ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年08月06日
 東京ドーム、通称ビッグ・エッグと呼んでいるのを最近聞かないけれどともかく、その球体状の広大な空間に、ナイフを模したペン・ライトが、青く、無数に揺れ点滅するさまは壮観であったよ。そう、昨日(8月5日)はKAT-TUN「LIVE TOUR 2008 QUEEN OF PIRATES」の最終日となる東京ドーム公演に行ってきたのであった。いやあ、かっこうよかったわ。総じてショーのクオリティは高かったとは決していえないが、しかし、そうしたルーズさも込みで大勢のファンから愛されていることを再確認したほどの盛り上がりである。

 今年リリースされたサード・アルバム『KAT-TUN III -QUEEN OF PIRATES-』は、超がつくぐらいの傑作であった。それに準じたツアーということなので、『KAT-TUN III -QUEEN OF PIRATES-』どおり、「TABOO」でコンサートの幕を開ける。天井からゴンドラ(?)で6人のメンバーが姿を現した瞬間、会場中に歓声がこだまする。海賊のコンセプトを踏襲したコスチュームがじつに華やかである。やがてメイン・ステージに降り立った彼らは、間髪入れず「Keep the faith」になだれ込んでいくわけだが、赤西くんのヴォーカルの出足が悪く、そこはちょっとがっかりしたな。じっさい、赤西くんのパフォーマンスは全体を通じ、けっこうあちこちにむらがあったような。しかし、声がよく出、決まったときは、やはり、最高潮にエロティックなオーラを発するから、まいる。

 このグループが持っている不良性、田舎ヤンキーくささをもっともあらわしていたのは、おそらく田中くんのソロ・パートであろう。数曲のレパートリーをこなしたのち、メンバー全員がいったん引っ込み、単独バイクにまたがって登場した彼のがらの悪さときたら。さすが〈FROM千葉 サイコラッパー ないぜ半端〉である。と、これは「DON'T U EVER STOP」の一節だが、もちろん、ここで披露されたのはそのシングルの初回限定盤に収められた彼のソロ・ナンバー「PARASITE」で、ぶうん、ぶうん、とエンジンをふかしながら、花道を渡り、会場後方のサブ・ステージへ向かう、バック・バンドであるFIVEの演奏を受け、あのLINKIN PARK調のミクスチャー・ロックが轟く、エンジン音とバンド演奏のセッションというのもアイディアとしてはユニークであった。ここでバッド・ボーイな印象をつけられているおかげで、その後の亀梨くんや田口くんのソロ・パートにおける屈託のない明るさが、逆に、魅力を増してくるのだと思う。映像や垂れ幕を効果的に使った亀梨くんの演出も良かったが、真っ向勝負のはしゃいだ雰囲気で場内を沸かせた田口くんもさすがである。いや、田口くんって、ほんとうにチャーミングなんだね。客席に降りていって、ちっちゃい子供にうちわをプレゼントする場面も、すっごく、和んだ。

 6人揃って天狗(TEN-G)に扮した小芝居のコーナーもたいへんファニーで、こちらのテンションもとにかく高まりっぱなしであったのだが、この日ならではの特別なサプライズといえば、ゲストにNEWSの山下くんが登場したことだろうか。MCのコーナーということで着席させられ、中丸くんをいじって「ナカマラー、ナカマラー」と繰り返すトークにげらげら笑いクールダウンしていた観客がみんな、いっせいに立ち上がったものな。「KAT-TUNふうにやっていいかな」みたいな前ふりを置いて「おまえらあ」云々と挨拶したあたりに、KAT-TUNとNEWSのカラーの違いを当人がどう意識しているのか、感じられた気もした。それで山下くんが去り際「最後までコンサート観ていく」というようなことを言ったのは、まあ社交辞令だよね、と、そのときは思ったのだけれども、いやいや、アンコールにもちゃんと姿を現したのにはびっくりしたよ。

 『KAT-TUN III -QUEEN OF PIRATES-』のナンバーは大半パフォーマンスされたのではなかろうか。そのなかでもとくにハード・ロックしていてアップ・テンポな「愛のコマンド」から「LIPS」の流れは、最高潮に燃えた。とはいえ、「LIPS」は噴霧するマシーンでメンバーが遊びすぎ、歌うよりもふざけるほうに夢中だった感があり、いやまあ、楽しいといえば楽しかったのだけれども、もうちょいシリアスなヴァージョンも聴きたく。かわりにダンサブルな曲調に合わせ、会場を煽る「SIX SENSE」や「HELL,NO」のくだりは、たいへん時間の濃く感じられた。

 それにしても、中丸くんの器用さと安定感を、このたびあらためて認識した次第で、ヴォイス・パーカッションも見事だし、歌う声の通りもいいし、先述したトークなどでもなかなかに機転が利いている。中丸くん、いいなあ。「愛の華」を女性の合唱(あれはテープなのかなあ)から入った上田くんのソロ・パートは、うつくしいライティングの効果もあって、ちいさな炎が燃えさかり、次第に消え入るような儚さのあらわれてくることに胸が打たれる。メンバー紹介のとき、ポケットからお菓子を取り出して、客席に放り投げる姿はとてもキュートであったが、それとはまたべつの蠱惑的な表情を、しんみりとしたバラードのなかに織り込んでゆく。そして赤西くんの「LOVE JUICE」である。これがまた、セクシーなヴォーカルとダンスで展開された名場面であったが、そこでの魅せられずにはいられない雰囲気を湛えたまま、マイクを通さず、「僕らの街で」をアカペラではじめた瞬間、まじで痺れた。その後に繋がる演出としても巧いと思った。いうまでもなく「僕らの街で」は、赤西くん抜きの5人編成で発表された楽曲である。これをどう6人編成のコンサートで再現するか。なるほどねえ。出だし、赤西くんのアカペラに注目させ、そのバックに他の5人が登場すると、どこまでも澄んでやさしいバラードが、通常のアレンジにほんのすこしの愛嬌を加え、響き渡る。東京ドーム・サイズで、マイクなしで、アカペラというのは、赤西くんほどの声量があってこそのものであろう。さすがに苦しそうで、後半はメロディを叫ぶふうになってしまったけど、いやいや、それでも十分に胸の奥が、わあっ、となった。

 「僕らの街で」以降はもう、いつ終わりが来てもおかしくはない興奮の最中を、ずうっと突っ走っていくような感じで、堪らないものがあったよ。巨大な海賊船も登場し、尋常じゃないカタルシスが押し寄せるなか、アンコールで「Real Face」、「un-」、「Peacefuldays」ときて、つまりはあの〈K-A-K-A-K-A-T-T-U-N-T-T-U-N〉の大合唱で、ひとしきりクライマックスを味わってしまったあと、残すは「ハルカナ約束」ぐらいかしら、と思っていたら、『KAT-TUN III -QUEEN OF PIRATES-』に収められているうちでもセンチメンタルな佳曲「OUR STORY 〜プロローグ〜」をやってくれたのは、とてもとても嬉しかったな。もちろん、そうなってしまえばラストのラストは「ハルカナ約束」である。〈ナ・ナ・ナ・サ・ク・カ・ナ・ハ・ル・カ・ナ・ヤ・ク・ソ・ク / マ・ワ・ル・ナ・モ・ナ・イ・ヤ・ク・ソ・ク〉。ああ、やっぱり、これ、アンセムだね。3時間を越えるステージを圧倒的な充実で締めくくる。いやあ、くたくたになった。心地好く疲れた。

 会場に入る前は、あいにくの雨に濡らされたが、満足して会場を出る頃には、すっかり雨があがっていたのも、素敵であった。

 『KAT-TUN III - QUEEN OF PIRATES』について→こちら
 「DON’T U EVER STOP」について→こちら
 「LIPS」について→こちら
 「喜びの歌」について→こちら
 『Cartoon KAT-TUN II You』について→こちら
 『Live of KAT-TUN “Real Face”』DVDについて→こちら
 「REAL FACE」について→こちら
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2007年12月21日
 「クローズ ZERO」オリジナル・サウンドトラック

 浅井健一やTHE BIRTHDAY(というかチバ・ユウスケ)は嫌いじゃないのだが、横道坊主やTHE STREET BEATSに関しては、昔から趣味に合わなかったので、どれだけ映画『クローズZERO』が好きだといったって、さすがにサントラまで手は出さないぜ、と思っていたのだけれども、気がつけば、買って、すっかりとヘヴィ・ローテーションになっているんだから、困ったもんだ。いやいや、曲間に挿入される映画からの音声(インタールード)が、いちいち劇中の出来事を思い出させ、ここに収められた楽曲群の魅力を一段階二段階引き上げるとともに、クライマックスにおいて効果的に使われていた12曲目の「Into the Battlefield」や14曲目の「激突」などのインストゥルメンタル・ナンバーも燃え、まるでドラマCDのように聴けてしまうのが、最大の魅力だな。ソリッドなギターのリフをバックに、鈴蘭男子たちが紹介される5曲目の「Enter the jungle」は、ほとんど映画のままといったところで、その極みである。ナイスな追体験ツールとして機能する。黒木メイサがヴォーカルをとる似非R&B調の楽曲やアイドル歌謡くさいバラードが、フル・コーラスでないのも、じつにわかっている。最初に、横道坊主は苦手と述べたが、しかし、6曲目のパワー・バラード「ツキノヒカリ」には、意外としんみりさせられるし、あと、あれね、THE STREET BEATSの、ワイルドサイドのともだちにいい、というやつが、じっさい映画を観ていたときには、ちょっと、と思ったのに、いつの間にか気に入ってらあ。ギター・ソロのあたりが、けっこういいんだ。
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2007年12月12日
 Quick the Word, Sharp the Action

 HUNDRED REASONS(ハンドレッド・リーズンズ)の4枚目となるフル・アルバム『QUICK THE WORD SHARP THE ACTION』を聴きながら、以前にも述べたとおり、演奏のスタイルはともかく、そこはかとなくメロウでありながら、しかし上向きに励まされるような、そういうメロディのつくりやコーラスの運びには、現在のIDLEWILDに通じるものがあるな、と、あらためて思う。まあ、そのような近似点をもって、UKエモならではの叙情、と形容してしまっても良いのかもしれない。が、ともあれ、である。06年の前作『KILL YOUR OWN』にともなうツアー以降、メンバーの脱退、ヴォーカルの不調など、ネガティヴな情報が伝えられることが多かったにもかかわらず、そういった躓きを感じさせない、キャリアにともなう成熟と充実とをしっかりと刻み込んだ内容に、『QUICK THE WORD SHARP THE ACTION』はなっている。たしかに初期の衝動性、一瞬の爆発力にかけるテンションの高さ、ゴリっという感触の押しに関しては、薄まり、マイルドに傾いた印象ではあるけれど、すくなくとも『KILL YOUR OWN』を受け入れた向きであれば、おおきな不満とするところではないだろう。キーボードの細やかな働きかけは以前にも増したが、もちろん、ハードでアグレッシヴな個所が皆無になったということもなくて、たとえば7曲目の「THE SHREDDER」のように、ノイズ・ミュージック調の展開で新境地を開こうとするナンバーもある。ありつつ、総合して何よりも特徴的になったというべきは、やはり、ハーモニーがやわらかく伸びてゆく、その内で反響し合う哀切な表情と力強さに他ならない。2曲目から5曲目の流れが良い。ポップともとれるフィーリングのなかに、センシティヴな感情が溶け、ギターのリフに激しさをともなえば、潜まされていた熱が、目覚ましい躍動を連れてくる。

 『KILL YOUR OWN』について→こちら

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2007年12月04日
 Vengeance

 ミクスチャー・ヘヴィ・ロックないしラップ・メタルの様式は、一時期のムーヴメントさ加減からすると、いささか凋落した感があるけれど、もちろん時勢なぞどうということもなく、そうしたスタイルを貫く、貫き続けるアーティストは今も健在しており、米フロリダ州マイアミ出身の4人組NONPOINTなんかは、まさにそのひとつに挙げられる。彼らの5枚目のリリースとなるフル・アルバムが、この『VENGENCE』である。たしかに01年のデビュー作『STATEMENT』の頃に比べたら、ここ数作を経、メロディの要素が強まってきており、エライアスのヴォーカルも極端にラップしているとは言い難いが、ずっしりと構えたヘヴィ・グルーヴと跳躍を誘うリズムのコンボに、そうそう、これ、これなんだよな、と思う。つまり、他のジャンルに分類されるサウンドからは得られることのない快感が、そのまま作品の手応えになっている。05年の前作『TO THE PAIN』にエンジニアとして関わったマット・ラプラント(Matt LaPlant)が、ここではバンドとともにプロデュースまで手がけていることもあってか、基本的にはダイナミックに押す型のなかで、楽器の一音一音が潰れず、くっきりと響いているのも、意外と大きい。4曲目の「BRING ME DOWN」のようにキャッチーさの際立つナンバーもあるにはあるが、楽曲のパターン自体は、それほど豊富ではないから、本来ならば、早々に飽きが来そうなところを、演奏の細かいニュアンスを伝えてくることで、フォローしているためだ。が、しかしまあ、それというのは要するに、基礎体力の高さに頼っているとも言い換えられるわけで、安定した内容には間違いないのだけれども、これまでのアルバムを上回るかどうかで判断したさい、新作ですよ、という以上のインパクトを生み出せていないのが、惜しい。

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2007年11月29日
 Davis EP

 クレジットによればどうやらグループ名になるみたいだけれども、FU MANCHUでベースを担当するブラッド・デイヴィス(Brad Davis)のサイド・プロジェクトだから、DAVISであることは容易に察しがつく。そのブラッドが、ギターとヴォーカルをつとめ、全5曲の作詞作曲を手がけ、制作されたのが、つまり、このEP『DAVIS』なのだが、いや、しかし、これはなんとも興味深い作品であるよ。FU MANCHUとの関連で聴くと、たしかに接点はあるし、なるほど、と頷かされる、反面、そうした素性を知らなければ、おそらくFU MANCHUと結びつけられる向きはすくないに違いない、とても不思議な分岐を果たしている。ひずませたギターの響きを含め、サイケデリックの傾きがあるバンド・サウンドを、あくまでもロックのサイドに持っていっているのがFU MANCHUだとしたら、DAVISの場合は、それをポップなほうへと、ねじ曲げる。ああ、これ、ここのこれ、どこかで聴いたことがあるような、とくに3曲目の「NO ONE KNOWING」なんてもろにあれだよね、でもカヴァーじゃないんだな、と、そういう参照元がうかがい知れ、だから親しみやすいメロディを、ある程度ハードなスタイルで奏でており、ハーモニーはそうでもないけれど、極端な話、REDD KROSSやENUFF Z'NUFFなどを引き合いに、CHEAP TRICKあたりのエッセンスを受け継ぐパワー・ポップといってしまっても良いほどである。ブラッドのヴォーカルも、じつにそれっぽい感じを出している。意外と言ってはなんだが、なかなかチャーミングな内容に、へえ、と思う。

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2007年11月20日
 テイク・カヴァー

 QUEENSRYCHEのカヴァー・アルバム『TAKE COVER』には、PINK FLOYDにQUEEN、THE POLICEやPETER GABRIEL、U2など、いかにもこのバンドの体質に沿ったていの、IQの高そう(あるいは高く見えそう)なアーティストのナンバーが並ぶ。そのほかにも、BLACK SABBATHで選ばれているのが、この手の定番であるオジー・オズボーン時代のものではなく、「NEON KNIGHTS」だというのも、『OPERATION:MINDCRIME II』にロニー・ジェイムス・ディオが客演していたことを考えれば、さもありなんといった感じであるし、CROSBY STILLS NASH & YOUNGやBUFFALO SPRINGFIELDにしても、大昔にシングルのB面でSIMON AND GURFUNKELの「SCARBOROUGH FAIR」をカヴァーしていたぐらいだから、その線からすると、意外な印象はない。アレンジは、ハード・ロック・リスナー向きというか、全般的にエレクトリックな装いで硬めに仕立てられているが、メロディやリズムは、原曲に忠実で、要は、そうした演奏の手堅さと、ジェフ・テイトの高音ヴォーカルを楽しんでください、的な内容なんだと思われる。正直なところ、ファン・サービスの域は出ていない、かなあ。どうせだったら、もうちょいはっちゃけた部分があっても良かった。が、まあ、バンドの体質上、やはりこういうふうにしかならなかったんだろう。

