを鳴かせる11曲目の「和FUNK JAM NARA STYLE」までを通じながら、顕著にあらわれているのは、のちに発表される「音楽を終わらせよう」へと繋がった道のりにほかならない。剛紫名義のアルバム音源では、ひたすら鬱屈していた5曲目の「TALK TO MYSELF」が、このようなモーメントにあっては何よりもやさしさとあたたかさを伸びやかにし、〈リアルを… / 光りを…〉というリフレインに真新しい感動を与えている点に注意されたい。

 それこそ「TALK TO MYSELF」に委ねられた〈リアルを… / 光りを… / 真っすぐに / 君に捧げたいんだけど時代はそうさせないかも知れないな…〉の呟きは、「音楽を終わらせよう」における〈どうしたんだい / 時代よ…〉の問いかけと密接であるだろう。そしてそれは、ソロ・デビュー曲である「街」のあの〈愛を見失ってしまう時代だ / 誰もが持っているんだ / 自分を守り生きていく時代だ / だからこそ僕らが / 愛を刻もう傷ついたりもするんだけど / 痛みまでも見失いたくない〉という決意を、たしかに引き継いでいるのではなかったか。

 今回のセット・リストで特筆すべきは、6曲目に「ORIGINAL COLOR」が、9曲目に「街」が、要するに堂本剛のディスコグラフィのなかでも初期の代表曲が披露され、近年のまったく方向性が異なったナンバーとも、違和感なく、溶け込んでいることだ。どちらも堂本のメロディ・メイカーとしての才能が突出している楽曲であって、多少のアレンジを入れてはいるが、かつてそれらに託されていたテーマが、今なおいっさいの切実さを失っていないことだけは、青くささが雄弁を得たかのようなコーラスに証明される。まず間違いなく証明されている。映し出される景色の美しさ、カメラ・ワークも相まって、思わず胸の奥から込み上げてくるものがあった。

・その他堂本剛に関する文章
 『RAIN』について→こちら
 コンサート『ENDLICHERI☆ENDLICHERI CHERI 4 U』(09年8月19日・国立代々木競技場第一体育館)について→こちら
 『空 〜 美しい我の空』『美 我 空 - ビ ガ ク 〜 my beautiful sky』について→こちら
 『I AND 愛』について→こちら
 『Coward』について→こちら
 「ソメイヨシノ」について→こちら
 [si:]について→こちら
 『僕の靴音』について→こちら
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2010年06月29日
 Taste the Sin

 この力瘤いっぱいに詰め込んだガッツでおまえさんのやわさを打ち砕いてやるぜ、と言わんばかりのヘヴィ・ロックを米ジョージア州サバンナ出身のトリオ、BLACK TUSKは響かせる。07年にリリースされたファースト・アルバムの『PASSAGE THROUGH PURGATORY』はかなり強烈な一撃であったが、セカンド・アルバムにあたる『TASTE THE SIN』もそれに引けをとらぬほどにハイパーな作品となった。サウンドの基本線にもちろん変わりはない。ギター、ベース、ドラムが激しさをフルに、重低音のアタックをさんざん繰り広げる1曲のなかで、メンバー全員が入れ替わるようにヴォーカルをとり、叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ、フラストレーションなんて知ったこっちゃないよ、メタリックであることとグランジィであることとジャンクであることとスラッジィであることとハードコアであることが火花を散らしながら、痛快無比なクライマックスを連ねていく。とにかく、これを食らったらやばい、というインパクトを真正面から発揮してみせるのである。圧倒されるよりほかない。ジャケットのアートワークから察せられるとおり、BARONESSとの共通項を散見できるけれども、BLACK TUSKのほうがもっとずっとストレートでアグレッシヴだ。すべてのナンバーがぐしゃぐしゃに歪んでいるものの、衝動はクリアーにはっきりとした興奮をつくり上げている。いいか、気に入らないものが目の前にあるときは徹底抗戦の構えを見せなければだめだ、怒濤のごときグルーヴはまるでそう訴えかけてくるかのよう。思わず奮い立つのであって、ちくしょう、後ろ暗さを引き受けることだけは勘弁な、ぐっと拳を握る。

 『PASSAGE THROUGH PURGATORY』について→こちら

 バンドのMySpace→こちら
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2010年06月26日
 Are You One of Us

 ああ、やっぱりこのバンドは好き。何はともあれその、ハードに決まっているロックン・ロールを聴くうちに、こう、心からうずうずしてくるところが良いよ、と思う。英リーズ出身の5人組、THE GLITTERATIのセカンド・アルバム『ARE YOU ONE OF US?』であるが、05年のデビュー・アルバム『THE GLITTERATI』で得られた期待と興奮を裏切らず、新しいストックとしてはじつに申し分のない作品に仕上がっている。いやいや、考えてみれば、ずいぶんと待たされたものだけれど、ジャンル的には同じ年代の同じ棚に入れられるだろうね、のTHE DARKNESSやSILVERTIDEなどがまさしく鳴りを潜めてしまったなか、ふたたび活動を表に出してきてくれたのが嬉しいし、じっさいにサウンドは以前と変わらぬ印象をグルーヴに織り込み、今一度鮮明さをアピールすることに成功している。スタイルを簡単にあらためるなら、あきらかにTHE SWEETやSLADEのようなグラム・ロックを参照していて、メロディのつくり、楽曲のキャッチーさ、いかにもブリティッシュ然とした雰囲気も当然、そこに由来している。はたまた、ヴォーカルはパッションを全開にし、リードとリズムのギターがアグレッシヴに切り込んでくるさまは、どこかAEROSMITHを彷彿とさせる。しかしそれらが、正しく温故知新を感じさせるのは、モダンであろうとするアプローチをまったく忘れていないからであって、CDジャケットの写真でメンバーの一人がそのTシャツを着ているほどにTHE WILDHEARTSと懇意であるのもよくわかる。今回のプロデューサーにはマット・ハイドが迎えられているが、過去にMONSTER MAGNETやFU MANCHU、THE 69 EYESといったアーティストを手がけているだけであって、もしかすれば前作のマイク・クリンク以上にはまった。パワフルでラウドな面がより強調的となっており、扇情性は以前にも増しているのである。だからこそ、どのナンバーも跳ねるようにするどく響き、かっこういい。ああ、もうほんとうに好き。最高にお気に入り。

 『THE GLITTERATI』について→こちら

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2010年06月18日
 NO MORE PAIN(初回限定盤)(DVD付) NO MORE PAIN

 期待と不安があった。しかし、期待と不安を秤にかければ、不安のほうに胸中は傾くようだった。シングルとして先行し、アルバムにも収録されることとなった「Love yourself 〜君が嫌いな君が好き〜」と「THE D-MOTION」の2曲はともかく、5人編成のままレコーディングされた「Going!」からは、KAT-TUNというグループが今後どこにどう進んでいこうとしているのか、確固たる方向性を掴むことができなかったためである。

 過去にも再三述べてきたとおり、08年のサード・アルバム『KAT-TUN III -QUEEN OF PIRATES-』は、掛け値なしの傑作であった。見事であるほどにゴージャスでグラマラスなポップとロックをすばらしくすばらしく聴かせてくれた。続く09年の『Break the Records -by you & for you-』は、個々の楽曲に良さはあったものの、トータルなコンセプトを望めば、その次のレベルを提示するには至れていなかったと思う。

 これがファンの贔屓目であるのか、あるいは厳しめの意見であるのかは知らない。だがすくなくとも、そのアーティストに一線級のポテンシャルが認められる以上、そのアーティストは彼らに魅了された人間をさらに魅了するだけの結果を残さなければいけない。プレッシャーはつねにあるだろうが、「Love yourself」と「THE D-MOTION」にあらわれていためくるめくハレーションからは、KAT-TUNならやり遂げるに違いない、という期待の二文字と手応えをたしかに受け取れた。反面、諸事情により状況が一転してしまったのは仕方なく、それを引き受けなければならなかった「Going!」の淡い色彩からは、とりあえず、の妥当性を上回るものを得られなかった。そこに不安が生じた。

 そしてついに登場したのが『NO MORE PAIИ』なのだけれども、いやまず先に結論をいってしまおう。KAT-TUNはやはり心強かった、と。

 フル・アルバムとしての性格を問えば、これもまたちょっと『KAT-TUN III -QUEEN OF PIRATES-』の内容には及ばない。『Break the Records -by you & for you-』と同様に、収録曲の半分近くをソロ・ナンバーで押さえた構成は、ある種のコンピレーションに近しいとさえいってよい。にもかかわらず、あらかじめ秤にかけられていた期待と不安の、不安をすこしずつ忘れさせてくれるような魅力が、個々の楽曲に備わっていて、最終的には、つまりそれが、この作品の特徴なんだと信じられる。

 冒頭の「N.M.P. (NO MORE PAIN)」に再現された過剰なエピックは、まさしくKAT-TUNというグループならではのものだ。大盤振る舞いのオーケストレーションが響き渡るなか、5人が歌い、紡いでゆくロマンティシズムの、激しく切ない印象に、おお、と思わず声が漏れる。なぜこんなにも浮き世離れしたサウンドが、ひたすらエモーショナルに届くのか。もはや、KAT-TUNだから、としかいいようがない。韻を凝らし、ふたたびKとAとTとTとUとNの六文字を刻んでいくJOKER(田中くん)のラップが最高潮に燃えるし、初回限定盤に付属されたミュージック・ヴィデオで確認できるように、クライマックスで〈Nooo Paaaaaaaaaaaaaain〉と苦悶を誇張する上田くんの叫びが、あまりにもドラマティックだから、むせ返る。

 要は、万全の掴みなのだ。いうまでもなくそれは、2曲目の「Love yourself」でキャッチーなポジションに切り替わるだろう。個人的なハイライトは、「FARAWAY」と名づけられた3曲目にあった。ゆったりとしたテンポにメロウなモードの揺らされるナンバーである。コーラスにおけるユニゾンがうつくしく、やさしく〈離れても・夜明けは・光を連れて来るから・涙をとかして・想い伝わるまで〉と歌う。この励ましに感動を誘われるだけであれば、あえて特筆はすまい。同じメロディが〈生き急ぐことさえ・君のためだと思ってた・もし世界の裏・離れても・途絶えない絆・感じて〉と繰り返すところに、刹那的な風景が描かれ、それがグループのイメージにぴったりと合い、じっさいメンバーの重ね合わせるヴォーカルは、どこまでもデリケートに、すぐにでも壊れそうな表情をのぞかせるので、目を離せなくなるかのように引き込まれる。

 次いでアッパーな「THE D-MOTION」が飛び出してくるわけだけれども、時間的な問題か、予算的な都合か、バンド・サウンドを意識した楽曲はすくなく、ほとんどが打ち込みのトラックを使っていることは、『NO MORE PAIИ』に一つの基調をつくり出しているようにも感じられる。先に、ある種のコンピレーションに近しい、と述べたのは、全体の統一性を踏まえてだが、それとはべつのレベルで、アルバムのトーンはバランス化されている。

 5曲目の「RIGHT NOW」などはまさしく、「THE D-MOTION」のあとに並んで違和感のないナンバーだといえる。中丸くんのヒューマン・ビートボックスにオートチューンをかけた変則的なアプローチのイントロを受け、電子音の響き、リズムのパターンが、たかたか、高鳴り出す。かつてはハード・ロックやスピード・メタルに描かれていた「俺」と「君」のレックレス・ライフが、ここではダンサブルなノリへと塗り替えられている。〈俺・MARIONETTE・君・MARIONETTE〉というフレーズは、この曲調でなければ、生きなかった。この曲調だからこそ、生き生きとしているのだ。6曲目の「ROCKIN' ALL NITE」は、ギターがじゃきじゃき轟いてはいるものの、アグレッシヴに攻めるのではなく、いかにもジャニーズ様式の、楽しげなパーティー・チューンに仕上がっている。どこか初期のKAT-TUNを彷彿とさせるのも、そのせいだろう。

 あいだに「Going!」を挟み、8曲目の「SWEET」からソロ・ナンバーのコーナーに入っていくのだが、「ROCKIN' ALL NITE」の流れで「Going!」とくるのは、いささか爽やかすぎるぜ、なのであって、しかしアルバムの単位で前後の仕切りを考えたさい、「Going!」の軽快なタッチが、さほど悪くない。スイッチを切り替えるのにちょうど適している。アクセントだ。

 さて。意外といってはあれだけれど、各自のソロ・ナンバーがなかなかに充実しているのは『NO MORE PAIИ』の良所ではないか、と思う。亀梨くんの「SWEET」は、タイトルどおりの甘やかなラヴ・ストーリーをアーバンなポップスに込める。そりゃあ前作に収録されていた「1582」のてんこ盛りなギミックと比べたら、派手さはない。とはいえ、しっとりとしたムードにあってさえ、力んで震えて掠れそうな声に、亀梨和也という色気はたっぷり詰まっている。田口くんの「LOVE MUSIC」は、とてもチャーミングだ。じつは「FARAWAY」でも思ったのだが、このところ、田口くんのヴォーカルが侮れねえ。総じてヴァリエーションが豊かになったというか。きらきらとした音色の「LOVE MUSIC」では、テンションに抑揚を効かせ、ほがらかなシーンに彩りを加えながら、ついには自作のラップまで飛び出す。

