ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2009年05月23日
 本編のラスト、「NEIRO」の最後、ほんらいなら感動的に締めて欲しいところを、亀梨くんが自分のパートを勘違いしてずっこけちゃう、そういう詰めの甘さも、なんとなく、このグループには合っているような気がしたのであった。いやいや、楽しかったあ。

 昨日は、KAT-TUNが前人未踏の東京ドーム8日間連続公演、最終日となる22日のコンサートを観てきたのである。今回の使用を体験するのは、18日に続いて、なわけだけれど、一回じゃ気づけない部分もいろいろあって、ああなるほど、と思ったりもするし、それ以上に、だ。こういう興奮、幸福はもう、何度だってあっていい。

 序盤、ハード・ロックのモード全開なシングル・メドレーから「SADISTIC LOVE」を展開していくくだりが、やっぱり、最高潮に好き。荒削り、高度な洗練はまったく感じさせないにしても、あそこの、テンションの上がり具合ときたら、それこそ「喜びの歌」じゃないのだが、止まらねえ、ってな勢いがある。そして「SADISTIC LOVE」を経、ソロ・パフォーマンスに入り、「1582」で亀梨くんが、中央のステージへ向かい、肌の出た肩に刀を担ぎながら歩いて行く姿の、なんとさまになっていることよ。心底しびれる。以前に観たときは、「SADISTIC LOVE」の終わり、檻に入れられた亀梨くんが頭上高く宙づりにされるのと、「PIERROT」の中盤で、バイクにまたがった田中くんがアクロバティックなアクションに挑むのに、すげえ命がけじゃん、度肝抜かされたのであったが、よく見ると、ちゃんとスタントマンの人と入れ替わってるんだね。そりゃそうだ。しかしそれはそれで違和感を覚えさせぬよう、施された演出の巧みを見事というよりほかない。

 そういえば、「peak」もやったな。あれのクレーンで上空に吊されたままのパフォーマンスだって十分におっかねえ。

 個人的に、中丸くんのバンジー・ジャンプには重要性をあまり感じていない、つもり、であった。だが、この日、一度は躊躇ったものの、5万人規模の観客が、10、9、8、7、カウントダウンしていき、それが3、2、1、ときて、やあっと成功したときの、あの達成した感の共有は、十分に、あり。中丸くんも、ようやく肩の荷がおりたらしく、MCのコーナーではずいぶんリラックスしていたもんな。

 そのMCのコーナーの直前に、今回の記録的な公演が成功したことの公開記者会見が行われて、内心、ああこれで曲数が削られたらいやだなあ、ついついせこいことを考えてしまったのはここだけの話にしておきたいが、受け答えからはメンバー全員の充実した様子がうかがえ、それはじっさい、ショウ全体の余裕にも結びついていたふうに思う。

 照明と水柱が美しく調和する「WATER DANCE」、そしてヘヴィなグルーヴが轟くなか、儚げな叙情が、矛盾するようだが、どこまでも激しく熱唱される「MOON」の、とくに最後の一節、〈生まれ変わっても / 抱きしめてね / 夢の中でいいよ / 私を愛して / SO PLEASE〉に至ったさいの高揚には、えもいわれぬ。この「MOON」もそうだし、「1582」や「PIERROT」もそうだが、随所に和のテイストを盛り込み、生かすことで、視覚と聴覚、双方のレベルに独特な世界観があらわされていた。

 どうやら「Real Face」の、JOKER(田中くん)のラップを、頭のほうは亀梨くんが、後ろのほうは田口くんが請け負うというのは、パターンとして決まっているみたいね。

 日替わりのコーナーでは、懐かしい、という感想をメンバー自身漏らしながら、「HAERT BREAK CLUB」や「MIRACLE」などが披露され、続く「うたいつづけるとき」もよかったよね。〈今ここにいる俺たち / 何ができるのだろう / 傷つく覚悟さえもできてないのに / くり返す日々の中で / その答えが知りたくて俺は / 今日も遠い空に手をのばす〉のである。こうした若さの葛藤をテーマにした曲は、最近のKAT-TUNにはあまりないのが残念なほど、グループのイメージにとても似合っていて、ぐっとくる。

 もちろん、すべての場面がクライマックスではあるのだが、赤西くんのソロ・タイムで「WONDER」がかかって、ああ、このあいだ一回耳にしただけなのに、こんなにもこれを楽しみにしてたかよ、と自分でも思ってしまう。クリスタル・ケイとのコラボレイトなうえ、バックのダンサーが女性であるからか、会場の女性客の、といってもまあ、おおよそが女性の観客なわけだが、そのテンションは微妙になっているのが如実に伝わってくるほどであったけれども、いや、イントロから燃えるし、ブラック・ミュージック指向のリズムも気持ちよく、赤西くんが非凡なシンガーであることを証明する。好き。どうか、KAT-TUNなんて興味ないよ、という向きにも、届けられる機会があって欲しい。

 疾走感にあふれる「SHE SAID」と「Peaceful Days」で、大団円のアンコールが迎えられるのはいつもどおり、いったん幕を閉じたのち、今日は「ハルカナ約束」が聴かれるだろう、と期待していたら、アリーナの後方から、あれ、誰かきた、誰、誰、う、おおお、関ジャニ∞の安田くん、安田くんばかりじゃない、大倉くん、錦戸くん、あのカメラぱしゃぱしゃやってんの丸山くんじゃねえか。びっくりすらあ。まさか、お祝いの言葉と花束を持っての登場である。

 関ジャニ∞の半分を交え、満を持して〈ナ・ナ・ナ・サ・ク・カ・ナ・ハ・ル・カ・ナ・ヤ・ク・ソ・ク / マ・ワ・ル・ナ・モ・ナ・イ・ヤ・ク・ソ・ク〉、「ハルカナ約束」が響き渡る。赤西くんと錦戸くんのツー・ショットを眺めながら、このときがずうっと続けばいいのに。願わずにはいられない。

 しかし、ああ、こうしてまたあたらしく、遙かな約束が名もないままに刻まれ、終わりのない日々は回っていくのだろうね。いやいや、ほんとうに楽しかったあ。

 5月18日の公演について→こちら

 『Break the Records -by you & for you-』について→こちら
 「RESCUE」について→こちら
 「ONE DROP」について→こちら
 「White X'mas」について→こちら
 『KAT-TUN III - QUEEN OF PIRATES』について→こちら
 「DON’T U EVER STOP」について→こちら
 「LIPS」について→こちら
 「喜びの歌」について→こちら
 『Cartoon KAT-TUN II You』について→こちら
 『Live of KAT-TUN “Real Face”』DVDについて→こちら
 「REAL FACE」について→こちら

 DVD『KAT-TUN LIVE TOUR 2008 QUEEN OF PIRATES』について→こちら

 コンサート『KAT-TUN LIVE TOUR 2008 QUEEN OF PIRATES』(8月5日・東京ドーム)について→こちら
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2009年05月19日
 kat18.jpg

 もちろんのとおり、記録を破るというのは記録を作ることと同義であって、先般リリースされた『Break the Records -by you & for you-』を携え、KAT-TUNが挑んだ今回の大規模コンサート「不滅の10日間ライブ KAT-TUN TOKYO DOME 2009」は、正しくその実現にほかならず、いやはや、会場そして日程におけるスケールの大きさはもとより、ショウの内容自体も、破格のスペクタクル、昨日(5月18日)に観たそれの感想を述べるとすれば、たった一言で済む。つまり、最高潮に燃えた。

 何はともあれ、オープニングの迫力はさすが。18時30分、暗転、メンバーのやりとりを模したアニメーションを経、壮大なイントロの「RESCUE」で幕を開けたのだが、どどんと火柱が前方で立つ、そしてバックには(後のMCによればKAT-TUNマンションと呼ぶらしい)高層ビルディング状のセットが組まれ、すさまじい数のジャニーズJrが。真っ赤な衣装を着、縦横のスペースに並び、踊る。圧巻というよりほかない光景のなか、6人のメンバーが威風堂々、歩いてくるのである。うおおお。そりゃあテンションもハイになるぜ。しかもそこから、アリーナ席の頭上を移動するステージに立って、シングルの楽曲をメドレーする展開へとなだれ込むのだから、息つく暇もない。

 バンド形式のグループ、FiVeの演奏を受けながら、「LIPS」、「喜びの歌」、「DON'T U EVER STOP」等々、スピードがあってギターのリフのはげしいナンバーが連続する。おいおい、いきなりこれかよ、このあとどうすんだよ、と思わされるぐらいの一挙放出であるけれども、いやいや、シングルのほかにもすぐれた楽曲を数多く持っているKAT-TUNだからこそ、可能な芸当だろう。まずは勢い、攻め、「ONE DROP」で、すこしドラムが走っているふうに聴こえたところが、生々しくてよかった。

 歌詞をとちってしまう箇所もすくなくはなかったが、昨年に比べ、ヴォーカルの主軸を担う赤西くんの声量は序盤から安定し、他のメンバーの歌唱も気持ちよく決まっている。とはいえ、完成度の観点からいうなら、相変わらず、むらの多いグループである。徹底して隙のないパフォーマンスを繰り広げるタイプではない。正直、なし崩しの姿勢で切り盛りしている場面も見受けられた。が、そうしたルーズさも魅力の一つ、と言ったらファンの贔屓目かよ。しかし、計算の高さのみでは演出しきれないロックン・ロールの魔法がそうであるように、自然と空気の温度が高まっていき、知らずのうち、そのうねりに引き込まれているのだった。

 アリーナ席の中央に設置されたステージに全員が集まり、バラードの「White X'mas」を歌いあげたのち、「SADISTIC LOVE」を嚆矢として、いよいよ『Break the Records -by you & for you-』のナンバーが披露される。着物というか、ユニセックスの歌舞伎ふうというか、艶やかな衣装に身を包んだ亀梨くんの「1582」は、ミニ・サイズの舞台劇で振る舞われる姿が、惚れ惚れするほどかっこうよく、続いて田中くんの「PIERROT」もそのイメージを引き継いでか、和太鼓を大々的に導入したヴァージョンで送られる。ミクスチャー系のヘヴィ・ロックに和太鼓のリズムを加える手法は、SEPULTURAの名を出すまでもなく決して前例のないものではないが、LINKIN PARK以降のメロディアスな路線にそれを組み込んで成功しているスタイルには、馬鹿にできない画期性があった。ステージ上でバイクにまたがる田中くんのパフォーマンス、あれもロブ・ハルフォード以降におけるヘヴィ・メタルの歴史的な認識に基づいたものだ(ここ、ちょっと、うそね)。田口くんのピアノ・ポップ「WIND」では、赤西くんが登場して、ハーモニーを被せようとしたのがうまくいかず、惜しかった。

 それにしても、コンサートの途中で生放送の中継が入ったのは、まあこれはこれでおもしろい日にあたったんじゃない、と楽しむことができたのだけれども、ショウの進行からするに、やはり、すこしだれた感は否めない。テレビ番組『Cartoon KAT-TUN』の企画から発展、連動している中丸くんのバンジー・ジャンプも、個人的には、なくてよかったかなあ。昨年のコンサートでは仕切りのよさを発揮していた中丸くんだが、ほんとうにバンジー・ジャンプが嫌そう、今回は終始テンション低かったよね。とまれ、MCのコーナーでは、得意のヴォイス・パーカッションに、亀梨くんのドナルド・ダックの物真似、田中くんのラップを交え、なかなかの即興が見られた。こういう、KAT-TUNの音楽的なポテンシャルは、もうちょい、高く評価されてもよいように思う。

 そうしてコンサートも後半から終盤に入っていくのだが、シングル「LIPS」のB面に収められた「LOVE」、そして「WATER DANCE」の流れは、楽曲のせつなさ、セクシーさが、幻想的な照明、水柱が幾筋も立ち上る舞台装置と相まって、ひじょうにうつくしいワン・シーンを描き出す。その、うつくしさをはげしさに変えてみせるかのごとく、打ち込みのモードがバンド・サウンドにスイッチし、重低音のグルーヴが響き渡る。おおお、こうくるか。『Break the Records -by you & for you-』アルバムの通常盤のみに収録されていた、つまりはボーナス・トラックに近しい位置づけながらも、スリルとダイナミズムに満ちた「MOON」だあ。思わず声を出して喜ぶ。シングルの楽曲以外にも、ほんとうに十分な佳作が揃っていることを、まざまざと実感させられる瞬間であった。

 その後、A.B.C-ZとKis-My-Ft2が1曲ずつ、それぞれの持ち歌をパフォーマンスする機会があったのだけれど、Kis-My-Ft2の「Fire Beat」、いいじゃん、ハード・エッジなミクスチャー・ロックのヴァリエーションで、たとえば初期の嵐やKAT-TUNの現在を踏まえたものがある。歌詞は少々クリシェすぎるが、ぶんぶんヘッド・バンギングするパフォーマンスを含め、好感触を持った。

 ふたたびKAT-TUNがステージに戻ると、ここにきてデビュー・シングルの「Real Face」が炸裂し、もういっちょう盛り上がる。ほんらいならJOKER(田中くん)の役割、最初のラップを亀梨くんが、後ろのラップを田口くんがフォローしていたのは、ハプニングなのか、事前にプランされたものなのか、知れないけれども、ふだんありえない趣向、サプライズであって、じつにはまっている。メンバーが日替わりで選曲をしているらしいパートでは、昔からのファンのあいだでは根強い人気を誇る「青天の霹靂」が、このときの会場の熱狂ぶりときたら、すごかった。その興奮のまま「サムライ☆ラブ☆アタック」が来たかと思いきや、そちらはイントロしかやらなかったのが残念だった。

 上田くん、中丸くんのソロと続き、でんと玉座にもたれかかった赤西くんが、女性のダンサーを引き連れ、あらわれる。そして歌うのは、クリスタル・ケイとのコラボレイトを果たした「WONDER」である。残念ながらというべきか、当然ながらというべきか、クリスタル・ケイ本人の出演はなかったが、バックの映像を交えながら、KAT-TUN本体では希薄になりつつあるブラック・ミュージック的なセンスに由来したナンバーを、全編英語詞のそれを、堂々としたヴォーカルで聴かせる。これがさあ、ちょっとたまらないぐらいかっこうよくて、ぜひとも何らかのかたちで音源化して欲しい。

 対戦形式のちょっとよくわからないブレイクを挟み、巨大な亀梨くんと赤西くんのバルーン人形を浮かせながら「WILDS OF MY HEART」がかかると、ああ、もう完全にエンディングの雰囲気であって、じっさいにドラマティックなバラードの「NEIRO」で本編は大団円を迎える。もちろん、引き続きアンコールが待っているだろう。「SHE SAID」と「Peacefuldays」の、お約束とでもいうべきくだりは、しかし、やっぱりこれがなくちゃね。とくに「Peacefuldays」における、K-A-K-A-K-A-T-T-U-N、の掛け声なしでは、すべてを締め括ることなんてできねえんだ。ステージ上には、メンバーやジャニーズJr、ゲストが揃い踏み、ジャンプ、ジャンプ、ジャンプ、かくして幸福なひとときに笑顔いっぱいの幕がおろされた。

 ただし、生放送の中継が入ったからなのかもしれないが、セット・リストの曲数には、やや物足りなさが残った。というか、どんだけアンセムを抱えてるんだこのグループは、と思う。シングルの楽曲にしたって「SIGNAL」と「僕らの街で」はやっていないのに、約3時間のショウを興奮のうちに埋めてしまうんだから、な。