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2007年11月19日
 itbites.jpg

 80年代後半から90年代初頭にかけての多様なプログレ・ハード・シーンの、その一角を担ったイギリスのIT BITESが、06年の12月に行った再結成公演の模様を収めているのが、このライヴ盤『WHEN THE LIGHTS GO DOWN』なのだけれども、ここでヴォーカルとギターをとっているのが、フランシス・ダナリーではないことに、やや残念な気持ちを抱くのは、03年におけるフランシスのソロ・ステージを収めたDVD『LIVE AT THE UNION CHAPEL』では、久方ぶりにIT BITESのオリジナル・メンバー4人が集い、「HUNTING THE WHALE」と「STILL TOO YOUNG TO REMENBER」の2曲を、アコースティック・アレンジながらもプレイする場面が観られたためであった。正直なところ、あの美青年たちの老けた姿に、時の残酷さを知らされもしたが、しかし「STILL TOO YOUNG TO REMENBER」という、その曲のタイトルどおりの歌詞が、とてもとても意味深長に響き渡れば、やたら感動的なシーンにも思われた。だが、やはり、バンド解散の引き金であったフランシスが、他の3人に合流することはなかったというわけか。とはいえ、たとえフランシス抜きだろうともIT BITESを名乗るだけあって、ここで聴くことのできる演奏からは、まさしくこのバンドならでは、といったフィーリングを受けとれる。YESやGENESISを引き合いに出されることも少なくはなかったほどの高度な技術とメロディアスな叙情の融合、にもかかわらず、あくまでもポップ・ソングにこだわったかのようなアレンジ、そうしてまばゆいクライマックスが連続する、あのフィーリングである。いま現在バンドの主導権を握っていると思われるジョン・ベックのキーボードは、あいかわらず、きらびやかで、存在感があり、ディック・ノーランのベースとボブ・ダルトンのドラムは、ある程度複雑な展開のなかで、的確なリズムをきっちりと刻み、キープする。さて、フランシスの代わりをつとめ、ヴォーカルとギターを担当しているのはジョン・ミッチェル(ミッシェル)という人物であるが、いやいや、けっして悪くはない。フランシスにそっくりというほどではないけど、まったく違うというほどでもない声質で、いくつもの印象的なフレーズが、しっかり熱を込め、うたわれ、ギターに関しては、じつにフェルナンデスっぽい音色も含め、完全にコピーしているといった感じだが、これは個性がどうという話ではなくて、完成された楽曲の世界観をいかに崩さず、再現するかに主眼を置いているためであろう。つまり、巧い。だいいち「STILL TOO YOUNG TO REMENBER」の、あの永遠に美しく高鳴るイントロを、ここまで忠実に弾かれたら、もう何ひとつ文句は言えないし、どうやら新曲であるらしい5曲目の「PLAYGROUND」が、スケールのおおきな旋律とメロウなエモーションとが密に重なる、IT BITESらしいといえばIT BITESらしい、なかなかの佳作だということもあって、この編成による本格的な活動にも十分な期待をかけたくなる。

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 錬金術師 (THE ALCHEMIST)

 まったくこれだから、一個の道を究めんとするマジ者は、おっかねえんだよな。タイム・マシーンの発明されていないこのご時世にだよ、よゆうで時空を超えるかのような所業をやっちまうんだからね。スウェーデン出身の4人組WITCHCRAFTのサード・アルバム『THE ALCHEMIST』を耳にした多くの向きには、おそらく、君たちはいったいいつの時代の人間なんだったか、と尋ねたくなる誘惑が訪れるに違いない。これまで以上に、フォークやサイケデリックの印象を強めた音は、ドゥームやストーナーの範疇で語るのが憚れるぐらい、渋みを増して響き、もはや現代のアーティストがつくっているサウンドであることを忘れさせる。60年代っぽい、70年代っぽい、というよりはむしろ、90年代や80年代をひと跨ぎして、60年代や70年代を、この00年代に持ってきたとすら錯覚させる。最先端と無縁といえば、そのとおりなんだが、すました懐古趣味というのではなくて、筋金入りの古典派とでもいうべき姿勢が、細部を律し、全体の構えを、とてもかっこうよく決まらせている。いや、まあ、レトロスペクティヴであるようなアーティストは、メジャーでもインディでも、とりたてて珍しくない昨今だけれども、WITCHCRAFTのそれはもう、別格一位の域だろうね。とにかく、段違いに、雰囲気がある。そして、その雰囲気を指し、個性と呼んでしまってもいいほどである。4曲目「HEY DOCTOR」の、味わい深いギターに導かれ、スローなメロディをうたうヴォーカルが、曲調の転じた中盤、ロックし、「ホアッ」と力むところが、最高潮にしびれる。

 『FIREWOOD』について→こちら

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2007年11月13日
 Red Harvest

 ニュースクールのハードコアといったところで、それはもうオールド・タイプでしかないし、モダン・ヘヴィネスといっても、今やとっくに一昔前のものだろう。BLOODSIMPLEが、このセカンド・アルバム『RED HERVEST』で聴かせるサウンドは、まさにそういう、90年代型の、すでに出尽くした感のあるスタイルに他ならない。にもかかわらず、どうしてこんなにもエキサイティングなのか。それはね、おそらく、これぞ男の極め道とでも言わんばかりの精魂が込められているからだよ、と思う。とにかく、倒れるときは前のめりであるかのような、一本気を貫く姿勢が、そのまま、音の激しさや剛性に直結し、すばらしくアドレナリンのサージする内容に仕上がっている。メインのメンバーが以前に在籍していたVISION OF DISORDERが、かのPANTERAをロール・モデルのひとつとしていたのは周知のとおりであるけれども、タイトル・トラックである2曲目の「RED HERVEST」や7曲目の「DEATH FROM ABOVE」あたりには、ふたたび、その原点に立ち返ったと思しき、つまりはPANTERAからの影響を強く思わせるものがある。しかし、ただのフォロワーというのではなくて、そこよりさらに深く潜っていったところで、PANTERAとも、もちろんVISION OF DISORDERとも違う、このバンドならではのフォームが獲得されている、との印象を受ける。歌声も含め、すべての演奏は、打算なき迫力に満ちて、楽曲の展開もいちいちかっこうよく、血が滾りに滾る。05年のデビュー作『A CRUEL WORLD』でプロデュースをつとめたGGGARTHと今作のプロデューサーであるMACHINEの差なのか、以前にくらべ、メタリックな質感が、硬くなりすぎず、どこか生々しさを保ったまま成立しているのも、ひじょうによろしい。基本的には、全編に渡って喧しくアグレッシヴな作風であるが、それは要するに、骨の部分にあたる。さまざまな肉づけがされてゆくことで、たとえば、4曲目「DEAD MAN WALKING」や8曲目「WHISKY AND BENT AND HELLBOUND(HELLMYR)」のキャッチーととれなくもないコーラスの盛り上がり、メロウな調子でうたわれる10曲目のバラード「TRUTH(THICKER THAN WATER)」など、怒号に覆われていながらも、表情の豊かな世界が、アルバムの内につくられている。それにしても、行川和彦だったら、たぶん、ティム・ウィリアムスのヴォーカルを、ジム・モリソンのそれと並べて語りそうな、じっさいにTHE DOORSの「THE END」の歌詞が引用されてもいる、スローでダークな1曲目の「RIDE WITH ME」には、ぎょっとさせられたな。

 『A CRUEL WORLD』について→こちら

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2007年11月07日
 The League of Tomorrow

 カリフォルニア州サンフランシスコ出身の5人組、KARATE HIGH SCHOOLのファースト・アルバム『ARCADE ROCK』は、エモ以降のライト・ポップなミクスチャー・ロックとでもいうべき、そのくだけっぷりが楽しくあったわけだが、セカンド・アルバムとなる『THE LEAGUE OF TOMORROW』では、メロディアスな整合性が高まり、まあ、たしかに取っつきやすくはなったのだけれども、インパクトの面からすると、こう、突き抜けていくような個性は薄まったかな。あちこちでピコってる電子音にしても、今や主流派のアプローチといえるだろうしね。5曲目「WHAT ARE THOSE SCIENTISTS UP TO?」や10曲目「THE EMPIRE STATE」のようなパワー・バラードも、前作にはなかった新味であると思うし、楽曲そのものも悪くはないんだが、ドラマティックですね、以上の感想を引き出さない。それはつまり、このバンドならではの、しるし、が刻まれていないということである。そこから翻って考えてみるに、やっぱり、クロスオーヴァーの感覚にすぐれたナンバー、とくにアタマの4曲に、アーティストの魅力が凝縮されているように思う。2曲目の「BURNING UP FOR YOU」なんかは、最近流行りのディスコティックなエモともとれるサウンドだけど、あくまでもラウドな指向に基づいており、コーラス部に差し掛かってからの喧しさが、十分なウリとなっているし、4曲目の「…AND THEN YOU DIE!」は、ZEBRAHEADあるいはI HATE KATEあたりに通じる伸びやかなキャッチーさが、ずんずん重たいミディアム・テンポのリズムと絡み合いながら、ひしゃげたグルーヴを展開する楽曲で、これもたいへん心地よい。

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2007年10月30日
 Another Animal

 ウィットフィールド・クレインとGODSMACKの楽器隊からなるプロジェクトANOTHER ANIMALのファースト・アルバム『ANOTHER ANIMAL』のサウンドは、まさにそういったラインナップから想像できるとおりの、つまり90年代半ばのアフター・グランジでモダンかつヘヴィなグルーヴ感を狙った路線であり、ウィットのキャリアに合わせていえば、ここでドラムをつとめるシャノン・ラーキンも参加していた後期UGLY KID JOE、そして以前にローガン・メイダーやロイ・マイヨルガと組んだMEDICATIONの方向性を、そのまま引き継いだかっこうだといえる。まあ、穿った見方をしたら、結局のところ俺たちにゃあこれしか出来ないもんよ、といった面が大きいのだろうけれども、相応のキャリアと実績を持った面子が集まっているだけあって、楽曲も演奏も、きっちりとポイントを押さえ、しっかりと安定しており、今日的な魅力や発展性はないに等しいとしても、なめらかなメロディと圧のかかった重低音の協調は、なかなかに心地よい。ただし、やっぱりさあ、このバンドならではといったワン・ポイントが欲しかったような。ウィットのヴォーカルも、高いキーが出にくくなっているのかな、以前ほどには個性を感じられない。

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2007年09月18日
 And

 『クロスビート』10月号(先月号になるのかな)のアルバム・レビュー欄にて、石井恵梨子が、ジョナー・マトランガ(JONAH MATRANGA)を指して、天使の歌声、と評していたのだけれども、それには、うんうん、と頷く。ふつう、天使というもの、あるいは天使という語による形容は、イノセントであることをイメージさせるが、当然のごとく、この世のどこにも完全なイノセンスなぞ存在しない、にもかかわらず、たしかにそれを信じさせるような力が、ジョナー・マトランガという人の歌声には、宿っているのである。いや、すくなくとも、三十代も後半のおっさんのヴォーカルが、他の誰よりも何よりも清廉に響くというのは、とてもとても異例なことだ、と思う。そうして、ウェットなアコースティックの調べに重なる〈So Long, bye-bye〉という淋しいフレーズが、なぜか聴き手を淋しくはさせない「SO LONG」によって、個人名義では初となるフル・アルバム『AND(アンド)』は、幕を開ける。元RIVAL SCHOOLSのイアン・ラヴ(とサム・シーグラー)の全面的な協力のもと、つくられたサウンドは、ナイーヴなトーンを基調としたギター・ポップといえなくもないが、しかしナイーヴであることを理由に、エゴをひけらかす質のものではない。むしろ、奏でられ、うたわれるメロディは、自我を背負わざるをえないせいで傷ついた人間の肩に、そっと手を置くかのような、そういうやさしさに満ち、こちらの心をあたたかくする。そのあたたかみを、深い余韻のうちで実感させる音響に関しては、イアン・ラヴの貢献がおおきい。ともすれば、CARDIAやイアン自身のソロ活動において示されていたヴィジョンが、ジョナーの声を得、ここでより鮮明に実現されたとの印象さえ受けるし、だからこそ逆をいえば、ジョナーのこれまでのキャリア(FARやNEW END ORIGINAL、ONELINEDRAWING、GRATITUDE)の、どれとも似て非なる世界観が、ここに確立されている。さらには、そうした結びつき、人と人との相互作用が、この作品を、パーソナルで閉じたものにしない、一種の拡がり、膨らみのあるものにしているのだろう。おだやかなフィーリングを湛えた楽曲が多くを占めるなかにあって、もっとも前面的に躍動感を溢れさす8曲目「NOT ABOUT A GIRL OR A PLACE」のラスト、イアンの弾くエレクトリック・ギターが歪みながら散ってゆき、ジョナーは適当なフレーズをスキャットする。それらは交じりながら、フェイド・アウトする。消える。胸にとどまるのは、青雲にも似た輝きである。いっさいの曇りもなく。

 過去の来日公演(05年12月9日)について→こちら
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2007年09月17日
 Black Earth Tiger

 05年の前作『SOUNDTRACK TO A HEADRUSH』が、いわゆるスクリーモの系でくくられるスタイルでありながら、猪突猛進型のハード・ロックとしても聴ける点に特徴のあったEMANUELだけれども、このセカンド・アルバム『BLACK EARTH TIGER』では、DEFTONESを思わせるギター・リフのパターン、リズムや展開のナンバーが増えた。もっともDEFTONES度数が高いのは9曲目の「YEAR OF THE PIG」あたりだろう。これが、DEFTONESとの仕事で(も)知られるテリー・デイトをプロデューサーに招いた結果であるのか、そうした指向性が先にあってテリー・デイトが選ばれたのか、の因果関係は知れないが、もとより備わっている疾走感と相まって、ひじょうにパワーのあるサウンドを鳴らす。もちろん、もうひとりギターが加わり、バンドが5人編成になったことも、重要なポイントで、もはや若手アーティストの主流ともいえるテクニカルでプログレッシヴなアプローチないしヘヴィ・メタリックでゴージャスな叙情は、控えめというか、ほとんど抑えられているかわりに、ワン・フレーズの扇情的な反復を主体とした手法がとられているのだけど、その、細やかな膨らみ、ダイナミックな響きに、すぐれて効果が現れている。まあ、正直なところ、そういった点も含め、DEFTONESのコマーシャルなフォロワーと見なすこともできるし、あるいはGLASSJAWやFINCHの様式的な洗練と解釈することも可能だが、たとえそう判断したとしても、随所で爆発するテンションとラフなドライヴ感は、十分にかっこうよい。

 『SOUNDTRACK TO A HEADRUSH』→こちら

 バンドのオフィシャル・サイト→こちら(音出ます)
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2007年09月05日
 big engine.jpg

 米フロリダ州ジャクソンビルをベースに活動するBIG ENGINEがやっているのは、まさしくアメリカン・ハード・ロック以外の何ものでもない、という位相のハード・ロックで、06年に発表されたライヴ盤『BIG ENGINE LIVE』では、THIN LIZZYやMOLLY HATCHET、JHON MELLENCAMP、AC / DCなどのカヴァーを披露していたわけだが、まあ、そのへんのアーティストがまちがいなく影響源だろうね、と、疑問を呈する余地のまったくないサウンドを、この『ROCK N ROLL MACHINE』というアルバムでも披露している。もちろん、目新しさは一個も見あたらない、にもかかわらず、これがまたかっこうよいのだから、弱るよ。あきらかに陽性なヴォーカルの声と二の腕太そうなギターのリフを聴けばわかるとおり、絶対に酒と肉で出来ている音である。いや、むしろ逆に、これがインテリやヴェジタリアンの仕業であったりしたら、ぶっ飛ぶ。とはいえ、ソング・ライティングは意外としっかりしており、楽曲の構成は巧妙で、メロディの引きも強い。お約束に忠実といえばそのとおりだけれども、もはや、ほとんどの音楽性がスタイルやパターンに過ぎない今日にあって、俺たちにはこれしかないもんね、といった自覚を、気取らず、ストレートに表現しているのが、なんとも潔く、心地いい。