 それにしても、だ。田中くんの「MAKE U WET -CHAPTER 2-」が、サウンドにしても歌詞にしてもエロティックすぎる。SEを含め、かなり直接的に卑猥にセックスを題材にしていて、照れる。まったく〈淫らウサギちゃん〉じゃないし〈汚れたウサギちゃん〉じゃないよ。〈FACE TO FACE?〉か〈DOGGY STYLE?〉かって問われても、弱る。ともあれ、ひさしくラウドなヘヴィ・ロックのスタイルが定着していた田中くんであるが、「Going!」のシングルに収録されていた「I DON'T MISS U」よりこちら、じょじょにブラック・ミュージック寄りのセンスを発揮しつつあるみたいだ。

 8曲目の「RABBIT OR WOLF?」は、先般の公開リハーサルで耳にして以来、ずっと気にかかっていた上田くんのソロ・ナンバーで、じっくりあらためてみても、やっぱり、これ、好き。端的にいってしまえば、RADWIMPSあたりがロール・モデルであるふうなミクスチャーを、よりファンキッシュな演奏に合わせてやっている。世界規模のメタファーにナルシスティックな情緒の入り混じったさまが、直感的なカタルシスをもたらしている点に今日性がうかがえる一方、メロディを性急に滑らせていった先のスリルが、何よりもつよいフックとなっているところに、この歌い手がすでに「BUTTERFLY」というナンバーをモノにしていたことを思い出す。

 はたして中丸くんのヴォーカルが、『NO MORE PAIИ』というアルバムにとって、どれだけ重要な役割を担っているか、これはもう随所で認識されるとおりだろう。くどいようだけれど、ここでまた「FARAWAY」を挙げてもよい。いっけん線は細いながら、前に出ても後ろに引いても、安定したスタンスで楽曲の盛り上がりを支える。だいたい、ビートボックスの技にしたってそうだし、本質的に器用なのである。シンガーとしては達者なのだ。12曲目の「FILM」では、その達者な面が、センチメンタルな叙情をぱあっと輝かせている。

 5人が5人、それぞれの素振りで鮮やかにしてきたカラーは、ラストを飾る「PROMISE SONG」に統合される。歌詞のなかで「FARAWAY」という祈りが反復される。まあファンにしてみれば、これ、絶対にコンサートの本編でもエンディングにかかるよね、的な予定調和のバラードなのだが、旋律自体にはそれに見合うだけの感動が用意されているので、時と場合によっては、ついつい、ほろっときてしまいそう。通常盤には「HELLO」というナンバーが、ボーナス・トラックで、最後に加えられている。ハンド・クラップ、ストンプ調のリズム、扇情的な掛け声、のいずれもが勇ましく。〈突き上げろRAISE YOUR HANDS! 煽って・もっと・もっと・規制・蹴り上げりゃHOLD ON YOU!〉なのであって、「PROMISE SONG」とは別種の余韻を味わえる。できるかぎりのことが費やされたアルバムだ。

 赤西仁の不在は、不在として、間違いなく、ある。それは必然、活動の単位で、楽曲の単位で、いくつかの展開を左右しているのだろう。しかし、たとえ今は6人が5人であろうともKAT-TUNはKAT-TUNにほかならないのであって、その心強さは消せない。すくなくとも『NO MORE PAIИ』は、それを証明してみせた。マスター・ピースになりえるとは決していうまい。だが、上記した理由において、全幅の信頼を寄せたい。

・その他KAT-TUNに関する文章
 「Going!」について→こちら
 「Love yourself 〜君が嫌いな君が好き〜」について→こちら
 『Break the Records -by you & for you-』について→こちら
 「RESCUE」について→こちら
 「ONE DROP」について→こちら
 「White X'mas」について→こちら
 『KAT-TUN III - QUEEN OF PIRATES』について→こちら
 「DON’T U EVER STOP」について→こちら
 「LIPS」について→こちら
 「喜びの歌」について→こちら
 『Cartoon KAT-TUN II You』について→こちら
 『Live of KAT-TUN “Real Face”』DVDについて→こちら
 「REAL FACE」について→こちら

 DVD『KAT-TUN LIVE Break the Records』について→こちら
 DVD『KAT-TUN LIVE TOUR 2008 QUEEN OF PIRATES』について→こちら

 コンサート『KAT-TUN LIVE TOUR 2010 公開リハーサル』(4月28日・さいたまスーパーアリーナ)について→こちら
 コンサート『不滅の10日間ライブ KAT-TUN TOKYO DOME 2009』(09年・東京ドーム)
  6月15日の公演について→こちら
  5月22日の公演について→こちら
  5月18日の公演について→こちら 
 コンサート『KAT-TUN LIVE TOUR 2008 QUEEN OF PIRATES』(08年8月5日・東京ドーム)について→こちら

・その他赤西仁、LANDSに関する文章
 『Olympus』について→こちら
 「BANDAGE」について→こちら

 コンサート『赤西仁 Star Live 友&仁 You&Jin』(2010年2月8日・日生劇場)について→こちら
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2010年06月09日
 At Night We Live

 ああ、これは間違いなくFAR(ファー)の再結成作にして最高傑作であろうよ。このすばらしさを導き出すため、バンドは一時の解散を経なければならなかったのだとさえいってしまいたくもなる。まさか、いや、まさしく98年の『WATER & SOLUTIONS』を越える感動が、通算5枚目のフル・アルバムとなる『AT NIGHT WE LIVE(アット・ナイト・ウィ・リヴ)』に宿らされているのである。

 とにかく、ヴォーカルのジョナー・マトランガとギターのショーン・ロペスがもう一度タッグを組んだことで、類い希なるケミストリーの生じているさまは疑いようなく、清かさと激しさが理想的に同居するなか、胸をいっぱいにさせるようなエモーションがたちまち編まれていく。

 ソロ活動はもとより、ONELINEDRAWINGやNEW END ORIGINAL、GRATITUDE等のユニットを通じ、研ぎ澄まされるほどにデリケートな歌声を披露していたジョナーが、ここにきて、かつてないくらいに力強いのはやはり、自身のREVOLUTION SMILEで硬質なヘヴィ・ロックをプレイし、DEFTONESやWILL HAVENのアルバム制作にプロデューサーとして関わったショーンの、そのスタンスを汲んだところが大きいだろう。両者のキャリアが幸福な再会をのぞんだ。結果、これぞFARであり、しかし過去のFARを逸したサウンドが響かされている。

 ベースのジョン・グーテンバーガーとドラムのクリス・ロビンによって支えられたグルーヴは、バンドの一体感を何よりも強調的にしており、1曲目を飾る「DEAFENING」からして、メンバー4人の全力が見事な輝きをつくり出すのだった。暗い色をスタートのラインに引きながらも、メロディは伸びやか。固い拳でぐっと押すかのような圧のかかった演奏がきらめき、ガッツを誘い、続く「IF YOU CARED ENOUGH」が代表的なとおり、どのナンバーも基本の構造はシンプルであって、同時にキャッチーなラインを備えているのだけれども、奥底からたしかな誠実さを覗かせている点に、このバンドの表現力を見つけられる。

 そしてそのことは、落とされたトーンを通じて〈Crowided and lonely lonely〉というフレーズであったり〈Touch me to find me〉というフレーズにパセティックな印象の綴られた3曲目の「WHEN I COULD SEE」や、雰囲気をポップにしているのに〈Give me a big, true, actual reason / To believe you / Give me a reason〉というコーラスが切なさをたっぷりとたたえた4曲目の「GIVE ME A REASON」において、よりいっそうの恵みをもたらしている。

 そばに孤独を置いたまま、想像上に希望を探し、憐憫を、できるなら励ましを、あらかじめ定められた世界像に太く書き加えようとしている、こうしたイメージを『AT NIGHT WE LIVE』には持てるのである。

 もちろん、アグレッシヴであることとメロウであることのコントラストが、そのままダイナミックなスケールを得ている5曲目の「DEAR ENEMY」以降も、現在のFARをFARたらしめているハイ・ポテンシャルが、ナイーヴな心の揺らぎを、たんなる屈託にはとどまらせない。アルバム中もっともパワフルな8曲目の「BURNS」は、MY CHEMICAL ROMANCEでいえば「I'M NOT OKAY (I PROMISE)」型の、要するに、現代的なアンセムのフォーマットであって、たいへんカタルシスにあふれている。同じくアップ・テンポな10曲目の「ARE YOU SURE?」も、若返りしたかのようにエネルギッシュだ。

 本編のラストにあたる11曲目の「THE GHOST THAT KEPT HAUNTING」まで、あるいはその後に用意されたボーナス・トラックの「PONY」を含め(日本盤はさらに「I'M DOWN」を追加収録している)、すべてが充実しているのだから、うれしい。間違いなくFARの最高傑作であるし、目覚ましく、美しく、逞しいアルバムだと思う。

 バンドのオフィシャル・サイト→こちら(音出ます)

・その他ジョナー・マトランガに関する文章
 『AND』について→こちら
 来日公演(05年12月9日)について→こちら
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2010年05月25日
 Id Will Overcome

 大して頭の良い人間ではないから、ちょっとばかし難しく聴こえてしまう音楽は勘弁であって、たとえばまあ、ギターを小刻みに変拍子を重ねるよりも、余計なものを削いでいくほどにシンプルなかっこうのなか、ヘヴィなリフをただ響かせていてくれたほうが、何はともあれ、燃えるよね。かっとなる。と、思うときがあるのだったが、THE ABOMINABLE IRON SLOTHのサウンドはどうかといえば、それだ。かつてはヴォーカル以外を、WILL HAVENのメンバーで固めていたグループである。現在はラインナップを違えてはいるものの、ずっしりとした低音のグルーヴに最大の魅力を宿らしている点に変わりはない。06年のファースト・アルバム『THE ABOMINABLE IRON SLOTH』と同様、セカンド・アルバム『THE ID WILL OVERCOME』にもまた、スラッジやドゥームの文脈を参照したかのようなアプローチが備わっているのだが、しかしこのバンドの場合、90年代におけるグランジ以降のモダンなハードコアやガレージのロックを思わせる、そうしたニュアンスの多分に含まれていることが一つの勘所となっており、ともすれば直情型、アグレッシヴで激しい印象の前面に出ている。テンポをスローに置いてはいるのだけれど、楽曲のほとんどは、3分にも満たないコンパクトさ、ワン・アイディアにダイナミックな仕上がりを施す。雄叫びのぎゃんぎゃんうるさいヴォーカル、ノイズ被りのギターはストレートなリフを力任せに畳み掛け、反復するリズムがぐるぐるとぐろ巻く。持ち味をもっともはっきりとさせているのは、4曲目の「TWO BLACK HELLCOPTERS」だろう。スピードに勢いを噛ませた8曲目の「BIG IRON DOOR」もなかなか。いかんせん、展開のヴァリエーションが豊富ではないため、全体を通してみると単調な面も少なくないが、とりあえずは燃えるし、かっとなる。それが美点だと目立たせることに成功している。

 バンドのMySpace→こちら
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2010年05月23日
 Diamond Eyes

 95年のデビューよりこちら、グランジやアメリカン・オルタナティヴ、モダンなヘヴィネス以降のミクスチャー・ロックを起点としたバンド群において、DEFTONESが傑出したグループであり続けているのは疑いようがないのだったが、00年のサード・アルバム『WHITE PONY』によって作り上げてしまった巨大なピークを、他のアーティストのみならず、彼ら自身が越えられずにいるのもまた事実であった。すくなくとも03年の『DEFTONES』と06年の『SATURDAY NIGHT WRIST』に関しては、方向性の豊かさを高く買うことができたものの、『WHITE PONY』の印象を上書きするまでのインパクトは得られていなかったと思う。さてはたして、通算6枚目となるフル・アルバム『DIAMOND EYES』はどうか。まさしくDEFTONESの新作と認めるのに十分な質の内容である。さすがではある。しかしながらディスコグラフィに並べられたさい、頭を一つ抜けていくかといえば、そうはいかない。まあ、すぐれたレベルの作品が提出されている以上、このへんはもはや、トップ・ブランドならではの困難と見なすべきなのだろう、であって、凡百のクラスがいかにふんばっても届けない域に在ることだけは間違いない。ひとまず、今作に関しての大きな特徴を述べるなら、オリジナル・メンバーのチ・チェンが意識不明の重体から回復せず、代役を立てているため当然ではあるのだが、ベース・ラインの組み立てが以前までとは決定的に異なっていることだ。元QUICKSANDのセルジオ・ベガのそれは、かつてよりもメロディアスなグルーヴを強調的にしていて、もしも新機軸と呼ぶに相応しい点があるとしたら、あんがいそこになるのかもしれない。このことはたとえば、2曲目の「ROYAL」や3曲目の「CMND / CNTRL」など、アグレッシヴなアプローチのなかに美しさを灯したナンバーの、リズム・セクションにおいてとくにあきらかであるし、タイトル・トラックにあたる1曲目の「DIAMOND EYES」や6曲目の「ROCKET SKATES」など、重量感のたっぷりな扇情性がじつに、らしい、と感じられるナンバーにも、やわらかなセンセーションを与えている。また、5曲目の「BEAUTY SCHOOL」や8曲目の「SEXTAPE」のような、テンションの高まりを極力抑え、スタティックに展開する楽曲が、過去になく際立っているのも、『DIAMOND EYES』の魅力となっており、おそらく、ライヴの場面では、ヴォーカルのチノ・モレノがギターを携えて歌うモードなのだと推測されるその、美しくも儚げな叙情に、浸る。

・その他DEFTONESに関する文章
 『SATURDAY NIGHT WRIST』について→こちら
 『B-SIDES & RARITIES』について→こちら

 06年8月10日の公演について→こちら

 バンドのオフィシャル・サイト→こちら
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2010年05月13日
 Going!(初回限定盤1)(DVD付) Going!(初回限定盤2) Going!

