
西尾維新の『不気味で素朴な囲われた世界』は、同作者による『きみとぼくの壊れた世界』の姉妹篇である。あちらでは語り手にとって妹の存在が、こちらでは語り手にとって姉の存在が、作品のなかで重要な役割を果たしているからというのでは、もちろん、ない。まあ、たしかに『不気味で素朴な囲われた世界』は『不気味で素朴な囲われた世界』だけで、一個の独立した物語を為してはいるが、しかしそれでもなお、できれば『きみとぼくの壊れた世界』とあわせて読まれたい内容になっている。たとえば、将棋という小道具ひとつとっても、『きみとぼくの壊れた世界』でそれが出てくる場面を踏まえたとたん、その意味合いは、より深まっていく。壊れて分針の動かない時計塔に見下ろされる上総学園、小説の舞台はそこで、中等部に通う一年生の串中弔士が〈ぼく〉という、語り手をつとめる。彼の姉である串中小串は〈上総学園中等部三年生における奇人三人衆のひとりに数えられて〉いるのだったが、彼女を中心とする人間関係を乱すかのように、悲痛ともいえる殺人事件が起こったことから、〈ぼく〉は、女子でありながらも学ランをまとう先輩の病院坂迷路とともに、真犯人を探しはじめることとなる。『きみとぼくの壊れた世界』においては、被害者と加害者、男(性)と女(性)、嘘と本当といった、けして対称ではない二項の対照を基調とすることで、思春期的な広くもあり狭くもある世界が、つくりだされていたわけだけれども、ここでも同様に、犯人と探偵、日常と異常、それから偽物と本物などの、非対称的な二項の相関が、こしらえられたミステリふうの趣向に、自意識の彩りを加えている。冒頭に、カフカの〈悪は善のことを知っているが、善は悪のことを知らない〉というアフォリズムが引かれているが、これの、悪を偽物に、善を本物に置き換えてみると、内容について、やや暗示めいたものを感じとれる。本物は、善がそうであるように、それのみで十分に屹立しうるが、偽物は、悪がそうであるように、それのみではひじょうに曖昧な価値である。本物が明確化されていない世界では、本物として振る舞うことは可能である反面、本物が明確化されている世界では、比較、検討されたうえで、偽物以外の何にもなりえない。そのことは「えんでぃんぐ」部における丁々発止のやりとりから、一連の事件にとって〈ぼく〉の役回りがいかなるものだったのか、を考えるさい、おおきな手がかりとなる。たとえば、序盤において、作中人物たちがみな、〈ぼく〉によって将棋の駒に喩えられるなかで、しかし〈ぼく〉は自分のことを〈全方向に動けるけれど、それは全て逃げるための動き〉でしかない王将であり、〈王で王手を打つケースなんて、まずないでしょう?〉と述べるのであったが、そういえば、『きみとぼくの壊れた世界』のヒロイン病院坂黒猫が、そこでの語り手である櫃内様刻に向かって、こう言っていたのを思い出す。〈掛け値なしのきみの実力なら、歩兵を全部落としたところで大抵の相手には勝てるんじゃないのかい? どっこい、僕はそうは行かないぜ。僕なら大抵の相手には、王将以外の駒が全部歩兵でも勝てるさ〉と。つまりは、この違い。漠然としているかもしれないけれど、はっきりとあるこの三者の違いこそが、結局のところ『不気味で素朴な囲われた世界』に〈誰が何と言おうと、所詮ぼくはいかれた偽物なのだから〉という言葉を導いているのである。
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