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2007年08月31日
 Circus Diablo

 89年にTHE ALMIGHTYがデビューしたさい、当時のTHE CULTと比較されることもすくなくはなかったわけだけれども、そのTHE CULTのビリー・ダフィー(ビリー・ダーフィー)とTHE ALMIGHTYのリッキー・ウォーウィック(リッキー・ウォリック)が、ギターとして名を連ねるCIRCUS DIABLO(サーカス・ディアブロ)が、バンド名ままのファースト・アルバムで聴かせるスタイルは、まさに往年の、THE CULTでいえば『ELECTRIC』や『SONIC TEMPLE』あたりでTHE ALMIGHTYでいえば『BLOOD, FIRE AND LOVE』や『SOUL DESTRUCTION』の頃の、それを彷彿とさせるような、つまり、ワイルドでタフな風情のロックン・ロールなのであった。じっさい、中心人物でフロントに立っているビリー・モリソンには申し訳ないが、ヴォーカルが違ったならTHE CULTの新作としてもTHE ALMIGHTYの新作としても通用しそうな、そういうサウンドである。面子からして、どれだけ本腰で稼働しているバンドなのかは不明だが、荒々しいリフを束ね、ガッツある雰囲気を出しながら、キャッチーなメロディを忘れず、ときには艶やかな粘りを発したりもする内容は、意外に掘り出し物、的な魅力に溢れている。マット・ソーラムのドラムも、もしかしたらVELVET REVOLVER以上にパワフルで、メリとハリのあるテンポをつくり出し、煽る。どのナンバーも、うんうん、かっこういいね、と頷ける。すくなくともGUNS N’ ROSES登場以降、グランジ・ムーヴメント発生以前のハード・ロックを好む向きには、確実にアピールする音だと思う。

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 The Heroin Diaries Soundtrack

 SIXX.A.M.は、MOTLEY CRUEのニッキー・シックスによるニュー・プロジェクトで、アルバム『THE HEROIN DIARIES SOUNDTRACK』は、彼の記した同名自伝にあてられたサウンド・トラックの役割を担っているのだが、そのようなインフォメーションはむしろ余計な先入観を与えるだけではないかな、というぐらい、アメリカンなモダン・ロックとして、よくまとまっている。以前のプロジェクト58に顕著であったインダストリアルな指向性は、ずいぶんと後退しており、MOTLEY CRUEから付いてきている従来のファンや、トレイシー・ガンズと組んだBRIDES OF DESTRUCTIONを支持した層よりも、ジェイムズ・マイケルの熱っぽいヴォーカルも含め、ニッキーが楽曲を提供したことのあるSALIVA や、あるいはNICKELBACKあたりのリスナーに受けそうなサウンドであるし、ゴシックでダークなトーンは、EVANESCENCEやKORNの近作に通じるものがある。適度にドラマティックで、適度にメロディアスで、適度にハードな演奏と楽曲は、まあウェルメイドといってしまえばそれまでなんだが、十分な聴き応えをキープしている。またギターであるDJアシュバのプレイ、これがかなり決まっていて、全編に渡り、見事な華を添えている。とはいえ、ミドル・テンポとパワー・バラードばかりで占められた内容は、さすがに後半ともなると、少々だるい。

 『THE HEROIN DIARIES』用のオフィシャル・サイト→こちら
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2007年08月29日
 Midnight in America

 米アイオワ州出身のハードコア・アクト、MODERN LIFE IS WARのニュー・アルバム『MIDNIGHT IN AMERICA』における最大のポイントは、プロデュースをつとめたJ.ロビンズとの相性はいかが、といったあたりではないだろうか。バンド名に暗示されているとさえいえる、闘争の心構えを、直感的に捉まえ、がしがしと衝突を繰り返すかのような硬質のグルーヴに変換し、そのうえにアグレッシヴなアジテーションを被せてゆくサウンドは、相変わらずである。アプローチに奇のてらいはないが、先行するスタイルを無自覚に模倣しているというのでもない。とめどなく奔流するエネルギーと昂ぶるエモーションの総和したところに、MODERN LIFE IS WARならではのリズムとスタイルがある。意外にも演奏は十分に抑制されていて、そのなかに、ぐらぐらとうだる熱気が宿されている。こうした作風のアーティストを、エモの系で知られるJ.ロビンズが手がけるのは、けっこう珍しい。CONVERGEのメンバーが制作に関わった05年の前作『WITNESS』では、ギターのメタリックな残響に特徴があったが、今回はまったく違う、個々の楽器の鳴りは平板になり、それらのアンサンブルに重点の置かれた音作りが為されている。結果、圧倒されるインパクトは弱まったけれども、バンドの地力は見えやすくなった。もちろん、基本の質は高くあるので、そのへんをどうとるかの評価が、まあ、聴き手の趣味というか好みによって、おおきく異なる箇所になるだろう。

 『WITNESS』について→こちら
 
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2007年08月21日
 therapybbc.jpg

 かわいらしく生まれなかったことは不幸であり、もてないことが苦痛であるとすれば、そう定められた世界を憎み、呪うこともやぶさかではないだろう。もちろん、それを(今日的な意味で)ルサンチマンと呼んでも構わないが、この場合ルサンチマンの背後には、ロマンティック・ラヴ・イデオロギーへの反発があって、ロマンティック・ラヴ・イデオロギーのバックボーンを突き詰めていくと、キリスト教的な文化があるとしたら、かの宗教と関わりの深い北アイルランド出身のTHERAPY?が奏でる恨み節は、(あくまでも本質的な意味で)ルサンチマンにかかっているといって良い。「くそ野郎、おまえに友だちなんているわけないんだ。定職もねえし、彼女もいない。だから、おまえは自分を安物だと言い、それは俺もいっしょだとか言いやがる」と、まあ、これは92年のファースト・アルバム『NURSE』に収められた「ACCELERATOR」の歌詞を意訳したものであるが、しかし、こうしたモチベーションをほとんど崩すことなく、89年の結成から現在まで活動を続けていることに、しびれる。同世代であるアメリカのグランジ勢、あるいは、かつてイギリスのシーンのなかで連帯していたMANIC STREET PREACHERSらの現況を鑑みれば、それはなおさらのことだ。そのTHERAPY?の、ジョン・ピール・セッション等の音源をまとめた2枚組が、『MUSIC THROUGH A CHEAP TRANSISTOR THE BBC SESSIONS』である。ディスク1には、初期の頃の、つまりはノイジーでパーカッシヴなナンバーが、ディスク2には、94年の『TROUBLEGUM』以降のメロディアスでポップな路線のものが、それぞれ収められている。アルバムのヴァージョンと比べると、どの楽曲も、演奏はラフであり、整合性を欠くが、しかし、それが翻って、やけっぱちで前のめりな疾走感を、より激しく強調するに至る。厚みがなく、シンプルな録音のなかで、頼りなく歪んだギターのリフは、アンディ・ケアンズの無愛想なヴォーカルと相俟って、殺伐というに相応しいフィーリングを練り上げる。録音時期は違えども、全編を貫いているのは、アグレッシヴなハードコア・パンクを脱臼させたような、独自のノリに他ならない。JOY DIVISION「ISOLATION」(これは『TROUBLEGUM』でも披露されている)やハンク・ウィリアムス「LOST HIGHWAY」(これは現在交流のあるTHE WILDHEARTSもやっていた)も、原曲よりずいぶんダイナミックなニュアンスでカヴァーされ、そこによく馴染んでいる。「MISERY」の、いかにもこのバンドらしい「HERE COMES THE MISERY」というネガティヴなフレーズに続く、あの印象的な「イエーイエーイエー」というパートは、残念ながら聴くことはできないけれど、それはこちらで勝手に補完させてもらおう、イエーイエーイエー。

 『ONE CURE FITS ALL』について→こちら
 『NEVER APOLOGISE NEVER EXPLAIN』について→こちら

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2007年08月17日
 New Wave

 フロリダ出身のAGAINST ME!も、ついにこのニュー・アルバム(たぶん4作目)となる『NEW WAVE』でメジャー・デビューを飾ったわけだが、しかし、だからといって日和った印象はなくて、あいかわらず野郎くさい哀愁をむんむんと匂わせながら、トラッド・フォーキーかつカウ・パンキッシュなノリで、こう、上段に拳を構えつつ、同調したくなるような、ガッツ漲るサウンドを聴かせてくれる。ヴォーカルの声質や歌い回しは、やたらむさ苦しいし、リズムを主体とした演奏は、ともすれば野暮い。意外としなやかなギターのリフにしたって、今日的なカタルシスとは無縁だといえる。にもかかわらず、うずうずとさせられるのは、もちろんソング・ライティングのスキルが高いというのもあるけれど、気分や情緒のレベルに嘘くささをいっさい孕んでいないことだけは、しっかりと伝わってくるからだ。それが直截、琴線に触れる。精神論を述べているのではない。パフォーマンスの質を言っているのである。前作『SEARCHING FOR A (RUMORED)FORMER CLARITY』におけるJロビンズのプロデュースも、いっけんミスマッチでいて、あんがい巧みにバンドの新味を引き出していたが、今回、プロデューサーをつとめているブッチ・ヴィグとミックスにあたっているリッチ・コスティの仕事ぶりも、さすがというべきか、全体の像をかなりハイ・ファイに仕上げることで、ダイナミクスをわかりやすくアピールし、楽曲の魅力自体を見事にプレゼンテーションしている。タイトル・トラックである1曲目「NEW WAVE」や3曲目「THRASH UNREAL」、4曲目「WHITE PEOPLE FOR PEACE」などの、キャッチーで力強いナンバーが燃えるは当然としても、女性シンガーとのデュエットである6曲目「BORNE ON THE FM WAVES OF THE HEART」のようなパワー・バラードにも、へこたれないことを願って前へ進むのに似た雰囲気があって、胸のほうから熱くなる。

 『SEARCHING FOR A (RUMORED)FORMER CLARITY』について→こちら

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2007年08月06日
 せっせとグッズを買いあさり、会場に入った段階では、開演前のBGMがレッチリだったことに気づき、ああ、まあ、アルバムがややファンキッシュな内容であったことからすると、これはこれでアリだな、盛り上がるねえ、と、冷静を装うそぶりもできたんだが、だめだ、じっさいミニ・バイクに乗って白い特攻服を着たメンバーが登場し、そして「ズッコケ男道」から「関風ファイティング」とヒット・チューンが、いきなり続くなかで、花道のワキに設置されたパイロが、どかーん、どかーん、って鳴り響けば、それ以降はもう、縦横無尽に特殊なステージ装置を移動する七人に、全神経が釘付けになるしかなかった。最大の目当ては渋谷すばるくんだったのだけれども、しかし他のメンバーの、それぞれ華のあるパフォーマンスからも、いっさい目が離せず、同時にテンションが、がんがんあがりまくる。中盤に置かれているエイトレンジャーのコーナー(コントのコーナー)の頃には、浮かされた熱に、もはやほとんど意識朦朧の状態である。そうして、全国47都市をめぐる「関ジャニ∞ えっ!ホンマ!? ビックリ!! TOUR 2007」の、東京ドーム公演二日目(8月5日)を、すごくすごく夢中になって観たのであった。なので、細かいところは記憶が曖昧なのだが、とにかく、関ジャニ∞の真髄とでもいうべきものは、しっかり心に刻んだぜ。いやあ、たのしかった。これぞエンターテイメントといえば、なるほど、そのとおりだろう。およそ三時間のあいだ、ヴォーカル・パフォーマンスがもちろんメインでありながら、いたるところに散りばめられたヴァラエティ的な要素も、かなり気が利いている。エイトレンジャーのコーナーも、まあ冷静に見れば、しょぼい三文芝居なんだろうが、個々のメンバーの特色を生かした進行や、ちょっとしたやりとりに、くすくす、とさせられるし、端役で出てたジャニーズJr.の京本大我くんへのツッコミの入れ方とか、アドリブなのかな、そうじゃなかったとしても、大我くんの拙さをカヴァーするかのような、やさしいタイミングが、じつにいい。劇の途中で、ブラックレンジャーこと横山裕くんのマイクが故障するといったハプニングもあったらしいが、見事な連携によってフォローされ、言われるまで気づかなかったぐらい。そういえば、その横山くんのソロ曲の途中で、他のメンバーの寝起きどっきりVTRが流れる趣向も、おかしかった。それを含め、トークを挟んでからの後半戦も、なかなかの充実具合で、Hey!Say!7の露骨なプロモーション(これは4日もあったそう)には、ちょっとまいるよ、といったところだけれども、ハイな気分はずうっとキープされる。とくに印象に残ったのは、錦戸亮くんに促されて「Heavenly Psycho」のフレーズを観客が合唱するくだり、当人も感動のコメントを述べ、数度繰り返させていたが、あれだけの人数(5万5千人、しかも九割九分九輪が女性)が、いっせいに声をそろえる様子には、たしかに胸を打つものがある。それから、大倉忠義くんのドラム・ソロ、これはけっして特別に巧いというものではないけれども、あれだけ叩ければ十分に立派で、途中からベースとギターが加わってのセッションは、意外とロックしており、アグレッシヴな印象を寄越す。それにしても、二度目のアンコールで脱退した(はずの)メンバー内博貴くんが登場したとき、会場中に満ちた喚起と戸惑いはすごく、それだけで超弩級のサプライズが起こったことを知れた。この件に関しては、内くん抜きでここまでがんばってきた関ジャニ∞こそが、現在の関ジャニ∞なのだと認識しているファンもすくなくはないだろうし、背景にはいろいろと複雑な事情が見え隠れするとしても、それまで私服っぽかった内くんに、錦戸くんが自分のツアーTシャツを渡し、着せて、8人が横に並び、締めのコールを決めた瞬間は、ほんとうに良いシーンで、思わず心ときめいた。

 『KJ2 ズッコケ大脱走』について→こちら
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2007年07月31日
 The Heirophant

 これはもう、ひとつの極め道だろうね。WILL HAVENの通算四作目となるフル・アルバム『THE HIEROPHANT』は、03年の一時解散、そこからの長いブランク、ヴォーカルのチェンジを経てもなお、バンドの性能自体にいっさいの劣化がないことを知らしめるかのような、まさに会心の復活作で、彼らの真骨頂ともいえるマッシヴなグルーヴ、つまり重低音と不協和音を、ぐわし、と手づかみの力強さで、しかしデリケートに積み重ねて成るそれが、見事な凱旋を告げる。いや、もしかしたらバンドのキャリアにおいてもベストの内容に位置するんじゃないか、とすら思う。今回、出身地のサクラメント人脈であるショーン・ロペス(元FAR、THE REVOLUTION SMILE)とチノ・モレノ(DEFTONES)が、バンドとともにプロデュースにあたっており、硬めの音質や拡がりのある音響に関しては、やはりショーンが深く関わったDEFTONESの『SATURDAY NIGHT WRIST』に通じるところがあるけれども、サウンドの指向は、こちらのほうがもっとずっとハードコアで、ごり押しのテンションは、ときにSNAPCASEやVISION OF DISORDERを彷彿とさせ、ダークでスケールの大きな叙情からは、たとえばNEUROSISやISISとの近似を見いだせる。とはいえ、そのことはけして、オリジナリティの希薄さ、を意味しない。スローなテンポのなかで、意外と瞬発力のある演奏が、高次のレベルで整合性を捉まえながら、いわゆるカオティック系とは異なったセンの、混沌としたうねりを導く。そうして、たしかに先駆的ではないのかもしれないが、かといって簡単に真似できるものでもない、ましてや絶対に凡庸とはいえない、独特なスタイルを築き上げている。まあ、それ以前に、だよ。全編に満ちる迫力が、余裕で他を圧倒し、こちらを畏れさせるわけだ。

 バンドのMY SPACE→こちら(音出ます)
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2007年07月26日
 Zeitgeist