 聴けよ。ああ〈死んでねぇだけ「生きろ」今だろ?〉というメッセージの堂々たるや。

 6人のKAT-TUNが真のKAT-TUNである以上、5人のKAT-TUNは引き算にしかなれない、とは以前にも書いたのだったが、しかしそのマイナスが、すべての希望を無制限に飲み込んでしまうブラック・ホールではなく、より多くの幸運と新しいステップを彼らに与えるためのハンデになってくれればいいな、と思う。

 このような願いははたして、赤西仁抜きで制作された通算12枚目のシングル「Going!」によって叶えられたか。正直なところをいえば、こちらの胸に微妙なしこりを残す。いかんせん、前シングルである「Love yourself 」の切り拓いた地平は広く、そこで得られた興奮が大きすぎた。野心味に溢れたポップ・チューンであると同時にハイ・ポテンシャルなダンス・ナンバーでもあったあれと比べるなら、アイドルに用意された楽曲として保守的な路線にも感じられるし、つまりはKAT-TUNというグループのイメージが音楽性に再現されていこうとするとき、羽目外し、はからずも孕んでしまう個性と魅力とが、体よくまとめられたスタイルのなかに乏しい。

 作曲に「YOU」のSakoshin、そしてジャニーズ周りではスウェーデンの作曲チームと組むことが多い周水(Shusui)、編曲には嵐との仕事で知られ、「Love yourself」を担当した吉岡たく(Taku Yoshioka)を迎えた布陣は、万全なものといえただろう。だが残念ながら猛烈なケミストリーだけが起きなかったといわざるをえない。私見を述べれば、ある種の行儀よさ、やたらマイルドなテイストはおそらく周水の持ち込んだものであり、彼を加えずにSakosinのソング・ライティングを吉岡がアレンジしたならば、また違ったアプローチになったのではないか、と感じられる。

 しかしながらまったく特筆すべき点がないわけではない。かねてより、赤西くんを欠いたKAT-TUNにとっては田中くん(JOKER)こそがキー・マンである、という推測を個人的に持っているのだけれども、それはたしかにラップ・パートのふんばり、最重要なフックとして躍動する個所を得、実証されているのだった。これまでの(『マブ論』でライムスターの宇多丸がいっていた言葉を借りて述べるなら)ジブラばりのサグさを抑えめ、クレバの柔軟さを少しばかり学んだかのような押韻は、ともすれば爽やかさの重視が引っかかりの弱さへと通じてしまうタイプの楽曲において、もっともでかいカタルシスとなりえているのである。

 さしあたり(一時的にではあれ)体制を違えてしまったKAT-TUNがあげるべき狼煙に「Going!」が相応しいかどうかの判断をつけにくいのは、新境地というよりも安全策に受け取られかねない作風が、引き算の公式を打ち破れていないからであって、曲調はまったく違えども、やはり赤西くんの離脱を受けてリリースされた「僕らの街で」が、ソング・ライティングのレベルとはべつに、複雑な気持ちを抱かせたことを思い出させる。

 つまりはグループが有しているカラーの問題なのであった。KAT-TUNならではの色、色合い、それはしかし、通常盤の2曲目に収録された「FALL DOWN」で、たとえ6人が5人になろうとも、しっかり発せられている。

 欧米のモダンなラウド・ミュージックをJポップのラインにカスタマイズしてきたかのような「FALL DOWN」は、そもそもこのグループがミクスチャー・ロックのアプローチとひじょうに親和性の高かったことを、ふたたびあきらかにしている。そしてここで、正しくキー・マンたる役割を果たしているのが、田中聖であることは疑いようがない。過去には「PARASITE」や「PIERROT」などのソロ・ナンバーで、同様のアイディアを実践していたのが田中くんではあるが、そこで得られた成果を、今度は5人編成のコンビネーションに応用、敷衍化することで、これぞKAT-TUNだというテンションをまざまざ実現してみせている。

 グループの単位でいうなら、たとえば「LIPS」で試みられたスピード・メタルとは決定的に違う、もしかすれば「愛のコマンド」や「MOON」のヘヴィ・ロックに近しく、その延長線上にあるのかもしれないが、若さを盾にした勢いは初期の「SHE SAID...」さえも彷彿とさせる。いずれにせよ、そうした先行例に比して田中くんのラップ・パートはアグレッシヴなぐらいに前面化されている、このことが「FALL DOWN」に、日本のアイドルに与えられたそれとしては、破格なまでのインパクトをもたらしているのだ。

 冒頭に引いた〈死んでねぇだけ「生きろ」今だろ?〉というフレーズは、JOKER(田中くん)が「FALL DOWN」のラップ・パートにあてた自作詞なのだけれど、こういったクリシェを今どき、照れず、冷めず、茶化さず、まっとうな熱量に変えられているその正直さは讃えられてよいし、〈One who was wearing the lousty trousers was me. 'N who was drunken by the Sex Pistols and the bottle of whisky was me〉という英語詞にうかがえるバッド・ボーイズ、ロック・スターへの憧憬こそが、メロディアスなヴォーカルと対を為しながら吐き出される言葉群に、刹那的なエネルギーを召喚しているのは間違いない。

 ところで、こうした激しめのナンバーで亀梨くんが力むのを耳にするたび、いつだったか彼が何かのラジオ番組で、カラオケに行ったらNIRVANAやSLIPKNOTを歌う、とコメントしていたのを思い返し、微笑ましい気持ちになるのだったが、それはともかく、「ONE ON ONE」の頃より、田中くんのラップといえば、中丸くんのヒューマン・ビートボックスであって、「FALL DOWN」を盛り上げているもう一つの黄金律はそれだろう。

 中盤、ギターのソロを向こうに回し、先ほど挙げた〈One who was……〉という田中くんのアジテーションに絡んでいき、双方のアクセントをさらに深くするスクラッチのノイズを聴かれたい(カラオケのヴァージョンではオミットされていることからも中丸くんのビートボックスであることが察せられる)。とくに、これはほかのナンバーにもいえることなのだが、メタリックなギターとヒューマン・ビートボックスの相性が音楽面の特徴となっているアーティストは世界的にレアなのではないかと思うし、中丸くんの卓抜したスキルがそれを可能にしている点は指摘しておきたい。

 あまりにも長くなったのでとりいそぎ、初回限定盤の2に田中くんのソロ・ナンバーである「I DON'T MISS U」と中丸くんのソロ・ナンバーである「Answer」が収められることになったのは、上記したとおり現在の編成にあって貴重な役割を負っている2人なだけに興味深い。

 どちらもメロウな仕上がりのラヴ・ソングではあるものの、それぞれの資質が異なったかたちで反映されていて、「I DON'T MISS U」のミステリアスな響き、メロディをともないながら〈君はlike a 頭 かき回すMuddler〉であり〈忘れたい君の思い出はSyndrome〉なので〈DJ巻き戻せ出会いのIntro〉とラップされるフレーズのセンスは、じつに田中くんらしいし、しびれるし、澄み渡った情緒の「Answer」では、中丸くんのやわらかな歌声が、せつなさの影にあたたかな励ましをつくる。〈雨の中 夜の中〉と〈遠くまで 遠くまで〉と続いていくリフレインが、とてもやさしい。

 ・その他KAT-TUNに関する文章
 「Love yourself 〜君が嫌いな君が好き〜」について→こちら
 『Break the Records -by you & for you-』について→こちら
 「RESCUE」について→こちら
 「ONE DROP」について→こちら
 「White X'mas」について→こちら
 『KAT-TUN III - QUEEN OF PIRATES』について→こちら
 「DON’T U EVER STOP」について→こちら
 「LIPS」について→こちら
 「喜びの歌」について→こちら
 『Cartoon KAT-TUN II You』について→こちら
 『Live of KAT-TUN “Real Face”』DVDについて→こちら
 「REAL FACE」について→こちら

 DVD『KAT-TUN LIVE Break the Records』について→こちら
 DVD『KAT-TUN LIVE TOUR 2008 QUEEN OF PIRATES』について→こちら

 コンサート『KAT-TUN LIVE TOUR 2010 公開リハーサル』(4月28日・さいたまスーパーアリーナ)について→こちら
 コンサート『不滅の10日間ライブ KAT-TUN TOKYO DOME 2009』(09年・東京ドーム)
  6月15日の公演について→こちら
  5月22日の公演について→こちら
  5月18日の公演について→こちら 
 コンサート『KAT-TUN LIVE TOUR 2008 QUEEN OF PIRATES』(08年8月5日・東京ドーム)について→こちら

・その他赤西仁、LANDSに関する文章
 『Olympus』について→こちら
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 コンサート『赤西仁 Star Live 友&仁 You&Jin』(2010年2月8日・日生劇場)について→こちら
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2010年05月07日
 Infestation

 正直なところ、RATTのいくつかの作品より、ヴォーカルのスティーヴン・パーシーがその後やっていたARCADEのファースト・アルバムのほうが、疾走性が高く、アグレッシヴであり、ダークさもあって、好きに思っていた人間だから、今さらLAメタルだラットン・ロールだの言われても、どうかな、だったのだけれども、11年ぶりとなる新作『INFESTATION』のリリースに際し、まさか『ロッキング・オン』の5月号(先月号)に、ギターであるウォーレン・デ・マルティーニのインタビューが載っているのを目にして、驚き、『BURRN!』の5月号(これも先月号)で、バンドに対して理解の深い広瀬和生が95点のレビューをつけているの見て、驚き、まあいくらでも穿った見方はできようが、しかし以前だったらまったく考えられなかった事態に興味を持たないはずがないんだ。じっさい、なんだよ、これ、すげえいいじゃねえか。サウンドのスタイルは、定型的なアメリカン・ハード・ロックであり、その、良くも悪くも期待を裏切っていないところが、ファンには納得の魅力ではあるものの、いやむしろ、いったんは前線からはねられた感のあるベテランが、ふたたび、これほどまでにエネルギッシュな作品を送り出してきたことが、ブリリアントなのである。するどくエッジを立て、切り込んでくる1曲目の「EAT ME UP ALIVE」、AEROSMITHやVAN HALENをルーツにしていたことを正しく追確認させるかのような2曲目の「BEST OF ME」等々、90年の『DETONATOR』や97年の『COLLAGE』では失われて久しかったフレッシュさを取り戻しているのが、嬉しい。どのナンバーにもつよいフックが備わっており、爽快にかっ飛ばす。見事なる復活劇を遂げた以上の価値がある。

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2010年04月29日
 不安がないといえば嘘になる。しかしながら結局のところ、大丈夫なんだぞ、大丈夫、これまでだっていくつもの逆境を乗り越えてきたじゃないか、だからKAT-TUNは大丈夫なんだぞ、と思う。渡米を理由にした赤西くん二度目の離脱を受けての今回のツアー、もちろん、グループに6人揃っているのが真の姿である以上、1個のピースが不足していることは、単純に引き算にしかならない。ファンにしてみたらこれほどの不安はそうそうないのであったが、それでも当人たちが、とりあえずは前向きに歩みを進めるよ、と決めたのであれば、付いていくしかないのであって、はたして是と非のどちらに自分の心が傾くのか、確認するためにも、戸惑いながら、昨日はさいたまスーパーアリーナへ、公開リハーサルと銘打たれた公演を観に行ったのだった。