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2008年12月31日
 昨日(12月30日)は東京ドームで行われた『NEWS WINTER PARTY DIAMOND』を観に行ったのだった。要するに、NEWSのこの冬のツアーの、東京公演初日である。たしか加藤くんだったかな、自分たちは今回のライヴ(コンサート)のことをパーティと呼びたい、みたいなことを述べていたけれども、パーティというのが、盛り上がれば盛り上がるだけ、楽しければ楽しいほど、終わりのときがやって来て欲しくないものであるように、パフォーマンスのパワーと会場の興奮は、正しくパーティというのに見合うぐらいの、すばらしいヴァリューがあった。まず、滝沢秀明くんがディレクションしたらしいプロモーション・ヴィデオが流れ、くるぞくるぞ、とテンションの高まったなか、「Happy Birthday」、そして「weeeek」の、NEWS式ミクスチャー・ポップのとてもかっこうよいところからスタートすれば、そりゃあ、はじけざるをえないよ。「weeeek」のアップ・テンポな勢いのほうが、印象的にはオープニングに相応しい気もするが、いや、「Happy Birthday」の、あの打ち込みの心地好いリズムが、どでかく響き渡り、ドレスアップしたメンバーたちが、優雅に振るまい、ラップし、メロディを歌い、ハーモニーを重ね、コーラスをつくっていくさまは、サイズのおおきな会場の、スケールのおおきなショウの幕開けには、ぴったりと合っていた。自分がいた座席の問題もあったのかもしれないが、低音がけっこう硬く聴こえていたのも、功を奏していたように思う。「weeeek」は、やっぱりアンセムで、大ヴォリュームであふれだす音響は、もしかするとややバランスを欠くところがあったのかもしれないのに、ハードにドライヴする楽曲のイメージと各人が派手に決めていくアクションとが、それすらも逆に飲み込んでいく。コンサートの中盤で、ゲストに生田斗真くんとともに登場した松本潤くんが、「weeek」が大好きなので飛び入りしたかったのに2曲目にやっちゃうんだもんなあ、みたいなことを言っていたが、リップ・サービスであるかどうかはともかくとして、その気持ちはわかる、わかるよ、わかるけどあれだ、じっさい、アンコールで2回目の「weeeek」が披露されたさい、松本くんが錦戸くんや山下くんにパートを分けてもらう場面があったのだけれども、松本くん、他の人たちとまったくコンセンサスをとらず、めちゃんこ好き勝手に動き回るし、自由人すぎるだろ。ほんらいは松本くんに用意された歌詞カード片手にみんなが振り回されているのがおかしかったな。しかし、そんな部分も含め、すべてはコミカルでファニーに、そしてキュートであかるく、むろん締めるべきときはきっちりと締め、ああ、そうか、これがNEWSの魅力なんだな、と実感されるシーンが多数あった。小山くん、いいよね。それから、ソロ・ナンバーの「ordinary」で、錦戸くんのギターを携える姿は、やっぱり、サマになってるわ。今回の公演のためにつくられたという、メンバーが自分のパートを自身で作詞したという、「Share」というナンバーは、ぜひとも音源化していただきたい。これまでの歩みを振り返る映像が流れるバック・スクリーンを背に、初披露されたそれの、ワン・フレーズ、ワン・フレーズには、各人の個性がたいへんよく出ていたように思う。さらに本編のラストを、アルバム『color』のうちでも個人的にフェイヴァリットな「STARDUST」や「FLY AGAIN」といったナンバーが飾る構成には、たまらないものがあった。とくに「FLY AGAIN」の、〈全てはうまくいかない・そんなの分かっているけど・悩みは消えないね〉とか〈やりたいことがあったら・迷わずに進めとか・そんなこと分かっているさ〉とかの、やるせなく、せつない気分を、〈まだ消えない・想いを胸に・確実に踏み出せば・いつかFLY AGAIN〉という前向きな宣言へと転化するメロディに、励まされ、感動させられる、その余韻のなか、メンバーたちがステージを去っていくのは、ずるい、どうしたってしみじみすらあ。そうしてアンコールの1曲目が、力強さに満ちて拳を振り上げたくなる「Smile Maker」だったのは、もう、はまりすぎである。パーティというのは、ただの盛り上がりだけじゃない、ただ楽しけりゃいいじゃんってだけでもない、パーティが終わったあとでも喜びを残してくれる、ある種の祝福がそこにはあって欲しい。この年末に観られた『NEWS WINTER PARTY DIAMOND』には、まちがいなく、それがあった。どうか良い年でありますように。

 『color』に関する文章→こちら
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2008年12月18日
 The Cross of My Calling

 古色蒼然としたオルガンとギターの調べが、たわやかな黄昏を誘うからか、それともそこから湧き出るデジャ・ヴュにも似た強烈な印象が、楽曲のフックとなりうるからか、THE (INTERNATIONAL) NOISE CONSPIRACYのニュー・アルバム『THE CROSS OF MY CALLING』は、以前よりもさらにシックな装いに包まれているけど、しかし同時に、以前をも凌ぐぐらい、はじけ、飛ぶ、勢いを聴かせる。ああ、これはもう存分にかっこうをつけていることが、最高に決まっているロックン・ロールにほかならない。とてもいけていると思う。全体を覆うのは、たしかにレトロスペクティヴな質感である。だがそれが、うずうずとした衝動と興奮の、多分に孕んだグルーヴを放ってくる。渋いジャム・セッションふうの「INTRO」が、ウォーム・アップとなり、2曲目の「THE ASSASSINATION OF MYSELF」で、ハードなドライヴィングのスイッチが入る。小刻みなビートに性急さのよくあらわれたドラムをサーブとしながら、演奏のテンポはアップし、デニス・リクスゼンのヴォーカルが、言葉数は決してすくなくはないのにキャッチーなラインのちゃんとあるフレーズの、抑揚の、しなをつくっていく。60年代、70年代の過去に遡っているともとれるタイプのサウンドは、今日のシーンにおいて、一種ファッショナブルにメジャー化してはいるものの、THE (INTERNATIONAL) NOISE CONSPIRACYのそれは、ブルージーな腰回りからヘヴィ・ミュージックに通ずるグラインドをさらってくるのではなく、もっとずっと軽快に跳ねている。押すべきは押し、引くべきは引く、絶妙なバランスがダイナミズムとなっている、そういう、きわめて単純なレイアウトでしかすくいとれない熱気こそが、目指されているような気がする。ポリティカルなメッセージを身の上とするグループだけれど、それがどうというよりも結局、出力されたエネルギーのありように、独特なタッチとパワーは定められるのだ。「INTRO」と「INTERLUDE」を含む14のナンバーに佳曲は多い。なかでも、ある意味でクリシェ的なタイトルどおりのコーラスを、とてもポップに響き渡らせる5曲目の「HIROSHIMA MON AMOUR」が、出色である。掴みやすく、切れの良いリズムが、シンプルなコードに支えられたトラックを輝かせている。また、交互にソロ・プレイするキーボードとギターの、それこそオールド・スタイルのハード・ロックみたいなコントラストのあいだで、だんだんと溜め込まれたエネルギーが、ソォカモンッ、という掛け声によって一気に破裂させられる7曲目の「CHILD OF GOD」にも、すばらしいカタルシスがある。リック・ルービンのプロデュースにしたって、要するに、モダンなアプローチより、こういうもののほうが合っている。隙があり、生々しいところに、音圧では測れない、手応えを感じ取ることができる。臨場にあふれている。くっきりとしたアクセントからは、しばしばデリケートな表情が垣間見られる。そうして作品を通していったとき、アルバム名にもなっている「THE CROSS OF MY CALLING」を、全体のラストに置いた構成は、ひじょうにうつくしい。8分の内容において、切々と繰り返される〈Hold me in your arms like you promised me. Shelter me from harm. Hold me in your arms tonight. When the music stops〉の訴えかけが、スローでメロウなペースを、じょじょに激しく、騒がしくさせていく。ひとしきり盛り上がったのち、尾を引いて残る旋律が、正しくこの最高に決まったロックン・ロールのエンディングに相応しい。

 『ARMED LOVE』について→こちら

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2008年12月04日
 White X'mas/KAT-TUN (初回限定盤) White X'mas/KAT-TUN (期間限定盤)

 初回限定盤に付属されているDVD、プロモーション・ヴィデオのメイキングのなかで亀梨くんが、聴けば聴くほど良い曲、切ない、儚い、けど未来がある、というふうな感じに、この「White X’mas」のことをコメントしているけれど、うん、たしかにそのとおりのナンバーであると思う。ピアノと弦楽器の調べが打ち込みのリズムが混じり、全体を、静かに、彩る、盛り上げていく。響きにしたがいながら、一途な想いがうたわれている。赤西くん抜きの5人編成でレコーディングされた「僕らの街で」をべつにすれば、これがKAT-TUNにとって、初のラヴ・バラード・タイプのシングルとなる。田中くんのラップもなし、なだらかなスローのテンポに合わせ、6人のメンバーがそれぞれ、メロディアスなフレーズを分け合い、コーラスで重なりをつくる。ありふれた日常のイメージではなく、クリスマスというイベント化されたモーメントを題材としているため、冬の、雪の、恋人たちにつきまとうドラマティックな印象が、つよく、前面に出ている。ウェットな曲調もそうだし、離ればなれをにおわせるニュアンスが多分に含まれた歌詞のためでもあるのだろう、前半の〈永遠に好きなのになぜ〉というパートと、後半の〈つかめないよ 届くのになぜ〉というパートが、やるせなく、万年片想いの独り身にはたまらないものがある。とくに前半のほう、赤西くんが〈永遠に〉と声を張って〈好きなのになぜ〉で亀梨くんのハーモニーが被さってくるところ、そこにこのグループの、ヴォーカル面における最良の部分が詰まっており、またやたら悲しく、そしてうつくしくも光る。

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2008年11月25日
 チャイニーズ・デモクラシー

 ないない、と思っていたはずが、じっさいにありえてしまったときほど戸惑いを覚えることもないのだが、GUNS N' ROSESのニュー・アルバム『CHINESE DEMOCRACY』は、まさにそんな印象を持った作品だといえる。まず、出ないだろう、と踏んでいたのがリリースされてしまったのがそうだし、次いで、もしも出たとしたって微妙な内容に決まってらあ、と睨んでいたのが、いやいや、意外とけっこう良いんじゃねえか、これ、と感じられたのもそうである。もちろん、この十数年間、つねに期待値の高さが話題となっていたバンドだから、どうしても不満を抱いてしまう向きはあるに違いない。しかし、ガンズに比肩するクラスで現在も活動を続けるベテランたち、たとえばMETALLICAやRED HOT CHILI PEPPERSの、ここ最近のものと並べてみても決して見劣りがしないどころか、ぜんぜん、いけている。あるいは、それだけのクオリティに持ってくるまで、膨大な試行錯誤と制作期間が必要だったのかもしれない。また、2曲目の「SHACKLER'S REVENGE」にはレッチリの「OTHERSIDE」の、5曲目の「IF THE WORLD」にはメタリカの「THE MEMORY REMAINS」の、どことない残響を感じられたりするのも、まめなリサーチの結果なのかもしれない。基本的には、91年の『USE YOUR ILLUSION』シリーズに顕著であったアクセル・ローズの、ノイローゼふうでもある、大作主義的な傾向が、長尺であることよりも、ひとまとまりにおける多重構成の濃さ、緻密さを追求するかたちへ、翻り、変容し、そのおかげでやたら大仰にも聴こえてくるようなサウンドが、売りになっている。アングリーでアグレッシヴなアジテーションの魅力はほとんどない。そのかわり、くせのあるヴォーカルが、ドラマティックなメロディが、デジタル時代の恩恵が贅沢な音数の使用に費やされた演奏のなかで、質量のともなったはったりを実現させている。
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2008年11月24日
 The Works

 昨日(11月23日)、赤坂ブリッツで行われたTHE WILDHEARTSのショーは、彼らのファースト・アルバムである『EARTH VS THE WILDHEARTS』のリリース15周年を記念し、その内容を再現するという、まあ、後ろ向きといえばいえなくもない企画ではあるのだけれど、じっさい目のあたりにしたそれは、諸般の事情はもうどうでもよろしくなってしまうほど、すばらしくテンションの高まってとどまらない、まさしく絶好のステージであった。

 だいいち、バンドは『EARTH VS THE WILDHEARTS』の発表当時、日本ツアーを実現していないのである。たしかに、その後の来日公演などで『EARTH VS THE WILDHEARTS』からのナンバーが披露される機会もすくなくはなかったが、しかし滅多にプレイされない楽曲のほうが多いくらいだった。しかもそのなかには、旧くからの熱心なファンに、なぜあれをやってくれないんだ、と待望久しいものが何曲も含まれている。それがここにきて、ついに間違いなく、実演される。

 当然、1曲目は「GREETINGS FROM SHITSVILLE」だ。超満員の(と形容しても差し支えがないだろう)会場が割れんばかりの歓声をあげる。2曲目の「TV TAN」にいたっては、フル・コーラス大合唱という感じで、歓喜と興奮の感情を、パワフルかつエネルギッシュな演奏へと返す。バンド自体も決して若くはなければ、客層も決して低くとは言い難い。にもかかわらず、熱狂が、ダイナミックなウェーヴを、とたんにつくり上げる。

 ヘヴィなギターのリフとメロディアスなヴォーカルのハーモニー。THE QUIREBOYSを追い出されたギタリストが、GUNS N' ROSESのようなスリージーなパフォーマンスを前方に見、NIRVANAの素朴なポップさや簡潔なアグレッシヴさを横目にし、PANTERA、SEPULTURAといった同時代の重量級サウンドに感化されながら、イギリスの風土のなかで見事に結実させたロックン・ロールが、『EARTH VS THE WILDHEARTS』の曲順どおり、絶え間なく響き渡る。「SUCKERPUNCH」の猛スピードな勢いは、いつになっても強烈なままだ。「NEWS OF THE WORLD」が聴けたのも嬉しい。

 「LOVE U TIL I DON'T」で『EARTH VS THE WILDHEARTS』のパートをぜんぶこなし、いったんは引っ込んだメンバーが戻ってくると、アンコールは、「DANGERLUST」からはじまり、初期の「SUCKERPUNCH」EPや「CAFFEINE BOMB」EPに収録された、いわゆる隠れた名曲の数々が、次々と披露される。「GIRL FRIEND CLOTHES」に「THE BULLSHITS GOES ON」、「SHUT YOUR FUCKING MOUTH AND USE YOUR FUCKING BRAIN」、「BEAUTIFUL THING YOU」、「TWO WAY IDIOT MIRROR」、そしてもちろん、THE WILDHEARTSのライヴには欠かせないアンセム「29 X THE PAIN」と、ことによったら、こちらを本編としてしまってもよいぐらいのサプライズと高揚が連続する。

 95年の初来日公演のとき、やって欲しいやって欲しい、と願っていたいくつかのナンバーが、ようやく聴けたという気がした。そう考えると、ずいぶん待たされたものだ。中心人物であるジンジャーをべつにすれば、あれから何度かの入れ替わりがあり、メンバーもだいぶ変わった。個人的な思い入れとしては、あの頃のダニーやジェフを含むラインナップが懐かしいが、しかしそれとはべつの、なにか達成感にも似た感慨が、今回のショーを観終えて、あった。

 おそらく、ノスタルジーではないだろう。うまい言い方を見つけられないけれども、たぶん、あらかじめ頭のなかで描いていた期待にじっさいの興奮が追いついていくような、そういう手応えではないか。「SOMEONE THAT WON'T LET ME GO」や「SICK OF DRUGS」、「I WANNA GO WHERE THE PEOPLE GO」という、『EARTH VS THE WILDHEARTS』以降からピックアップされた3曲の、2度目のアンコールを経て、全編は幕を閉じた。音が止み、照明のあかるくなるつよさは、ちょうど、幸福な夢の醒めぎわを思わせた。

 『THE WILDHEARTS』について→こちら
 ライヴ盤『STRIKE BACK』について→こちら

 バンドのオフィシャル・サイト→こちら
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2008年11月21日
 color(初回限定盤) color(通常盤)

 NEWSに関しては、これまで音楽的な方向性が自分の趣味とはちょっと違うため、たとえば前作『pacific』でいうなら、ヘヴィなギターの前面に出たミクスチャー・ロック的アプローチの「change the world」や、初期の堂本剛くんばりにジャニーズ・グランジを聴かせる錦戸くんのソロ・ナンバー「code」などは、かなりフェイヴァリットではあったものの、しかしそれらは全体からすると本筋ではないと思わせる部分がつよかったので、必ずしもジャストという感じではなかったのだが、ここ最近のシングル、とくに「weeeek」や「SUMMER TIME」、「Happy Birthday」で見られた展開には、お、と思わせられるところがあった。しかして、その3曲が収められたサード・アルバム『color』に対する期待は、がぜん高まっていたわけだけれども、いや、じっさいにこれが、なかなかナイスな作品になっており、すくなくともNEWSのディスコグラフィのなかでは、もっとも、ぴん、ときた。

 まず1曲目にさっそく「weeeek」を持ってき、勢いを借りて、飛ばす。続く「STARDUST」はハード・ロック調の楽曲で、これもアップ・テンポに、攻めの姿勢を感じさせる。3曲目が「SUMMER TIME」である。この時点でNEWSというグループのカラー、メンバー6人の個性が、かなり上向きに表現されていることが伝わってくる。4曲目の「SNOW EXPRESS」は、山下達郎に作曲を頼み、すでにコンサートで披露されていたナンバーらしく、DVD『Concert Tour Pacific 2007 2008』でも聴くことができるが、メランコリックなギターの響き、キーボードのきらきらと輝く旋律、心地好い打ち込みのリズムに、メロディアスなコーラスがのっていくなか、ワキから入ってくる山下くんのラップが、特徴的なフックとなっている。

 アコースティックのループを使った5曲目の「Forever」や、いま流行りのヴォコーダー・ポップスを意識したかのような6曲目の「MOLA」などは、正直、他のグループが歌っていても違和感がなさそうという意味で、楽曲単位の個性がやや弱いかな。しかしながら、錦戸くんのソロ・ナンバーが、うん、やっぱり、良いね。好き。「code」の場合、作詞のみが自作であったけれど、ここでの8曲目「ordinary」では、作詞ばかりか、作曲も手がけている。ゆるやかなトーンではじまり、印象的なギターのアルペジオが、大振りなストロークへ膨らむのに合わせ、スピードがあがっていく。バンド・スタイルのサウンドは激しさが増す。そこに「きみとぼく」の関係性から抽出された、一途とも執着とも一瞬とも永遠ともとれるラヴ・ソングが織り込まれている。