 まず最初にいっておきたいのは、僕個人のビリー・コーガンに対する思い入れと信頼は、他のアーティストへのそれと比べ、ほんとうに別格なものであるから、このアルバム『ZEITGEIST(ツァイトガイスト)』については、とにかく肯定的な立場であり、何と言われようと気に入ってはいるのだけれど、しかし反面、この作品がTHE SMASHING PUMPKINS(スマッシング・パンプキンズ、以下スマパン)のブランドを背負わされてしまったことには、やっぱり、ちょっと、微妙な感情を覚える。まあ、あまり世間一般の評価が芳しくなかったソロ活動『THE FUTURE EMBRACE』(05年)以降、ビリーがふたたびシーンの前線に返り咲き、アピール力を取り戻すためには、スマパンというネーム・ヴァリューが、どうしても必要だったのかもしれない、が。たとえば、音楽雑誌の再結成スマパン評などで見かける、オリジナル・メンバーのジェームズ・イハやダーシーがいなくとも、ビリーとドラムのジミー・チェンバレンが在籍していれば、基本的にスマパンは成り立つ、といった言いは、結局のところジミー抜きで制作された『ADORE』(98年)が、ひじょうにスタティックな内容であったことに対する反動でしかないと思うし、たとえば、かつて90年代グランジを、死にたい死にたいという気分、シニシズムやニヒリズムでさえも、大声で叫べば、やたらエモーショナルだぞ、的な発見と分析したのは、渋谷陽一であり、田中宗一郎であったわけだが、じっさい「God Knows I’m Helpless(神はオレが救いようのない人間だということを知っている)」とシンプルであるがゆえに絶望的なフレーズを、シングルのB面でありながら(『ZERO』EPに収められている楽曲「GOD」で)、どこまでもディストーショナルかつアグレッシヴに響かせられた時期(96年前後)こそが、やはりバンドにとってのピークであったように思う。そうやって振り返ったとき、ふと『ZEITGEIST』に内包されているインパクトもテンションも、それからヘヴィなグルーヴも、どこかすこし弱く、わざわざ、といった印象を受ける。いや、ま、たしかにディスコグラフィ的にみれば、『MACHINA / the machines of god』あるいは『Machina II / the friends & enemies of modern music』(ともに00年)のあとに置いても、ぜんぜん不自然じゃない内容であり、出来自体十分に納得しうるレベルなのだけれど、まるでグランジ時代におけるギター・ロックの極点であったかのような『MELLON COLLIE AND THE INFINITE SADNESS(メロンコリーそして終わりのない悲しみ)』(95年)の存在が前提としてあるため、その後のキャリアが不可避に抱え込まざるをえなかったマイルドさ加減をも、同時に継承してしまっている。とはいえ、だ。スマパンにかぎらず、ZWANの『MARY STAR OF SEA』(03年)や、先述の『THE FUTURE EMBRACE』にもあった、つまりはビリー・コーガン特有のロマンティシズムに関しては、いっこうに鈍くなっておらず、あいかわらずブライトなトーンをキープし続けているのには、とてもとてもうれしくなる。正直、アルバムのハイライトとすべきは、いかにもメタリックといった調子で、音の重心を低く構えた1曲目「DOOMSDAY CLOCK」や2曲目「7 SHADES OF BLACK」、その姿勢のまま10分に及ぶ緊張を維持する7曲目「UNITED STATES」などより、むしろ、メランコリックなメロディが、テンポよく、ポップに跳ね、多重に録音されたリード・ギターとジャストなタイミングで叩かれるドラムのコンビネーションが、スウィートな高揚をもたらす9曲目「BRING THE LIGHT」や10曲目「(COME ON)LET’S GO !」のほうだろう。古典的なプロデューサーともいえるロイ・トーマス・ベイカーの起用も、ここで、このフィーリングにおいてこそ、最大限に生きていると感じられるほどである。もちろん、ロイ・トーマス・ベイカーといえば、70年代におけるQUEENの作品で語れることの多い人物だが、おそらくビリーがモデルとしたのは、やはりロイが80年代に手掛けたCHEAP TRICKのアルバム『ONE ON ONE』なんじゃないかな。じじつ、その収録曲のうちでもとくに、過去のライヴでスマパンがCHEAP TRICKのメンバーとともに演奏したことがある「IF YOU WANT MY LOVE」に、「BRING THE LIGHT」と「(COME ON)LET’S GO !」の持っているイメージは近しい。要するに、イノセントな認識や衝動によってではなく、あくまでもコンテンポラリーなラヴ・ソングのニュアンスのなかで、胸を打つような、それこそ愛と孤独にまつわる苦笑いのエモーションが、しかと確立されている。

・ビリー・コーガンに関する文章
 来日公演(05年8月4日)について→こちら
 シングル『WALKING SHADE Limited Edition DVD』について→こちら
 アルバム『THE FUTURE EMBRACE』について→こちら
 詩集『blinking with fists』について→こちら

・ジミー・チェンバレン
 『LIFE BEGINS AGAIN』について→こちら
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2007年07月23日
 Underclass Hero

 うへえ、これはとても微妙だぞ。や、微妙といってもそれは、なにも出来が悪いということの言い換えではなくて、この場合、各楽曲におけるクオリティの高さ、そして作品単位の整合性は認めるけれど、SUM41ならでは、の個性(固有性)は、もはやどこにもないよね、という意味である。バンドにとっては、通算4作目のフル・アルバムとなる『UNDERCLASS HERO(アンダークラス・ヒーロー)』なのだが、これは結局のところ、キャリアを重ねれば、サウンドはマイルドになっていかざるをえず、演奏技術の向上やソング・ライティングのスキルは、インパクトやアイディアの乏しさをフォローするためにのみ機能する、そういう、ロック・アーティストにありがちで退屈なセオリーを体現しているに過ぎない。ギターのデイヴ・バクシュが脱退し、トリオ編成になったからといったって、音そのものの薄さをあまり感じさせないのは、がんばった(まあ、これはプロダクションの問題だろう)。しかしながら、やはりスラッシュ・メタル調のリフが聴かれなくなったのは、寂しい。以前にはあったハイブリッドな展開を、期待することもできなくなった。もちろんポップ・パンクとしては、良質で、スケールのおおきく、ウェルメイドな内容だから、その点が評価されることを、けして否定しはしない。だが、SUM41節などといえば聞こえはいいとしても、悪くいえばワン・パターンで、過去作の使い回しともとれるフレーズが頻出するのには参るし、これは前作『CHUCK』のときにも述べたが、そうしたメロディの成り立ち自体が、LINKIN PARKやAVRIL LAVIGNE、YELLOW CARD等のそれと大差なく、つまりは同時代的なものでしかないのであって、そこから相対的に見ていくと、キャッチーである以上の価値がいっさい含まれていないところに、不満を述べておきたいのは、いかなるメッセージやテーマが込められていようとも、インタビューにおけるアーティストの発言なぞではなく、彼らの表現のうちで自他に対する批評性がどう示されているかにより、その説得力が左右されなければならないためである。

 『HAPPY LIVE SURPRISE』について→こちら
 『CHUCK』について→こちら

 ライヴ(04年10月04日)について→こちら
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2007年07月14日
 In Nothing We Trust

 やあ、これは抜群にガッツとフックが漲っているぞ。ロンドン近郊サリー出身のトリオ、REUBENのサード・アルバム『IN NOTHING WE TRUST』なのだが、そもそも、ある程度の大衆性を持ったヘヴィなグルーヴ、つまり90年代だったらグランジだとかモダン・ヘヴィネスだとか呼ばれたあれを、現代的にリサイクルしていたバンドであったけれども、ここではさらに、リズミカルな演奏は厚みを増し、よりアグレッシヴに、そうして全体の音像がぎゅっと引き締まり、04年のファースト・アルバム『RACECAR IS RACECAR BACKWARDS』にしても05年のセカンド・アルバム『VERY FAST VERY DENGEROUS』しても、思わず習作であったといわざるをえないぐらい、気持ちのいい高揚を、だだだ、と弾き出す。とはいえ、全体のトーンは、以前までと比べると、シリアスでありダークである。それがなぜ、こうもアップ・テンポに迫ってくるのか。おそらく、ギター、ベース、ドラムのシンプルな編成によって組み立てられる音そのもののテンションが、やたらと高いためであろう。けして超絶的なわけではないが、ワン・フレーズを凝らし、ときに複雑な展開にも耐え、それらをスムーズに連結させられるだけの技巧が、情緒に拠ったメロディの引き立て役に終わらない、フィジカルな興奮をつくり出しており、ところによってはブックレットのサンクス・リストにもクレジットされている同じイギリスのライヴァルたち(YOURCODENAMEIS:MILOやBIFFY CLYRO)の新作に近しい雰囲気もあるけれど、あれらよりもずっとパワフルでラウドな響きが、サウンドの、その存在感を浮かび上がらせている。

 『VERY FAST VERY DENGEROUS』について→こちら
 『RACECAR IS RACECAR BACKWARDS』について→こちら

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2007年07月12日
 Healing Through Fire

 足クサ系のハード・ロッカーといえば、それはもう侮蔑語ではなくて最上級の褒め言葉だよ、としたくなるのは、今年の上半期でぱっと思いつくだけでも(とはもちろん、これら以外にもあるだろうね、との含みなのだが)、FU MANCHUの『WE MUST OBEY』にALABAMA THUNDERPUSSYの『OPEN FIRE』、CLUTCHの『FROM BEALS STREET TO OBLIVION』やTROUBLEの『SIMPLE MIND CONDITION』等々といった具合に、狭義のカテゴリーならば、いわゆるストーナーやドゥームの項に分類され、ファッションやトレンドの清潔さをほとんど感じさず、むしろ薄汚さのとてもよく似合うアーティストらが、広義のレベルで、ロックン・ロールの奥義を会得したかのような、まさに必殺必勝のアルバムを軒並みリリースしているからなのだけれど、そうしたアメリカ勢の同種に負けずとばかりに、イギリス出身のORANGE GOBLINもまた、通算6作目となるフル・アルバム『HEALING THROUGH FIRE』で見事にやってくれた。たとえば、かつて渋谷陽一は、カタルシスのためのカタルシスを目的視する機能主義を程度の低いものとしてヘヴィ・メタル化したハード・ロックの音楽的な構造を否定した(近年では評価が変わりつつあるようである)が、エモい坊ちゃんたちがゆるい共感と連帯でもって安手の模造品程度にしかすぎない自分のストーリーを肯定する現在の状況にあっては、むしろ、様式美であろうが何だろうが、いかにしてギターのリフをダイナミックかつムーディにかっこうよく弾くか、その所作に全身全霊を傾け、生き様をも一貫させる姿勢のほうが、よっぽどラディカルであるし、志が高く、潔い。とにかく『HEALING THROUGH FIRE』にみなぎる熱血漢ぶりを耳にしてごらんなさいよ。圧倒的ですらある。とくにアタマの3曲が、いい。基本的なセンは、これまで以上に、ブルージーで古典的ともいえるサウンドだけれど、チャラさと相反する重低音で発せられ、ダイナミックな弧を描き、フル・スウィングで振り下ろされるそれが、うだうだと悩む自意識を、一聴で、粉砕する。個人的には、2曲目「VAGRANT STOMP」の出だし、ノイズを整調する「ゴー」という第一声だけで、頭のなかが、かっ、とくるから弱るよ。ヘヴィなグルーヴでもってサイケデリック調のモードに突入する後半も悪くはないが、やはり、足クサ系ハード・ロッカーの剛毅さがよく出た前半で、ガッツが、最高潮に昂ぶる。

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2007年07月04日
 Ultra Payloaded

 そりゃあ、まあたしかに、JANE'S ADDICTIONもEXTREMEもファンク・メタルと呼ばれていた時代があった、と言われればそうだけれども、いやしかし、まさかここまでペリー・ファレルのヴォーカルとヌーノ・ベッテンコートのギターの相性が良いとは、意外だった。そのペリー・ファレルのニュー・プロジェクト、PERRY FARRELL'S SATELLITE PARTY(サテライト・パーティー)が満を持して放つ『ULTRA PAYLOADED(ウルトラ・ペイローデッド)』であるが、基本的な音楽性は、PORNO FOR PYROSのセカンド・アルバム『GOOD GOD'S URGE』(96年)以来、ペリーがずっと傾倒してきたサイケデリックでスペーシーでエレクトロニックな路線ではあるのだが、一時的にハード・ロックへと回帰した再結成JANE'S ADDICTION(03年)はともかくとして、01年のソロ作『SONG YET TO BE SUNG』を含め、ともすればクライマックスに欠け、だらだらと流れ、引っ掛かりがすくない、そういう印象で終わりかねなかった音楽性に、ヌーノのリズム・センスに長けたアレンジが絡み、バンド・スタイルの演奏がメリとハリになることで、ひょっとしたらMAROON 5やPANIC!AT THE DISCO、COBRA STARSHIPあたりの今日的な指向にもリンクしそうな、ポップかつダンサブルでグラマラスなフィーリングを全開にしている。日本盤における新谷洋子のライナー・ノーツや、ヌーノを「元祖速弾きギタリスト」として紹介してしまう(えー、だよね、えー、な)『ロッキング・オン』の高橋智樹によるレビューでは、豪華なゲスト参加陣やペリー・ファレルのカリスマにこそ着目しがちであるが、おそらく、このアルバムでヌーノの果たした役割は、資料よりもサウンドを語るうえで、おおきく重要なものだ。むろん、そうして説得力の高められたグルーヴの、その根幹をなしているのは、あいかわらずスケールの壮大なペリーの妄想である。『ULTRA PAYLOADED』を貫くコンセプトのぶっ飛び具合は、JANE'S ADDICTIONのオフィシャル・バイオ(たしか『NOTING'S SHOCKING』だったかな、の日本盤ライナー・ノーツを参照されたい)に通じるものがあるし、さすがに以前ほどにショッキングでインパクト大なワン・フレーズはないにしても、艶めかしく抑揚のきいた歌い回しは、セックス(性交)やパーティの興奮をよく伝えてきて、抑えきれず、気分が、そこはかとなく、ハイになる。

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2007年06月25日
 Puzzle

 これはとても好き。スコットランドはグラスゴー出身のトリオ、BIFFY CLYRO(ビッフィ・クライロ)の4作目となるフル・アルバム『PUZZLE』であるが、最初にいっておくと、ストーム・ソーガソンの手によってデザインされたアートワークからイメージするよりも、バンド及びGGGarth(ガース・リチャードソン)のプロデュースで、録音をマイク・フレイザーが担当し、アンディ・ウォレスがミックスをつとめる、というクレジットを参考にしたほうが早いような、つまりは、00年代におけるマーズ・ヴォルティック・ミューズ式のサウンドではなくて、90年代のモダンでグランジィなアメリカン・オルタナティヴを想起させるサウンドが、ここには披露されている。個人的には、BUSHや初期のFOO FIGHTERS、DISHWALLAなどのナンバーをJAWBOXあたりのFUGAZIベースなエモ・アクトがプレイしている、的な印象を受けたのだが、いや、まあ、そうした喩えは人によったら微妙に思えるかもしれないけれど、フックの的確に強まった楽曲をヴァリエーションよく取り揃えているのもあり、これがまた意外と侮れず、はまる。ディスコグラフィを顧みるのであれば、それこそマーズ・ヴォルティック・ミューズ式に近しい遠回りな展開を大事とする03年のセカンド・アルバム『VERTIGO OF BLISS』や05年のサード・アルバム『INFINITY LAND』で培ったスキルとセンス、さらにはスケール感をもって、02年に発表されたファースト・アルバム『BLACKEND SKY』の頃に顕著だった、シンプルな情動の伝達しやすい、ヴァース・コーラス・ヴァースの定型に立ち返ったといえる調子だ。ドラムのアタックに合わせてストリングスがパワフルに響き渡るイントロダクションを、おおげさな合唱が受け、醸し出された優美さを、アグレッシヴなバンド演奏が切り裂き、走り出し、やがてメロディアスでダイナミックなグルーヴへと達する1曲目「LIVING IS A PROBLEM BECAUSE EVERYTHING DIES」からして、そのことを鮮明に主張している。むろん、それ以外のナンバーも充実しているのは、先ほど述べたとおりで、パワー・ポップふうのミドル・テンポからドラマティックなバラードにシアトリカルな曲想をもじったものまで、さまざまなタイプが並んでいるのだが、クリシェといわばいえとばかりにキャッチーなワン・フレーズを駆使することで、拡散する内容を、手堅く、まとめ、王道とはかくあるべき、な領域に手が届きそうなぐらいの完成度と安定度を獲得するに至っている。新鮮な刺激のみを求める向きには、興趣の物足りない可能性もあるが、まっさらな方法論なんてのは、そうそう発明されるわけがないのであって、だからこそ既存のアイディアにも、まだまだ使い途次第で貧寒に陥らない魅力のあることを示す、まぎれもない快作である。