 結論はすでにいったとおり、大丈夫なんだぞ、こう信じられるだけの成果を得られたように感じられる。本格的なツアーがまだスタートしていない段階であるので、ショーの内容に詳しく踏み込むことは避けるけれども、いやいや、じっさい公開リハーサルという名目がどういった内容を指すものなのか、事前にはまったく予想がつかなかったのだが、おおよその流れだけが決まっているなか、セット・リストも決定的とはなっておらず、赤西くんのパートの振り分けをメンバーが忘れてしまう箇所もあり、バック・スクリーンや特殊効果が正常に機能していない場面もたびたび、楽曲の途中にストップがかかったり、中断も少なくはなく、コンサートとして評価するにはあまりにも未完成だったし、間違いなくファン・サービスの域を出てはいなかったものの、あるいは課題を多く残していたがゆえに、おそらくは今後それらが修正されていけば、おお、と感心させられるだけのステージが繰り広げられるかもしれない可能性、期待を十分に受け取ることができたのである。

 あの、赤西くんの、ヴォーカルの力強さを欠いている点が、楽曲の線すら細くさせてしまっているかのような印象は、たしかにあった。これはもう、いくら他のメンバーがフォローし合おうが、拭えないところだろう。だがかわりに目立ち、以前にも増して顕著となっていたのが、田中くん(JOKER)のラップであり、中丸くんのヒューマンビートボックスであって、音楽性の面を考えるなら、この両者の存在感が、5人編成のKAT-TUNにとって重要なキーであることは疑いようがない。少々ネタを割ってしまうことになるのだけれども、初期のナンバーに属し、田中くんと中丸くんのスキルの遺憾なく発揮された「ONE ON ONE」が、まさか、というか、やはり、というか、このとき披露されたのは、じつに象徴的であった。一方、もしかすれば6人編成のKAT-TUNにおいてニュー・アンセムたりえた「Love yourself」のクライマックス、赤西くんのオートチューン・パートに託されていたフックが、田中くんの壮烈なラップに差し替えられていたのは、ヴァージョン違いとしては全然あり、どころか楽曲のインパクトを新しくしていて、ひじょうにかっこうよかった。

 ほかにも、上田くんのソロ・ナンバーが意外なほどすぐれた今様のギター・ロックで驚かされる等々、触れたいところはあるのだったが、それはまあ、本番のコンサートをレポートするさいに残しておきたい。いずれにせよ、だ。たしかにコンサートと呼ぶには正直めちゃくちゃ、とっ散らかったステージは、公開リハーサルとエクスキューズするより仕方がない。しかし、たとえメンバーの1人を(一時的に、でいいんだよね)欠いたとしても、KAT-TUNは自分たちがKAT-TUNである理由を背負い、前進、将来を諦めず、描き、歩み続けることを選んだ、それだけはしっかりと確認されたのであって、よし、大丈夫、まだまだこのグループに付いていける、当然不安はあるよ、でも大丈夫なんだぞ、あらためて気持ちを昂ぶらせた次第である。

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2010年04月24日
 Evil Power

 とどのつまりは、気に入らないことと面と向かうのに必要なパワーを寄越せよ、ガッツを寄越せよ、と思うのだ。手の平をいつもグーに握らせていてくれるようなBGMを鳴らせよ、と願う。エクストリームなハードコアもデス・メタルもストーナー式のロックン・ロールも渾然一体にし、無作法なほどがしがしと響かせる、それこそが米イリノイ州シカゴ出身のトリオ、LAIR OF THE MINOTAURの使命であって、08年のサード・アルバム『WAR METAL BATTLE MASTER』に続く本作『EVIL POWER』も当然、このバンドならではのえげつなさをあらためて認識させると同時に、ストレスでがんじがらめになっているのなら大声で叫べよ、という気分にしてくれる。要するに、エキサイティングなのである。今回よりSOUTHERN LORD RECORDSではなく、自身たちで立ち上げた新レーベル、THE GRIND-HOUSE RECORDSからのリリースになったことが作用しているのかどうかは知らないが、しかしある種の新鮮さはたしかに再獲得されているし、以前にも増して焦点の定まった印象がするなかに、高純度で高密度で高濃度な轟音がひっきりなしとなっていて、何はともあれ4曲目の「EVIL POWER」が最高潮に好き。いかしている。すなわち、アルバムのタイトル・トラックにあたるわけだけれども、その、ゆるく隙間の空くことを許さぬほどに硬質さのきわまった演奏は、様式の陥穽に陥ったヘヴィ・メタルのパターンを、解体、ではなくて、強調、しているようですらあり、一歩間違えれば、怠いばっかりの展開しかもたらさないのであったが、どっこい手数の多さにノイズの濁りを加えることによって、緊迫感をすさまじくし、過剰化、凶悪化することで従来のイメージをデフォルメ、上書きしている。ギター、ベース、ドラムのダイナミズムは力押し、そしてEVIL POWER! EVIL POWER!(イーヴォーパーワー! イーヴォーパーワー!)と連呼されるコーラス、ともしたら馬鹿馬鹿しくなってもよいはずの振る舞いが、いやいや、熱湯をぶっかけられたときのように、ぎょっときてしまうのだから、弱るよ。まさしくイーヴルな魅力にやられちゃうのであって、同じことはここに収められたすべての楽曲に対し、いえる。いずれにせよ、LAIR OF THE MINOTAURの禍々しいカタルシスに満たされているあいだは、どれだけ気に入らないことが立ち阻んでいてもへいちゃら、パワーを、ガッツを、不足したりはしない。

 『THE ULTIMATE DESTROYER』について→こちら
 『CANNIBAL MASSACRE』EPについて→こちら

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2010年04月23日
 Heavy Breathing

 とかくこの世は気に入らないことばかりなのだったが、ときどきはそういった諸々とうまくやっていけないもんだろうか、と思う。しかしうまくやれないや、と思う、結局のところ、うまくやっていく必要なんかねえんだ、と思う。うまくやっていけないから気に入らないのではない、気に入らないのでうまくやっていきたいくない、これはもちろんネガティヴな意見に相違ないのだけれども、くそでしかないものと和解することもまたくそである、そう振り切るほどに信じ抜き、腹を決めるかのような態度がやたらポジティヴに受け取れることがあり、はたしてパワフルでハイパーなパッションとエネルギーを彷彿とさせる。それにしても米ワシントン州シアトル出身の5人組、BLACK BREATHのサウンドときたらどうだ。昨年にリリースされた4曲入りのEP『RAZOR TO OBLIVION』には、いやはやこれはたまらない、激しく突き動かされるものがあったが、満を持してのファースト・アルバム『HEAVY BREATHING』にも、たとえ天地がひっくり返っても自分だけは覆らないぞ、と言わんばかりの太い芯が剥き出しなのであって、ハードコアとデス・メタルとロックン・ロールのマナーをミックスし、あらんかぎりアグレッシヴに出力していくスタイルは、ENTOMBEDやDISFEARのもっとも刺激的な箇所を受け継いでいるふうでもあるし、今回ツアーに帯同することになっているCONVERGEの近作ともかけ離れていないばかりか、同じくSOUTHERN LORD RECORDSに所縁のあるLAIR OF THE MINOTAURにも一脈通じている気がする。じっさい、バンドのメンバーは『EL ZINE』誌のインタビューで、影響を受けたアーティストの一つにENTOMBEDを挙げており、ヴォーカルがフェイヴァリットとして挙げているなかにL-Gペトロフ(ENTOMBED)やトーマス・リンドバーグ(DISFEAR)の名前を見つけられるのは興味深い。本作がレコーディングされたのはカート・バロー(CONVERGE)が所有するGOD CITY STUDIOSである。たしかに着想はまったくのオリジナルではないだろう。にもかかわらず何かのコピーであったりフェイクでは絶対にない。こう断言できるだけのインパクトがすばらしく、その轟音には備わっている。1曲目の「BLACK SIN (SPIT ON THE CROSS)」からしてもう、アクセルを大きく踏みっぱなし、鮮烈なドラムのアタック、2本のギターはヘヴィ・メタリックなうねりを上げ、重低音のぶいぶい利いたベースのラインと併走する。もちろんヴォーカルは雄叫びよろしく盛っている。それがかっこう悪いわけはないんだ、というスピードをフルに満たした楽曲が、中盤、テンポを落とし、ぶ厚いグルーヴのとぐろ巻く展開からふたたび加速していくさまに、自然と拳を握る。破竹の勢い、猪突猛進型の馬力がいかしたチャームではある。一方、インストゥルメンタルで構成された6曲目のタイトル・トラック「HEAVY BREATHING」や、スラッジやドゥームのごとき印象を引きずった9曲目の「UNHOLY VIRGIN」のように、スローでいて不吉な響きにも、ずぶずぶとはまっていく中毒性がある。要は、テンションの高さのみでは十分に判ぜられないポテンシャルが、端々にうかがえるのであって、しかしそれがソリッドに、容赦なく、乱暴なぐらいの豪快さで叩きつけられるとき、さっきまでのフラストレーションは木っ端、砕け散る。

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2010年04月14日
 United by Fate

 やっほう。燃えたし弾んだ。何はともあれ、である。RIVAL SCHOOLSのライヴを生で観るのは、おそらくこの日会場に集まったファンのおおよそと同じく、02年のサマー・ソニック以来のことなのだが、いやしかし正直なところをいえば、前回の公演はフェスティヴァルの一角だったこともあり、たしか良いパフォーマンスだったよね以上の記憶をなくしてしまっていたのだけれど、あらためてRIVAL SCHOOLS好きだわ、なんてグッドなヴァイブレーションを持ったバンドなんだろう、と言いたい。それぐらい魅力的なショーの内容であったよ。

 とにかくまあ、前提としては、01年にリリースされた傑作級のアルバム『UNITED BY FATE』の楽曲を、この2010年に、ふたたび、ライヴで聴けたのが嬉しい。GORILLA BISCUITSやQUICKSANDの活動で知られるウォルター・シュレイフェルズを中心に、イアン・ラヴ、キャッシュ・トルマン、サム・シエグラーの、それぞれ80年代から90年代にかけてニューヨーク・ハードコアのシーンと深く関わってきたメンバーによって結成されたRIVAL SCHOOLSが、そこに響かせていたのは、ポップでありハードでありメロディアスでありグランジィであるような、しごく良質のギター・ロックであった。どのナンバーも、3分の幅をベースに、エモーショナルと評してもまったく差し支えがないだろうね、な感動をとらえていて、今もなお古びてはいない。それらが時を経て、まさしく目の前で演奏されるのだから、びりびりくるものがあらあ。

 はっきりいって、四人が最初ステージにあらわれたときの印象は、ぜんぜんいかしていない。ベースのキャッシュに雰囲気があるぐらいで、あまりはっとしない佇まいのバンドである。演奏がはじまった段階でもそれは大きく変わらない。ギターを携えながらフロントに立ち、ヴォーカルをとるウォルターは、ひょうきんにはしゃいだおっさん、といったところであって、カリズマ云々に喩えられるものはいっさい見られないのだったが、しかしどうしたことか、パフォーマンスがじょじょに熱を帯びるにつれ、ああイメージに釣られるのとはまたべつのかっこうよさがここにはあるな、と思わされる。本質の部分で、がしっと胸を掴まれる。ギター、ベース、ドラムのアンサンブルが、楽曲を前面化させ、ウォルターの真剣な眼差し、必ずしも圧倒的なわけではないが、せつなさをたしかにせつなくのせる歌声がきっかけとなり、グルーヴの底に込められていた情景をひどく鮮明にしているので、いつの間にやら気を呑まれてしまう。

 当然といえば当然なのだけれども、セット・リストに『UNITED BY FATE』からのナンバーがふんだんであったのは嬉しかった。やはり、スローでダイナミックなバラードふうの「UNDERCOVERS ON」はパセティックなほど染みるし、やはり、鮮烈なギターのリフと重低音のリズムとが激しくも轟いた「USED FOR GLUE」はアンセムにも感じられるほど熱く。個人的には、準インストゥルメンタルな「HOOLIGANS FOR LIFE」が最高潮にフェイヴァリットで、あの、すべてが上昇の気流を巻き起こしていくかのような輝き、まばゆさときたら、たまらず、歓喜の声をあげたのだった。

 さらには合わせて披露されたいくつかの新曲がまたナイスな案配であって、おおこれはリリースが予定されているらしいニュー・アルバムにも期待せざるをえない、と思わされる。
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2010年04月04日
 newbohemia.jpg