 先に挙げた「weeeek」や「SUMMER TIME」、それから13曲目の「Happy Birthday」が象徴するように、総体的にはラップ(っぽい)パートを含んだナンバーが増えており、ああ、なるほど、たぶん、こういうミクスチャーの路線が自分の趣味と合っているんだな、と思う。だが、NEWSの場合、嵐やKAT-TUNとは違い、誰それが専任と決められているふうではなく、MCをスイッチしながら、カラフルに艶やかで鮮やかでポップな色調をつよめている点が、他にはない魅力を孕んでいる。それがよく出ているのは、おそらくはハイライトに挙げてしまってもよいだろうね、と感じられる12曲目の「Smile Maker」である。〈笑え / 苦しい時こそ / 辛い数だけ笑顔見せてよ / さあ声上げて / いっそ笑い飛ばして / 自分のためじゃなくても / 誰かのために笑おう / 喜んでくれた顔が / 与えてくれる力を〉という、キャッチーで力強いコーラスまで、ジャジーなピアノとスクラッチがつくるコントラストのなか、交互にフレーズを繋げていくヴォーカルのひとつひとつから、スウィートなばかりではない、逞しさもがっちりあるポジティヴなフィーリングが溢れ出す。
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2008年11月08日
 1985

 米ユタ州セントジョージ出身の5人組、IN:AVIATEのファースト・フル・アルバム『1985』で聴くことのできるサウンドを、おおまかに要約すれば、INCUBUSやMARS VOLTA以降におけるエモ世代のアメリカン・ハード・ロック、といったところであろうか。CIRCA SURVIVEやMINUS THE BEARのファンはどうぞ、的なステッカーがパッケージには貼られているが、それらのバンドに比べると、もうちょいダイナミックにドライヴしており、楽曲もコマーシャルにまとまっている。ある程度の複雑な展開をこなす演奏を、プログレッシヴと解釈することも可能だろうけど、いやむしろ、そもそもは奇形をねらったミクスチャー・ロックやポスト・ハードコアの形態が、今やスタンダードでさえある時代だからこその折衷案とも思われ、そのようなアプローチからINCUBUSやMARS VOLTAのアイノコ的なニュアンスをつよく感じられたりもするのだった。またハイ・テンションかつハイ・キーでメロディアスなフレーズを追うヴォーカルが、ときおりウェットに傾く個所には、どこかMAROON 5を彷彿とさせるものがある。激しさを増して盛るパートも叙情性を高めてしなるパートも合わせ、きわめてウェルメイドなつくりとなっているが、しかしそれが悪くないのは、なにか一つが突き抜けていくインパクトではなく、総体的なバランスがたいへんすぐれているためである。ちょうど痒いあたりに手が届く、というか。決して奇をてらったところのないすべてが、とても気持ちよく、かっこうがよく決まっている。

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2008年11月06日
 ARASHI(嵐)のニュー・シングル『beautiful days』の通常盤に収められた3曲(初回限定盤に入っているのはそのうち2曲)は、それぞれべつの作詞作曲者を迎えて制作されているのだけれど、どのナンバーも、叶わなかった願いが、ミドルからアップにあがっていくテンポのなかで歌われ、まるで希望となり夢となり未来となっていくかのような、前向きな目線へと反転させられている、という点において共通している。しかしそれってじつは、99年のデビュー曲である「A・RA・SHI」の頃から、ARASHIというグループに託されたメッセージでもあるのではないか。つまり〈涙だって・そうさ明日のエナジー〉になりうる可能性を一貫して、追い求める力強さや逞しさのキープされていることが、00(ゼロ)年代を通じ、まさしく彼らを、この国のエンターテイメントのシーンにおけるトップ・スターにまでのぼらせていった原動力なのだと思う。がんばれ、負けるな、と不特定多数の誰かたちを励ますのでもなく、恨めしい、妬ましい、と個人的なルサンチマンをネガティヴに抱えるのでもなく、ささやかな「きみとぼく」の物語を開き、おおきく拡げていく内側に、必ずや夢見られる希望と未来がある、との信念を蓄えることで、通称「失われた10年」に訣別を告げ、なおかつ新世紀のあかるい面の、ちょうど真ん中にすっぽりと収まってみせたのである。前シングルの『truth / 風の向こうへ』によって誇示されたハイ・クオリティ、そして写真集『ARASHI IS ALIVE!』に付属されたCD「Re(mark)able」で高らかに宣誓された快進撃と「再発」の意志、すでに照準は2010年代に合わさっているのだろう、さらなる次の一手として『beautiful days』は十二分以上の役割を果たしている。表題曲の「beautiful days」にも、続く「僕が僕のすべて」にも、通常盤のみ収録の「忘れられない」にも、残念ながら櫻井くんの、あの、つよいフックたるラップは含まれていない。そうした意味では、やや薄口な印象ではあるものの、いやいや、先述したとおり、どのナンバーもミドルからアップにあがっていくテンポを重視し、もうすこしスローに落とされたならば切ないバラードになってしまいそうな心情を、励まし、フォローする、良質なポップ・ソングに仕上がっている。また曲調は異なれども、ストリングスを加えていくアレンジとドラム・パートのつくるリズムには「One Love」や「truth」からの連続性を感じられ、そうしたあたりに、現在のARASHIの、音楽面における方向性がうかがえもする。個人的には、冬の別れがなぜかやさしく聴こえる「忘れられない」に、たまらないものがあるな。ただし最初のほうに挿入される管楽器のソロは、ちょっと間抜けに思えるので要らなかったんじゃねえか、という気がした。ああ、そうそう、通常盤6曲目「忘れられない」のカラオケ・ヴァージョンのあと、じつはメンバーたちによる焼肉を食しながらの30分を越えるトークが入っている。このたびのアジア・ツアーをメインに今年一年を振り返るかのような内容は、リラックスした雰囲気が楽しく、たいへん和む。

 『truth / 風の向こうへ』について→こちら
 『Dream“A”live』について→こちら
 『One』について→こちら
 『いざッ、NOW』について→こちら

 9月6日『arashi marks ARASHI AROUND ASIA 2008 in TOKYO』について→こちら
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2008年11月03日
 Your Greatest Hits

 OVER ITとRUFIOの元メンバーが在籍しているとのインフォメーションを聞き、かなりの期待を持ち、耳を傾けたRUNNER RUNNERの『YOUR GREATEST HITS』(キャリア上はボーナス・トラックをプラスしたEPの扱いになるのかな)であったが、なるほどなるほど、と頷く一方で、すこしばかりがっかりしてしまったのも正直なところで、たしかにメロディのつくりは達者であるし、ポップでキャッチーといえば正しくそのとおりの楽曲が並んでいる。しかしながら、OVER ITやRUFIOにはあったギターのリフのつよいフック、しびれる快感は弱まり、かわりにダンサブルな電子音を組み込むことで、躍動と疾走のニュアンスを演出している、そうしたアプローチのサウンドはじつに今どきでもある気がし、とかく全般的なインパクトの面において物足りなさを覚える。ヴォーカルに被さるエフェクトも、ちゃかちゃかとしたプロダクションも、いや結局は、好みの問題になるのかもしれないけれど、あくまでも原曲に忠実でありながら、同様の趣向でのぞまれたMAROON 5にU2、JIMMY EAT WORLD、THIRD EYE BLIND、GOO GOO DOLLSのカヴァーからするに、そうしたアレンジこそがバンドの狙いであり、本質を兼ねる部分なのだろうとしたとき、個人的には、おもしろみに乏しく、まあね、と思われてしまう。

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 Suicide Season

 アメリカのレーベルであるEpitaphと契約を結び、イギリスのモダンなラウド・ロック派としてはLOSTPROPHETSやFUNERAL FOR A FRIEND、BULLET FOR MY VALENTINに続け、というような位置にまでやってきたのかな、シェフィールド出身の5人組、BRING ME THE HORIZONのセカンド・アルバム『SUICIDE SEASON』であるけれども、先ほど挙げたアーティストらが、キャリアを踏むにつれ、メジャー化し、マイルドさを増していっているのに対し、このバンドは、今のところまだ、獰猛に果敢に熱り立っては盛っている。それというのはもちろん、ロール・モデルに置いているスタイルの恩恵でもあるのだろう。デス・メタリックに咆哮するヴォーカル、ブルータルに掻き鳴らされるギターのリフに合わせてアグレッシヴにダ・ダダダと駆けずり回るバスドラの音、ときにプログラミングされた旋律を交えながら叙情性を高めていく楽曲の構成が、コンパクトに収まることを拒み、極度にダイナミックであること、過剰にドラマティックであることを要請しているのかもしれない。が、いずれにせよ、クライマックスは迫力に満ちて連続し、波濤のごとく押し寄せる。ラフに粗いというよりもタフに洗練されている印象であるし、メロディアスなくだりにはナイーヴなエモっ気のしなりも孕む。しかし、噴きこぼれる情緒を、たとえばそれを衝動と呼ぶのであれば、押さえきれず、前面化させていく勢いが勝っている。そうして鼻息の荒いナンバーが並んでいるわけだが、アゴニーでもあるサウンドのすべては、タイトル・トラックにあたるラストの「SUICIDE SEASON」により、浄化される。8分に及ぶ長尺な楽曲のイントロは、DEFTONESの「BE QUIET AND DRIVE (FAR AWAY)」を思わせなくもないギターの単層的なフレーズで幕を開け、次第にのってくる演奏は激しく、でも決して速くないテンポをつくり、静寂と強襲とが流転し合う音響のなかで、どことなく寂しげに、そして儚げなさまで、執拗なほど繰り返される叫びは、やがてデジタルなギミックからの浸食を受けると、跡形もなく消える。

 『COUNT YOUR BLESSINGS』について→こちら

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2008年10月26日
 The An Albatross Family Album

 00年代の現在に突然発狂したCAPTAIN BEYONDか、あるいはTHE LOCUSTによる70年代ハード・ロックの再現か、いやいや、さらにはファンキーでもありジャジーでもありプログレッシヴでもあるそのサウンドは、であるがゆえに混沌とし、しかし、かのような混沌にイニシアティブをとられてたまるもんか、とでも言いたげなアジテーションに溢れて、たいへん我が儘な興奮を打ち鳴らす。米ペンシルヴァニア州フィラデルフィア出身のアヴァンコア・アクト、AN ALBATROSSのニュー・アルバム『THE AN ALBATROSS FAMILY ALBUM』は、06年の前作『BLESSPHEMY (Of The Peace Beast Feastgiver And The Bear Warp Kumite)』の路線を受け継ぎながら、一曲一曲の整合性にあたる箇所を、ぐっ、と高めており、たとえばちょっとしたフレーズや、楽器間のアンサンブルによって練り上げられたダイナミズムなどから、このバンドの硬い部分が、ぐぐっ、と前面に出てきたことをうかがわせもする。エレクトリックなノイズのなか、サキソフォンやハモンド・オルガンの挿入が見事に決まり、じつにエキサイティングなのも、基盤のしっかりと固まっているためである。そうして、掴みどころがわかりやすくなったぶん、とても聴きやすくなった。が、もちろん、短いスパンで急展開する構成のせわしないあり方や、ぎゃんぎゃん叫ぶヴォーカルのスタイルからは、依然、アンチ・マナーの勢いが導き出されている。この作品からバンドは、所属先を、THURSDAYと馴染み深く、MY CHEMICAL ROMANCEを輩出したことで知られるEYEBALL RECORDSに移しているけれど、現在のレーベルを代表するTHE NUMBER TWELVE LOOKS LIKE YOUやKISS KISSといったカオティック勢と比べてみたところで、個性、クオリティともに、抜群のものを発揮しているし、あらゆる傾向のこれだけ出揃ったシーン全体から捉まえてみても、非凡なほどにラディカルな魅力を備えている。後半の流れが、すさまじく、かっこうよい。とくにラストの手前、8曲目の「THE ELECTRIC PROLETARIAT RIDES A VELVET CHARIOT」が、最高潮に燃えるだろ。高速域で攪拌される旋律の歪み、スクリーム、スクリーム、演奏の盛り上がりはやがて、スペーシーなトラッキンのジャムを大々的に繰り広げはじめる。怒濤の喩えの相応しいぐらい、激しい、やかましい。

 『BLESSPHEMY』について→こちら

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2008年10月16日
 The Glass Passenger

 かつて、SOMETHING CORPORATEというバンドで、ピアノの軽快なポップ・ソング「PUNK ROCK PRINCESS」というナンバーで〈君が僕のパンク・ロック・プリンセスになってくれたら / 僕は君のガレージ・バンド・キングになってあげる(田村亜紀・訳)〉と歌い、ピアノの壮大なバラード「KONSTANTINE」というナンバーで〈僕には夢があった / ギターを弾けるようになって / この国中を旅して回り / ロック・スターになるんだって / そこへ君も一緒に連れて行けるかもって望みを抱いていた / けど残念ながら君はあまりにも若くて(略)僕は君のスターじゃない / 君はそう言わなかったっけ / この曲にはそういう意味が込められてると君は思ったって(田村亜紀・訳)〉と歌った青年が、このJACK'S MANNEQUIN(ジャックス・マネキン)のセカンド・アルバム『THE GLASS PASSENGER(グラス・パッセンジャー)』の10曲目「HAMMERS AND STRINGS(A LULLABY)」で、ピアノのセンチメンタルな響きにのせて〈「(略)いまだにこの古いパンク・ロック・クラブにいると / あなたの幻が見えるのよ / ねえ 私に一曲書いて / 何か信頼できるものをちょうだいよ(略)何か信じられるものをちょうだいよ / 呼吸のひと息でもいい / そのことを書いてちょうだい / 私は目を閉じたりしないと思う / だって最近夢も見てないから / だったら眠ることになんの意味があるの? 夜になると隠れるところもないって感じなのよ」 だったら君に子守歌を書こう(沼崎敦子・訳)〉と歌えば、たとえそれらが一連なりの物語でなくとも、そりゃさまにならあ、と思いながら、そのメロディがまっすぐに力強く、抗いきれず、ぐっときてしまう。

 上記の青年とは、言うまでもなく、アンドリュー・マクマホンのことだけれども、やはり、彼の書く旋律と、そして歌声からあふれ出すイメージの、スウィートネスとトワイライトには、どうしたって心動かされるものがあるな。ある意味ではコンセプト・アルバム的であった05年の『EVERYTHING IN TRANSIT』に比べ、一個一個の楽曲におけるスケールとドラマ性がアップした印象を受ける『THE GLASS PASSENGER』には、同時代的なポップ・パンクやポップ・エモのマナーよりも、COUNTING CROWSの『RECOVERING THE SATELLITES』(96年)や、JON BON JOVIの『DESTINATION ANYWHERE』(97年)、RED HOT CHILI PEPPERSの『CALIFORNICATION』(99年)などに通じるニュアンスを感じた。すなわち、ハード・ロックの夢が終わり、パンク・ロックの夢が終わり、ニュー・ウェイヴの夢が終わり、ヘヴィ・メタルの夢が終わり、グランジの夢が終わり、時代が変わり、その跡地に残されたメロディんの結晶が、どれだけパーソナルなテーマを追おうとも、いや、あるいはパーソナルなテーマを追ううち、あたかもそれが宿命的なミームであるかのごとく、アメリカの哀愁として再生し、メロウなエモーションのなか、しなやかに逞しく鳴り響く様子である。アップ・テンポなナンバーももちろんあるし、アンドリューの奏でるピアノが、いきおいよく跳ね、ときにはダイナミックなうねりを持ちえながらも、決してアグレッシヴに盛っていかないのは、内側にパセティックな揺らぎが抱えられているためだ。しかし、そのパセティックな揺らぎが、バンドの演奏にそいながら、振幅を増すことにより、わっと熱を帯びたカタルシスをもたらす。

