ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2018年09月06日
 The Art Of Telling The Truth [STSL-112]

 9月4日、台風の襲来におののきながらも新宿NINE SPICESで米テキサス州出身の4人組、MAGNET SCHOOLの初来日公演を観たのであった。いや、率直な感想を述べるならば、ほとんど無名なのに素晴らしいバンドってまだまだいるんだなあ、というものであって、要するに心を持っていかれてしまった。抜群なライヴだったのである。MAGNET SCHOOLのことを知ったのは、本国で2016年に発表されたセカンド・アルバムの『THE ART OF TELLING THE TRUTH』が日本のSTIFF SLACKによって先般CD化されたからなのだけれど、そこで聴かれたのは90年代型のエモとシューゲイザーのミックスを狙ったかのようなサウンドで、たとえばHUMやFAILUREが引き合いに出されるのも、なるほど、わかる。反面、それらのバンドに比べると骨太な印象があり、FOO FIGHTERSあたりに通じそうなわかりやすさ、MUTEMATHなどを例に挙げられそうな柔軟性をも感じられる。繊細であるようなひねりとストレートなほどの熱量とが同居したMAGNET SCHOOLの魅力は、ライヴにおいて、より際立っていたといえる。生の演奏による出力を経、轟音に厚みが増している一方、メロディはきらめき、その轟音の底から浮上していくイメージを強調することとなっていたためであろう。マイクのヴォリュームが足りなかったせいか、少しばかり耳を澄まさなければならなかったものの、2人のギターが交替で兼ねるヴォーカルには、幾度も口ずさみたくなるまでのフックが備わっている。が、やはり、最も目を見張ったのは、ギターとギター、ベースとドラムとが、足し算である以上のアンサンブルを達成していた点だ。ギターやヴォーカルのフレーズは、確かに美しい。しかし、それのみが重要なのではない。どれだけ激しく掻き鳴らそうとコンビネーションをまったく崩さない各パートの力量が、先に述べた轟音の厚みを実現しているのだ。個人的には『THE ART OF TELLING THE TRUTH』に入っている「BRITISH MONUMENTS」をプレイしてくれたのが、嬉しい。リフ、リズム、コーラスの絶妙な配置、どの瞬間を切り出してもハイライトになるようなナンバーである。マイナーなバンドなので、会場は広くないし、観客も決して多くはない。だが、その卓越したパフォーマンスには余りある価値があったし、貴重な体験とは、こういうことを指すのだと思う。
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2018年04月03日
 

 セツコの読みで良いのかな。どこで知ったのかは覚えていないのだったが、日本人の語感に引っかかるようなバンド名から興味を持った。スウェディッシュ・グラインドコアのニュー・カマー、SETSUKOである。そのファースト・アルバムが『THE SHACKLES OF BIRTH』になる。グラインドコアといったけれど、カオティック・ハードコアやブラック・メタル、デス・メタルの影響を、そこかしこに見つけられるし、エモ・ヴァイオレンス、スクリーモを参照したと覚しき激情と旋律とを前面にした楽曲もある。凝っていたり、器用であったりというよりは、これをやりたい的なアイディアと演奏のスタイルとが素直に結びついている印象だ。ファストでギザギザに尖ったサウンドは、鉄腕のストロング・スタイルではなく、細く描かれた線のシャープな切れ味をイメージさせる。音の太さ、濃さ、深さで判断するなら、いくらか頼りなく感じられるかもしれない。が、しかし、若気の至りにも似た勢いがある。思慮や経験、洗練を手引きとしてはいない。初期の衝動のみをモチベーションにした勢い。発展途上ならではの勢いが、一番の魅力となっており、そいつに飲み込まれるのである。現在、BANDCAMPにおいてNAME YOUR PRICEでダウンロードできる。

 バンドのオフィシャルFacebook→こちら
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2018年01月13日
 ストーナーやドゥームのファンだったなら、誰もが一度は抱く夢であろう。SLEEPのライヴというのは。しかし、それがまさか叶うとはな。震撼のSLEEP、初来日公演を観るため、1月12日、恵比寿リキッドルームにて行われたLEAVE THEM ALL BEHIND 2018へと足を運んだのだけれど、ぬおお、これが、これこそがストーナー・キャラバンの実体か。脳みそを攪拌されるかのような高濃度の演奏に諸手を挙げるしかねえ。とてつもないステージを体験したのであった。

 ヘッドライナーのSLEEPに敬意を表したのか。目下の新作である『DEAR』のモードを踏襲しているのか。オープニングのBORISも徹底したドローン仕様で、体が震えるほどの低音を唸らせていった。が、ある意味で折り目の正しいBORISのそれとはまた位相の異なったSLEEPのグルーヴに圧倒されてしまう。90年代に3枚のアルバムを残し(さらにはラスト・アルバムとなった『JERUSALEM』の完全版にあたる『DOPESMOKER』が後にリリースされ)伝説と化したSLEEPである。近年、ライヴでの活動を中心に再結成されたわけだけれど、これほどのものとは思わなかった。想像を遥かに超えている。そのすさまじさは正しく奇跡に値した。

 1曲目から仰け反る。「DOPESMOKER」だ。本来であれば、1時間もの長さを持ったナンバーだが、その前半のパートがステージに姿を現した3人によって体現されていく。マット・パイクのギターは、淡々としながらも意外なほどに躍っていて、重たさと鋭さの同居した1音1音に耳をつんざかれる。アル・シスネロスのベースは、ひずんだ低音を怒濤のごとく轟かせると、難なく抑制し、ストーナー・キャラバンのイメージを、より立体的にしてみせるのだった。オリジナル・メンバーではないものの、NEUROSISでも辣腕を振るうジェイソン・ローダーのドラムは、後ろに引いているようでいて、痛快無比な迫力を手加減なしに加えてくるのである。

 他のメンバーに何かを要求したりせず、各人が自分のフォームを貫いているふうにしか見えないのに、それが互いに息を吐くそばから息を吸うかのようなアンサンブルを作り上げていたことに舌を巻く。「DOPESMOKER」のショート・ヴァージョン(とはいえ、20分ぐらいはある)からの流れを途切れさせないまま、セカンド・アルバムの『HOLY MOUNTAIN』を中心にしたセット・リストへと移行するのだったが、気の抜ける場面が一個もない。上半身裸で腹のでっぷりと出たおっさんにすぎないマット・パイクがどうしてすげえ格好良く感じられてしまうのか。音楽そのもののマジックでなければ説明がつかない。美醜の判断を蕩けさせるかのような恍惚を高濃度の演奏は呼び込むのであって、生のそれはスタジオ音源の何倍も強烈だった。

 ともすれば眠たいと錯覚されるスローのテンポを基本としているのもあり、スタジオの音源においてはテンションの高低とサウンドの質とがどれだけ密接なのかわからないところがあった。しかし、実際にライヴを体験してみると、一心不乱のテンションがサウンドの質を支配していることがわかる。派手さはまったくないにもかかわらず、ダウナーというよりアッパーだと叫びたくなる展開が繰り広げられていく。

 ライヴの終盤、再び「DOPESMOKER」が召還される。このとき『HOLY MOUNTAIN』を『DOPESMOKER』がサンドイッチした構成であることが明らかとなった。個々の楽曲はもちろん、紛れもなく独立しているのだけれど、全編に通底したグルーヴがある。リフの厚みがある。ふんだんにある。それが全体を1つの巨大なヴィジョンとして総括している。油断したら丸呑みにされそうな激流のヴィジョンである。およそ90分の内容に、SLEEPのすさまじさを思い知る。
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