 まいったな。軽々しく傑作と口にすべきではないのだったが、しかしこれは傑作と言って差し支えがあるまいよ。フィンランド出身の3ピース、LAPKOの通算4枚目となるフル・アルバム『A NEW BOHEMIA』のことだ。08年の前作『YOUNG DESIRE』が個人的にジャストな内容で、すっかりと贔屓になってしまったバンドではあるものの、いやはや、それを上回りつつ、アグレッシヴ・メランコリーの何たるかをさらに聴かせてくれるのだから、諸手を挙げるよりほかない。サウンドは激しさを増し、メロディはなお印象的に、コンパクトなスタイルのなか、悲哀と高揚とが鮮やかなほどポップにめまぐるしくロックする。以前にも増してハードな触感がつよまり、また中性的な声質のヴォーカルも手伝って、90年代頃の、要するにストレートでグランジィなアプローチを採用していた時期のRUSHを彷彿とさせるところが大きくなった気がする。そしてそれが功を奏し、ドラマティックかつダイナミックな展開に魅せられるものも多くなったように思う。とりあえず、である。バック・グラウンドにスケールの広がりを演出、同時にトリオ編成ならではのスリリングな演奏を繰り広げる1曲目の「I DON'T EVEN KILL」で幕開け、ごつごつとしたリズムをともなってスピードを出していき、場合によってはTHURSDAYにも近しい衝動、轟音が強調された2曲目の「KING & QUEEN」へ雪崩れ込む、そのかっこうよさを耳にした時点でガッツ・ポーズをとったね。リード・トラックにあたる3曲目の「I SHOT THE SHERIFF」は、これぞLAPKOとでもいうべき旨みの詰まったナンバー、キャッチーでエネルギッシュな3分間にときめく。アルバム・タイトルでもある4曲目の「A NEW BOHEMIA」は、センチメンタルなメロディが魅力的である一方、コーラスに入ろうとする展開において、ドラムの猛烈になるさまがぐいぐいくる。前半はもちろん、後半にもナイスな楽曲が揃えられているのだけれど、7曲目の「PLEASE NEED ME」をハイライトに挙げたい。最高潮に好き。ミドル・テンポを基本に、低音はずっしりと重く、濃厚にグルーヴがうねるなか、きらきらとしたギミックの響きを得て、ソリッドなギターの切っ先が、題名どおりのフレーズが、どこまでもせつなく、鮮明にエモーションをシェイプする。一瞬、楽曲の冒頭に通じるかたちで、ラストを迎えたかを装い、その後、打音を重ねたエンディングを盛り込んだ構成も、なかなかに決まっている。スローなペースの6分間がそのまま、甘美な叙情を浮かび上がらせる10曲目の「SHARE TODAY」は、ひじょうに豊かな作品の、全体を締めくくるのに相応しい。『A NEW BOHEMIA』は、劇的なアルバムである。パセティックなアルバムであって、躍動にあふれたアルバムである。そうしたすべてに胸の打たれる。

 『YOUNG DESIRE』について→こちら

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2010年04月02日
 さくらガール 【初回盤】

 春に桜、といういかにも今日のJポップ的なアイディアは安易であるかもしれないが、いやしかしこれ、NEWSのニュー・シングルである「さくらガール」にあふれるポジティブなフィーリングには、この季節の陽光がそうであるように、心をすこし、軽く、あたたかくしてくれるものがあって、悲しい気分にばっかり浸ってちゃいかんぞ、と、つい思わされる。歌詞のレベルで見れば、恋人との別れ、しかもそれを切り出された立場をモチーフにしている以上、どうしたってせつないし、やるせない。けれどもアップ・テンポに弾んでゆくメロディが、そのさわやかさが、とりあえず前に進めるしかない足どりのまま、しっかり保とうとする意識を後押し、フレーズの一つ一つを感傷からすくい出しているのである。〈儚いから・綺麗なんだってさ・そんなこと灰色になった今・聞きたくないのさ〉こうした言葉のなかに込められたエモーションは痛々しい。そしてそこから導かれる〈さくらのような・君でした・春のような・恋でした・いつまでも・続いてゆくと・そんな気がしてた・風が吹いて・散るように・はらはらと・散るように・あの風が・連れ去ってゆく・舞って・待って・僕のさくら〉という願いも決して明るくはないだろう。だがそれはたぶん、寂しさに目をつむり、すべてを曖昧の裏側に隠してしまうのではなく、今はもうないものをたしかめ、逃げまいとする、言い換えるならば、寂しさを発見することの内に新しい感動を得、自分を腐らせないでおこうとするための手はずであることが、楽曲の上昇的なトーンによって証明されているのだ。ソング・ライティングとアレンジに関わっているヒロイズムは、08年のサード・アルバム『color』に収録された「FLY AGAIN」でも作曲を担当していた。あれもやはり、一定にリズムをキープした打ち込みの低音が心地好い一方、主題はメロウであり、にもかかわらずメンバーそれぞれの個性を出しながらカラフルにパートをチェンジするヴォーカル、ユニゾンは力強く、キャッチーなリフレインには励ましを手渡してくれるものがあった。そのマナーを、曲調は異なれど、ヴァリエーションを違えながら引き継いでいる印象が「さくらガール」にはある。ねえ君のことを忘れられないのはつらいけれども、その気持ちを忘れないことこそがこうして生きる線上で大切にしなければならないんじゃないかな。まるでそう言い聞かせているみたいな純粋さが胸を打つ。そして胸をえぐるのが、だ。初回盤と通常盤の双方に入っている2曲目の「あなたがとなりにいるだけで」である。松尾潔が作詞し、ジャニーズのファンにはお馴染みのShusui(周水)とスウェーデンのソング・ライターが手がけたバラードは、あんまりなほどに誰かがいっしょにいられなくては生きられないことをうたうラヴ・ソングなのであって、この手を離れていった奇跡や希望の価値に、ああ胸が苦しくなる。

 「恋のABO」について→こちら
 『color』について→こちら

 コンサート『NEWS WINTER PARTY DIAMOND』(12月30日・東京ドーム)について→こちら
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2010年03月27日
 Simple Pleasures

 大丈夫。大丈夫、たとえTHE HELLACOPTERSやBACKYARD BABIESが活動を休止してしまったところで大丈夫なんだぞ。思わずそう呟きたくなるようなロックン・ロールを聴かせているのが、ノルウェー出身の4人組、BLOODLIGHTSなのだった。上述した2バンドと縁の浅からぬGLUECIFERの元ギターが、メンバーを集め、06年に結成したグループであって、ここではヴォーカルもとっている。07年に発表されたデビュー・アルバムの『BLOODLIGHTS』では、痛快なロックとロールをびしばしと決めていたが、この今年リリースのセカンド・アルバムとなる『SIMPLE PLEASURES』でも、基本線は変わりなく、同時代的なギミックに頼らず、きわめてシンプルに、なおかつソリッドに、ギターのリフがぎゃんと高鳴り、アップなテンポで演奏が走り出せば、それだけでもう十分にかっこうのついた姿形をアピールしているのだから、そうそう、これ以上にいったい何が必要だったっていうんだ、と、勝手に盛り上がってしまう。複雑で高踏なサウンドはそれはそれでいて当然、えらい、けれども、1足す1が2のロジックが単純明快な強度を持っているのと同様、もっとずっと直感的に、あ、とくるものがある。わ、となるものがあるので、うずうずさせられるのだ。アグレッシヴな部分や音の厚みを計るなら、おそらくは前作のほうが上であろう。しかし、それらを薄く削いでいき、きめの細かな響きを際立たせているおかげで、力押しのGOを出すばかりではない、引きの美学を含むような色気が生じている。メロディのラインは意外なほどにキャッチーでありポップである。爽快なまでの親しみやすさ、ライヴ感と整合性とが、まさしくジャストのバランスで備わっている点に、GLUECIFERともTHE HELLACOPTERSともBACKYARD BABIESとも似て非なる個性を見つけられる。それこそ3曲目の、タイトル・トラックとなっている「SIMPLE PLEASURES」は、ハード目な2本のギターによって描かれるコントラストの、鮮やかな印象に、BACKYARD BABIESの「STAR WAR」を思わせるふしもあるのだったが、いやこれが、ある程度までスピードを落とし、メランコリックな情緒をつよくしながらも、黄昏に浸らないだけの熱を帯び、ぐんぐんガッツを高めてゆく、その、ひたすら魅力的なそぶりときたら。うんうん、ロックン・ロールってやっぱりいいよね、と言いたい。心地の好いロックン・ロールを耳にしていると、自然、元気がわいてくるものだけれど、このアルバムはちょうどそんな感じ、爛々として、嫌な感情をワキに除ける。

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2010年03月25日
 dolcim.jpg

 ままならないことばっかりの世界に対して怒りのようにも悲しいようにも思う。はたしてその感情を何と呼べばよかったのか。苛立ち、の一言で事足りるのかもしれない。が、たしかな名前を与えず、抽象的なままするどく、アグレッシヴな音のイメージのなかに磨き上げ、一撃、耳に突き刺さってくると鼓膜の奥へまで切って入り、脳のどこかに達したところで、フラストレーションを追いやるほど、アドレナリンをサージさせる。米テネシー州ナッシュビル出身のトリオ、DOLCIMが昨年にリリースしたファースト・フル・アルバム『GUILLOTINE RIDE』で聴かせるのは、まさしくそんなサウンドであった。すなわち、かっこうよくて痺れるよ、ということである。前身のCEASE UPON THE CAPITOLも、方向性は等しく、なかなかにいけていたけれど、いやもしかすればそこにあった衝撃を上回りそうな勢いの、繊細でいて豪快なシュプールを描く。叫び、のたうち、急展開のうねりを持った楽曲がスピーディに解き放たれる様子は、要するに激情と喩えられるハードコアの路線ではあるが、とにかく、ソリッド、ソリッド、ソリッドに躍動のレンジを広げていき、随所に儚くも美しいタッチを滑り込ませながら、そのすべてが心地好い熱狂を完成させる演奏の、とくにダイナミズムに秀で、圧倒されるものがある。ひたすらテンションが高いのはいうまでもない。轟きのぎゃんぎゃん叩きつけられる向こう、華麗でいてフックのつよいメロディがひとしきり、苦悶を地上へ地上へと洗い流す雨のごとく降り注いでいるのも、ぐらっと心揺さぶる。1曲目の「ALVIS HAS LEFT THE BUILDING」から躊躇わずに前面化される超スペクタクル、静寂を中盤に持った8曲目の「SENIOR CITIZEN'S KANE」はノイズの絶景を描き出す。11曲目のラスト・ナンバー「#7」まで、ああ、全編がクライマックスとはこれのことかよ。それがたとえ怒りであれ悲しみであれ、剥き出しの衝動、迫力に充ち満ち、この世界の理不尽さに耐えなければならないことの憂鬱をいっさい、飲み尽くす。

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2010年03月05日
 Phoenix

 単純にサウンドのイメージは、エピタフ傘下であるヘルキャット・レコード所属のポップ・パンク、あるいは若手のいかにもLA出身であるようなパワー・ポップ、と言って察せられる範囲内に置かれてはいるが、いやしかし、かくいう文脈を差っ引いてみたところでまずは何より、その、フレッシュなメロディの、どこか甘く、どこか熱く、どこか切なくて、まざまざとした弾道に胸を打たれる。ああ、キャッチーに弾けてゆく演奏が心地好さを増し、体を揺らしたくなるなか、ついついぐっとくるものがあるぞ、と思わされるのである。05年のファースト・アルバム『WELCOME TO THE WORLD OF ORANGE』の段階ではまだ、中心のメンバーが十代だったせいか、荒削りであっても初々しさの直接的な疾走性でのりのり、押し切る部分がつよかった。もちろんそれは必ずしも低く見積もられるものではなかったろう。だが、07年のセカンド・アルバム『ESCAPE FROM L.A.』を経、このサード・アルバム『PHOENIX』に至っては、以前の勢い、エネルギーを失わないまま、より幅広に音楽的な思慮を掴みつつ、そしてすべての要素が、繰り返しになるけれど、フレッシュなメロディの、まっすぐに響き渡り、うずうずしてき、感情を動かされるほどの魅力へ、総和されている。ベースを構えながらフロントをとるジョー・デクスターのヴォーカルがよい。日本盤のライナー・ノーツで行川行彦が、彼の才能と歌声をGREEN DAYのビリー・ジョー・アームストロングの名前を引き合いに出しながら賞賛していて、うんうん、たしかに頷かされるものがあるのだったが、そこで一般的に想起されてくるのはもしかしたら、『NIMROD』もしくは『WARNING』以降のGREEN DAYでありビリー・ジョーではないか、という気がする。要するに、ジャンル上の方便を抜きに立派なのだ。そのことは、アコースティカルに綴られる6曲目の「I WITH」や、スローなテンポからダイナミックに盛り上がる10曲目の「FALL INTO THE SKY」、ルー・リードをカヴァーしたうつくしい12曲目の「PERFECT DAY」などで、とくに実感される。当然、ORANGEというバンドの本領発揮であるようなアップ・テンポのナンバーにおいてそれは、脳天気な空騒ぎとは異なるベクトルを得、歌われるエモーションを十分に信じられるだけの説得力を持ちうる。ラヴ・ソングみたいでありハッスル・チューンみたいでもある5曲目の「HOLD ON TO YOUR HEART」が、ひじょうに好き。バッキングはスピードを抑え、印象的なフレーズの並びによって、あかるく染まりきれない気分が次第に上昇されてゆく様子を、力強く叙情している。焦がれ、手を伸ばしても届かない。それでも諦めだけは引き受けまいとすることの誠実さを思う。