 『EVERYTHING IN TRANSIT』について→こちら

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2008年10月02日
 United Nations

 叫ぶ声、騒音、世界はこんなにも憂鬱に満ちているんだぞ。UNITED NATIONSという、ずいぶんなグループ名が何を意図しているのか、どのようなコンセプトを持っているのかは知らないけれども、アグレッシヴさ加減全開のサウンドには、やられる、昂ぶる、熱くなる、かあっとなるのはカロリーが費やされているからで、すなわち生きていることを感じさせる。いちおうは覆面の匿名集団ということになっているが、THURSDAYのジェフ・リックリィやGLASSJAWのダリル・パルンボが在籍しているらしい。らしい、とはいっても、ジェフなんかはさ、じつにハンサムな声質とヴォーカルのスタイルで、間違いなく、彼だとわかる。しかしながら、このアルバム『UNITED NATIONS』で聴くことのできる歌唱は、近年のTHURSDAYに比してずっと激しく、前のめり、つんのめっている。そこに被さり、衝動性を倍加し、高めるスクリームが、ダリルのものであろうか。いや、こいつもかなり荒ぶっているのだ。アグリーであり、アングリーであり、強烈なフラストレーションを抱え、持て余しているかのよう。二者の叫びが、轟音をともない緊急に展開する楽曲へ、過剰なエモーションを注ぎ込む。ゼ☆#%◎※ッー! ワン・トゥ・スリ・フォ!と、いきなりくる1曲目「THE SPINNING HEART OF THE YO-YO LOBBY」の冒頭からして、もう大絶叫大会の装いである。まるで、炎上真っ直中の火事場でやれるだけのことをやらねば、死ぬ、という勢いである。しかして、切羽詰まっていることが未曾有のリアリズムにも思えてくるのである。もちろん、彼ら以外のメンバーだって、負けじと気迫を備え、これに臨んでいることは、破壊力に換算するのが相応しい演奏から、十二分伝わる。あたかもチキン・レースの様相で、めいっぱいアクセルを踏み、踏み込み、スパークし、クラッシュする寸前、するどいターンを切る、とたん反動は激しく、重低音の軋むグルーヴを生じさせる。アコースティックのギターとエレクトリックなノイズをスイッチングする7曲目の「FILMED IN FRONT OF A LIVE STUDIO AUDIENCE」や、アウトロにサキソフォンを用いた11曲目の「SAY GOODBYE TO GENERAL FIGMENT OF THE USS IMAGINATION」など、メロウな気分もあるにはあるが、それらはしかし、壮絶さのどこかで、ぐしゃぐしゃに歪まされた哀愁だろう。おい、おまえ、世界はこんなにも憂鬱に満ちているんぞ。とにもかくにも、極端にいきり立ったハードコアが全編を覆い尽くし、鮮明な直情を描く。滾る。

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2008年09月25日
 Take Me to the Sea

 THE BLOOD BROTHERSにPRETTY GIRLS MAKE GRAVESという、メンバー3名の前キャリアを踏まえたとき、JAGUAR LOVEのファースト・アルバム『TAKE ME TO THE SEA』で聴くことのできるサウンドは、かなりポップの方向に振り切れている。フラストレーションによって研ぎ澄まされたハードコアの極端なポップ化ということであれば、THE MAE SHIの『HLLYH』あたりに近しいタッチだろうか、しかしあちらに比べるとアヴァンギャルドによじれた展開をほとんど持たず、ハードめにまとまった演奏のなか、素朴であるほどにキャッチーなメロディをヴォーカルは追う、すべてがならめかでスマートなのにジョニー・ホイットニーの、あの甲高くヒステリックな声はあいかわらず、十分なインパクトを持ち、強烈な個性をアピールしている。それにしても、フォーマットとサイズをきちんと定め、そこに自分たちのスキルとセンスをめいっぱい詰め込んだかのような楽曲が、もちろんフックもアクも十分に満たしたまま、これでもかという具合に続いていくので、ついつい、はまる。ちゃかちゃかと刻まれ、局面によってはダンサブルにも変化するリズムは、巧妙に、軽妙なステップを誘い、賑々しく盛り込まれたキーボードの音色が、躁状態を摩訶に膨らます。センチメンタルな抒情も、揺れ、振れながら、上機嫌のバルーンに引っ張られ、舞い上がる。先行EPに収録されていた「VIDEOTAPE SEASCAPE」も、けっこう特徴的でナイスな一曲だったから、あれもこのアルバムに入れて欲しかったな、と思うのは、おい、おまえ、贅沢すぎる不満だよ。

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2008年09月16日
 Old Wounds

 ああ、やだやだ。世界中が憎たらしく空しく感じられるようなとき、何もかもを轟音でシャット・ダウンしたくなる。しかし、めいっぱいフラストレイトした気分と十分に渡り合うだけのものはなかなかなあ。いっそのこと死ねちゃえばいいのに。うるせえ、おまえが死ね。愚痴愚痴しいのはここまでだ。それにしても、いかしているのはYOUNG WIDOWSである。アメリカはケンタッキー州ルイヴィル出身のトリオが、06年に発表したファースト・アルバム『SETTLE DOWN CITY』は、不機嫌な興奮を満載した、ふてぶてしく頼もしい内容であったけれど、このセカンド・アルバムとなる『OLD WOUNDS』も当然、いやかなり、荒くれている。前身であるBREATHER RESISTの頃より籍を置いていた古巣JADE TREEを離れ、よりわかりやすくポスト・ハードコア、ポスト・ロック向きのレーベルTEMPORARY RESIDENCEに移ったが、洗練なんぞ知ったこっちゃないよ、と言わんばかりの殺伐さ加減は、目減りしていない。白々しい技巧をぎざぎざなフォルムに切断し、その演奏がひずみ、割れてきそうなほど、ノイズのヴォリュームをあげる。カート・バーロウ(CONVERGE)の、あの、素材に関係のないワン・パターンなプロデュースも、今回はうまく生きている。ロー・ファイでざらざらとしたところがよく出ている。だが驚くべきなのは、ギター、ベース、ドラムによるコンビネーションの、アンバランスなさまが完璧なバランスの上に成り立っている、あるいは見事なぐらいのバランスをアンバランスに成り立たせていることだろう。ぶっちゃけて、カタルシスという一点においては、『SETTLE DOWN CITY』のほうが何倍もすぐれていた。ねじ伏せ、有無を許さぬ鉄腕ぶりから、『OLD WOUNDS』は数歩身を引いている。じっさい、アルバムの大半は、ジャンクなブルーズと喩えてもいい、スローに、ヘヴィに、黒く塗りつぶされたナンバーに占められている。暗く荒涼としたグルーヴは、不吉そのものですらある。もちろん、部分的にだがダイナミックにうねる箇所はいくつもある。しかし、テンションが、どかん、と爆発した瞬間止まらない感覚は、はやくて5曲目の「LUCKY AND HARDHEADED」を待たなければならない。もっともスピードが出ている8曲目の「DELAY YOUR PRESSURE」でさえ、半ばまでいくと極端にテンポを落とし、ドゥームめく。ずるずる、すり足の進行をとる。ただし、だからといって怠くてかなわない、ということもない。全体に、ひりひりとした肌触りの空気が満ちている。そして一音一音は、鋼を鍛えるハンマーのごとく、硬い。それらが複雑な化学反応を起こし、一種独特なスリル、気づかず神経を持っていかれるような緊張を運んでくる。なかでもラストを飾る11曲目の「SWAMPED AND AGITATED」が、すばらしくかっこういい。締め括りに相応しい。まるでTHE JON SPENCER BLUES EXPLOSIONとJESUS LIZARDとHELMETとが三つ巴の協奏を繰り広げているみたいな、ハードヒットのインパクトをぶちかます。勢いに押され、駆り立てられるものがある。ああ、そうだったな。腹の底からぐっとくる、この感じが大事なのだ、と思う。

 『SETTLE DOWN CITY』について→こちら

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2008年09月07日
 昨日(9月6日)に国立競技場にて行われた『arashi marks ARASHI AROUND ASIA 2008 in TOKYO』を観たのであったが、これがもう、文句のつけどころのない完璧なエンターテイメントで、7万人規模のサイズであそこまでの一体感をつくり上げられたら、そりゃあ圧倒されざるをえないだろ。いやいや、とりあえずねえ、と、いきなりくだけた話をするのだけれども、コンサートがはじまってけっこうすぐ、移動式のステージに載った松本くんが目の前に来たんですよ、メロイック・サイン(ひとさし指と小指を突き立てるあれね)をしながら、それでわーっとなってVサインを送ったら、Vサインを返してきてくれたのがとてもとてもうれしく、その瞬間に頭がショートした、ミーハーになった、ほんとだよ、妄想じゃないよ、絶対に目が合ったもの、夢見心地というのはああいうことをいうのか、マツジュン超かっけえ、メロメロ、したがって最初のほうの記憶は完全にぶっ飛んじゃってる。とはいえ、ポップな「Love so sweet」で幕を開け、メンバー五人の合唱で成り立つ楽曲が連続し、序盤の段階ですでに、多幸感あふれ、逃れがたくARASHI(嵐)が持つ魅力に引き込まれてしまったことだけはたしかである。

 「アオゾラペダル」に続いて、相葉くんのソロ・ナンバー「Hello Goodbye」が披露される。「Hello Goodbye」は、今年リリースされたアルバム『Dream”A”live』の初回限定盤のみで聴けるパワー・ポップの佳曲だが、あらためてそのメロディの良さにうっとりする。それが終わると、個人的にはARASHIのベスト・チューンではないかと思っている「素晴らしき世界」が、きた。うおおお。ここの展開はやばい。いったん退場した相葉くんをのぞく四人が、ストゥールに腰掛けながら、ひっそりと暗くなっていく日のなかで、黄昏と希望とをどこまでもやさしくうたいかけてくるんだぜ。屋外というシチュエーションが最高潮に効いている。ちょうど自分のパートが来たところで、相葉くんが復帰、そして〈僕らは泣いて笑って それでも明日を夢見てしまう これからが素晴らしき世界〉である。どんな苛酷さも生きていけるだけのつよさが、全身に漲ってくるような気さえする。

 さわやかに感動が屹立する「Still」、大盛り上がりの「Lucky Man」、大野くんのソロ・ナンバー「Take me faraway」はムーディにせつなく、そして二宮くんのピアノ弾き語り「虹」に会場中が、しん、と聴き入る。もちろん、二宮くんがかけていたメガネを外すお約束のパフォーマンスもたいへんキュートだった。

 「CARNIVAL NAIGHT part2」を経て、MCを挟み、ショーは後半に入っていくのだけれども、ハイライトはむしろそこから先であった。いや、このときこの場のすべてのモーメントがクライマックスにほかならなかったのだが、ARASHIというグループが来年で十周年を迎え、つまり00(ゼロ)年代をパーフェクトに制覇し、あたらしい段階に踏み込んでいく予兆のようなものが、MCをあけて「風の向こうへ」の〈僕の後ろに出来てた道 雨の向こうへ 風の向こうへ 旅は続いていく 今 君の向こうへ そして僕の向こうへ 道は続いていく〉とうたわれるフレーズに集約され、象徴され、じっさい、そのあとの進行に示され、実感されたのである。今年北京にて行われたオリンピックと44年前に今回の会場で行われた東京オリンピックとをリンクさせ、歴史というものに重みがあることを伝えるヴィデオが流れる。そのさいメンバーはステージから消えている。ふたたび、彼らが観客の前に姿を現したとき、目玉が飛び出るかと思った、度肝抜かれた、まさかあそこまでスケールのでかいパフォーマンスが繰り広げられるだなんて。大歓声、ヘヴィなギターのイントロ、会場を見下ろす巨大な聖火台にともった炎をバックに五人が横に並んで「Re(mark)able」鳴り響く。あちこちでパイロが、どん、と火を高くあげる。やばい、このテンションはやばい。「Re(mark)able」は、先般出たばかりの写真集『ARASHI IS ALIVE』に付属されたCD収録のナンバーで、今回のアジア・ツアーのテーマ曲である。原点回帰したかのような、あるいは「COOL & SOUL」パート2ともいえるような、ミクスチャー路線全開のハード・チューンで、五人が全員で担当するラップ・パートの歌詞はぜんぶ櫻井くんが書き、ARASHIの現在の立ち位置を、言い換えるなら過去と未来のあいだに置かれた通過点を、あますことなく、体現する。うはあ、すげえかっこういい。アドレナリンが全面開放させられる。しかし興奮は続く。リフトを使い、地上に降り立つと、ここかあ、ここでくるのか、「Truth」。窒息しそうなくらいのカタルシス、そして「Step and Go」、「a Day in Our Life」と、アンセム・クラスの楽曲が連続していくのだから、まいる。まいるよ。あまりの興奮に目がくらむ。

 バック・バンドの演奏とレスポンスし合いながら、ロックン・ローラーのイメージをなぞらえる松本くんのソロ・ナンバー「Tell me what you wanna be?」もかなり良かったが、やはり個人的には櫻井くんの「Hip Pop Boogie」が好きすぎる。〈大卒のアイドルがタイトルを奪い取る マイク持ちペン持ちタイトルを奪い取る ステージ上終身雇用〉と紡ぎ、〈何か違うと思わないかい? あんな大の大人が 罵り合い大会 なんて僕らは見たくないんだい こうなりゃもう そう咲き乱れる 本業の方々顔しかめる 温室の雑草がマイク持つRAP SONG〉となめらかにラップし、自らのアティテュードを高らかに宣言する様子が勇ましい。

 「A・RA・SHI」や「PIKA★★NCHI DOUBLE」のアップ・テンポな勢いを借りて、本編は締めへと向かっていく。ラスト・ソングは、いまだにヒット中の「One Love」であった。おそらく、売り上げからして今年の邦楽シーンを代表する一曲といっても差し支えがないに違いない以上、じつに納得がいく選曲だろう。無数に輝き、揺れるペンライトが美しい。7万人という、ちょっとした音楽フェスティヴァルをはるかに上回るファンをこうも確実に動員してしまうアーティストの、そのカリスマが、甘やかなメロディとなり、広大な会場中を包み込んでいくみたいだ。当然、だからといって収まりがつくはずもなく、ステージを去っていったメンバーを、大勢の歓声と拍手が呼び戻そうとする。アンコールだ。「感謝カンゲキ雨嵐」だ。〈Smile Again ありがとう Smile Again 泣きながら 生れてきた僕たちは たぶんピンチに強い Smile Again 君がいて Smile Again うれしいよ 言わないけど はじめての 深い いとおしさは嵐〉である。これをはじめとして、新旧の、それこそファンには馴染みの深いナンバーを織り交ぜながら、アンコールもまた激しく盛り上がっていく。このあたりから小粒ではあるが雨がぽつぽつ降りはじめる。だが、それすらもすっかりと熱くなった体温には心地好い。大げさではなく、まるで演出の一部であるかのような錯覚さえ覚える。

 松本くんがにっこり「雨なのにもっと続けて欲しいのか」みたいなことを尋ねれば、観客は、当たり前だろ、と言わんばかりに沸く。どーん、と盛大にあがる花火。濡れたステージ上を楽しげにスライディングするメンバーたち。ほんとうのラスト・ソングは〈Rainy Cloudy Fine Today 今日は今日で終わってしまう Dizzy Crazy Vain Today この苦しみも サヨウナラ サヨウナラ〉という歌詞が、とても印象的な「五里霧中」であった。最後の最後まで、何もかもをばっちりと決めてしまうこのグループはいったい何なのだ。とにかく一夜明けてもまだ、とんでもないものを見た、という想いでいっぱいである。

 『truth / 風の向こうへ』について→こちら
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 『One』について→こちら
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2008年09月05日
 リリースのタイミングが近く、曲調が決して遠からじであるため、はからずもKinki Kidsの「Secret Code」とTOKIOの「雨傘」は、堂本剛、長瀬智也、椎名林檎の、同世代三者がそれぞれのポテンシャルをもって呼応し合っているかのような印象を受ける。しかしはっきりといってしまえば、「雨傘」は、椎名が作曲し、東京事変がアレンジをしたナンバーに、長瀬のヴォーカルをのせる、というアイディアがそもそもいけていなかったのか、どうもいまいちに感じられたのであった。ここ最近のTOKIOがとってきた大物ミュージシャンに楽曲をオーダー・シリーズのなかでも、あまりうまくいっていない類だろう。性別の差か、それとも長瀬の声量がアンニュイなムードと無縁であるからか、かつて「少女ロボット」で、ともさかりえと椎名のあいだに見られた同世代のマジックは、そこに生じえていない。これに対して、Kinki Kidsの「Secret Code」である。作詞作曲は外部のライターが行っているけれども、テレビ・ドラマ『33分探偵』の主題歌で、大所帯のバンド形式で織りなされるサウンドは、244 ENDLI-x以前における堂本剛のソロ・ナンバーを彷彿とさせるものがある。それこそファースト・ソロ・アルバム『ROSSO E AZZURRO』に収められた「さよならアンジェリーナ」や「溺愛ロジック」の系を思わせる。もちろん、Kinki Kidsとしての活動である以上、堂本光一とのコンビネーションこそが要であって、安易に堂本剛個人と結びつけてしまってはならないのだが、「Secret Code」にかぎっていえば、ヴォーカルのパート分け一つとっても堂本剛の色がつよい、という気がする。それが、堂島孝平や藤井尚之、東京スカパラダイスオーケストラのメンバーを中心に組まれたバックの演奏と引き合い、たいへんスリリングかつアッパーなムードをかもし、なかなかに煽る。スタジオ音源のミュージシャンをそのまま連れているわけではないのだろうが、初回限定盤に入っている「Secret Code 〜KinKi you Live Version〜」も、じつはこちらのほうが堂本光一の存在感がおおきく出ていて、かっこういい。翻って、B面に収録されている「Fu Fu Fu」などは、堂本剛と堂本光一のデュエットが、じつにKinki Kidsらしく、CHOKKAKUのアレンジしたポップ・ナンバーのうちで、きらきらと映えている。