 『INFINITY LAND』について→こちら

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2007年06月13日
 前シングル「僕らの街で」が、あまりにもソング・ライティングをつとめた小田和正色の強すぎる楽曲だったため、本来は、5人編成になったグループの今後を占うという意味合いの大きくなるはずであった4枚目となるニュー・シングル「喜びの歌」だが、周知のとおり、赤西くんが復帰し、結果的に、6人編成に戻っての再出発を飾るという、べつの意味での責務を負うこととなってしまった。このような経緯が関係しているのかどうかは不明だが、どうもいまひとつ方向性の定まっていないような、そういう印象を受けとる。いや正直、ファースト・アルバム『Best of KAT-TUN』に収録されている「WILDS OF MY HEART」で作曲を担当したzero-rockを再び起用して出来上がったのは、良質なギター・ロックであり(ちなみに今月8日の『ミュージック・ステーション』に出演したさいには、ジャニーズJr.のバンド・ユニットQuestion?がバックで演奏していた)、そうして〈愛してる〉というシンプルなフレーズを繰り返しつつ、アップ・テンポなノリを貫く様子は、コンサートで盛り上がること間違いなし、といったところなのだけれども、それ以上の、つまりはファン以外の層に向けての訴求力が、ちょっと弱いかも、と思わされる。JOKER(田中くん)のラップは、タイアップしているテレビ・ドラマの内容を意識しつつ、これまでのシングル名を押韻のなかに組み込む、といった趣向のせいか、ここ一番のパンチに欠けるし、中盤の〈止まらねぇ!!〉という叫び声も、やや効果を逸している。とはいえ、多少ファンの贔屓目なのかもしれないが、セカンド・アルバム『Cartoon KAT-TUN II You』(通常盤)のラスト・ナンバーに「YOU」ってあるじゃん、あれの〈あなたのために生きていいかな / あなたを好きになっていいかな〉という歌詞と、(作詞者は違うのだけれど)ここでの〈愛してる〉や〈生きてる ただそれだけで 君と走って行こう〉という歌詞の対照に、なんだか、胸が熱くなる。

 『Cartoon KAT-TUN II You』について→こちら
 『Live of KAT-TUN “Real Face”』DVDについて→こちら
 『REAL FACE』について→こちら
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 すでにシングルとして発表されており、ここにも収録されている「∞SAKAおばちゃんROCK」(ただしヴァージョン違い)や「関風ファイティング」、「ズッコケ男道」の3曲に顕著なとおり、関ジャニ∞(エイト)のセカンド・フル・アルバム『KJ2 ズッコケ大脱走』は、ファンクの要素が以前にも増し、明るく元気な曲調のものが多く、初期のころの売りでもあった、テイチク的というか演歌調というかムード歌謡ふうのナンバーは、4曲目の「二人の涙雨」のみに止まる、かな。そのため、いま現在グループが上り調子であることをダイレクトに反映するかのような、押せ押せムードの内容となった。シングル曲のほかにも、ハードなギターのリフが大きく響く5曲目「強情にGO!」や、リズムの切れのよさとユーモラスな歌詞にメンバー各人の個性が引き出された8曲目「地元の王様」など、かなり盛り上がれる箇所が多い。その「地元の王様」から「ズッコケ男道」へ、そして「エネルギー」「旅の涯には」「ありがとう」と、ラスト13曲目「関風ファイティング」まで、いっさいテンションを落とすこともなしに、次々と繋げてゆく勢いには、思わず驚いてしまったほどである。いやほんとうに、予想以上で期待以上な出来に嬉しくなる、と、それはけして大袈裟ではない。また、初回限定盤(A)についているDVD「ズッコケお宝パニック!」の、無駄に凝ったショート・コントぶりは、ずるい。安田くんの自己紹介、狩人のところで、ふつうに笑ってしまった。
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2007年06月07日
 Carnavas

 『ロッキング・オン』の先月号と今月号で、SMASHING PUMPKINSの名前を引き合いに出して紹介されているから気になったのが、このSILVERSUN PICKUPSというバンドなのだが、そういえば『ロッキング・オン』は以前にも、某大型輸入盤店のPOPを鵜呑みにしたのか、とあるアーティスト(BLACK MAILなんだけどね)を、やはりスマパンっぽいとレビューしていて、じっさいに聴いてみたら、ぜんぜん違うじゃん、ということがあったのだけれど、やっぱり、これも、ちょっと。たしかに、ディストーションの響き具合とか、女性ベーシストの存在とか、そういうふうに言いたくなる気持ちもわかるが、デビューEP『PIKUL』やファースト・アルバム『CARNAVAS』を聴くかぎり、CHEAP TRICKの因子もヘヴィ・メタリックな要素もほとんど含まれておらず、同じLA出身ということでAUTOLAXの名が頭に浮かびもするため、どちらかというと、シューゲイザー・リヴァイバル的なものに近しい印象を受ける。個人的には、10年ほど前、日本からはSUPERCARが、イギリスからはLLAMA FARMERSが、それぞれ登場したときのことを思い出した(これ、前もべつのバンドで同じこと書いたな。ま、いいか)。じっさい、ナイーヴなメロディをなぞった男性のヴォーカルに、ささやきかけるような女性のコーラスが被さることで、青の色彩に喩えられる情景の拡がっていく様子は、たぶん、おおもとの参照項はMY BLOODY VALENTINEあたりなんだろうけれども、さっき挙げた2バンドにとてもよく似ていて、そこが好きだし、ポスト・ロックふうの美意識ではなくて、フィジカルな躍動を大切にしたバンド・サウンドが、愉しく、体を揺らす。

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2007年06月05日
 Destination Time Tomorrow

 カオティックないしは激情的と形容されるアーティストを主に擁するLABEL PLANEレコーズから、昨年にフル・アルバム『DESTINATION TIME YESTERDAY』をもって登場した米カリフォルニア出身の四人組GRAF ORLOCKの新作(8曲入りのEP)は、その、『DESTINATION TIME TOMORROW』というタイトルからうかがい知れるとおり、『DESTINATION TIME YESTERDAY』で提示されたスタイルを忠実に受け継ぐ内容で、シネマ・グラインド・バンドだか何だか知らないが、楽曲のひとつひとつに、それぞれ、映画のワン・シーンをSEとして挿入する、といったアイディアは見え透いてはいるけれども、さながら砲弾のように轟々と放たれるアグレッシヴさ加減は、五月病のせいでがしがしと削がれてしまった生きるのに必要なファイトを回復させてくれるほどに、獰猛で、荒い。低音のしっかり響くベースとバタバタ叩かれるドラムに導かれながら、ギターがメタリックな旋律をジャカジャカ奏で、二声のヴォーカルが、ぐぎゃあ、と喚き散らす、そうした音楽性は、むしろ今日的なハードコアのマナーに則ったもので、けして斬新あるいは独創的とは言い難いのだが、しかし先ほど触れたSEの効果も含め、「間」のとり方にセンスがあり、巧く、そこから強いカタルシスが発生させられている。ラスト8曲目「THE DREAM LEFT BEHIND」の終盤、それまで猪突猛進型だった曲調が、一転し、厳かなフィナーレとともに、すべてが重々しく閉じていく様子は、こんな手に乗ってたまるかよ、といったところで抗えない余韻を、残す。

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2007年06月04日
 ライズ・フォー・ライアーズ
 
 このたびサード・アルバムとなる『LISE FOR THE LIARS(ライズ・フォー・ライアーズ)』を発表したTHE USED(ザ・ユーズド)のキャリアは、どことなく、PAPA ROACHというバンドのそれを思い起こさせる。デビュー以来、とあるトレンド的なカテゴリーの追い風を受け、大成する一方で、その音楽性は、じょじょにオーセンティックというか、80年代的なハード・ロックのパターンへと接近する。と、つまりは、こうした経緯が重なって見えるのだ。もちろん、PAPA ROACHの場合、そもそものスタイルは、ラップ・メタルであり、THE USEDの場合は、いわゆるスクリーモになるわけだが、その根っこの部分には、結局のところアメリカのメジャーなバンドってここへ行き着くよね、と口にしたくなってしまう、サウンドをリッチで大ぶりなものにカスタマイズせざるをえないような、そういう指向性があるのだろう。それはとくに、ギターのリフを主体としつつもメロディはコマーシャルな2曲目「PRETTY HANDSOME AWKWARD」あたりに顕著で、こうなってくると、もはや作品の評価というのは、楽曲の質、すなわちソング・ライティングとディレクションの問題にかかってくるわけだけれども、そういった意味でなら、この『LISE FOR THE LIARS』は、まあ及第点を越えている。ところで、ストリングスを組み込み、ドラマティックでシアトリカルな面を打ち出した3曲目「THE BIRD AND THE WORM」なんかを聴いていると、ほんとうにこの手のアプローチって、最近の若手のあいだで流行っているのなあ、他がやっているから俺たちはやらん、みたいなことは考えないのは、頭の中身が単純じゃなければ、よっぽど性格が素直だからなのかしら。

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2007年06月01日
 Manipulator

 90年代初頭、グランジの巨大なムーヴメントによって、たんなる頭でっかちでエモーションなんかないじゃねえか、と、シーンのワキに回らされてしまったプログレ・メタル的な方法論を、かつてはグランジの里であったシアトル出身のトリオTHE FALL OF TROYが、この00年代に採用したのはじつに興味深く感じられたのだった、が、まあ、よくよく考えれば、シアトルといえば、あの、DREAM THEATER以前にはプログレ・メタルの代表格とされたQUEENSRYCHEを輩出した地でもあったわけだ。ともあれ、テクニカルであることを重んじるかのような、そういう演奏のスキルにより、硬質な音を、あ、そっちには折れそうもないですよ、といったポイントで、容赦なく、バキバキと展開させてみせた前作『DOPPELGANGER』(05年)には、今だからこその、誰もやっていないことをやっている、新鮮な響きを見いだせた。しかしながら、サード・アルバムにあたる、この『MANIPULATOR』からは、正直なところ、SYSTEM OF A DOWNとMUSEのミックスにエモのエッセンシャルを加えてみました、式の解釈で十分にオーケーな、わかりやすさ、そつのなさしかうかがえない。最大の要因は、6曲目の「OH! NO CASINO!?」や11曲目の「CAUGHT UP」あたりに顕著な、ライト・ポップな色合いが強まったことであろう。演奏のレベルでは、まずまずスリリングな衝突を繰り広げながらも、楽曲の印象は、ヴォーカルのパートに絡めとられてしまう。にもかかわらず、そのメロディに魅力が乏しいため、いや、ま、けっして嫌いではないのだが、今回は、あまり強く推す気にならない。

 『DOPPELGANGER』について→こちら
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2007年05月20日
 divedive.jpg

 元DUSTBALLと元UNBLIEVABLE TRUTHのメンバーによって成り立つ英オックスフォードの四人組DIVE DIVEのセカンド・アルバム『THE REVENGE OF THE MECHANICAL DOG』は、まさしく前作『TILTING AT WINDMILLS』の意匠を受け継ぐ内容で、ハードかつポップなサウンドを性急なテンポで奏でる、という基本線はしっかりと押さえられており、そこから楽曲のクオリティが上がっている、というか、構成または展開の面において、これまで以上のひねりが加えられ、まあ世間的には無名に近しく、たしかに存在感は小粒でありながらも、しかし、けっして小物では終わらないし、無能でもない、じつにユニークな才能の持ち主であることを積極的にアピールしている。騒がしさや勢いということであれば、『TILTING AT WINDMILLS』のほうが、ストレートに現れていた。しかし、この『THE REVENGE OF THE MECHANICAL DOG』では、神経質ともいえるリズムの運動にこだわることで、総体的に、引っかかりが強く感じられるようになった。どのナンバーにも、変なクセがある。そのクセが、いわばフックとして、さらには個性として作用しているのである。疾走感で押す冒頭の3曲も悪くはないが、やはりハイライトとすべきは、出だしからコーラスへと至るにかけて、がらり、と表情を変える5曲目の「MEYBE I’M OK」や7曲目の「TAKE IT, IT’S YOURS」のあたりであろう。メロウに流れる叙情が、やがてドラマティックにしなり、はげしく打ちつけるかのような、そういう躍動を溢れさす。

 『TILTING AT WINDMILLS』について→こちら

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 Minutes to Midnight

 正直いって、音楽誌などのレビューで見かけていたほどには、大きな変化を感じられず、まあ、ふつうにLINKIN PARK(リンキン・パーク)の新作ってレベルだよね、と、4年ぶりとなるサード・アルバム『MINUTES TO MIDNIGHT(ミニッツ・トゥ・ミッドナイト)』に関して思ってしまったのは、そもそもの捉まえ方が違うからなのかもしれない。たとえば、(前作『METEORA』からその傾向はあったにしても)今回はラップがほとんど聴かれないといったところで、00年にメジャー・デビューしたGOOD CHARLOTTEが、現代的なパンク・ロック(あはは)と称されるのと同程度にしか、やはり00年に本格的に登場したこのバンドも現代的なミクスチャー・ロック(なんでしょう)でしかなかったのであり、両者のファースト・アルバムでプロデュースをつとめたのが、それ以前にはEVE 6やLITとの仕事で語られることの多かったドン・ギルモアであることに顕著だったように、結局、モダンでポップでメロディアスな部分こそが、最大限のチャームだったわけだから、その点については、それほどドラスティックな転向は行われていない、なので驚きもない。デビュー作『HYBRID THEORY』のタイトルに冠されていたハイブリッドという面だって、要するに、オタク用語でいう「萌え要素」の集合を示していたようなものであり、それをキャッチーと言い換えるなら、数少ないラップのパートも効果的に使われているし、しみったれた雰囲気をわざわざデジタルな質感でつくるあたりなんかも含めて、胡散臭いぐらいのキャッチーさは十分なままでキープされている。7曲目の「HANDS HELD HIGH」における賛美歌ふうなコーラスだって、最近はよく耳にするパターンで、もしかすると流行りだとさえいえる。キャリア・アップのさい、リック・ルービンをプロデューサーに迎えるという発想からしてもう、とても保守的というかアリガチで、まさしくそのとおりの仕上がりに他ならないであろう。いや、まるで褒めていないみたいな書き方をしてしまったけれども、個人的には、そこをLINKIN PARKの長所と見ているので、逆に不満はほとんど出なかったよ、と、つまりはそういうことだ。が、しかし、これまでに比べると、フックがやや弱いかな、アップ・テンポのナンバーに魅力が乏しいので、ときおり怠くはある。
 
 企画盤『COLLISION COURSE』について→こちら

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2007年05月14日
 They Came from the Sun

 英ニューカッスル出身の5人組YOURCODENAMEIS:MILO(ユアコードネイムイズ:マイロ)の新作『THEY CAME FROM THE SUN(ゼイ・ケイム・フローム・ザ・サン〜奇襲攻撃〜)』は、スティーヴ・アルビニを迎えて制作された04年の『ALL ROADS TO FAULT』EPでデビューを飾り、05年のファースト・フル・アルバム『IGNOTE』を経て、あいだに06年の他アーティストとのコラボレーション作『PRINT IS DEAD VOL.1』を挟んだのち発表された、つまりは彼らにとってのセカンド・フル・アルバムになるわけだが、バンドの魅力そのものともいえる、デリケートでありつつマッシヴでもあるグルーヴ感は、より鮮明に洗練され、耳あたりのよい緊張とでも呼ぶべきものを聴かせてくれる。トリプルで編成されるギターを含め、演奏は、激しいところでは激しく、重たいところでは重たく、といった具合に打ち出されているのだけれども、わかりやすいカタルシスに動揺させられるというのではないし、ときには主旋律に取って代わる電子楽器の作用もまた、その音響的な効果にさめざめと感じ入るというよりは、たとえば同じくストーム・ソーガソンをアルバム・カヴァーのデザインに招く同時代のアーティストたち、それこそMARS VOLTAやMUSEらの作法にも通じる、要するに「焦らし」のダイナミクスを形成するため、多角的に検討され、必要とされ、組み込まれているみたいだ。そうして出来上がったサウンドは、たしかに抑制のきいているふうに受け取れなくもないけれど、ふとした瞬間に、それまで散らされる方向にあったエネルギーが、束となり、うねり、クライマックスの訪れる印象に、よろめく。