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2010年02月26日
 Throwing.jpg

 THROWING KNIVESはオーストラリア出身の4人組であって、このバンド名ままのEPとなる『THROWING KNIVES』は、どうやらCD化はされておらず、iTunes Storeで購入した。という基本事項から書きはじめたのは、正直、それ以上の情報をよく知らないからなのだが、たしかREVOLUTION SMILE(FARのギターがやっているバンド)のMySpaceからリンクしていって知った。プロフィールを見ると、SOUNDS OF COMAやFRINGOといったバンドのメンバーによって結成されたらしく、いやそれらに関しては残念ながら未聴ではあるものの、フェイヴァリットとして90年代にオルタナティヴ系と呼ばれたアーティストがいくつも挙げられているとおり、なるほど、じっさいのサウンドにもそういうタッチがすくなからず含まれているように思う。より正確を期すなら、アフター・グランジにあたる時代の特性に近しいニュアンスを多く持ち、しいて喩えるとすれば、INCUBUSをずっと単純にハード・ロック化させたような感じだろうか。あるいは、FAITH NO MOREからミクスチャーとハードコアの要素を大胆に抜き、まっすぐギター・ロックに仕様変更した印象を受けなくもない。トリッキーであるよりもストレートに攻め込んでき、演奏は適度に激しく、重たく硬く、腰のしっかり構えたグルーヴを響かせており、抑揚のあるメロディを、ハンサムと呼んでも差し支えのない声量、声質で、熱っぽく入れてくるヴォーカルがじつに頼もしい。歌い回しは、それこそブランドン・ボイドを彷彿させるところもあるのだが、その、雄々しく際立ったエモーションの、実直なバンド・サウンドに合わさってゆくさまがたいへん決まっているのである。全7曲、どのナンバーも十分に引きのつよいフックを備えていて、ポテンシャルはかなり高い。ひじょうに好きだし、かっこういい。

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2010年02月19日
 Love yourself ~君が嫌いな君が好き~【初回限定盤1】 Love yourself ~君が嫌いな君が好き~【初回限定盤2】 Love yourself ~君が嫌いな君が好き~

 これは新展開といっても差し支えがないだろうね。いやもしかしたら予兆とすべきは、打ち込みの大胆な前シングル「RESCUE」の時点ですでにあったのかもしれないが、あの性急なビートが、「喜びの歌」もしくは「Keep the faith」以降におけるハード・ロックのモードを大きく裏切るほどではなかったのに対して、通算11作目となる今回のシングル「Love yourself 〜君が嫌いな君が好き〜」で聴かれる曲調、アレンジは、完全に過去との路線を異にしている。

 主題歌に使われているテレビ・ドラマ『ヤマトナデシコ七変化』のクレジットタイトルのイメージがあるからか、ストリングスと電子音的なリズムの入り混じったサウンドは、エレ・ダンサブルっている(おそらくこんな言葉はないのだが、まあ)。しかし初期の「SIGNAL」が持っていた軽快さともまた違ったアプローチとなっている点に、「Love yourself 〜君が嫌いな君が好き〜」の本領があり、KAT-TUNの新たな音楽性、方向性、引き出しがひらかれているように思う。

 これまで、すくなくともシングルに関しては、亀梨くんと赤西くんのヴォーカルが、交互に、あるいはダブルとなり、メインのパートをつとめるパターンが多かったわけだけれども、今回はかなりの部分、亀梨くんに単独で任されている。かわり、オートチューンを通じ、要所で、赤西くんはその存在感を見せている。亀梨くんの歌声にエフェクトのかかるところもあるが、コーラスのあと、機械仕掛けに変化させられたヴォーカルで、赤西くんの入れてくるタイトル名どおりのフレーズが、絶妙なアクセントとなっていることは間違いなく。また後半において、オートチューンを被せながら、英語詞をスピーディに挟んでくるあたりも、楽曲の印象を左右するぐらいのアピールがある。

 決してリニアーな連なりではないものの、赤西くんに担われた〈It's love, your love.....love yourself〉=「Love yourself」が一つのフックをつくれば、亀梨くんの担う〈その瞳を僕にあずけて / 君が嫌いな君が好き〉=「君が嫌いな君が好き」が一つのクライマックスをつくる、そのようなかたちで「Love yourself 〜君が嫌いな君が好き〜」という一つのバランスが取られているのでは、と解釈することもできる。他方、田中くん(JOKER)のラップは、以前にも増して、するどく、色気があり、赤西くんのオートチューンとはべつの角度から、楽曲の展開を、さらに魅力的になるようフォローしているのだった。もちろん、メンバーのユニゾンで盛り上がるメロディの、心地好さ、ひじょうにキャッチーですぐれていることが、すべてにたんなるギミック以上の恩恵をもたらしている。

 余談になるが、田中くんのラップに、中丸くんのビートボックス、赤西くんのオートチューン、これらのフルに機能させられたハイ・スペックなナンバーがやがて生まれる可能性を考えたら、わくわくしてしまうよ。すくなくとも、アイドルの枠内で、はたまたアイドルの枠内を飛び出し、それだけのことを実現させられるポテンシャルと期待を、KAT-TUNというグループは有する。

 だいたい、初回限定盤の2ヴァージョン、そして通常盤のぜんぶで、2曲目に収められている「THE D-MOTION」にしても、過去の楽曲を例に出すなら「12 o'clock」と似て非なるアプローチといえるかもしれないが、じつに冒険的な一作で、ここではもはや全員の歌にオートチューンが用いられており、じつは昨年のカウントダウン・コンサートで耳にしていて、そのさいDAFT PUNKかPerfumeかといった印象を抱いたのは、要するに、エレクトロニック・ミュージックを経由したアッパーなダンス・チューンだったからなのだけれど、各人にマークされた差異こそがウリになりうるジャニーズにあって、そのヴォーカルが、楽曲の仕様に合わせ、過剰に加工されることは、はたして吉となるかしら凶となるかしら、こうした問いに対し、真っ向から挑み、たしかな成果をあげている。

 どれだけエフェクトを施されていようが、ファンならば十分に聞き分けられる、というレベルにかぎったことではなく、メンバー6人が正しく適材適所のスタイルでコントラストをなし、それが反復するビートのなか、ある種の起伏を激しくしている。微かにグラデーションを変化させるバックのトラックはひじょうに楽しいのだが、中丸くんのビートボックスを含め、ヴォーカルのタッチがわかりやすく、さまざま、彩りを次々替えていくことで、楽曲の表情を豊かにしているのである。

 とくに終盤、〈まだ終わらない / 今夜What a party night / 乗ってかない? / 迷う気持ちはRight〉という亀梨くんの物憂げなパートを、赤西くんが〈I like that way ur move / I see ur body wave〉と受け、さらに〈Da da li da la da da la Shake it!Drink it! Pump it!〉というフレーズで勢いよくはじく、その瞬間のかっこうよさときたら。ああ、これがKAT-TUNだ、そう思わされるコンビネーションに胸躍る。

 通常盤3曲目の「HEART BEAT」は、疾走と爽快にあふれるアイドル・ポップスの佳作といってよい。ストリングスの明るみを主体にした曲調は、むしろ今の嵐に似合っていそうだが、個々のヴォーカルの際立ち、ドラムの強いアタックに誘われ、じょじょに熱っぽく、やがて重なり合うそれに、このグループならではの、しるし、が刻まれている。「THE D-MOTION」とはべつの意味で、匿名性のうちに記名性が立ち上がる。

 初回限定盤の片方で聴かれる亀梨くんのソロ・ナンバー「愛しているから」は、センチメンタルなピアノのバラード、悪くはないものの、他の収録曲と並んだとき、ややシンプルすぎ、あまりはっとしないのはもったいなく。もう片方、赤西くんが作詞作曲に関わった「A Page」は、彼のソロ公演でも披露されていたが、洋楽指向といえるような、打ち込み、全編英語詞の、メロウなナンバーである。ここでもオートチューンが大活躍しており、赤西くん、まじでそればっかだな、と思いつつ、楽曲の雰囲気を濃くしているのは、あきらか。

・その他KAT-TUNに関する文章
 『Break the Records -by you & for you-』について→こちら
 「RESCUE」について→こちら
 「ONE DROP」について→こちら
 「White X'mas」について→こちら
 『KAT-TUN III - QUEEN OF PIRATES』について→こちら
 「DON’T U EVER STOP」について→こちら
 「LIPS」について→こちら
 「喜びの歌」について→こちら
 『Cartoon KAT-TUN II You』について→こちら
 『Live of KAT-TUN “Real Face”』DVDについて→こちら
 「REAL FACE」について→こちら

 DVD『KAT-TUN LIVE Break the Records』について→こちら
 DVD『KAT-TUN LIVE TOUR 2008 QUEEN OF PIRATES』について→こちら

 コンサート『不滅の10日間ライブ KAT-TUN TOKYO DOME 2009』(09年・東京ドーム)
  6月15日の公演について→こちら
  5月22日の公演について→こちら
  5月18日の公演について→こちら 
 コンサート『KAT-TUN LIVE TOUR 2008 QUEEN OF PIRATES』(08年8月5日・東京ドーム)について→こちら

・その他赤西仁、LANDSに関する文章
 『Olympus』について→こちら
 「BANDAGE」について→こちら

 コンサート『赤西仁 Star Live 友&仁 You&Jin』(2010年2月8日・日生劇場)について→こちら
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2010年02月09日
 jin.jpg

 註)ショーの内容について、ある程度踏み込んでおります。ネタバレを気にする方はご注意ください。ふだんこのような但し書きをしないのですが、長い日程の公演がまだはじまったばかりの時期なので。


 昨日(2月8日)は、そう、『赤西仁 Star Live 友&仁 You&Jin』を観に日生劇場へと向かったのだった。が、いやしかしこれが、良くも悪くも、赤西仁というカラーが如実に反映されたステージとなっていたように思う。

 昨年、KAT-TUNのコンサートで披露されたソロ・ナンバー「WONDER」(クリスタル・ケイとのコラボレイト)からうかがえたとおり、ひじょうに洋楽指向が強いというか、モダンなブラック・ミュージック、R&B、ヒップホップのスタイルを大幅に取り入れるていでセット・リスト、ステージのおおよそは構成されていたのである。今回のために用意された楽曲のほとんどが英語詞であったのも、無意味に気取っているわけではなく、おそらくは、どのような音楽性を実現するか、のモチベーションをダイレクトにしていたためだろう。

 個人的にはすっかり、「WONDER」の、そのセンス、低音の響き、ヴォーカルのかっこうよさに魅了されてしまったタイプだから、否が応にも興奮し、体を揺らさざるをえない部分が多かったのだけれども、ショーの全体を敷衍してみれば、もうすこし緊張感があふれかえっていてもよかった。わっと幕が開くのではなしに、ゆるゆる、じょじょに熱を入れてゆくオープニングはともかく、ファンの思い入れとはべつのレベルで、圧倒的なカリズマに驚異させられるぐらいの展開、ハイなヴォルテージが臨界を越えてゆくほどの演出はなかった。まあ、まだ公演二日目であるし、今後に調整される点が出てくるのかもしれないし、はりきりが必ずしも目に見えず、どこかリラックスしたムードを漂わせているところが、じつに赤西くんらしい、といえば、たしかにね、頷くよりほかないんだ。

 印象深かったのは、英語詞のオリジナル・ナンバーが連続してゆく前半である。これがKAT-TUN本体からは離れたソロ公演であることの醍醐味は、ほとんどそこに集約されていたとさえ感じられた。先ほど述べた「WONDER」が披露されたのも同じ流れのなかであって、KAT-TUNのシングル『Love yourself 〜君が嫌いな君が好き〜』に収録のソロ・ナンバー「A Page」や、同じく『DON'T U EVER STOP』に収録の「LOVEJUICE」もばっちり決まっており、正直、このままの調子で最後までいったらけっこう自慢になるぞ、と期待させられたのだった。

 ただし、いささか時代的な傾向を踏まえ過ぎたせいか、オートチューンを使用した楽曲ばかりであったのは、せっかくの生の舞台で歌声を堪能するには、功となっていない。ぶっちゃけ、はじめて耳にするナンバーが多い以上、オリジナルのヴァージョンがどのような音程であるのか知れないので、じっさいにヴォーカルをとっているのか、はたしてリップシンクでしかないのか、自分がいた客席からはほとんど判別がつかなかったからね。シンガーとしての赤西仁を高く買っているだけに、残念を覚えるものがあった。

 他方、バックをフォローする外国人メンバーに、しばしばコーラスを委ねたり、ラップを任せたりしていたことに関しては、決して悪い印象を持たない。それはつまり、前記したとおり、どのような音楽性を実現するか、意識の面に由来しているのだと解釈される。もちろん、オートチューンだってそうじゃん、といわれれば、そうなのだけれど、たんにバランスの問題にすぎないのであって、もっと剥き身の歌声を響かせるシーンがたくさんあって欲しかった。