・その他堂本剛の活動に関する文章
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2008年08月23日
 個人的には、初期の頃のハード・ポップなミクスチャー路線を高く買っていただけに、ウェルメイドなアイドル・ポップスに移行してからのシングルには、あまり、ぴんとくることがなかったのだけれども、前々作の『Step and Go』の後半、メロディアスな楽曲のなかへ、なめらかにスムーズに挿入される櫻井くんのラップには、ひさびさ、おお、と目を瞠らされるものがあった。

 以前にも述べたとおり、99年に鳴り物入りでデビューし、今や国民クラスの知名度に達したARASHI(嵐)というグループこそが、もっとも00(ゼロ)年代を代表するに相応しい。初期のシングルによってアピールされていたのは、つまり、90年代もしくは20世紀で終わりが訪れることのなかった世界をライディングしていくための勢いであったのだろう。しかるに05年あるいは06年よりこちらの、不特定多数を射程に入れたシングル群にあらわされていたのは、満を持して次のディケイドを迎え入れるための成熟にほかならない。しかし、率直に言わせてもらえば、決して歌唱力に余裕のあるアーティストではないので、今ひとつ、こう、パンチとフックに欠けていた感は否めず。だが、それを補うようなインパクトが、『Step and Go』の、あの櫻井くんのラップにはあったのである。いや、正確を期すなら『We can make it』を経て、『Step and Go』に至り、彼のスタイルはさらにあざやかな印象を増した。

 たしかに初期の頃より、櫻井くんのラップは、ARASHIにとってトレード・マークの一つではあった。とはいえ、前向きなフレーズとリラックスしたトーンでの押韻とがしごくナチュラルに均されたと実感されるのは、すくなくともシングル単位で見た場合、『Step and Go』においてではなかったか。そうした路線を引き継いだのが、ダブルA面のニュー・シングル『truth / 風の向こうへ』のうち、「風の向こうへ」のほうである。

 出だし、アコースティック・ギターのカッティングが最高に効いているナンバーだが、いささか装飾過多なドラムとホーンのアレンジが、ちょっとね、であって、コーラスもわかりやすいメッセージをいかにもわかりやすいメロディで伝えてくれてはいるのだけれども、やはりメンバーの歌声に強力なものがなく、次第に凡庸さが覆い尽くす。だが、しかし、ふたたびアコースティック・ギターの音色がよく聴こえるよう、バックの演奏が鳴りを潜め、タイトルどおり「風の向こうへ」としばらく合唱されるなかに、櫻井くんのラップが飛び込んでくると、ブリリアントでしがらみを抜けた魅力を楽曲は持つ。〈光と影その向こうへ / 闇を照らす君の声〉というメロディのライン自体に特筆すべき点はないのに、それが〈行こう 向こうへ / 頂上の方へ 想いを掲げ〉と加算される櫻井くんのラップによって、十分な快活と解放を得、ひじょうにフレッシュな響きを、どこまでも遠くへ届きそうなぐらいに放つのである。

 ところで「truth」のほうは、櫻井くんのラップ抜きのナンバーであるが、いや、じつはそちらもなかなかに興味深く、ストリングスとピアノの前面に出されているところは、たいへんドラマティックである一方、バックのトラックはダンサブルな打ち込みのリピートに次ぐリピートで、そうした相互の作用が、ロバート・マイルズの「Children」にも似たインストゥルメンタルのカタルシスに繋がっている。通常盤に収録されている「スマイル」は、まあ、ここ最近のARASHIらしいナンバーで、可もなく不可もなく。

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2008年08月15日
 For Redemption

 ニュースクールのハードコアといったところで今や完全なオールド・スタイルであろう。時は、溜め息が幸福を遠ざける残酷さで、過ぎ去る。しかし、奮迅のかっこうよさは旧いや新しいの価値基準を事も無げに乗り越えるのだな、と思う。06年に結成された米マサチューセッツ州出身の4人組、I RISEのセカンド・アルバム『FOR REDEMPTION』である。昨年リリースされたファースト・アルバム『DOWN』も、まるで90年代の半ばにニュースクールと称されたハードコア系のサウンド、とくに一時期のSNAPCASEあたりを彷彿とさせる、メタリックなギターのリフと重低音ベースのヘヴィ・グルーヴとを、超テンションでフル稼働させたかのような怒濤の魅力的な佳作であったけれど、この『FOR REDEMPTION』も、基本的なニュアンスは変わらず、一個一個のナンバーにおけるメリとハリの具合をさらに強めることによって、くわっ、と血の沸き立つ興奮を、見事かつ猛烈にアピールしている。いやはや、盛り上がるだろうよ、これは。現代的なアーティストの多くが、エクストリームであったりラウドであったりの方向性を採るにあたり、高度なテクニックを重要視し、楽曲の展開を複雑化させているのに対し、I RISEの場合、まあたしかに一定以上の技術に裏打ちされているふうであるにしても、きわめてストレートに情動を叩きつける。それこそ、奇を衒う、エキセントリックというのではなくて、とにかくひたすらにアグレッシヴなのである。バックの演奏がやたらダイレクトに轟音を撥ねれば、ヴォーカルは力む、叫ぶ、熱く、煽る。こちらの拳を固く握らせる。最高に好きだな、と挙げておきたいのは7曲目の「THE DOOR」で、イントロ、スローなドラムのテンポに合わせ、潤んだ抒情をこぼすギターの旋律が、イントロ終わり、性急さをもって「A CLOSED DOOR」「TO A WORLD」と放たれる声に従い、一変して激しく、鳴る。そのフルスイングであるようなインパクトが、真剣にかっこうよい。

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2008年07月29日
 コンクァー~征服~ −CD+DVDスペシャル・エディション−

 マックス・カヴァレラからかつての神通力が失われてしまって久しい。それは残念なことであるし、しかし仕方のないことだとも思う。他の同世代や同時代のアーティストたちを見ればわかるとおり、90年代のインスピレーションなど、すでに遠い昔のことなのだ。すくなくともSOULFLY(ソウル・フライ)に関しては、02年に発表されたサード・アルバムの『3』以降、微妙の一線を決して越えることのないアルバムしかつくられていない。今年リリースされたCAVALERA CONSPIRACY名義の『INFLIKTED』は、実弟であるイゴール・カヴァレラと再び組んだことで、もしやSEPALTURA時代の再来を期待させたが、がっかりしたことに、やはり微妙の一線を越えるものではなかった。いかにもモダン・ヘヴィな曲調をベースとし、マーク・リッゾのテクニカルなギター・プレイを大々的にアピールした内容は、ドラマティックといえば、まあそのとおりなんだろうけれども、こう、アイディアとしてはべつにすぐれているわけでもなしに、空々しく響き渡るばっかりだったんだよね。ここまでくるとさすがに白けるもので、結局のところ、このSOULFLYにとって通算6作目となるアルバム『CONQUER(コンクァー〜征服〜)』もたいしたことあるまい、と、じっさいに聴く前は踏んでいたのであったが、しかし、意外にもアドレナリンが、かっ、とサージする場面のすくなくはないことに、おどろき、逆に戸惑ってしまった次第である。正直をいってしまえば、音楽的なポテンシャルの高いこぶりっこしているアルバムの後半は、やや怠い。が、冒頭を飾る「BLOOD FIRE WAR HATE」と続く2曲目「UNLEASH」の、ごり押してくるさまのたまらない調子は、かなりつよく、こちらの胸ぐらを掴む。パーカッションを多用しての民族音楽ふうアプローチは、以前よりすでに薄まりつつあるが、そうであるならば、せめてこれぐらいアタックのきいたサウンドをやって欲しい、というポイントをきっちりフォローしている。さらに白眉なのは4曲目の「WARMAGEDDON」であろう。ずっしりとスローなグルーヴで立ち上がり、不穏さをキープするテンポが、ぶっきらぼうなヴォーカルが入ってくるのにならって、うるさく跳ね上がる。その段階をしばらく経たのち、スラッシュ・メタルよろしく急加速していくあたり、ここである、ここがたいへんかっこうよく決まっている。マーク・リッゾのギターはCAVALERA CONSPIRACYのときと同様に、やたら早弾いてはいるが、それがこちらではミスマッチとならず、楽曲のスピードとの見事な融和を果たしており、カタルシスを倍加させる。ボーナス・トラック扱いの12曲目「MYPATH」にも、鉄腕でねじ伏せ、叩きつける勢いがある。これを聴くかぎり、マックス・カヴァレラのこと、まだもうちょっと、信じていいのかもしれない。

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2008年07月23日
 くるりのライヴを観るのは、たぶん7、8年ぶりぐらいで、ELLEGARDENは2、3年ぶりかな。いちばんの目当てはMASS OF THE FERMENTING DREGSであったのだけれども、開演に間に合わず、最後のほうをちらっとしか観られなかったのが、悔しい。ああ、轟音響かせていたっぽいなあ。何の話かといえば、昨日(22日)にZEPP TOKYOで行われた、くるりのツアー『デラぜっぴん!混浴四重奏』のことなのだけれども、いやあ、予想外に燃えられた。ELLEGARDENは、じつに健全なパフォーマンスとじつに健康的なキッズ(と呼ぶのが相応しいような若者)たちが繰り広げる予定調和の世界といった感じで、驚くべき点もなく、以前とあまり印象が変わることもなかったのだが、それが微笑ましく見えるぐらいには、やはり、一個一個の楽曲の持つフックが強い。わりとゆったりとした調子から、ぐんぐんギアをあげていくセット・リストに、気持ちよく汗が流れるほど体を揺らしていると、あっという間に時間が過ぎ、出番が終わる。ELLEGARDEN目当ての子たちは、そこでけっこう抜けちゃったのかな、かなり会場に余裕が出来る。ちょっとだけでもくるりを聴いてあげればいいのに、と思うが、まあ仕方ないよね。個人的にも、ELLEGARDENのあとにくるりというのは怠いんじゃなかろうかと、じつは考えていたのだった。まあ、正直なところ、「尼崎の魚」でスタートしたときは、おお、となりつつ、そのリラックスした雰囲気には腕組みしてしまったのだけれども、新曲をやりはじめて、中盤に入ったあたりから、ちょっとずつテンションがあがる。いやいや、新曲が良い、良かったというのでは、ぶっちゃけて、ない。決してない。率直に述べるなら、演奏にエキサイトの源泉はあった。それも岸田繁、佐藤征史のオリジナル・メンバーがどうというより、むしろギター、ドラム、キーボードのサポート・メンバーによるところがおおきかったふうに思う。もちろん、そうしたメンバーのチョイスを含め、くるりの表現であるのだろうから、くさして言うのではない。岸田のMCによれば、今回のラインナップは、この日が最初の披露で、ギターはウィーンから駆けつけたばかり、リハーサルに参加する余裕すらなかったらしいが、えっ、ほんとうかよ。ライヴの進行中、じょじょに発展させられていったノリは、しいていえばMARS VOLTAなどに近しい、楽器同士がフレキシブルに応対し合いながら不定形のグルーヴをマッシヴな躍動に変換していくものである。これがかなり決まっていた。ばきばきに圧の高まるバックの演奏へすべてを委ねた岸田が、踊り、観月ありさの「TOO SHY SHY BOY!」(だったっけ)をアドリブみたいに口ずさむ場面のはじけ具合は、たいへんすばらしかった。そのなかにあって「アマデウス」のしんみりとした調子は印象深いポイントをつくり出していたわけだが、ラストに「ワンダーフォーゲル」と「ばらの花」を、アンコールの2曲目に「東京」を聴けたのが、個人的には、うれしかったな。それにしても、最初に書いたとおり、くるりのライヴを観るのは超ひさびさだったんだけど、客層がすっごい変わっちゃったんだね。そんなこともないのかしら。「ワンダーフォーゲル」以外、たくさんの人がじっとしていたのには、ちょっとばかしびっくりした次第。
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2008年07月11日
 All or Nothing

 05年のファースト・アルバム『YOUNG FOR ETERNITY』と、このセカンド・アルバム『ALL OR NOTHING(オール・オア・ナッシング)』を聴くかぎり、THE SUBWAYS(ザ・サブウェイズ)に関しては、もしかするとポストASH枠みたいなポジションで見るのが良いバンドなのかもしれないね、と思う。出身地は違えども、片方にたとえばNIRVANAに代表されるようなミニマムなダイナミズムへの欲求があり、もう片方にたとえばOASISに象徴されるようなメロディ・オリエンテッドの指向がある、もちろん90年代におけるアメリカとイギリスの二極からの影響と捉まえることも可能であるそれらを、奇をてらうことなくミックスさせたサウンドに、共通すべき特徴を感じられる。ASHがセカンド・アルバム『NU-CLEAR SOUNDS』をアメリカ市場に向けてリリースし直すさい、ブッチ・ヴィグにリミックスを頼んだのはよく知られた話だけれど、THE SUBWAYSはセカンド・アルバムそのもののプロデュースを、やはりブッチ・ヴィグに任せているのも興味深い事実である。いずれにせよ、『YOUNG FOR ETERNITY』では、線の細さに不安がありながらも、フレッシュな勢いを借りることで、躍動感を大事にするギター・ロックを披露してみせたTHE SUBWAYSだが、『ALL OR NOTHING』においては、リズムの面に安定した重みが加わると同時に音の厚みが出、そのため全体のぶれが減じ、以前にも増してアタックのつよいサウンドを聴かせるにいたっている。とくに、アップ・テンポになっていくなか、さわやかでキャッチーなラインを浮上させる頭4曲の流れが、いい。先行シングルでもあった3曲目の「ALRIGHT」から4曲目の「SHAKE SHAKE」にかけて、昂揚はピークに達する。ドライヴする曲調のコーラス部分で発せられるフレーズが、タイトルどおり「ALRIGHT」であり「SHAKE SHAKE」であれば、そりゃそうだろうよ、というところであるが、ギターのセンチメンタルでもあるような響き、パワフルなドラム、そしてメインの男性ヴォーカルに重なる女性ベーシストのハーモニー、すべてのタイミングがじつに魅力的なアピールをつくり出している。

 『YOUNG FOR ETERNITY』について→こちら

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2008年06月25日
 Saints of Los Angeles

 トミー・リーが復帰し、つまりオリジナル編成によって発表された作品としては97年の『GENERATION SWINE』以来、約11年ぶりのアルバムとなるのが、この『SAINTS OF LOS ANGELS』なのだけれども、おおまかな印象を述べると、いや、思いのほか良かった。といってもそれは、思ったより悪くなかった、程度のニュアンスがつよい消極的なものでしかないのだが、しかし、どうせ80点ぐらいのナンバーが1、2曲で、あとはせいぜい70点、60点台のナンバーがだいたいを占めるんでしょう、と事前に予測していたところ、意外にも80点をつけてもよいようなナンバーがずらりと並ぶ内容だったから、残念ながらアンセムとすべきほどのものは見当たらないにしても、ほほお、と感じられたりもする。まあ、「KICKSTART MY HEART」や「DON'T GO AWAY MAD」クラスの楽曲は無理でも「SLICE OF YOUR PIE」や「RATTLESNAKE SHAKE」クラスの楽曲は何とか間に合っているとでもいおうか。アドレナリンがわっしゃわっしゃと沸くことはないが、適度にハイなハード・ロックに浸ることはできる。基本的には「PRIMAL SCREAM」以降のモダンなエッセンスを汲みつつ、かといって『GENERATION SWINE』のような野心的な方向へは行かず、自己の様式に近めのスタイルをそつのないラインで仕上げている。エキサイティングな面はすくなく、それほど強力なフックが備わっているわけではないが、随所でミック・マーズのギターが、ぎらり、と光る。

 『RED WHITE & CRUE』について→こちら

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2008年06月23日
 MONDO BLOTTO.jpg

 スウェーデンはストックホルム出身の覆面カルテット、HENRY FIAT'S OPEN SOREのニュー・アルバム『MONDO BLOTTO』には、あいかわらず、この勢いを殺いだら自分たちが自分たちでなくなる、という主張が音像化したかのような、けたたましいロックン・ロールが満載されており、切っ先鋭く刻まれるギターのリフとシンプルなフレーズをがなるコーラスに、いいねえ、そうそう、気にくわない奴らはみんなグーでぶん殴ってやればいいんだよ、と、憂鬱な気分がはじけ、ガッツがいっぱいに満ちてくる。以前までに比べると1曲1曲のまとまりがよくなり、そのせいで、ややハードコアなニュアンスを弱めた気もするが、まあ、大まかなところでは何も変わってないのといっしょ、全20曲で約33分という束の間がガレージィにパンキッシュに繰り広げられる。アタマの「THE KNUCKLEDRAGGIN' NEANDERTHAL IN ME」からして、とたんに、こう、気分があがる。活発なリズムがより活発になるにつれ、高揚感は増し、演奏に合わせ、タイトルどおりのセンテンスがぶっきらぼうに叫ばれ、繰り返し、繰り返される。複雑なひねりは一個もなし、単純明快な瞬間をアグレッシヴに繋げていき、誤謬のないカタルシスを、こちらに突きつける。それはどの楽曲においても徹底している、いわばこのバンドにとってのマナーだろう。まあ、ある種のワン・パターンに等しくはあるけれど、フックとなるべき箇所のヴァリエーションは貧しくないし、何よりもスロットルの絞られた疾走が、退屈に追いつかれることはない。ぶっちぎっては、興奮を持続させ、加速させる。粋だね。「I ROCK」だとか「FASTER PHIL SPECTOR, KILL!KILL!」だとか「COAIN」だとかのネーミング・センスも、あいかわらず。てらった不良性かもしれないが、そこもまた好き、である。