 『PRINT IS DEAD VOL.1』について→こちら
 『IGNOTE』について→こちら
 『RAPT.DEPT.』EPについて→こちら
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2007年05月05日
 Young Modern

 驚いた。これがすごく、すっごく良いのだよ。バンドの来歴だけでスルーする向きもすくなくはないと思われるので、最初に言っておくと、ここには、モダンでハイファイな、なおかつ高品質なポップ・ソングが、とてもとてもたくさん詰まっている。ところによってはポンプ・ロック(死語かな)にも似た外連味さえ感じさせる。プログレッシヴな方向性ではなくて、あくまでもメロディアスな面において、ね。たとえば、IT BITESを脱退したフランシス・ダナリーが、そのソロ・キャリアには持ち込まなかった、つまりGENESIS的な要素のほうを、テクニックのかわりに今日的なテクノロジーの助力によって、受け継いでしまったかのような印象である。中心人物であるダニエル・ジョーンズの現在のルックスが、意外とフレディ・マーキュリーっぽさを感じさせるのは、伊達じゃない(のかもしれない)。オーストラリア出身のバンドであるけれども、どこかイギリス的なロマンティシズムを匂わせる。だいたい、十年一昔であったりするのだし、男子三日会わざれば刮目して見よ、であったりするならば、95年に15歳でデビューしたSILVERCHAIR(シルヴァーチェアー)がグランジ・チャイルドであったのは、もう遠い過去の話であろう。結果的に転換作となった99年のサード・アルバム『NEON BALLROOM』で、ピアニストのデヴィッド・ヘルフゴットとの共演により会得されたソフトなタッチは、02年の前作『DIORAMA』において、ヴァン・ダイク・パークスをオーケストラ・アレンジに招くというかたちに発展していった。ちなみに、その『DIORAMA』を手がけたプロデューサーが、ピーター・ガブリエルやKING CRIMSONや、近年ではTOOLやMUSEとの仕事で知られるデヴィッド・ボトリルであったのも、象徴的ではある。ヘヴィなギターによる鬱なグルーヴではなく、ある種の過剰さをもって、あざやかな色彩を回復させる。そのような路線をさらに充実させることに従事したのが、この通算五枚目となるフル・アルバム『YOUNG MODERN』なのだった。セカンド作『FREAK SHOW』と『NEON BALLROOM』で組んだニック・ローネイをふたたびプロデューサーに起用し、デヴィッド・ボトリルがミックスを担当、さらには今回もヴァン・ダイク・パークスがオーケストラ・アレンジに参加した、その内容は、最初に書いたとおり、ポップなサウンドとしては、豪勢かつ高級なものである。いや、むしろ、このリッチともいえるごてごてとしたアプローチが鼻につくといわれれば、それは指向性の問題なので仕方がないが、しかし、1曲目の「YOUNG MODERN STATION」で幕を開けたとたん、エレクトリカルな光線が、めくるめくほどにカラフルな虹を織り成す、その世界観は、ひととき瞬きを忘れさせる。

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2007年05月01日
 Gods of War

 MANOWAR(マノウォー)の通算10作目となる『GODS OF WAR(ゴッズ・オヴ・ウォー)』は、いわゆるコンセプト・アルバムの体をとっており、神話めいた世界の諍いを再現しているらしいのだけれども、そういったテーマを演出するにあたり、壮大なスケールを醸し出そうとして、イントロダクションの類がやけに盛り沢山なのが、単純に、怠い。アルバムに収録されている半分近くが語りであったりSEであったりするんじゃないだろうか。いや、さすがにそれはないだろうが、体感的にはけっして大げさではなくて、いやはや、こちらはドラマCDを聴いているつもりはないのだよ、と注文をつけたくなる。正直なところ、掛け値なしで、燃える、かっこうよい、と思えたのは、5曲目「SLEIPNIR」から6曲目「LOKI GOD OF FIRE」にかけての繋がりぐらいで、あとは3曲目の「KING OF KINGS」あたりも、いかにもといった感じのパワー・メタルで悪くはないのだけれど、それ以外はほとんど、勿体つけるだけ勿体つけておいて最後まで勿体つけただけだったね、という印象で終わってしまうのには、ちょっと、戸惑う。

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 もうすっかりベテランの域に差し掛かったTHE WILDHEARTS(ザ・ワイルドハーツ)の、バンド名ままのニュー・アルバム『THE WILDHEARTS(ザ・ワイルドハーツ2007)』は、そのキャリアにおいて97年の『ENDLESS NAMELESS』以来、もっとも良質な作品だと言えるのではなかろうか。いや、じっさい、全編に渡り、楽曲と演奏の両面が、かなり充実している。リフとメロディの構成に、かつてのような冴えを感じさせる箇所が、多々あって、90年代にブリット・ポップの裏で奮闘してきた英ハード・サウンド勢の多くが、その後に失速、消滅していったなかにあって、なぜこのアーティストだけが、解散や再結成を繰り返しながら、それでも第一線に未だ止まっているのかを、知らしめるのに恰好な内容であると思う。もちろん、どっかで聴いたことがあるようなフレーズを自然に盛り込み、キャッチーな要素に変えてしまうあたりの手つきにもソツがないし、過去作の使い回しともとれる部分でさえ、弱点とせず、自分たちの持ち味として刷新してしまうところにも、センスの良さ、そして器用さがうかがえる。中心人物であるジンジャーの、このところソロ作などを含め、いまいち迫力を欠いていたソング・ライティングが、ひさびさに振るっており、楽曲はどれも粒揃いだといえる。そのなかでも4曲目の「THE NEW FLESH」が最高潮に好きだ。まさに、ここでしか味わえないフィーリングというものを、ジャストに伝えてくる。ハードであることとソフトであることの両端を持つ一本の紐を、ぐるりと一周させていった先で、ぎゅっときつく結び合わせ、そうして出来上がった円のちょうど真ん中に、親和性の高いコーラスが発生しているみたいだ。間奏に入るさい、それまで疾走感をともなっていたギターがブレイクするタイミングで、ベースが印象的なラインをなぞりはじめるのも味わい深く、メンバー四人のスキルが、とても良いバランスでまとまっているのがわかる。前前任者のリッチがドラムとして復帰しているのも全般的に大きい。パワフルに叩き出されるリズムは、ふんだんに用意されたダイナミックな展開に、とてもよく似合っていて、アグレッシヴさ加減の強烈な10曲目「DESTROY ALL MONSTERS」などは、彼のドラムなしでは、これだけのクオリティを保てなかったであろう。また、94年の『FISHING FOR LUCKIES』を彷彿とさせなくもない、8分台の長尺なナンバーが2曲も収録されているのだけれど、これがね、いくとおりものフックたる複雑さを設けることで、だれず、しかも緊張の満ちたさなかに、ポップなフィーリングを全開にしているのだから、すごく愉しい。と、まあ長所のみを挙げてきた調子だが、いやいやほんとうに、総じて引きが強く、プラスの評価で見るべき点の豊富に詰まったアルバムなので、結果的に、そうなるわけだ。

 ライヴ盤『STRIKE BACK』について→こちら

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2007年04月26日
 アルバムを一通り聴いている最中に、ぎょっとさせられるのは、メロディック・スピード・メタルのパロディであるかのような9曲目の「サムライ☆ラブ☆アタック」(田口くんのソロ・ナンバー)なのだが、これのソング・ライティングにクレジットされているAnchangって、もしかしてセックス・マシンガンズの人なのか、なるほどねえ。ギターとドラムの仰々しい勢いのなかで、ハイ・トーンの出ないヴォーカルのやけくそ具合が、じつにおかしいけれども、この疾走感はライヴでの盛り上がりに拍車をかけるだろうね。そのような部分も含めて、KAT-TUNの(前作をベスト盤ではなくてファースト作としてカウントするのであれば)セカンド・アルバムにあたる『Cartoon KAT-TUN II You』は、ヴァラエティ豊かな内容で、けっこう聴かせる。こうしてスタジオ音源で聴くかぎりでは、赤西くんの不在(現在は復帰している)を、それほどのマイナスには感じさせない。とはいえ、ハイライトを挙げるのであれば、やはり赤西くん込みの2曲、セカンド・シングルの「SIGNAL」と通常盤のみ収録の「YOU」になってしまうのは、まあ、アイロニックというやつであろう。双方ともに、ある程度のダンサブルさはあるにしても、おおむねソフトといえるナンバーだけど、前向きに生きていこうとする意志がしっかりと伝わってくる、そういう心強さに支えられている。通常盤ならば、「話してごらん」と自分以外の誰かに対する働きかけを持つ「SIGNAL」がアルバムの頭に置かれ、そして「あなたのために生きていいかな」と自分以外の誰かからの働きかけを待つ「YOU」がアルバムのラストに置かれている、そのような構成もおもしろい。むろん、ジャニーズ歌謡のハードなアレンジである2曲目の「Peak」を筆頭に、それら以外にもピックアップしたい曲は、すくなくない。思いのほか、田中くん(JOKER)のラップが前面に出されていないのは、個人的には残念だけれども、しかし要所要所で、アクセントとしての見事な役割を果たしているし、むしろ、その存在感たるところは、コンサートにおける定番のナンバーを収めた初回限定盤ボーナス・ディスクの、2曲目「フリーズ」あたりで確認されたい。それから「K-A-T-T-U-N」というフレーズによって、ある意味で、グループの主題歌を為す「Peacefuldays」も、そちらボーナス・ディスクのほうで、満足がいくまで、堪能できる。

 『Live of KAT-TUN “Real Face”』DVDについて→こちら
 『REAL FACE』について→こちら
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2007年04月21日
 ザ・ブラッケニング~スペシャル・リミテッド・エディション(DVD付)

 MACHINE HEAD(マシーン・ヘッド)の、およそ4年ぶり6作目となるフル・アルバム『THE BLACKENING(ザ・ブラッケニング)』もまた、ヘヴィ・メタルという語によって想起されるイメージをなぞらえることに腐心したかのような、そういう内容である。5分オーヴァーから10分近いナンバーが、ごろごろしており、そのへんのつくりは、80年代時のMETALLICAやMEGADETHのスタイルを思い出させるが、単純にスラッシュ・メタル(またはロブ・フリンの前キャリアであるVIO-LENCE)的なスピードとアグレッシヴさへの回帰というわけではなくて、90年代以降のモダンかつヘヴィでスローなグルーヴ感を踏まえつつ、1曲1曲におけるギター・リフのパターンを増やしていった結果、こうなったのだろう、と思える。94年のファースト・アルバム『BURN MY EYES』の頃より、貪欲に、時流と時流とをクロスオーヴァーさせることで、音楽的な発展を試みてきたバンドであったが、メロディアスなラップ・メタルふうのアプローチに達した99年のサード作『THE BURNING RED』以降、ネタが尽きてしまったのか、MACHINE HEAD節といえば聞こえもいいし、個性にも思えちゃうような、しかし結局のところ、一辺倒な重苦しさが漂うばかりで、いまいちカタルシスに欠ける部分が大きかったのだけれども、今回、ドラマティックともいえる展開にこだわることで、轟音の気持ちよさを復調している。相変わらず、一線級に躍り出るほどのインパクトはないが、永遠の中堅バンドとしての、その面目躍如たるところを見せつけてくれて、うれしい。

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 まあ、厳密な定義なんか気にする必要なんてないのかもしれないが、一般的に音楽のワン・ジャンルを指していわれる言葉のうち、ヘヴィ・メタルとメタルとをはたして同義語で捉まえてしまってよいものか、というのを、ここ最近になって考えることがある。むろん、音楽性のカテゴライズに限定していうなら、メタルとは、そもそもヘヴィ・メタルの略語であろう。けれども、たとえば今日、とあるアーティスト(とくにポップ・パンクやエモ)の新作を扱ったレビューがあるとする、そのなかで、これまででもっともメタルっぽいギターがフィーチャーされている作品だとか云々、そういう紋切り型が書かれていたとして、それってたんに、モダンで硬質な、といった形容の言い換えでしかないんじゃないの、と思わされることも少なくはないわけだ。やや前置きが長くなったが、本題は、ANNIHILATOR(アナイアレイター)通算12枚目となる、文字どおり『METAL(メタル)』と名付けられたアルバムのことであって、ここでいうところのメタルとは間違いなくイコール・ヘヴィ・メタルのことだよね、と、そのサウンドが雄弁に語っている。というか、ヘヴィ・メタルという語によって想定されるイメージを、できうる限り忠実にまっとうしようとしている内容である。そしてその多くは、多数のゲストを招き、盛り沢山に設けられたギターのソロ・パートに拠っているといってよい。印象深いフレーズによってリードされるというのではなく、とにかく数に頼った感がなきにしもあらずだが、その結果、個々の楽曲がヴァリエーション豊かに聴こえてくるのも確かで、正直、フックというほど強い引きもハイライトと呼べる場面も、ほとんど見つけられないにもかかわらず、怠さにまいることもない。個人的には、かねてから熱心なヘヴィ・メタル・マニアとして知られていたダンコ・ジョーンズ(バンドと同じくカナダの出身)が、はじめてこの手のサウンドにチャレンジした2曲目「COUPLE SUICIDE」に、意外性があることを期待していたのだけれど、ふつうにダンコ的なメロディにANNIHILATORふうなリズムを組み合わせただけ、程度のレベルに止まってしまっているのが、残念ではあった。

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2007年04月11日
 ナナナ咲くかな、と、やっぱり「ハルカナ約束」はアンセムだよな、と、赤西くんを含む6人編成のKAT-TUNが、昨年5月に東京ドームで行った公演を収録したDVD『Live of KAT-TUN “Real Face”』を観ながら、思いを馳せるのだった。ザッピングふうに映像と音楽の処理に凝ったイントロダクション「OVERTURE」に、ファースト・シングルの「Real Face」、そして「ハルカナ約束」と続く冒頭から、いきなり沸点に達するかのようで、臨場感あふれるカメラ・ワークや良し、圧倒的な熱量と運動量に支えられた、そのフレッシュなパフォーマンスに、全身がうずうずとさせられる。本格的なデビューを果たしたこともあって、ファンの熱狂もすごく、グループの存在感自体も、デビュー以前のDVD『Live海賊帆』に比べ、ワン・ステージ上にあがったことが、ひしひしと伝わってくる内容だ。個人的には、ヒップホップ調のナンバー「ONE ON ONE」における、JOKER田中くんと中丸くんのコンビネーションが見られたのが、うれしい。いや、それにしても中丸くんはキュートだな。ジャニーズ恒例の色紙などを投げるファン・サービスのコーナーで喋りすぎ、赤西くんに、うるさい、と突っ込まれてしまうところとか、とても好き。あと、こうして見ると、やはり赤西くんの存在は、でかい。正直、ダンスなどは、他のメンバーからすると、あまり活発ではないのだが、ヴォーカルの面において、あきらかに重要な役割を担っている。そのことは「Real Face」の歌い出し、亀梨くんのパートへハーモニーを被せるあたりに顕著だ。亀梨くんも歌はうまいことはうまいのだろうが、いわゆるキムタクは歌がうまいというようなうまさであって、すぐれたヴォーカリストの資質としてのそれではない。とはいえ、亀梨くんの魅力というのは、その笑顔とウインクひとつで、思わず幸福な気分にさせられてしまうアイドル性にあり、このへんは逆に、どうも無愛想にも見える赤西くんには、不足している部分に感じられる。だからこそ、そうして相互補完しつつ並び立つ、赤西くんと亀梨くんのツー・トップが、いかに強力なことか。ハード・ロック的なギターで盛り上がる「SHE SAID…」の中盤、曲調が穏やかになったとき、スポット・ライトに照らされたふたりの姿が、あまりにも麗しすぎて、きゃあ、ってなるよ。