 しかして「LOVEJUICE」のあと、趣向に変化が訪れる。「BANDAGE」によって、ダンサブルな路線を離れ、ロックのモードへと突入していくのだった。LANDSとしてはすでにラスト・ライヴが行われしまったため、『Olympos』の楽曲ってやったりするものかしら、という疑問があったのだが、やっぱり、やった。だが、今回のヴァージョンはLANDSではない。あくまでもバック・バンドにFiVeを伴ったヴァージョンとして聴かれるべきだろう。上里くんと牧野くんのリズム隊は相変わらずタイトであって、低音のグルーヴをよく通らせる。中江川くんのギターがソリッドに決まる。そして石垣くんのキーボードの入り方に、LANDSとは異なる音色が預けられていたように思う。

 続く「care」を経、第一部が終了、30分の休憩が設けられる。どのような事情でそれが必要とされているのかはわからないが、さすがに30分のインターヴァルは長すぎるよ、と言いたかった。第一部、第二部ともに、一時間弱のセット・リストでは、それほどのクール・ダウンを欲しがれない。

 ここで空いた間を、しかし埋めるのではなく、生かすかのごとく、第二部は落ち着いたテンションで、はじまる。外国人メンバー数人と赤西くんが、椅子に腰掛け、輪になって歌うのは、レナード・コーエンのカヴァー「Hallelujah」だ。ほら、こういうところにも洋楽指向が見て取れるわけなのだけれども、ジェフ・バックリィのヴァージョンを挙げるまでもなく、アーティストの資質が直接に問われるナンバーなので、小節ごとにヴォーカルのパートを分けるというアイディアは、たしかに気が回ってはいるものの、ここでこそ赤西くんの独唱が聴きたかった、というのが正直なところ。「Hallelujah」のあともカヴァーを披露、そもそもはウィノナ・ジャッドのナンバーで、エリック・クラプトンのヴァージョンで知られる「Change The World」である。これは赤西くんが穏やかさの混じったエモーションでしっかり歌いあげる。

 MCのコーナーがやってくるのは「Change The World」の余韻が静かに残るなか、地べたに座り込んだ赤西くんが、感謝の言葉などを述べ、観客をいじり、そして次からの楽曲が公演のタイトルにかけ、友人たちとの共作である旨を伝える。

 まずは映画『BANDAGE』で共演した金子ノブアキが作曲に関わった「Paparats」で、なるほど、フラットなインダストリアルの質感からラウド・ロックのダイナミズムに変化してゆくナンバーには、そのニュアンスが備わっている。次いで錦戸亮とのレコーディング風景がVTRで流れると、アップ・テンポで賑やかな「Hey Girl」がスタートする。明るい曲調に合わせ、ダンサーや着ぐるみがアメリカン・コミックふうの寸劇をバックで織り成すのが、とてもキュートだ。全体的にセクシーな場面が多いなか、ここが一番カラフルにはじけていた。

 そうして「Hey Girl」が止むと、しばらくのあいだ、ダンスのセッションが繰り広げられることとなる。さまざまなジャンルのダンスを、外国人のダンサーを左右にしながら、次々と移り渡ってゆくのだが、ステージ前方に張られた薄いスクリーンとライティングによって描かれるマジカルな光景が、目に楽しく。この演出は、続く「ha-ha」でも効果的に発揮されていた。そして「ha-ha」から「My MP3」へ、前半のようにダンサブルな路線にいったん戻すと、いよいよショーも終盤に差し掛かる。

 終わりのときが近づいているのだ。ステージの後方、巨大な球状のセットが組まれており、その上部に立ち、歌われるのは、せつなさをいっぱいに込めたバラードの「Eternal」である。ああ、ここにきてついに、赤西くんのヴォーカルが、感動的な叙情を孕む。そこはかとなく悲しんだメロディに、泣いてもいいし、胸を熱くしてもいい、そうやって誰かのことを想ってもいい、ささやかな報いが、許しが、しかし確実に満ちていくみたいであった。

 ラストを飾ったのは、序盤にも披露された「Keep it up」であり、ふたたびこのアッパーな楽曲が持ってこられたことで、大団円の箔がつく。バックのメンバーも総出、一人一人の笑顔が眩しく。やがて皆、ステージを去る。残念ながら、どれだけの拍手が再登場を求めようが、アンコールはなかった。

 いくらか注文をつけてしまったのは、期待値が高かったからで、それを抜きにすれば、総じて楽しいパフォーマンスだったと思う。じっさい盛り上がるべきところは最高潮に盛り上がったし、ファンとしては、こういう機会はあればあったで、とても嬉しい。しかしながら、ソロ公演において支配的な、個の強さ、を、まざまざ確認できたかというと、少々辛くならざるをえない。今の段階では、翻って、KAT-TUNの、ピースの、一つであるときのあの輝きが、尊くなる。

・その他LANDSに関する文章
 『Olympus』について→こちら
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 コンサート『不滅の10日間ライブ KAT-TUN TOKYO DOME 2009』(09年・東京ドーム)
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2010年02月06日
 DEATH BY MISADVENTURE.jpg

 男気というのは、しばしばその不器用さによって評価を得られたりするものだが、同様の観点から、スウェーデン出身の4人組、PSYCHOPUNCHのサウンドも認められたい。要するに、おれたちにはこれしかねえもんな、ああ、おれたちがやりたいのはこれだけだからよお、と開き直らんばかりの図太さで、ひたすら、ばっさり、ギミックのうっちゃられたロックン・ロールを、やり続けているのだった。それはもちろん、この、昨年(09年)リリースされた8作目のフル・アルバム『DEATH BY MISADVENTURE』においても、いっさい変わりない。変わっているわけがねえのであって、そうした、ぶれ、のなさが、バンドに対する信頼の度合いへと通じているのである。いやたしかに、楽曲のヴァリエーションは必ずしも豊富ではなく、一本調子に思えるところがあるものの、持ち前のガッツをがしがし伝えてくる演奏、そしてメリハリのよくきいた構成、力強いコーラスにはフックがちゃんと備わっており、倦んでしまうことがない。ギターのメロディアスなフレーズには、きらきら、ときめくものがある。アップ・テンポとミドル・テンポの、ちょうど中間ぐらいのスピードに、低音の重みと勢いをたくわえてゆくスタイルは、もはや立派に確立された個性だろう。一時期ほどではないにしても、黄昏れ、哀愁を帯び、どこかウェットな音色の響き渡る局面もすくなくはない。が、しかし、90年代のポップ・パンクふうなリフに引っぱられてゆく4曲目「LOST HIGHWAY」の、キャッチーで明るいニュアンスなどは、もしかすれば新機軸といえるし、ある種のハイライトたりえている反面、ヴォーカルとギターとドラムがピッチのはやいアンサンブルをつくる8曲目「MAYBE I'LL STAY」の、メロウでいてソリッドに攻め入ってくるテンションときたら、PSYCHOPUNCHというカラーの際だち、マキシマムであるような魅力が、存分に引き出されている。ずばりその、芸の細かさをすべてエモーショナルな馬力の底上げに変えてしまう点が、最高に好きである。

 『MOONLIGHT CITY』について→こちら 
 『KAMIKAZE LOVE REDUCER』について→こちら
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2010年01月14日
 Olympos(オリンポス)[通常版]

 ロック・ミュージックのヒストリーには、相当の注目を集める一方で、誰も幸福になれないバンドというのがいくつも存在してきたが、90年代に活動していたとされる架空のグループであるLANDSも、その音源を聴くかぎり、決して恵まれた軌跡を辿れず、必ずしも有意義な結果を残せなかったのではないか、と思う。現時点では、彼らのバイオグラフィにあたる映画『BANDAGE』を未見であるため、じっさいどのようなストーリーを歩んだのかは知らないのだけれども、小林武史が指揮のもと、赤西仁(劇中の役名でいうなら高杉ナツ)をメインにして制作された『Olympus』の内容から判断するに、たとえばそこに堂々と付せられた「ファーストにしてラストアルバム!!」というコピーが、ああ、たしかにこのぐらいの精度でしか個々の楽曲を完成させられなかったのだとすれば、大勢の認知を得たとしても、泡沫の夢と消えるよりほかなかっただろうね、と皮肉的に思えたところで仕方がない。率直にいって、もうすこしやりようはなかったのか。どのナンバーも、まず、作曲のレベルにおいて、先行シングルの「BANDAGE」の段階ですでにうかがえたマイナス、つまり抑揚のないメロディとビートを単調に反復していることが小林の手癖以上に感じられない点は、まったく払拭されていないし、次に、小林のみならず岩井俊二をもクレジットに加えた作詞は、君(もしくは、おまえ)と僕の関係式を、ネガティヴな世界像と安易に直結させたうえで、がんばれ、とエールする、いうなればセカイ系がんばれソングとでもすべきイメージを屈託なく抱え込んでいるのだが、いくらか調子外れなエモーションになってしまっている。いやそれが前々ディケイドのリアリティだったのだと開き直れるかどうかも疑わしい。また、ヴォーカルに赤西をはじめ、ドラムに金子ノブアキ(RIZE)、ベースに前田啓介(レミオロメン)やキタダマキ、ギターに名越由貴夫(COPASS GRINDERS)や西川進、等々のよく知られたミュージシャンを揃えているにもかかわらず、3曲目の「二十歳の戦争」や5曲目の「鼓動」で聴かれる名越のプレイ以外はほとんど、没個性の演奏となってしまっており、あまり奮わされない。全般的にカタルシスが乏しいのである。2曲目の東京スカパラダイスオーケストラのメンバーが参加した「ska version」と、8曲目のMr.Childrenの「Tomorrow never knows」ふうにアレンジされた「perfect issue」だけではなく、9曲目の「サンキュー」のあとにもシークレット・トラックとしてアコースティックの弾き語りが収められている「元気」は、じつはその3つ目のヴァージョンが、アルバム中もっとも鮮烈な響きを持っているように感じられた。しかしまるで映画のワン・シーンから引っ張ってきたかのような仕掛けで、〈ああ・夢の中でも・あなたに会いたい〉と、掠れながら消え入りながら歌われるフレーズの、ひどく寂しい、せつなげな印象は、この作品の並びにとって、やはり例外的なものにすぎないだろう。

 シングル「BANDAGE」について→こちら

・その他KAT-TUNに関する文章
 『Break the Records -by you & for you-』について→こちら
 「RESCUE」について→こちら
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 「White X'mas」について→こちら
 『KAT-TUN III - QUEEN OF PIRATES』について→こちら
 「DON’T U EVER STOP」について→こちら
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 『Cartoon KAT-TUN II You』について→こちら
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 コンサート『不滅の10日間ライブ KAT-TUN TOKYO DOME 2009』(09年・東京ドーム)
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 コンサート『KAT-TUN LIVE TOUR 2008 QUEEN OF PIRATES』(08年8月5日・東京ドーム)について→こちら
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2010年01月11日
 Winds of Osiris

 これは待ちに待っていた作品の一つ。そして期待どおり、イギリスはリーズ出身の5人組であるPLIGHTが、ファースト・フル・アルバムの『THE WINDS OF OSIRIS』で轟かせているのは、荒削りのガッツをパワフルに駆使し、豪快にタックルしてくるかのようなサウンドだった。いわゆるストーナーの系に入るスタイルであって、70年代頃のクラシックなハード・ロックを下敷きにしながら、モダンなんて知ったこっちゃないよ、と言わんばかり、堂々と決めているあたりが、やはり、一番の魅力だろう。あえて、に違いない隙間の大きな音響のなかで、野郎のエキスをたっぷり注ぎ込んだグルーヴを、ぶんぶん、うならせているのだった。これまでに発表されてきた2枚のEP、06年の『THE PLIGHT』や07年の『BLACK SUMMER』が、わりとピッチの速い楽曲を充実させていたのに比べ、ミドルからスローにテンポを落としたナンバーを主軸にしているのは、いやいや、あのがっついたエネルギーをまったく隠していないところがおまえらの良さじゃなかったかよ、と思わないでもないのだけれども、バンド側の野心はおそらく、そうした仕様の微妙なチェンジによってこそ実現されている。スピードよりもダイナミズムを重視した結果、2本のギターの描く表情が、以前にも増して豊かになった。いくぶんリフはキャッチーになり、ソロのパートにおいては、まるでUFOやTHIN LIZZYをイメージさせるほどに、メロディアスなアプローチがきらりと光る。アコースティックとエレクトリックがたおやかに入り混じるインストゥルメンタル、5曲目の「LIFTED TO THE SUN」を経て、6曲目の「COUNTING TEETH」がヘヴィな地響きを立てるさまには、こう、ライヴの最前列で手すりに身を預けながら首を振りたくなるかっこうよさがある。もちろん、パンキッシュともとれるヴォーカルが、アップなテンポのビートに合わせ、ぶっきらぼうに叫び叫ぶ前半戦、2曲目の「LOVESICK MANIAC」 や3曲目の「INTO THE NIGHT」には、拳を掲げるしかねえんだ。よろしい。気概には気概で、無骨さで応えてやろう。