 『THE PARALLEL UNIVERSE OF HENRY FIAT'S OPEN SORE』について→こちら

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2008年06月06日
 うはあ、「LIPS」のリズム隊って、ビリー・シーンにサイモン・フィリップスなのか。シングルにはクレジットがなかったので、思いもしなかったけれど、そりゃあスピード・メタルにも聴こえるはずである。そのほかにも5曲目の「DISTANCE」では、ベースのビリー・シーンに加え、まあ一緒にスタジオに入ったわけではないのだろうが、カーマイン・アピスがドラム、ジョージ・リンチがギターで参加しており、へえ、と感じられたりもする。とはいえ、ハード・ロックのジャンルから人選されたバックの演奏も、結局のところKAT-TUNというグループに託されたグラマラスなイメージに従属するものでしかないだろう。じっさい、このサード・アルバムとなる『KAT-TUN III - QUEEN OF PIRATES』に満ちているのは、勢いに押されながら、拙さにずっこけながら、しかしそれらの混在が、何よりも若さを引き立てるような、その若い面立ちから引き出されては、やがて失われることが予感されるような、だからこそ際立ち、胸ときめかせ、狂おしさを誘うような、婀娜っぽさなのだと思う。

 つい先日リリースされた「DON'T U EVER STOP」は入っていないが、それでも「Keep the faith」、「LIPS」、「喜びの歌」の、計3曲のシングルが収まっている。ここからアルバムの方向性がつくられていったと、おそらくは、考えて良いだろう。プログラミングされたオーケストレーションが、オープニングを兼ね、緊張を持続させる1曲目の「T∀BOO」を受け、すでにシングルとしては馴染みのある「Keep the faith」の、あの、いかにも扇情的なギターのリフが響いた瞬間に訪れるクライマックスさ加減ときたら。そしてセンチメンタルな6曲目の「MOTHER / FATHER」をブレイクとし、その後に「LIPS」と「喜びの歌」を並べ、アップになったテンポを落とさず、軽やかなギター・ポップの「un-」を続け、気分の盛り上がりにグラデーションをつけてゆく構成。おおまかにいって、この二つを『KAT-TUN III - QUEEN OF PIRATES』のハイライトとすることができる。だが当然、それ以外の部分が、すかすか、ではお話にならない。ハイライトをハイライトたらしめ、相対的な価値を十二分にあげるだけのクオリティとヴァリエーションが、他の楽曲には備わっていなければならない。

 3曲目の「AFFECTION 〜もう戻れない〜」は、打ち込みのリズムとアコースティク・ギターのループが特徴的なナンバーで、過去の楽曲でいうと「SIGNAL」や「Lovin'U」(シングル「Keep the faith」に入ってる曲ね)などと同様の構造を持っているが、「SIGNAL」よりぐっとメロウであるし、「Lovin'U」よりもずっとダンサブルであり、そのなかでメンバーが重ねるヴォーカルは、熱っぽく、セクシーである。続く「HELL, NO」で、表情は一変する。重低音にダイナミズムを預け、田中くん(JOKER)のアグレッシヴなラップをアクセントに、夜と街のダークに塗り替えられたイメージを、メロディは歌う。それにしても、先に触れた「DISTANCE」なのだけれど、これがさあ、もしかしたら『cartoon KAT-TUN II You』に収録されていた「サムライ☆ラブ☆アタック」のパワー・バラード版なのかもしれない。演奏は、泣きの旋律を加えながら、抒情的に、ドラマティックに響き渡るのだが、アレンジは基本的にださく、どこかムード歌謡っぽい。さらには歌唱の面において、あれれ、となってしまうところがあるよね。いずれにせよ、ちょっと変な引っかかり方をする。反対に、真っ正面から感傷を伝えてくる合唱がとても感動的なのは6曲目の「MOTHER / FATHER」で、そのせつない余韻の尾を踏みながら、「LIPS」で後半戦を一気に加速するというのは、すでに述べたとおりである。

 通常盤では、10曲目「OUR STORY 〜プロローグ〜」から11曲目「何年たっても」へ、さわやかでポジティヴなポップ・チューンの連続によって、アルバムの幕が閉じられる。が、初回限定盤ではさらに、ファンキーなビートを刻む「SHOT!」とヴォコーダーの印象的な使われ方をする「12 o'clock」、ヘヴィ・メタリックなギターを採用してパッショネイトに展開する「愛のコマンド」に、ハンド・クラップのリズムが心地好い「SIX SENSES」の4曲がプラスされている。いってしまえばボーナス・トラックの扱いに近いのだけれど、これがまた、そこだけでしか(スタジオ音源が)聴けないのが、ひじょうにもったいなく感じられるほどの佳曲揃いで。

 「DON’T U EVER STOP」について→こちら
 「LIPS」について→こちら
 「喜びの歌」について→こちら
 『Cartoon KAT-TUN II You』について→こちら
 『Live of KAT-TUN “Real Face”』DVDについて→こちら
 「REAL FACE」について→こちら
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2008年05月29日
 From First to Last

 これは超高性能、もしくは超高機能的なエモっ気ラウド・ロックといって差し支えがないだろうね、のFROM FIRST TO LASTのサード・アルバム『FROM FIRST TO LAST』である。脱退したヴォーカルのかわりに、新任を迎えず、バックでヴォーカルをとるギターの1人がフロント・マンに回る、そのような体制の変化が、06年の前作『HEROIN』と本作とのあいだには生じているのだけれども、ともすればダメージになりかねない転機を、うまく、自分たちの成長、すなわち年齢や技術、音楽性のすべてにかかるといってもよいような成熟のアピールへと持っていっている。初期の、スピーディな演奏のなか、スクリームの勢いを借りて、カタルシスを、どかん、と炸裂させる手法は、『HEROIN』の時点で後退的になりはじめていたが、ここでの主体はもう完全に、伸びやかなメロディと適度に硬質な重低音のグルーヴであって、ダイナミックに盛り上がるべきところはダイナミックに展開し、抒情性でいけそうなところには際立った抒情性を盛り込み、ドラマティックに響き、なおかつコマーシャルにも聴こえるサウンドをつくり出している。もちろん、ラディカルであることをロック・ミュージックの大事とする評価からしたら、とくに先端を思わせる部分はないし、鳴らされるエモーションも人工的というかやや図式めいたきらいがある。それこそMETALLICAの『METALLICA』以降の、アメリカのメインストリームを洗練させていったら自然とこうなる、というような。だが、楽曲一個一個のクオリティは、まちがいなく、高く、十分なフックを持ち、それらの総和であるアルバムは、他の同系統と比べものにならないほどパワフルな魅力にあふれる。

 『HEROIN』について→こちら
 『DEAR DIARY,MY TEEN ANGST HAS A BODYCOUNT』について→こちら

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2008年05月19日
 Heavy Music

 すぐれたロック・ミュージックを聴くと元気が出てくる。これはなぜなんだろうな、と思う。おそらく、テクニカルに分析していけば、音の配列がそういうふうになっている等の理由付けをすることは可能だろう。が、しかし考えることは疲れるし、もちろん疲れは元気を奪うので、ロックは理屈じゃないと単純化されるか、あるいは極度に抽象的な精神論で解説されるのが、常となる。とはいえ、それをかならずしも悪だとは判ぜられない。なぜなら、結果的に、すぐれたロック・ミュージックは分析を拒む、と言い換えることもできるからだ。そう、たとえば、スウェーデン出身の5人組、THE SOULSHAKE EXPRESSが、そのファースト・フル・アルバム『HEAVY MUSIC』のなかで奏でているサウンドの話である。名は体を表すという言いがあるけれど、これがちょうど、ソウルのシェイクをエクスプレスしているかのようなヘヴィ・ミュージックといった感じで、いやまあ、どんなんだよ、ってな話ではあるが、しいていえばREEFとKULA SHAKERのミックスと喩えられなくもないかな、基本は60年代的であったり70年代的であったりの、要するにヴィンテージな指向のロックン・ロールというか、バック・トゥ・ベーシックなハード・ロックにほかならないのに、ブルージーな渋みとファンキーな躍動が一緒くたになり押し寄せてくるような、そういうシンプルでソリッドなダイナミズムを耳にしているだけで、どうしてか、やたらと元気が出てくる。「ウッ」と叫び、「オオッ」と叫び、「イエー」と叫び、「ベイビー」と叫ぶ、ヴォーカルの歌い回しは、雄々しく、セクシーであるし、いちいち決まっているギターのフレーズもナイスで、やわらかく跳ねるオルガンの旋律がそこかしこに効果のおおきなアクセントを与える。そして何よりもまず、低音のずしりと響く、骨太なグルーヴが、たいへん心地好い。

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2008年05月16日
 タイトル曲のほか、二人一組で各メンバーのソロ・ナンバーをわけて収めた3種類のヴァージョンを初回限定盤とする(タイトル曲のみの通常盤を含めれば4種類の同時リリースとなる)戦略をとったKAT-TUNのニュー・シングル『DON’T U EVER STOP』であるが、個人的には、赤西くんと田中くんの盤がフェイヴァリットである。理由は単純に、他の2枚にくらべ、激しめの内容になっていると感じられるからだった。打ち込みのダンサブルなトラックに、全編自作の英語詞をのせた赤西くんの「LOVEJUICE」にしても、ヘヴィ・メタリックなギターが響き、田舎の不良くさい歌詞をがなる田中くんの「PARASITE」にしても、どこかアメリカのロック・バンドLINKIN PARKっぽいところがあって、そのへんに、現在ジャニーズ系のなかでもっともミクスチャーな方向性をゆくKAT-TUNの、音楽面における背骨のようなものが透けて見える。メインである「DON’T U EVER STOP」に関しても同様に、彼ら二人の貢献はおおきく、赤西くんのセクシーなヴォーカルと田中くんのワイルドなラップがなければ、おそらく、ここまでの仕上がりにはならなかっただろう。あるいは逆に、彼ら二人の存在を前提につくられた楽曲である可能性が高い。いや、だからといって六人のバランスが崩れているというのではない、むしろ、彼ら二人が自分たちの役割をしっかりとこなし、それがKAT-TUNというグループに固有なアクセントとして機能することで、今までに発表されたどの楽曲より、もしかすると、この六人による本来的なバランスの効果、魅力の備わっているかもしれない印象を受ける。踊りながら歌うことを目的視したかのような曲調はセカンド・シグナル「SIGNAL」の路線に近しいといえるだろうか。しかしアグレッシヴなスタイルのギターをフィーチャーし、重低音がびんびん轟くサウンドは、ここ数作のシングルの延長線であるふうにも思える。そうした鳴り自体の触感や、裏切りの街角に生きる俺と君という、SPINが提供した歌詞も含め、グラマラスなバッド・ボーイのイメージにあふれている。コンセプト的にははまっている気がするので、6月発表予定のサード・アルバムに、この曲も入れて欲しかったな。

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 「喜びの歌」について→こちら
 『Cartoon KAT-TUN II You』について→こちら
 『Live of KAT-TUN “Real Face”』DVDについて→こちら
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2008年04月26日
 おそらくは、ARASHI(嵐)こそが、この国のこの十年の、つまりは00年代の日本のエンターテイメント・シーンを代表する存在なんだった、と思う。80年代前半の生まれであるメンバーのほとんどがまだ十代だった、99年にリリースされたグループ名をまま冠したデビュー・シングルでうたわれたのは、世界は終わらない、という事実を前向きに受け止める意志であったが、その勢いを落とすことなく、幅広い層からの支持を集め、大勢の歓喜を呼び込み、絶大な成功を収めていったのである。ただし、そういったスケールのアップと並行して、あるいはグループの年齢があがるにつれ、こう、冒険的なスタイルからは離れ、ポジティヴなフィーリングにあふれたウェルメイドな楽曲ばかりを発表するようになり、シングルやアルバムの内容に関してはあまり面白みがなくなっていった、というのが個人的な見解で、もちろんそれについては、ヘヴィなギターのリフによって奏でられる「時代」や「PIKA☆NCHI」には含まれていた90年代的な憂鬱を、完全に振り切ったとの解釈も可能であろう。しかし、やはりちょっと、若さゆえの憤りをダイレクトに伝えてくるような、ミクスチャー・ロックふうのダイナミズムが損なわれてしまったのは、寂しくもある。さて、この通算8枚目となるニュー・アルバム『Dream“A”live』であるけれども、いやいや、ここ数作のうちでもっともダンサブルかつポップな面がつよく出ているのではないか、とにかく、イントロをあけてから、アップ・テンポでストレートな5曲目「Do my best」までの、前半のはじけ具合が、とてもとても楽しい。反面、デリケートなメロディをまっとうするには、何人かのメンバーの歌唱力にやや難があって、バラードやミドル・テンポのナンバーが続く中盤以降は、ちょいと苦しいというのが正直なところである。それにしても、シングル「Step and Go」の段階で、はっとさせられるものがあったが、櫻井くんのラップ、これがかなりの部分で、おおきなフックの役割を果たしている。前述したとおり、活動歴と反比例してミクスチャー・ロックふうのダイナミズムはだんだんと消失し、その結果、ラップがメインをはる楽曲は制作されなくなってしまったけれど、じつにもったいないと感じさせるぐらい、櫻井くんのそれは、かつてより冴え、生き生きとしている。初回限定版特典のボーナスCDのみに収められたソロ・ナンバー「Hip Pop Boogie」は、タイトルに示されているように、全編ヒップ・ホップ調の仕様になっているが、とくにコーラス以前のくだりが、彼が自作している歌詞も含め、なかなかにかっこうよい。

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2008年04月09日
 同時リリースとなったシングル『Kurikaesu 春』を聴いて、244 ENDLI-x(ツヨシエンドリックス)の目指している方向性は、要するに、同時代的か周回遅れか微妙なセンのテクノ・ポップなのかあ、と思い、フル・アルバム『I AND 愛』に関しては、つまり、堂本剛版『ZOOROPA』もしくは『KID A』というセンもありうるかもしれない、と思う。ENDLICHERI☆ENDLICHERI名義で追求されたファンク・ロック調のバンド・サウンドが顕著なのは、5曲目の「Gotta find the way to go!」と続く6曲目の「Love is the key」、あとは10曲目の「Silent love」ぐらいで、大部分を、ヴォコーダーに打ち込み、過剰にデジタル加工の為されたナンバーが占め、ときにはダンサブルであったり、スタティックに内省の物語がうたわれたり、そのメロディやアレンジの面に、らしさ、が刻み込まれる。架空のキャラクターであるSankakuをヴォーカルに据えた9曲目「SPACE kiss」は、完全に記号的かつ匿名的な世界を狙っているけれども、あきらかに堂本剛のイメージが透けてしまっており、この手のアプローチにおいてはそれを、徹底されていないと見るべきか、アーティスト・サイドの個性がつよいと見るべきか、判断は迷うところだ、が、あえて安っぽく、ふざけているようでありながらも、バックのビートは心地好く、楽曲のクオリティそのものは高い。むしろ、これを地の声で熱っぽくやってもらって欲しかったぐらいである。まあ、そうすると13曲目の「愛 get 暴動 世界!!!」と被るところも出てくるか。アルバムをトータルで捉まえたさいのバランスもひじょうによく考えられている。ハイライトはいくつもある。リズムに凝りつつ、東洋的というか和風な旋律が挿入される3曲目の「深紅なSEPPUN」のチャーミングさも堪らないし、タイトルどおり「Help Me Help Me…」という悲痛なコーラスを繰り返して終わる7曲目から、なだらかに盛り上がる8曲目のバラード「春涙」には、このアーティストの持ち味と喩えられる、センシティヴな揺らぎがフルに発揮されており、その歌声が、たいへんエモーショナルであるため、せつなさを覚える。そうした全部を引っくるめて、これまでの堂本剛のソロ・ワークのうちでも、かなり上位に推したい内容の作品だといえる。