 シングル「Real Face」について→こちら
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2007年04月04日
 BRING ME THE HORIZONあたりとも接点があるらしい、イギリス出身の5人組PENKNIFELOVELIFEの(たぶん)デビューEP『PORPHYRIA'S LOVER』で聴くことのできるサウンドは、じつにイマドキな、それこそアメリカならばアンダーグラウンドばかりではなくてオーヴァーグラウンドに至るまでゴマンと存在していそうな、相応にテクニカルな演奏により叙情と激昂とを織り交ぜた体のラウド・ロックだといえるが、しかし、タイトル・トラックである「PORPHYRIA'S LOVER」の中盤、ともすればメロディック・デス・メタルふうといえなくもない展開を経てから、二本のギターを軸につくられていくドラマは、類型的であることを差し引かずとも、いや、逆に様式美めいたハッタリが効いていて、思いのほか盛り上がる。後発であるがゆえに、アイディアよりもセンスの勝負となるところで、きっちり押さえる部分は押さえてある印象だ。新人バンドのイントロダクションとしては、十分に成功している。

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2007年04月03日
 Count Your Blessings

 たまたま目にしたアマゾンのカスタマー・レビュー(参考)がびびっときたので、さっそくEPである『THIS IS WHAT THE EDGE OF YOUR SEAT WAS MADE FOR』(05年)とともにファースト・フル・アルバムの『COUNT YOUR BLESSINGS』(06年)をゲットしてみた、イギリスはシェフィールド出身の5人組BRING ME THE HORIZONなのだが、いやあ、これがまさにモダンカオティックデスメタルコアとでもいうべき、なかなかのハイブリッドさ加減で、ヴォーカルは全編に渡りウギャアアーでヴォオオオだし、ツインのギターはザクザクとしたリフを刻む一方ピロピロピロと定番のフレーズを挟み込み、それらは、ドラムが連打するタカタカドコドコバタバタというビートによって勢いづけられている。どうやらLOST PROPHETSやBULLET FOR MY VALENTINEなどと繋がりがあるらしいけれど、そうしたバンドらに比べると、ずいぶん狂騒の指数は高く、ブルータル一辺倒なアプローチだといえる。意外とかっこうよい。基本的に使われているマテリアルは、エクストリーム・ミュージックの界隈でも90年代ふうというかオールドスクールじみたものばかりで、どこか懐かしい響きでもあったりするのだが、ここまで節操なくふんだんに盛り込まれていると、さすがに贅沢で潤っているようにも思えてくる。ただし、時代的な洗練の結果、こうしたサウンドが成り立っているためであろう、クセが少なく、もうちょい生々しさがあってもいいな、と感じた。

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2007年03月29日
 Age Eternal

 米オレゴン州ユージーン出身のドゥーム・トリオYOB、その中心人物でヴォーカルとギターを兼ねるマイク・シャイトが、ふたたびトリオ編成でもって新しく立ち上げたのが、このMIDDIANというバンドなのだ、が、いやしかしファースト・アルバムにあたる『AGE ETERNAL』で聴くことができるのは、これ、まさしくYOBそのあとで、といった印象のサウンドであるな。まあYOB期のような1曲20分を超える体のものはないけれど、全5曲で57分という収録時間が示すとおり、いやはや長尺なナンバーが並ぶ。もちろん基本的には、地獄の門が、ぐごごごご、と不穏な空気を孕みつつ、開く、そういったイメージの重低音を轟かせながら、スローに進む。暗黒の世界でならばBGMにジャストだろうね、と思う。とはいえ、最大限の聴きどころは、ホットかつダイナミックに展開する演奏に他ならない。それはもちろん、YOBにもあった部分だが、さらにわかりやすくクローズ・アップされ、よりメロディアスな叙情をミックスし、もしかすると、キャッチーに響いている、とすら言ってしまっても良いぐらいになっている。他のアーティストを引き合いに出せば、HIGH ON FIREにも通じるアグレッシヴさ加減が宿されているおかげで、最近のNEUROSISやISISほど(失礼な言いですまないが)怠くはない、といったところだ。まあ、そのへんのバランスは、音楽性に関する優劣の問題ではなくて、あくまでも聴き手の指向により判断される点なのであって、個人的には、1曲目の「DREAMLESS EYE」や2曲目「THE BLOOD OF ICONS」、4曲目の「THE CELEBRANT」などの(いやいや余裕で10分目安だが)比較的短い楽曲のなかで発現されている、押しの強さに、かなり魅せられるものがあった。容赦なくゴリゴリと迫ってくるギターのリフが、またえらく、かっこうよいので。

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2007年03月25日
 With Blood on My Hands

 スウェディッシュ・エモなどというと、スタティックな叙情派を想起しがちであるが、このSOUNDS LIKE VIOLENCEの場合、もうちょいガレージ・ロック的な勢いのある演奏を聴かせるというか、同じスウェーデン(でBURNING HEART RECORDS所属)のアーティストでいえば、THE(INTERNATIONAL)NOISE CONSPIRACYとDIVISION OF LAURA LEEのあいだで交わる線のどこかにセットしてみたら、あんがい収まりが良さそうな、つまりは、そういった意味でのポスト・ハードコアにあたるようなサウンドだとは思う、とのカテゴライズはさておき、04 年のEP『THE PISTOLS』よりだいぶ間が空いて、ようやっとバンドにとってのファースト・フル・アルバムとなる『WITH BLOOD ON MY HANDS』がリリースされたのだけれども、ヴォーカルのメロディやギターのフレーズにロマンティックな翳りを帯びさせながら、パンキッシュに駆けつつ、ポップな外連味も忘れない楽曲群は、なかなかクセのある響きで、そこがまた良いよ。エモーショナルというよりは、ホットであり、パッショネイトである。ハイライト・トラックをひとつということであれば、2曲目の「WERE YOU EVER IN LOVE WITH ME?」や3曲目の「WRONG」、5曲目の「CHANGES」に8曲目の「HEARTLESS WRECK」、あと10曲目の「DIRECTIONS」あたりも捨てがたいが、いやいや、やはり6曲目の「GLAD I’M LOSING YOU」に尽きるかな。イントロからずうっと太いラインのベースが楽曲を引っ張るなか、調子の強まったドラムに合わせ、カッティングの印象的なギターによってテンションが高まったかのように、叫び、タイトルどおりのコーラスを繰り返すヴォーカルが、切な激しい。

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2007年03月20日
 オープン・ファイヤー

 おお、ヴォーカルがチェンジしただけで(じつはベースも代わっているのだが)、こうも印象を違えるものか。と思ったのは、根本的な音楽性にそれほど大きな変化はなく、いかにもアメリカンでサザンな二の腕の太い、ついでにいえば長髪で顎髭たくわえていそうな野郎連中のBGMに添うサウンドが轟々と鳴らされているわけだが、これまでに比べ、オーセンティックなハード・ロックあるいはレトロスペクティヴなヘヴィ・メタルとしての響きが、かなり色濃く、強まった。ALABAMA THUNDERPUSSY(アラバマ・サンダープッシー)6枚目となるフル・アルバム『OPEN FIRE(オープン・ファイヤー)』である。05年の前作『FULTON HILL』の頃にはあったサイケデリック調というか、酒気帯びたかのようにルーズなナンバーは見当たらず、全編が押しの一手、握り拳振り回す勢いでドカドカと攻めまくっている。それというのはやはり、このパワフルなほどに喉震わすヴォーカルを得たことが大きい。というか、元FLOODGATEのカイル・トーマスって、こんなに熱い歌声を聴かせる人だったのか。むろん、エリク・ラーソンとライアン・レイクのコンビによるギター・プレイも、相変わらず冴え渡っており、アグレッシヴな局面では高強度なリフをガシガシ決める一方、合間合間にメロディアスなフレーズをもふんだんに盛り込むことで、ダイナミックな展開を多様に彩る。日本盤ボーナス・トラックであるWHITESNAKEの「STILL OF THE NIGHT」は、ともすれば意外な選曲に思われたが、しかし、このブルージィな大作があんがい似合っていて、デヴィッド・カヴァデールやジョン・サイクスのジェントルなセクシーさとは異なる男の、あるいは漢(おとこ)の色気を、ワイルド・タッチなムードでもって醸し出しているのだった。すべてが硬質に洗練され、タイトにまとまったぶん、以前までのほうが人間くさかった、と感じられる部分もあるけど、まちがいバンドのレベルはワン・ステージ上にあがっている。

 エリック・ラーソン(ギター)のアルバム『FAITH, HOPE, LOVE』について→こちら

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2007年03月11日
 We Must Obey

 タイトル・トラックである1曲目「WE MUST OBEY」の冒頭で、ぶんぶんとギターがうねる様を耳にした瞬間、こいつはもしかするとバンドのディスコグラフィにおいてトップ・クラスに入っちゃうようなアルバムなのではないか、と予感したのは、いやFU MANCHUの作品は毎度毎度1曲目のイントロがえらくかっこうよいのだが、そのなかでもとくに勢いがあり、さらにエキサイティングな響きを持ち合わせていたからだ。じじつ、そのとおり、これを最高傑作に挙げる人がいたとしても、うんうんわかるわかる、と共感を覚えたりするかもしれない、十分に納得のいく内容だ。むろん、時代の移ろいに色目を使うような人たちではないから、サウンドのおおよそに、これまでと大きく変わった点はない。古色蒼然ともいえるファズでくぐもった音のなか、サバティカルなヘヴィ・グルーヴとガレージ・ロックばりの熱エネルギーとが、荒っぽく着こなされている。こうした徹底さはむしろ偉大なるマンネリズムと呼ぶに近しいものであろう。しかし今回は、若干整合性が高まった。これはたぶんプロダクションというか音質のつくりにかかっている部分で、初期の頃を好むハードコアなストーナー・ロックのマニアがどう見るかはわからないんだけれど、演奏のメリとハリがクリアーになっており、その効果もあってか、全体的に、あるいは細部のあらゆるところで、フックの強まった印象である。キャッチーになった、ポップになった、そういうのとは違う。ワン・フレーズ・ワン・フレーズの鋭さが増しており、一聴したさいの引き込まれ具合が、一段階ほど上がっているのだ。こう評価するのが正しいかどうかはべつとして、あんがいSMASHING PUMPKINSでも轟音系のナンバーに通じるダイナミクスがある。そのような意味で、取っつき難くはなく、入り易い。軽佻浮薄になることを拒みながら、ここまでの訴求力を手に入れてくるとは思わなかった。が、いずれにせよ、である。ロックン・ロールの一言でいえば、こまい新人から再結成のベテランまでをも余裕でワキにやってしまうだけの上々さ加減で、あなたのオススメするそれと比べちゃあ悪いんだけど、とりあえずこれを聴いてごらんなさいよ、と、つい口に出したくなってしまうほど。

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2007年03月09日
 Black Stone Cherry

 米ケンタッキー州出身の4人組BLACK STONE CHERRYが昨年にリリースしたバンド名ままのファースト・アルバム『BLACK STONE CHERRY』なのだが、これがさあ、ちょっと驚くぐらいかっこうよくて、ああ、どうして今まで聴かずにいてしまったかと、えらく後悔した次第である。サウンドの基本線は、サザン・ロックのモダンな解釈というか、南部のテイストの色濃く出たハード・ロックといったところで、いわゆるストーナー勢とそう遠くない距離に位置づけることもできるし、あるいはPRIDE & GLORY(ザック・ワイルド)やTEMPLE OF THE DOGまたは後期SOUNDGARDENの遺伝子を受け継いでいるかのような印象を受ける。ここではKENTUCKY HEADHUNTERSのリチャード・ヤングとNASHVILLE PUSSYなどを手がけたデヴィッド・バリックがプロデュースをつとめ、ケヴィン・シャーリーがミックスにあたっているが、きっとリック・パラシャーあたりを起用してもジャストだったろうね、とも思える、そんな感じだ。ヴォーカルの声質は暑苦しく、歌いあげる様子はじつに野郎くさいのだけれど、渋く落ち着いてはおらず、ナイーヴであるのとは正反対の意味で、とてもエモーショナルに息巻いている。しかし何といっても決まっているのは、ディストーションの図太いうねりのなかで、ガシガシと硬く硬いリフとフレーズとを応酬する2本のギターであろう。すべてのナンバーでひじょうに冴え渡ったプレイを聴かせてくれるし、またその旨みをじゅうぶんに生かし、そして備えるに相応しいクオリティをどの楽曲も持っているのがすごくナイスで、このように多くの面について褒めたい盛りになる。なかでもアグレッシヴに展開する2曲目の「BLACKWOODS GOLD」とか、まず出だしを聴いただけで、びびっときたものな。

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2007年03月07日
 激昂たれ! たる! たる! 海外のうるさい系、しかも一線級のバンドがいっぺんに観られちゃうライヴ・イベント「EXTREME THE DOJO」の17回目となるラインナップには、カナダのCRYPTOPSYにポーランドのVADER、アメリカのBRUTAL TRUTHといった具合に、各国から、その手のファンには堪らないだろうね、的な面子がずらり並んだわけだが、やはり圧巻は、トリを飾った再結成BRUTAL TRUTHだったな。いや、すげかった。結局のところ人間ってさあ、テーマを失っちゃ駄目だ、日和っちゃあいけねえぜ、いや、ひさびさに身の引き締まる轟音ぶりであったよ。いわゆるデス・メタルのパターンを尖鋭強化させて成り立つCRYPTOPSYやVADERらに比べると、ハードコアの瞬間的な爆発力で勝負するBRUTAL TRUTHの演奏は(あと見た目も)、とかくラフでありルーズであり、木目粗く、音響(それと見た目)だって、いたって素朴に、野暮ったく、洗練された要素がないといえたが、しかし、それが凄まじい圧を作り出す(ついでに見た目も不思議にかっこうよく見え出す)。バンドが解散してから10年近くのあいだに、エクストリームな音楽の類は相応にアップデートされてきたわけだけど、じつは一歩も前進していないとまではいわないが、あんがい半歩ぐらいしか進んでいないんじゃないか、と一瞬思わされたほどだ。そもそもスタジオ音源からして、テクニカルでありながらも整合性を無視し、低音がぐしゃぐしゃに歪んだまま、スピーディにうねる、そのうねりが破壊的に燃えるわけだけれども、ライヴでは、それがさらに厚く強靱になっているんだから、そりゃあ甚だしく興奮もすらあ。再現度という見方をすれば、はっきりいって、個々の楽器が合わせるタイミングは抜群ではないのだが、それ以上に付与された生々しいエネルギーが、むしろ衝動と呼ぶべき名状のしがたさを隆起し、息吐く間もなく、やたらとアドレナリンがサージされるのであった。スローなグルーヴでぐるぐるする「I KILLED MY FAMILY」なんて、アルバムで聴けるヴァージョンを遙かに上回るヤケクソぶりですごくよかった。いやはや、どれだけ時が経ってもスタイルに揺らぎがないというのは強いや。ダン・リルカが弾く存在感のあるベース・ラインをチェックしつつ、激しいリズムを打ちつけるリッチ・ホークのドラムにのって、まるでリタイアしたおっさんのような風貌なのに吼えまくり飛びまくるケヴィン・シャープの姿からは、トレンドだとかとは無縁の場所で完成された美学を、まざまざと見せつけられた。
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2007年03月01日
 ohno.jpg

 琴線に触れるという言葉があるが、ああ、こういうのが結局のところ自分の好物なんだよな、と思う。すごく、ぴん、ときた。何がかといえば、カリフォルニア出身の二人組OH NO NOT STEREOの6曲入りEP『OH NO NOT STEREO』のことである。メインのメンバーは、たしかに二人(ギター兼ヴォーカル+ドラム)きりなのだが、しかし演奏自体は、ちゃんとベースも込みの、きわめてノーマルなバンドの形式をとっており、そうして鳴らされるのは、アップ・テンポに跳ねるポップ・サウンドといったところで、たぶんSUGARCULTやAMERICAN HI-FIあたりに近しい系といえるのだけれど、それらに比べると、もっとずっとソリッドでロックしている印象だ。そのことはもう1曲目の「INSTRUMENTAL」によって端的に示されている。タイトルどおり、インスト調のナンバーなのだが、攻撃的なギターのリフとパワフルなドラムに、やたら気分が盛り上がるのに加え、随所で発せられるスクリームが反則だよ、なおも烈しい開放感をもたらす。その勢いを受けての2曲目「WHERE YOU ARE」では、ハードな音のなかに親しみやすいメロディが際立ち、そうしたキャッチーでメロディアスな要素は、続く「ONE MORE THING I LOVE」で、遺憾なく発揮される。いや「ONE MORE THING I LOVE」、すごく良い曲である。フィーリングはメロウなんだけれど、爽快に走るスピードがあって、何よりもコーラスが耳に留まり、繰り返し、飽きのこない魅力がある。そこからあとに並んだ楽曲も、ソング・ライティングにおけるスキルが確かであり、また、それを実践するにあたってのセンスが卓抜であることを証明するかのように、明朗にして鮮やかな世界を作り上げている。フル・アルバムのサイズになっても、これだけの質を再現できるのかどうかは不明ではあるけれども、じっさいこのEPによって胸に刻み込まれた期待値は、けっこうでかい。