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2010年01月06日
 KAT-TUN LIVE Break the Records 【初回限定盤】 [DVD] KAT-TUN LIVE Break the Records 【通常盤】 [DVD]

 年末年始にこれを観ながら、ああ、ほんとうにたまらなくKAT-TUNのことが好きなんだな、と再確認する。だから、もっともっとそのパフォーマンスに接する機会があればずっとずっと良いのであるが、いやいやちょっと待てよ、昨年に彼らは前人未到の東京ドーム通算10日間公演を実現し、じっさい自分も3日ほど会場に足を運んだのだけれど、にもかかわらずか、まだまだ足りないと渇きを覚えるぐらい、蠱惑的なエンターテイメントが、この、09年は6月15日のショウを収めたDVD、『KAT-TUN LIVE Break the Records』にはずっしり詰まっているのだった。とにかく、破格のスケール、怒濤のスペクタクル、驚天動地のコンサートが、すばらしい迫力のなか、繰り広げされるさまを目の当たりにせよ、というわけだ。

 すでにライヴ自体の感想はあげているが、やはりオープニングのすさまじさ、重厚なオーヴァーチュアによって幕開き、膨大な数のジャニーズJr.が並び立つセットがどどーんと登場した瞬間、訪れる興奮ときたら、筆舌に尽くしがたく。背筋をぞくりとさせる。そしてついに〈I don't wanna cry alone〉という、「RESCUE」の、あの印象的なフレーズをきっかけとし、宙づりのフロアに乗って姿をあらわす6人のメンバーたち。そりゃあもう、きゃああ、だよ。きゃああ。高揚せざるをえない。さっきまで地に足をつけていた気分が、すかさず、現実よりも高く高いところへ、舞い昇ってゆくのである。

 だが、真に奮い立たされるのは、これより先だ。性急な打ち込みのビートに合わせ、せつなく燃え上がる「RESCUE」のあと、間髪入れず、〈BYE-BYE・孤独な日々よ・BYE-BYE・遠く過ぎた日よ〉と、亀梨くんと赤西くんのハーモニーが響き、激しいギターの「ONE DROP」が炸裂する。水柱が勢いよく立つ演出もまた最高潮に燃える。そこから続けざまに披露される「LIPS」、「喜びの歌」、「Keep the faith」、「DON'T U EVER STOP」といったハード・ロック調のナンバーにはもちろん、押さえきれないまでのアドレナリンがサージさせられるであろう。ぶっちゃけて、この序盤の展開こそを最大のハイライトだとしてしまっても差し支えない。繰り返し繰り返し何度観ても、飽きず、昂ぶりの決して失われることがない。しかし驚くべきは、まだコンサートははじまったばかりだというのに、叫び、ひたすら声を張り上げるメンバーたちの、その刹那的にもとれるモードが、KAT-TUNというグループの魅力を何倍増しにもしていることで、ともすればテンションに任せすぎてルーズになりがちなスタンスが、センセーショナルかつスリリングな場面を幾重にも際立たせる。

 反面、コンサート全体を見渡したときにそれは、少々だれたところ、タイトな完成度を低めてしまっているのが、このグループらしいというか。いずれにせよ、そうした点も引っくるめてKAT-TUNなのだ、と強引に説き伏せるだけのインパクトが、冒頭に持ってこられている。いやまじで最高なのである。センチメンタルなバラードの「White X'mas」を挟み、ミステリアスでダンサブルでセクシーでアグレッシヴな「SADISTIC LOVE」が鳴り渡る頃には、すっかりめろめろ、酔いしれてもう、何がきても引き込まれる感じになってしまっている。亀梨くんのソロである「1582」の前段や、田中くんのソロである「PIERROT」の曲中で催される演出には、視覚上のトリックが使われており、それを伏せるためか、いまいち映像の迫力には欠けるが、前者は妖艶でど派手なパフォーマンスによって、後者は音楽的なダイナミズムも込みのアトラクションによって、たいへん魅せる。

 そうしたソロ・パートのなかではしかし、赤西くんの「WONDER」が、何といっても注目すべきトピックだろうね。女性シンガーであるクリスタル・ケイとのコラボレイト・ナンバーとして生まれた「WONDER」は、現時点では、正式に音源発表されていない。なのに、これがとてもハイ・クオリティな一曲になっているのだから、困るよ。平素より洋楽指向のつよい赤西くんの、おそらくはその求むるところが、洗練されたR&Bふうのリズムに凝縮されている。権利の関係かしら、当日バックのスクリーンに流れていたクリスタル・ケイを招いてのヴィデオ・クリップは、このDVDでは完全に映されないようになっているのは惜しいけれども、彼女の音声は当然のこと生かされており、ひじょうにかっこうよいデュエットを決めている。兎にも角にも、コンサートで耳にして以来、じっくり聴きたかった楽曲を、こうして堪能できるのは、うれしいし、ありがたい。

 ソロ・パートからグループの単位に話を戻せば、中盤の「WATER DANCE」から「MOON」の流れも、過剰なゴージャスさのよく似合う現在のKAT-TUNを見事に体現していて、かなりはまっている。ただし、和のテイストをミックスしたヘヴィ・ロックに乗せ、夢幻の愛を歌う「MOON」のきっちりとできあがった世界観において、メンバーの衣装がてんでばらばら、ラフなイメージが持ち込まれてしまっているのは、残念、そこはきっちり揃えてくれてもよかった。たとえば本編のエンディングを飾る「NEIRO」のように、上に一枚羽織るだけでも様式美的な格調が高まったろうに、と思う。が、すでに述べたとおり、その、臨場感に溢れるあまり、前のめり、必ずしも完璧なオペレーションにこだわらない姿勢こそ、KAT-TUNのカラー、持ち味なのだとすれば、仕方がないというよりほかないかい。

 たしかに、グラマラスでワイルドな「Peak」やアップ・テンポに走り抜ける「WILDS OF MY HEART」の楽しさ、ライヴならではのノリ、ほとんどでたらめで無軌道にショウ・アップされたそれには抗えないものがある。上田くんと田口くんのエネルギッシュな挙動もそこで活き活き、音楽的な貢献度とはべつのレベルで、コンサートの内容を充実させているのだった。アンコールのラスト、軽快なミクスチャー・ロックを下敷きにした「Will Be All Right」で、会場中を練り歩き、手をあげ、煽る6人の姿が、じつに勇ましい。オーディエンスの熱狂が一体となって〈It's All Righ・ありのまま・限りない夢を乗せて・羽ばたくよ今ここで・You Shine On The World・頑張ってる君の目が・世界中に輝いて・未来さえ変えてゆく・今ここで〉という願いを、力強い確約へと変える魔法、魔法、魔法を信じられる。

 『Break the Records -by you & for you-』について→こちら
 「RESCUE」について→こちら
 「ONE DROP」について→こちら
 「White X'mas」について→こちら
 『KAT-TUN III - QUEEN OF PIRATES』について→こちら
 「DON’T U EVER STOP」について→こちら
 「LIPS」について→こちら
 「喜びの歌」について→こちら
 『Cartoon KAT-TUN II You』について→こちら
 『Live of KAT-TUN “Real Face”』DVDについて→こちら
 「REAL FACE」について→こちら

 DVD『KAT-TUN LIVE TOUR 2008 QUEEN OF PIRATES』について→こちら

 コンサート『不滅の10日間ライブ KAT-TUN TOKYO DOME 2009』(09年・東京ドーム)
  6月15日の公演について→こちら
  5月22日の公演について→こちら
  5月18日の公演について→こちら 
 コンサート『KAT-TUN LIVE TOUR 2008 QUEEN OF PIRATES』(08年8月5日・東京ドーム)について→こちら
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2010年01月01日
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 驚いた。FiVeってこんなに良いバンドだったのか。たしかに、これまで他のグループのバックをつとめているのを見、演奏技術がなかなかに達者であることは認識できていたのだが、バンド自体のパフォーマンスはそうした印象をもさらに上回るほど、堂々として立派なものであったから、さすがにおどろく。

 大晦日、つまり2009年の12月31日から2010年の1月1日にかけ、東京ドームで『ジャニーズカウントダウン2009-2010吠えろ!ジャニーズ虎の巻東西ドーム10万人集結!!超豪華年越し生歌合戦』を楽しんだあと、その足でJCBホールに向かい、ジャニーズJr.のなかでもロック・バンドの形式で活動しているQuestion?とFiVeの、2ユニットによる合同ライヴ『Rockな仲間たち2010 初日の出LIVE』を観たのだったが、いやいや、これが思いのほか、とくにFiVeのステージは予想以上の案配だったのである。

 開演前の会場にU2がBGMで延々鳴り続けている。このときはかなりの夜更けということもあって、少々怠かった。うとうとしかけていたのだけれども、暗転、大きな歓声があがり、まずは急遽ゲストとして参加の決まった内博貴が、Question?とFiVeを従えて、演奏を開始すると、一気にテンションが高まる。ほとんど全員が、そこらのライヴ・ハウスにいそう、ラフな格好であったのには、ジャニーズのコンサートにいるんだぞ、というつもりの意識を切断されたが、しかし2バンド分の演奏の厚み、そして内の意外と太い発声が、まさしくロックがロックしロックする興奮の最中にいるような、そういうモードにこちらの気分を切り替える。髪を切り、黒くした内のルックスの、その麗しさは、Tシャツにジーンズの姿であっても、一線級のアイドルであるカリズマをまったく隠せないが、やはり、音、バックの音の分厚さが、すべての勢いに拍車をかけていたろう。

 抜群の出足、勢いがついたなか、内とFiVeがさがると、いよいよQuestion?が単独演奏に入る。メンバー・チェンジがあった以前のQuestion?のサウンドがいかなるものであったか、寡聞にして知らないのだけれども、基本的にはアイドルのニュアンスを残したポップ・ソングにバンド仕様のアレンジを施したタイプの楽曲を、次々に披露してゆく。ヴォーカルも固定されているわけではなく、メンバーが持ち回りしながら、各人の個性をアピールするといった感じ。ギターの伊郷アクンとヴァイオリンを弾く後藤泰観の、ぴょんぴょん跳ねるエネルギッシュさが、ひじょうに印象的だ。音の面でいえば、後藤のヴァイオリン、それから石垣大祐の様式美なハード・ロック調のキーボードによって織りなされるコントラストに、はっとさせられる瞬間があるものの、それが必ずしも決定打にはなってはいない、ぎりぎりのラインで揺らいでしまうのを残念に思う。ドラムの淀川由浩とベースの藤家和依のリズム隊は、ルックスの甘さからはうかがい知れぬぐらいにハードなアタックを繰り返し、重心の定かなスウィングをつくりあげるが、楽曲の向こうにひらけているヴィジョンに、何かあと一つ、物足りなさを感じられてしまった。

 対して、次に出てきたFiVeである。これが最初にも述べたとおり、侮りがたし、アイドルもしくはジャニーズという看板を完全に括弧にくくってしまうまでのインパクトを有していた。こういう喩えが適切かどうかは不明だけれども、それこそフジ・ロックやサマー・ソニックのサブ・ステージの午前中ならば、余裕で通用するレベルに達している。ギターとヴォーカルを担当する中江川力也、ベースの上里亮太、ドラムの牧野紘二、そしてQuestion?とキーボードを兼ねる石垣の四人編成であるが、特筆すべきは、何といっても中江川の存在感、それからバックを支える牧野の安定感だろう。体に丸みがあり、いっけん華のない顔立ちしている中江川が、しかしフロントに立ち、ギターを弾き、ヴォーカルをとる、その瞬間に生まれるオーラは完全に、ミュージシャンの、アーティストのそれ。サウンドは、グランジとミクスチャーとエモを通過した今様の、邦楽のハード・ロックであって、しばしばRADWIMPSからひねりと工夫を抜いたふうになってしまうところや、それも含めて紋切り型な語彙で若者と社会の不条理を日本語に委ねてしまう屈託のなさ、英語詞のナンバーにおける発音のあやしさ等々、細かい部分に欠点は挙げられるものの、ぶれのなさ、総体的なパフォーマンスの高さはマイナスの要素を補って余りある。牧野のドラムがひじょうにパワフルなのもあって、中江川のギターが激しくひずむとき、重低音のグルーヴはとても甘美に、会場の全体を包み、芯のまっすぐなエモーションを描く。すくなくとも演奏の状態は、アイドルのジャンルにとどまるものではないし、インディのレベルを脱している。むしろさまざまな批評にさらされながら、つよくタフに個性を鍛え上げられていって欲しい価値の、十分にあるバンドだと思った。

 その後、内をヴォーカルに迎えたQuestion?のステージが続き、次いで全員が揃って大団円の饗宴が繰り広げられ、3時間に近いショウの全編、どこをとっても決して悪くはない、たいへん楽しんだのだったが、兎にも角にも、ああ、FiVeってこんなに良いバンドだったのか、という感想に尽きる。新年早々、胸がいっぱいに、熱く。
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