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2008年04月04日
 blacktusk.jpg

 気になる。ここ数年、好みだな、と感じるアーティストには、いくつかの共通点があって、それは、ドラムの音がやたらでかいこと、基本的にはトリオ編成であること、ルックスがハンサムではなく、まるで足臭系のハード・ロッカーであること、そしてそのサウンドは、いわゆるストーナーの文脈に近しいところに位置しながら、ジャンクのフレイヴァーがふんだんにふりかけられており、とにかくダイナミック、かつアグレッシヴに炸裂することで、ぱっと頭に浮かぶかぎりでは、そう、たとえばAKIMBOやYOUNG WIDOWS、LORDS、TAINT等をイメージしたうえで述べているのだが、ほとんど同じ条件を満たす、このBLACKTUSKの存在も、やはり、気になる。米ジョージア州出身の、その彼らのファースト・アルバムが『PASSAGE THROUGH PURGATORY』になるのだけれど、これがまあ、猛烈に、強烈に、いけていた。印象はもちろん、うるせえ、の一言に集約される。1曲目、イントロダクションにあたる「WITCH’S SPELL」のうねるような重たいグルーヴから、全エネルギーをかけ、一気に高速度域へ突入してゆく2曲目の「FIXED IN THE ICE」からして、バンドのイズムが極端に寄っていることを知らしめる。轟として、檄であって、柔であることを拒む、つまりは、そういうことだろう。まず叫ぶ、とりあえず叫ぶ、そうした叫びによって喚起されるのは、ごつごつとした衝動である。殺伐と形容するのが相応しいようなそれは、ギターとベース、ドラムの響きにも伝播し、瞬間と粉砕の勢いを倍加させる。中盤で、いったんテンポをダウンし、ヘヴィ・メタリックな低音にとぐろを巻かせる。ヴォーカルはしかし、アジテーションを発し、続け、促されるみたいに楽器群が、ふたたびスピードをあげる。楽曲の展開や構成は単純だが、ノイズが間隙を埋め、全編に緩みはなく、押しの美学とでもすべきパワフルなクライマックスの、連続することに圧倒される。これは他のナンバーにおいても同様であり、もしかするとBLACK SABBATHとハードコア・パンクのミックスという、90年代にグランジと呼ばれた系の一部によって達成されたインパクトを、00年代の現在に純化させたかのような、そういうポイントを示しているのかもしれないぞ、と思わせたりもする。

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2008年04月03日
 HEAD OFF

 おまえさんたちがロックン・ロールを奏でるなら、必ずやロックとロールを聴くことになるであろう。と、いつもどおり、そのような確信をTHE HELLACOPTERS(ザ・ヘラコプターズ)の、企画盤などを除けば、通算7枚目となるフル・アルバム『HEAD OFF(ヘッド・オフ)』からは得られることができる。あいかわず、堂々として、揺るぎなく、安定感があり、安心感がある、態度のはっきりとした、とてもかっこうのよい作品である。もちろん、BACKYARD BABIESのドレゲンが参加していた頃の、つまり初期の2枚にあったスリルとインパクトは完全に散って、ところどころに紛れ込んでいる程度であるけれども、いやいや、ディスコグラフィを振り返り、よくよく考えるのであれば、99年のサード・アルバム『GRANDE ROCK』以降に展開されてきた、この、黄昏と哀愁を帯びても、なお軽やかに跳ね、爽快感を狙って外さないサウンドこそが、THE HELLACOPTERSというグループが、本格的にバンド化したさい、確固確立した本質だと解釈すべきであり、そうした路線のニュー・ヴァージョンとして、『HEAD OFF』は、見事なレコード(記録)の更新を決めている。1曲目、ソウルっぽいというかファンキーなふしがあるというか、どことなく小躍りしたくなるような「ERECTROCUTE」のピッチは、同郷であるスウェーデンのTHE HIVESが『THE BLACK AND WHITE ALBUM』で展開したそれに共鳴するものがあるけど、あちらよりもこちらのほうが、よっぽど色っぽく、艶めかしい、と感じられるのは、一体となった演奏のグルーヴ、とくに2本のギターの、やわらかく、しなやかなコンビネーションと、それに被さるキーボードの、リラックスしたハーモニーゆえに、だと思う。もちろん、ギターを兼ねるニッケ・アンダーソンのヴォーカルも、たいへん雰囲気があって、繰り返しのフレーズに味のあるクセをつけてゆく、ここぞとばかりに叫ぶパンキッシュな一声には、胸が、かっ、となる、テンションがあがる。そうした好調さを受けて、続いていくナンバーはどれも、ほどよくキャッチーであり、適度にタフであり、場合によってはメランコリックであり、まあたしかにレトロスペクティヴといえばそのとおりであるし、今日的なアクチュアリティはないに等しいが、しかしシンプルなコードのなかに、ロックン・ロールの、とてもワンダフルなマジックを次々に覗かせる。にもかかわらず、これがラスト・アルバムだという。このアルバムのリリースにともなうツアーを最後にバンドは解散するという。十年ちょっとの活動期間は、けして短いものではないにしても、やはり、もったいない、としかいいようがない。すくなくとも、これまでのキャリアにおいて、まるで駄目な作品を発表したときが一度もないだけに、余計にそう惜しまざるをえない。日本盤のボーナス・トラックにあたる2曲をべつにすれば、本編のラストを飾る12曲目の「DARLING DARLING」が、これがさあ、また、凝ったところはないのに、あるいは凝ったところがないためにか、おどろくほどチャーミングな佳曲で、タイトルどおり「ダーリン、ダーリン」とリフレインされる憂いが、スピーカーが止んだあとも、やたら耳に残る。

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 『ROCK & ROLL IS DEAD』について→こちら
 『STRIKES LIKE LIGHTNING』について→こちら 

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2008年03月29日
 moonlight.jpg

 THE HELLACOPTERS、BACKYARD BABIES、THE HIVESやHARDCORE SUPERSTARSなど、同じスウェーデン出身の、カテゴリーも同じくするであろうタイプのロックン・ロールをやっているバンドたちに比べると、よっぽど野暮で足が臭そうなところがPSYCHOPUNCHならではの個性だといえるのだけれども、ここ数作は、他のバンドたちと同じく黄昏れて、初期の頃のような向こう見ずに突っ走るスピードを若干落としつつあったわけで、まあ、それというのは結局、90年代に二十歳代だった人間が00年代には三十歳代にならざるをえない必然と無縁ではなかったのだとしても、音のなかに、肉のエネルギーがダイレクトで出力された、パワフルでがさつ、かつガッツ溢れるノリだけは、けっして損なわれることがなかった。そうして、通算6作目(半ライヴ音源を収めた『ORIGINAL SCANDINAVIAN SUPERDUDES』をカウントに含めれば7作目)である、このフル・アルバム『MOONLIGHT CITY』なのだが、いやいや、前作『KAMIKAZE LOVE REDUCER』もかなり良かった、しかし、もしかするとこれはそれよりも良いのではないか、と、やたら客気の高まる内容となっている。端的に特徴を述べるとすれば、メロディアスな面が以前にも増して全体に出た。そのへんはちょうど、BACKYARD BABIESが『TOTAL 13』から『MAKING ENEMIES IS GOOD』へと果たした変節を思わせもするのだけれど、あそこまでウェルメイドにポップなフィーリングを突き詰めてはおらず、ほどよいキャッチーさで、元来のシンガロング・スタイルの猛々しいコーラスを強化し、こう、勢いにまかせ身を乗り出したくなるような、たいへん煽動性のあるトピックにまで持っていっている。また、それと相まって、リード・ギターがメロウになびくなびく。がしがしと激しくリフが刻まれるそばから、情緒があって印象的なフレーズをそこかしこに残し、エモーショナルと形容しても良いほどの昂揚を導き出す。ときには甘美ですらある。そうしたワン・パート、ワン・パートがすぐれているのみならず、どの楽曲も一個の一個の単位で、くっきりと浮かび上がるぐらいの存在感を発しており、作品を丸ごとハイライトのかたまりに変えている。ヘヴィなベースのラインに誘導され、ダークな雰囲気のなか、ドラマティックに展開する3曲目の「ON MY OWN」などは、このバンドにしたら珍しいタイプのナンバーなのだが、ここにきて、こういう新境地ともいえる魅力を発見し、提示できているあたりも、えらい。たいへんにたいしたものである。

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2008年03月16日
 When Dreams Become Reality

 米カリフォルニア州サンディエゴ出身のトリオ、THIEVES & LIARSのファースト・アルバム『WHEN DREAMS BECOME REALITY』の輸入盤パッケージに貼られたステッカーには、LED ZEPPELINとPINK FLOYDとAC / DCの名前が引き合いに出されていて、聴く前は、まあ要するにレトロスペクティヴなハード・ロックなんだろうな、にしたってゼッペリンとフロイドとAC / DCが一緒くたってどういうもんかよ、と訝しげであったのだが、じっさいそのサウンドを耳にしてみると、言わんとしていることは何となくわかる、というか、1曲目「THE DREAM」におけるサイケデリックでスケールの大きな叙情は、たしかにPINK FLOYDを思わせなくもなく、2曲目「BETRAYED BY BLOOD」の攻撃的なイントロに叫ぶふうな歌声が入り、そこからダイナミックなうねりへと発展していくあたりは、LED ZEPPELINに由来するものであろうし、ソリッドなギターのリフを主体として、ブギーに近しいノリで進行する3曲目「ROAD TO NOWHERE」は、なるほどAC / DCを彷彿とさせるところがある。ただし、そのまんま、というのではなくて、一個の楽曲のなかに、それら以外のさまざまな、おそらくはDEEP PURPLEやらWHITE SNAKEやらKISSやらTHIN LIZZYやらエトセトラエトセトラからの、つまりは古典であるかのようなアーティストのニュアンスがミックスされており、そういった処理を実行するさいのアレンジ能力、センスが、個性や実力、存在感として加算されるタイプのバンドであって、正直、今どき(だからこそ)珍しくはないスタイルだといえるけれども、けっこう長尺なナンバーが多く、6曲目の「ALONE」や7曲目の「FORGOTTEN」、ラストの「THE AUTHOR OF MY DREAM」などの、こういう、しみったれて過剰にドラマティックなバラードを真っ正面からやっているというのは、あんがい珍しい気がする。

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2008年03月06日
 cava.jpg

 シカゴ出身の四人組CAVASHAWNの、バンド名ままのEPには、とてもカラフルで、力強く、そしてロマンティックなポップ・ソングが、4曲、収められており、まだ何者かもわからないアーティストの自己紹介としたら、なかなか気の利いたところを聴かせてくれる。何よりも、フックがふんだんにあって、たいへんキャッチーなあたりが、良い。サウンドのタイプをいうのであれば、JACK‘S MANNEQUINからピアノ・エモ的な要素を差し引いて、オーソドックスなバンド・スタイルに還元したふう、だろうか。要は、メロディの立ち具合と、その響かせ方によって、甘やかで切なげなエモーションを成り立たせてゆく質のものである。1曲目の「OUT OF MIND」は、やはり1曲目だということだけあって、ギターのリフ、コーラス、ハーモニーの三点が、意気のあがるビートの上で、絶妙なバランスをつくり、そつのないアプローチのなかに、たしかなセンスが備わっていることをアピールする。タイトルどおりのシンプルなフレーズが、決まるべき箇所でびしっと決まっていて、それをうたうヴォーカルは、じょじょに熱っぽくなり、どこかメロウな雰囲気があるのも、チャーミングさを倍加させる。「OUT OF MIND」に負けず劣らず、2曲目の「MADISON」や3曲目の「THRILL」だって、存在感が抜群のナイスなナンバーではあるのだが、しかしバラード調の4曲目「JUST BECAUSE」が、ずるいやあ、というぐらい、最後に、ぜんぶの評価をさらっていく。楽曲は、ウェットにドラマティックに展開し、〈JUST BECAUSE〉の〈JUST〉の〈U〉のファルセットが、あざやかな印象となって残る。

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2008年03月02日
 Promises Promises
 
 スティーヴ・アルビニを迎え制作され06年のファースト・アルバム『DIE!DIE!DIE!』や、EP『LOCUST WEEKS』では、その、DIE!DIE!DIE!というインパクトのあるバンド名に負けず劣らず、破れかぶれの勢いがあって、ソリッドなギター・ロックを響かせている点が、とても刺激的であったのだが、このセカンド・アルバム『PROMISES PROMISES』では、80年代のポスト・パンクふうのロマンティシズムというかヒロイズムというか、が、やや強まっていて、まあ、そうした部分に対する評価は人によって分かれるところでだろうけれども、個人的には、やはり、すこし、残念だな、と思わされてしまうのは、そこそこキャッチーなメロディを、軽妙な、しかしデリケートとは言い難いアンサンブルで聴かされるよりは、最初から整合性を捨てて、ただただヒステリックに叫び、闇雲にテンションをあげていた以前までのほうが、音そのものの強度、説得力が強く感じられたためである。正直な話、ギターとベースとドラムのコンビネーションは、それほど巧く決まっていないのに、なぜか不思議な一体感と昂揚があった。それが、ここでは薄れている。6曲目の「A.T.T.I.T.U.D.」なんて、タイトルからして、すごく頭が悪そうで、じっさい〈A!T!T!I!T!U!D!〉を連呼する出だしこそ期待させられるのに、そこから先の、ポップ・ソングとしてまあまあの展開には、たしかに、そもそものスタイルが持久走に向いていないことを考えると、楽曲自体の水準は高くなっているのかもしれない、が、いやいやだから、むしろ、だんだんと疲れてきちゃっている印象を受けるのが、ちょっと、惜しいし、もったいない。

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 Secrets and Lies

 RISE ABOVE RECORDSの所属にしたらモダンであり異色であるといえる、05年のファースト・アルバム『THE RUIN OF NOVA ROMA』の、グランジとドゥームとスラッジの三つの輪が重なり合うポイントで鳴らされているかのような轟音がえらくかっこうよかった、イギリスはウェールズ出身のトリオTAINTであるが、前作と同じくアレックス・ニューポートがミックスを担当した、このセカンド・アルバム『SECRETS AND LIES』においては、より広義な区分でいうハード・ロックのダイナミズムを強めており、それを若干の変化と捉まえることもできるけれど、いやいや、激しさはあいかわらず、たいへんかっこうよく決まっていて、とにかくもう、やたらに、がつん、とくる。ヘヴィなリフ、リズムのアタックが練り上げるグルーヴは、図太く、分厚い、そのなかにトリオ編成ならではのスポンタニアスなタッチを滑り込ませることで、がっちりと頑丈に構えている、が一方、今にも崩落しそうな性急さをも呼び寄せる。ぶっきらぼうなヴォーカルも含め、なよなよとしなだれかかるところはない。アンチせこさのアティテュードであろう。自分らの体力のみを信じ、消費カロリーの大半がパワフルな二の腕にベットされている感じである。しかしそれが、インストゥルメンタルだけで構築されたパートにあっては、意外としなやかな動きを見せる。基本的には、一定のパターンを繰り返し繰り返し執拗に反復することによって、うねりをおおきくしてゆくタイプのサウンドで、長尺に引き延ばされたナンバーもあればスローなテンポで暗く沈む部分もあるのだけれども、完全にはアンビエントの方向へ流れていかず、あくまでも動のエネルギーを大切に、エキサイティングな陶酔を寄越す。ベースのラインをぶんぶん震わせ、重量級のアトラクションを繰り広げるアタマの2曲、「HEX BREAKER」と「CORPSE OF LOVE」は、過剰なインパクトを孕むし、3曲目の「BARNSRTORM ZONBIE REVIVAL」や5曲目の「THE IDEALIST」など、比較的速めのペースで、エネルギッシュに猛る楽曲も、最高潮にスリリングである。4曲目「BORN AGAIN NIHILIST」の中間、ギターの独奏を経て、巨大なヤマが迫り上がるくだりには、圧倒される。が、とくにハイライトとして挙げたいのは、フルートを導入し、幻想的なメロディに重点を置いたへたうまなバラード、7曲目の「WHAT THE CROW SAW」なのだった。終盤に入ったとたん、すべての楽器が、それまでの印象から一転、けたたましく、いななき、猛ダッシュしはじめる、ここだよ、ここ、ここのところの展開には、何度聴いても、息を呑む、無尽蔵のカタルシスがある。

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2008年02月22日
 Overrated

 ENUFF Z' NUFFのディスコグラフィのなかでもとくに評価が高い『STRENGTH』を、まるごとアコースティックのアレンジでカヴァーした『EXTRA STRENGTH』を聴いて、なんかドニー・ヴィーは残念な感じになってるな、と思ってしまったのであったが、そのドニー・ヴィー脱退後というか離脱時のENUFF Z' NUFFで、本来の役割のギターばかりでなくメインのヴォーカルをもつとめるジョン・モナコ(JOHNNY MONACO)のファースト・ソロ・アルバム『OVERRATED』は、いやいや、これが、意外といっては失礼ながらもブリリアントな一品であったから、おどろく。どこかCHEAP TRICKを思わせるような、そういうパワー・ポップとロックン・ロールのちょうど良いバランスのうえに成り立ったサウンドは、もちろんENUFF Z' NUFFに通じるものであるけれど、ウェットな部分はほとんどなく、きわめて陽性にはじける。ときおり挿入されるムーグ調のキーボードとグラマラスなハーモニーが、今や懐かしのIMPERIAL DRAGを彷彿とさせ、適度なハードさで鳴らされるギターと十分にキャッチーなコーラスの盛り上がりは、REDD KROSSやFUZZBUBBLE、NEONの不在を嘆くファンあたりにもアピールしそうな魅力を孕んでいる。と、いろいろ引き合いに出してしまったけれども、この手のスタイルは、楽曲それ自体の質が個性を保証するのであって、まぎれもなく佳作であるといえる。

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2008年02月20日
 I Remember When I Was Pretty