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2007年02月21日
 She Watched the Sky

 このEP『SHE WATCHED THE SKY…』をもって米サクラメントより登場した、若い世代のバンドA SKYLIT DRIVEのサウンドを、大まかにいえば、スクリーモとメタルコアのアイノコといった感じで、たとえばA STATIC LULLABYやUNDEROATHあたりのアップ・デートなヴァージョンに位置づけることも出来るし、まあ要するに、たんにみんながやってるから君たちはその音楽性をリアルに感じているだけなのだろ(女性をメインにデザインされたジャケットを選ぶセンスからしてもうね)、と揶揄ることも可能なのだけれども、しかし、そうやって切り捨ててばかりもいられない、確固たる手応えが備わっている。基本的には、ドラマティックな展開のうえに、ヘヴィ・メタリックなリード・ギターが走り、メロディとスクリームに役割の分担されたツインのヴォーカルが乗る、そいでナイーヴなところもちらっと見せちゃうよ、という紋切り型でしかないわけだが、本格的にキーボード(シンセサイザー)を導入してまで組まれたスケールの大きな叙情には、はかばかしく光るものがある。ソング・ライティングのスキルも、なかなかなのではないだろうか。クオリティは高い。過剰にウェルメイドでサービス満点なあたりも含め、ポテンシャルはかなりなものに違いないので、今後の活動次第では、それなりの支持を獲得しうるかもしれない。

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 All Is Not Lost

 なんていうか、こう、アドレナリンがサージしまくるのだった。と、ニューヨーク出身の5人組ARCHITECTがアルバム『ALL IN NOT LOST』は、最近聴いたなかでは、もっともエキサイティングな轟音であったよ。サウンドの印象はひと言で表せる。うるさい。そのうるささに、思わず顔が綻ぶ。瞬間瞬間に爆ぜるインパクトが唐突なリズムのチェンジにより断続的に連結させられることで、楽曲のおおよそは成り立っている、場合によっては複雑ともいえる構成をとっているのだが、とにかく、そこにぎっちり詰め込まれている音数、と、かけられている圧力の強さ、に、激しく心と体が動かされる。いわゆるカオティック・ハードコアの系か、今ふうにマス・メタル云々の文脈で捉まえることのできる線なのだろうが、個人的には、90年代にPANTERAがVISION OF DISORDERに与えた影響を現代的に解釈し直したかのような、そういうイメージを受けとった。何よりもまず、ストロング・スタイルのヘヴィ・ロック然としている。憎しみや憤りといった負の情念を、いっさい緩和せず、直截にぶつけてくる感じだ。フラストレイトすることが我慢ならないみたいに、二本のギター、ベース、ドラムが、ずっしりとした重量感をともない、超高速でフル稼働し、そのマッシヴなウェーヴに煽られながら、柔さを拒むヴォーカルが、叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。わずか30分程度で収まっている内容のうちに、ハイライトはいくつもあるのだが、なかでもとくに、1曲目「THE AWAKING」や2曲目「SIC SEMPER TYRANNIS」における、立ち上がってすぐテンションが極まっていく怒濤の展開や、6曲目「HELL OF THE UPSIDEDOWN SINNERS」の、ワン・アクションでテンポがハイとローに切り替わりながらグルーヴの濃さを増していく様子、そしてクライマックスは、アンビエントなムードからはじまるラストの11曲目「THE GIVING TREE」で、ドゥームの趣きもある不穏な空気の満ちるなか、高密度に練り上げられた緊張が、やがて拡散し、ついには寂寥へと達する、その根を詰める過程からは、いみじくも締めくくりを飾るのに相応しい、疲労と心地よさを感じられた。

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2007年02月07日
 While the City Sleeps, We Rule the Streets

 MIDTOWNのゲイブ・サポータが在籍するバンド(それともプロジェクトかしら)であるCOBRA STARSHIPのアルバム『WHILE THE CITY SLEEPS, WE RULE THE STREETS』から聴けるのは、しかしMIDTOWNのようなポップ・パンクまたはポップ・エモとでもいうべきものではなくて、たとえば、GLASSJAWのメンバーがHEAD AUTOMATICAやMEN, WOMEN & CHILDRENをやりはじめたときのようなアプローチで、KARA’S FLOWERがMAROON 5に成ったときのようなスタイルのチェンジを計ったもので、まあ正直なところ、15年ぐらい前にTERRORVISIONとかがやっていたよね、と言えなくもないし、反対に今どきの売れ線だといえばそうかもしれない、メロディアスでありながら、キャッチーな程度にディスコティックな気のあるミクスチャー・ロックなのだけれども、これが、軽薄そうな素振りのなかに、豊富な楽曲を取り揃えることで、ぎっしりと身を詰まらせているから、悪くない。いや、あざといぐらいに良く出来てますよ。何よりも楽しいし、神妙な顔して向き合うというより、BGMに抜群の効果を発揮するというか、適当に流しておくのにひじょうに向いている。何げないことの合間で、気分を盛り上げるのに役立った内容であると思う。

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2007年02月04日
 Rebels, Rogues & Sworn Brothers

 05年の前作『NOBODY’S DARLINGS』が、派手目なところはないながらも、とてもジャストなフィーリングですっかりと気に入ったLUCERO(ルセロ)の、ニュー・アルバム『REBELS, ROGUES & SWORN BROTHERS(レブルズ・ロウグス・アンド・スウォーン・ブラザーズ)』には、あの(僕個人のリアルタイムの体験としてはCAMPER VAN BEETHOVENというよりは)CRACKERのデヴィッド・ロワリーがプロデューサーとして名を連ねており、90年代にアメリカン・オルタナティヴとはそう遠くない線で良質なロックン・ロールを編んでいた一群の、まさしく直系であるかのような意義が、より強調された。そういえば、このバンドのヴォーカル、ベン・ニコルズの渋く掠れ気味な声質や歌い方は、デヴィッド・ロワリーのそれを彷彿とさせなくもない。アルバムは、コーラスの在り方やピアノの入り方がブルース・スプリングスティーン調ともとれる「WHAT ELESE WOULD YOU HAVE ME BE?」で、幕を開ける。この時点で、とっても渋いという印象を受けるのだが、乾いた音の響きをそのままに、ギターとドラムのリズムが軽快な2曲目の「I DON’T WANNA BE THE ONE」が鳴りはじめれば、ざあっと血の滾ってくるところが、最高に魅力的だ。かっこういい。5曲「1979」や11曲目「ON THE WAY BACK HOME」のような、スローにうたわれるバラードふうのナンバーにおいては、漢(おとこ)の背中に満ちる哀愁に、すこしアルコールを足してやりたくなるし、バックの演奏が鋭く尖った緊張を膨らませ、そのなかで「IF YOUCANT’ BEAR NOCROSSES YOU CAN’T WEAR NO CROWN」というフレーズを幾度となく繰り返す9曲目「THE WEIGHT OF GUILT」には、思わず息を呑む、修羅場で隙を見せることなく腰を据えるのに似た迫力、ただならぬ威圧が備わっている。全曲に渡り、要所要所で、効果的な演出を施すキーボードの存在も、大きい。とにかくルーツ指向であると同時にコンテンポラリーたりうることを忘れていない、そういった佇まいをしているのだけれども、なんといってもクライマックスは、8曲目「SING ME NO HYMNS」の終盤、歌が止み、2本のギターが奏でる力強い旋律を中心に、すべての楽器がスリルを高め、激しく荒々しい波風が立つ場面である。そこだけはもう、何度あっても、絶対に聴き逃せない。

 『NOBODY’S DARLINGS』について→こちら
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2007年01月30日
 Season in Hell

 LAIR OF THE MINOTAURやFLYING LUTTENBACKERSのメンバーが在籍している7000 DYING RATSのアルバム『SEASON IN HELL』は、そのタイトルとアートワークのセンスから、だいたいの見当がつくような系のサウンドであることは間違いないのだが、それにしても随分とふざけているじゃないか。基本的には、デス・メタルやグラインド・コアのパロディといった感じである。兎も角もエクストリームであったりブルータルであるというよりは、いや、そういった点を含めつつ、あたかも笑い話であるかのように、飄々としている。もちろんギターやドラムはズカズカと鳴り響く、ヴォーカルはうなる、印象的なフレーズも少なくはない、展開はダイナミックである、それはかっこういいけれども、シンフォニックすぎるキーボードは最早ギャグだし、なぜか9曲目「WE WANT WEEZ-E」ではいきなりラップを披露し出すし、なぜか14曲目「ROCK N ROLL WEAPON」は突然にノリのいいロックン・ロールだし、BLACK SABATH「PARANOID」のカヴァーである18曲目は、最初は打ち込みでダンサブルだと思ったら、なぜか途中でカントリーふうに変調する始末だし、NUROSISのスコット・ケリーがゲスト参加している20曲目の「A REAL KNEESLAPPER」は殆どSEといえる状態だし、まあ全部で28曲が収録されており、わずか5秒のナンバーだってあるんだぜ、というのも込みで、まったくもってやりたい放題であることよ(詠嘆)。

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2007年01月23日
 Cavity Search

 THREE ONE G RECORDSからリリースされ、JUSTIN PEARSONを含め、THE LOCUSTのメンバーが3名在籍している、といったインフォメーションだけで、だいたいの予測ができるとおり、この『CAVITY SERCH』(5曲入りでEP扱いなのかな)で聴くことのできるHOLY MOLARのサウンドは、短い時間のうちに屈折したリズムと装飾過多な電子音、それから「ぎゃっ」ってな具合の絶叫を組み込んだ、アヴァンギャルドふうなハードコアであり、いやあ、ヴォーカルで参加しているDAS OATHの人の破れかぶれに声を張り上げる様子も、そうしてテンションの高まるあまり、息継ぎのテンポが狂ったかのような演奏も、じつに気持ちいい。その気持ちよさをさらに引き立てているのは、本家THE LOCUST以上に、じゃーんじゃかじゃかじゃーん、とシアトリカルな雰囲気を醸し出すエフェクターの響き具合だろう。それがJUSTIN PEARSON絡みの他のプロジェクト、たとえばHEAD WOUND CITYあたりとの、いちばんの差異になっているとも思われる。まあ何にせよ、だ。頭を空っぽにしてくれるほどに、馬鹿馬鹿しくもうるせえ狂騒が、ナイスなのであった。

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2007年01月16日
 Ben Kweller

 順調に軽妙なポップ・ソングを書き続けるベン・クウェラー(BEN KWELLER)のソロ・キャリアも、この『BEN KWELLER』で3作目となる。ところで日本盤のライナー・ノーツは、02年のファースト・アルバム『SHA SHA』から本作までずっと坂本麻里子が担当しているわけだが、その内容は、ベンの、90年代における活動つまりRADISH在籍時(十代の頃)と00年以降の現在に直截的に繋がる活動(二十代になってより)とを、完全に区切った上に成り立っているように思われる。もちろん、それはひとつの見方ではあるけれども、僕はここで、いったん両者を接続してみたい誘惑に駆られる。97年に発表されたRADISHの『RESTRAINING BOLT』は、海外での評価はともあれ、日本ではほとんど話題を聞かなかった。日本盤化もされなかった。それはまあ、RADISHのようなグランジ・フォロワー然としたアーティストに対して、当時の日本人は冷遇であったという面もあるだろう。じっさい、先行して登場していたBUSHやSILVER CHAIRですら、海外での絶大なネーム・ヴァリューに比べれば、この国におけるウケは微々たるものであったといえるわけだが、しかし、それらアメリカ国外から出てきたバンドら(BUSHはイギリスで、SILVER CHAIRはオーストラリア)と並べてみると、アメリカはテキサス州出身であったRADISHの場合、たしかにギター圧はあるが、わりとリズムは軽やかで、全体のまとまりは屈託がないほどにポップでキャッチーだった。そしてワン・フレーズのコーラスを突出させるのではなくて、センテンスのメロディアスな流れがそのまま楽曲を展開させる様子は、まさしく現在のそれに通じるものである。つまり、通底してあるソング・ライティングのセンスを、過去にグランジ的なバンド・フォーマットへ落とし込んだのがRADISHであったならば、そこから(おそらくはBECK以降といってもいい)ローファイまたはインディ的な方法論へと転換してみせたことで、今へと至るソロ・キャリアの基本線は確立された、と、そのようにも考えられる。前者においては、わかりやすいダイナミズムが音楽性のポイントになり、後者においては、スタティックな運動が音楽性に要請される、そうした違いははっきりと、サウンドの響きに現れている。『SHA SHA』や04年のセカンド・アルバム『ON MY WAY』の、あの素朴でシンプル極まりない佇まいは、まちがいなく、そのことを教えてくれていた。いや当然、前2作と大きく路線を違えていない、昨年秋に発表されたサード・アルバム『BEN KWELLER』にも、同様のことがいえるだろう。相変わらず、エヴァーグリーンな魅力を湛え、ちょうど口ずさむのに適したテンポのライト・ポップなロック・ナンバーが取り揃えられた内容で、やわらかくファジィな演奏の、その余熱を圧縮せず、ありのまま写しとったかのようなプロダクトが、どこまでも心地良い。とくに6曲目「PENNY ON THE TRAIN TRACK」から7曲目「I DON’T KNOW WHY」、それから8曲目「MAGIC」への連なりには、まさに心が躍る。たかく跳ねた。

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2007年01月09日
 Rise

 巷で評判らしいイギリス出身の四人組THE ANSWERのデビュー・アルバム『RISE』であるが、あ、なるほどね、といったところで、その佇まいは要するに、なぜか数年おきに話題になる類の、それがちょうど今でこれなんだろう、とさえ思えるブルージーなハード・ロックだといえる。FREEとかLED ZEPPELINとか、あとはまあWHITESNAKEとか、あのあたりが参照項に置かれているんじゃないかしら、と、つまり肝となるのは、ヴォーカルの歌い回しとギターの渋いフレーズがいかに決まっているかで、そういった意味においては、さすが注目を集めるだけの完成度である。楽曲もいちいち抑揚があって、ヴァリエーションに富み、気が利いている。また、こういう系のサウンドの場合、リフのパターンやコーラスに既視感をともなっていることも強いフックになりえるわけだけれども、なんちゃって「EVERYBODY HEARTS」(R.E.M.のね)じみたラストのバラード「ALWAYS」はともかく、全体的に行き過ぎず、程よい案配で、それを成り立たせている。率直にいって、THUNDERの、そしてもちろんSKINのファースト・アルバムよりはいいよね、これ、とは思う。が、しかし、REEFが図太いグルーヴと柔軟な身のこなしで同時代のアクチュアリティを獲得するに至ったような風通しの良さは皆無で、その点、やはり懐古趣味の域を出る内容ではないか、な。

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 米アリゾナ州ツーソン出身の四人組、IS TO FEELのセカンド・アルバムになるのかな、『LLORONA』という作品は、いや、これはこれでなかなかの内容だと思わされたのだ。おおまかな印象を述べれば、エモ・メタル・ベースのサウンドに、スクリームとカオティックな展開を盛り込んだもので、新規の要素はほとんどなく、ところどころの振る舞いがKORNやGLASSJAW、SYSTEM OF A DOWN、CONVERGEといった種々の先行群を彷彿とさせたりもするのだが、それらを一塊にするさいの手つき、ソング・ライティングのセンスと演奏のスキルに、鮮明な、自我の主張がうかがえる。アグレッシヴな迸りとメロディアスな情緒の化合によって作り出すドラマは、その起伏の有り様自体をフックとして響かせるほどの魅力に満ちており、ウェルメイドなコーラスで共感のコードを開くことに長けた今様の若いバンドらとは一線を画す、矜持ともとれる世界観を成り立たせることに成功している。尖ったギザギザの車輪が高速回転しているかのような、そういう瞬間瞬間を鋭く刻むテンポのチェンジが、とてもエキサイティングである。

 バンドのMY SPACE→こちら(音出ます)
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