 SUMMERCAMPのティム・カレン、LAGWAGONのジョーイ・ケイプ、THE PENFIFTEEN CLUBのルーク・ティアニー、SUGARCULTのマルコ・ディサンティスといった一部の(あるいはごくごく一部の)パワー・ポップ・ファンからすればスーパー・グループと形容しても差し支えがないような、そういうメンバーでもって構成されているTHE PLAYING FAVORITESのファースト・アルバム『I REMEMBER WHEN I WAS PRETTY』は、まあ、普通に考えて、ハズレであるわけがないんだ。事実、サウンドのスタイルは、凝ったギミックを用いない、きわめて平均的なアメリカナイズされたギター・ロックでありながら、キャッチーなメロディというクリシェがぴったりはまる響きによって、とても引きが強いチャーム・ポイントがつくられている。基本的には、そのナンバーをソング・ライティングした人間が持ち回りでヴォーカルを担当しており、あんがい楽曲ごとの個性はばらけている(ヴァラエティに富んでいると言い換えても良い)のだが、散漫で統一感が希薄との感想を持たないのは、どれもが一定以上のレベル、クオリティをキープしているおかげだろう。すなわち、そうした質の高さそのものがTHE PLAYING FAVORITESというカラーへと還元されているのである。エレクトリック、アコースティック、アップ・テンポ、バラード、のフォーマットを問わず、兎角のびやかでさわやかな印象を伝えてくる。捨て曲がないとはこういうことなのかもしれないね、と思うなかでもとくに、まさにティム・カレン節の最高潮に効いた1曲目「LEAVING TOWN」で、いきなりノック・ダウンさせられてしまう。

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2008年02月17日
 Food

 あのさ、〈デビュー当時より各メディアによりこぞって「ニルヴァーナのカートがシェフィールドで生涯を過ごし、モーターヘッドだけを聴いて育ったら…」と例えられる〉云々というこれはバイオグラフィからの引用で、もちろん喩えたほうとしたら気が利いているつもりなんだろうが、ずいぶんと間怠っこしいコピーでしかないし、カート・コバーンがシェフィールドで一生を過ごそうがMOTERHEAD以外は眼中になかろうが、こういうサウンドにはならないよね、とだけは間違いなくいえる。たしかに、トリオ編成であること、楽曲のなかに90年代のグランジィなニュアンスが備わっていること、そして演奏それ自体はパワフルなロックン・ロールのマナーに沿っていること等を、ZICO CHAIN(ジーコ・チェイン)の特徴には挙げられるけれども、正直、NIRVANAやMOTERHEADを引き合いに出すのは、すこし、当てが外れている。06年のデビューEP『THE ZICO CHAIN』や、ファースト・フル・アルバム(であり、日本デビュー作)となる『FOOD(フード)』から聴かれるのは、むしろ90年代半ばに急遽アメリカン・オルタナティヴ化したハード・ロック勢に近しい方向性なのではないだろうか。また、しいて今日のアーティストのうちより近似な発想を持ったアーティストを挙げるとすれば、同じイギリスのZEN MOTELや、あるいはアメリカのLIVING THINGSらへんになるのではないかと思うし、おそらくは極端にテクニカルな要素を後退させたスウェーデンのFREAK KITCHENといった見方もできる。しかして、パワー・メタル調といえなくもないメロディやダイナミズムがときおり顔を覗かせるあたりを、このバンドならではの個性と捉まえても良い。コンパクトにまとめられたポップ性を中心に据えながら、アグレッシヴな勢いを持ち、ライヴのシーンでは数倍に膨れあがりそうなエネルギーを、そこかしこに孕み、衝き上げてくる熱気が、豪快なグルーヴを練り上げる。滅茶苦茶に羽目を外した部分はないに等しいが、拳を振り回したくなるぐらいにうずうずとする轟音をやっている。

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2008年02月11日
 幕間、最初に登場したCHURCH OF MISERYの轟きっぷりに耳が、きぃん、となっていると、人の良さそうな兄ちゃんたちが機材のセッティングをはじめる。よくよく見るまでもなく、スウェーデンからやって来たWITCHCRAFTのメンバーたち自身である。想像していた以上に平均的なバンド・マンという印象だったので、これ、ライヴになると雰囲気が変わるのかな、と思っていたのだが、じっさいステージに再登場し、さあ演奏するぞという段になっても、リラックスした様子で、のんびり、とてもオーラというものを感じさせない。音響のほうも、CHURCH OF MISERYに比べると、線が細く、薄い。が、しかし、あら、と拍子抜けしたのは、ほんのわずかのあいだだけであった。かっこうよく映えるギターのリフとダイナミックに繰り出されるリズムとが相まって、レトロスペクティヴでシンプルきわまりない楽曲のなかに、濃厚なグルーヴをつくってゆく。それはそれは、スタジオ作品で聴かれるよりもはるかに、あるいはスタジオ作品からは予測できないほどに、熱くたぎり、激しくうなっている。ああ、こりゃあさすがに興奮すらあ。とにもかくにも、抗えないカタルシスがフル出力されていた。そうしたわけで、ハード・ロック的に展開するセカンド・アルバムやサイケデリックな色合いがつよいサード・アルバムのナンバーを配した前半の時点で、かなりめろめろにさせられたのであったが、後半に入り、ドゥームの形容が似つかわしく重度の音圧を要するファースト・アルバムよりのナンバーが披露されてからが、さらに感極まったな。そのうち、なぜかピース・サインを繰り返しつつ変な顔をしながらうたうマグナスのパフォーマンスも、やたら魅力的に見えてきて、まさか、ここまで引きずり込まれることになろうとは思わなかったぜ、というやつである。長髪で顔がまったく隠れたままギターをプレイするジョンの立ち姿も、なかなかに決まっていた。開場開演の時間が30分ほど遅れたりしたのにはすこしまいったし、会場の入りもややすくないような気がしたのは残念であったけれども(まあ適度に体を動かせるスペースがあったのはありがたかったが)、いやいや、すばらしく内容の良いものを観られた、とだけは断言しておきたい。

 『THE ALCHEMIST』について→こちら
 『FIREWOOD』について→こちら
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2008年02月08日
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 元THIS DAY & AGEのメンバーによって構成されている、という前知識しか持っていなかったため、THE REIGN OF KINDOのデビューEPを聴き、途端にびっくりとする。いや、まあ、たしかにありうる範囲内のアプローチだとは思われるのだけれど、あの叙情とはだいぶ印象の異なった方向性へと分岐しているからであった。ジャズという単語によって想像されるとおりの演奏に、エモという単語によって想像されるとおりのメロディが乗る、単純な話、そういうスタイルのサウンドで、たとえば折衷のポイントを調整し、両者を掛け合わせるというよりも、それぞれをそのままの印象で、何も削らず、大胆にミックスしてしまったかのようなスタイルは、田舎のださい人間にしてみたら、おしゃれカフェに似合いそうでもある、都会的なポップスにさえ聴こえる。ピアノを基調にして組み立てられた楽曲は、適度にリラックスしており、強と弱とのあいだを細かに行きつ戻りつするバッキングが、躍動の彩りを、そこに加えてゆく。とにかく、やわらかに跳ねるリズム、これである。そのなかに、今日的なアコースティックの系ともプログレッシヴの系とも一致しない、際立って鮮やかな表情がうかがえる。ここに収録されている6曲のうちでは、アップ・テンポな4曲目の「JUST WAIT」がとくにフェイヴァリットなのだが、FLAMING LIPSのナンバーを取り上げた5曲目の「DO YOU REALIZE」も、きわめて忠実にカヴァーされていながら、原曲とはまた違ったニュアンスの素朴さを見せてくれるところに、このバンドの持ち味が発揮されている。

 バンドのオフィシャル・サイト→こちら

 THIS DAY & AGE『THE BELL AND THE HAMMER』について→こちら
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2008年02月07日
 「喜びの歌」からこちら、ロック色のつよいナンバーのシングル・リリースが続くKAT-TUNであるが、ヒムロックにソング・ライティングを頼んだ「Keep the faith」を経て、ついにこの「LIPS」では、スピード・メタル(またはオールドスクールなヴィジュアル系と言い換えても良いような)ノリに達した。細かく刻まれるギターのリフと、どたばた走るドラムの印象は、まさしくそうだろう。あるいは、他のジャニーズ・ユニットとの区別化をはかり、このグループならではのカラー、つまりは田舎ホストくさい不良性を引き出すには、この疾走感こそが相応しかったのかもしれない。思いがけず、本格デビュー以前のコンサートを収めたDVD『Live 海賊帆』の頃をイメージしてしまいそうな、そういう曲調である。作詞のAxel-Gと作曲のYukihide“YT”Takiyamaは、おそらく一般的な知名度は低いに違いないが、嵐のアルバム収録曲などで見かけられる名前で、さすがにツボを押さえたソング・ライティングがなされており、直情的な歌詞と直線的な旋律とがマッチし合う、その勢いのなかに、陳腐と紙一重のゴージャスさを響かせる。ただし、メンバーの個性が十分に同居しているとは言い難いところもあって、たとえば、JOKER(田中くん)のラップはKAT-TUNの必要条件とはいえ、この楽曲にほんとうに必要だったのか、の疑問をつくる。このへんの判断は微妙なのだけれど、ギター・ソロと真っ向から渡り合う中丸くんのヴォイス・パーカッションはアイディアとしてすぐれ、そのまま田中くんのラップに入っていく展開はとてもかっこうよいんだが、テレビの音楽番組などで披露されているヴァージョンで露わなとおり、ラップそれ自体はややとってつけた感があるし、全体のテンポとうまくかみ合っていない気がしてしまう。しかしながら、赤西くんと亀梨くんによるフロントの歌いっぷりに、その色っぽさが、たいへんよく伝わってくるのもあって、個人的な趣味でいえば、「SIGNAL」以来ひさびさに、まちがいなく好き、と断言できるナンバーだ。

 「喜びの歌」について→こちら
 『Cartoon KAT-TUN II You』について→こちら
 『Live of KAT-TUN “Real Face”』DVDについて→こちら
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2008年02月02日
 The Bedlam in Goliath

 ずばり、06年のサード・アルバム『AMPUTECHTURE』はもったいぶっているだけの怠い作品にしか思えず、結局のところ、中心人物であるオマー・ロドリゲスのマスターベーションでしょう、どれだけ高踏なものであっても付き合いきれねえや、と、かなりひいた。いやまあ、もちろん、そのマスターベーションの奥にある神秘的で淫靡的な官能を堪能しうる才能が芸術の鑑賞には必要なのかもしれないが、当然、こちらのような凡人には関係のない話である。いちおうはそんな凡人でも、前身であるAT THE DRIVE-IN時代よりの熱心なファンのつもりで、だいいちTHE MARS VOLTA(マーズ・ヴォルタ)のデビューEP『TREMULANT』とファースト・アルバム『DE-LOUSED IN THE COMATORIUM』をはじめて聴いたときには、はげしく興奮させられたものだから、余計にがっかりしたというのもある。では、4作目にあたるニュー・アルバム『THE BEDLAM IN GOLIATH(ゴリアテの混乱)』はどうだったかといえば、これが、そりゃあかつての衝撃、驚天動地のインパクトは望むべくもないけれど、ややスリルとエキサイトの面が補強されており、『AMPUTECHTURE』ほどには悪くない。2曲目「METATRON」の中盤など、いくつかの場面では、瞬間風速的にテンションが高まり、そうそう、と頷かされる。セドリックのうたうメロディにも幾分キャッチーさがあって、ところによってはゲディ・リー(RUSH)のそれを彷彿とさせるドラマをつくる。部分部分にはこのバンドならではの冴えた閃きが宿る。そのことは間違いないのだが、しかし、トータルな印象を述べれば、05年のセカンド・アルバム『FRANCES THE MUTE』以降に顕著な、わざわざ、といったていの気取りを免れていない。

 『FRANCES THE MUTE』について→こちら
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2008年01月30日
 リヴ・ザ・ストーム

 やたら血が騒ぐ、そのような感覚を与えてくれる表現には最大限の敬意を払いたいものだな、と、つねづね考えている身だから、とかくDISFEAR(ディスフィア)のアルバム『LIVE THE STORM(リヴ・ザ・ストーム)』には恐れ入る。もっとも、このバンドの作品を聴いたのは今回がはじめてなので、あまりえらそうなことは言えないのだけれども、いやいや、しかしこりゃあ燃えるだろ、そう声高にならざるをえない。それぐらい『LIVE THE STORM』に関しては、ヒットであり、ホットであり、ジャストである。AT THE GATESやTHE CROWN等の活動で知られるトーマス・リンドバーグがヴォーカルをとり、ツインのギターのうち一本をENTOMBEDのウッフェ・セダールンドがつとめる、つまりはスウェーデンのデス・メタル・シーンに関わる人脈でメンバーは構成されているわけだが、すくなくともサウンドの基本線はといえば、MOTORHEADでありDISCHARGEであるような、狂おしいまでの激情により高速度域を目指すロックン・ロールのイメージであって、たとえば初期のTHE HELLACOPTERSや、ZEKE、SPEEDEALER、GENOCIDE SUPERSTARSあたりと相通じるところがある。何はともあれ、1曲目の「GET IT OFF」で、常套的ではあるけれどするどく、気迫に満ちたギターのリフがじゃがじゃが刻まれた瞬間から、強烈なインパクトを寄越す。頭のなかが、かっ、となる。ヴォルテージがあがる。トーマスの濁声を吐き捨てるスタイルの絶唱も、重低音を乱雑に叩きつけてくるリズム隊の演奏も、やわさのない、アグレッシヴなスピードを強固にする。全編に渡り、いっさいのゆるみがつけ入る隙もなく、突っ走っている。すこぶるほどにテンションの高まる内容であるが、なかでも3曲目の「DEADWEIGHT」における、キャッチーといえなくもない、大胆なはじけ具合が最高潮に好き。

 バンドのオフィシャル・サイト→こちら(音出ます)
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2008年01月22日
 HLLLYH

 米ロス・アンジェルスをホームとする4人組THE MAE SHI(ザ・メイ・シー)のニュー・アルバム『HLLYH(ハレルヤ)』なのだが、これがさあ、以前までとだいぶ身振り手振りの違う作品であるから、たいそう驚く。ぎゃんぎゃんうるさい騒音は抑え気味に、大味なポップさ加減がずいぶんと増した。2分を出ないナンバーは、ボーナス・トラックを入れ、たったの3曲で、1分未満のナンバーは見当たらなくなった。一個一個の楽曲にたしかな手応えが生まれ、かなりとっつきやすくなった印象である。日本盤ライナー・ノーツの羽鳥麻美によると、06年にヴォーカルを含むメンバー・チェンジがあったようで、そうしたことの影響も多少あるのかもしれない。とはいえ、このバンドらしい、はっちゃけたトリッキーなセンスはそこかしこに健在であり、確信犯的にふざけたアプローチも損なわれていない。あえてチープな電子音が、やたら大げさなメロディと絡む、このへんのファニーさが親しげに手招きする一方、ドラムの拍子はせわしく、ときに乱暴で、うずうずとするような興奮を煽る。ぜんぶをぶち壊しにしかねない、そういう破れかぶれな触感は後退したけれども、あいかわらずのテンションが連れてくるエネルギーは、めまぐるしくもあるし、ダンサブルでもある、下品なほどにえげつないノリをつくり出す。

 『HEARTBEEPS』について→こちら

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2008年01月10日
A SECOND FROM.jpg

 おそらくは無名だと思われるのだけれど、米ミネソタ州ミネアポリス出身のA SECOND FROM THE SURFACEというアーティストが、昨年リリースしたファースト・アルバム『THE STREETS HAVE EYES』は、なかなかにエキサイティングな作品であった。絶唱、爆音、速射連打されるドラムにいきりたった激情スタイルのハードコアは、今どき目新しくもなければ過激でもないだろう。が、しかし、ギザギザに尖った刃が鈍く光り、回転し、ときには地面をすり、あたっているところから破片を巻きあげ、そのままずって走るかのような勢いにさらわれ、身を奮わす。要するに、血が騒ぐのだ。その間、ごちゃごちゃ余計なことを考えずに済む。そこがいい。基本的には、楽曲の展開や構成に凝るタイプではなく、ストレートなフレーズを繰り返し、繰り返すなかに切迫感を生じさせ、それをテンションの昂ぶりに転じさせるタイプのサウンドである。トリオ編成ながらも、重たい音圧を掴み、乱暴に打ち振るい、怒濤のごとき様子を聴かせる。一気呵成に火をふくナンバーが多いから映えて感じられる、というのがあるのかもしれないが、地を這うと喩えるのが似つかわしいスローなリズムから、短い間合いでテンポ・アップし、ポイントごとに印象的なギターのストロークで求心力をつける4曲目の「SINCE I DON’T REMENBER」や、ツインのヴォーカルはうるさく喚き、呼応する演奏は、しかし緩急をつけつつ、わりとドラマティックに盛り上がってゆく7曲目の、つまりタイトル・トラックでもある「THE STREETS HAVE EYES」あたりを、とくに気に入る。

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