
いやはや、こいつはもしかしたら、上半期最大のごめんなさい(あなたがたのことを侮っていました)対象かもしれない、と痛感させられたのが、PALLBEARERの初来日公演である。正直な話、これまでにリリースされた2枚のアルバムのどことなく優等生風にまとまった印象や海外のメディアのやたらと高い評価に、ハイプを思わせるような疑いの眼差しを抱いていたのたが、そのライヴにおけるパフォーマンスは、こちらの想像を一段階も二段階も越えていくものだった。
直前に登場した日本のNEPENTHESが野蛮に暴れ回ることでハイ・エネルギーなドゥーム・メタルをアピールし、会場を大きく沸かせているのを目にしながら、このあとに出てくるPALLBEARERは少しばかり分が悪いんじゃないかと思っていたのだけれど、それとはまったく別の角度からドゥーム・メタルのドゥーム・メタルらしい側面を掘り下げ、そして、新世代を担うのに十分なポテンシャルを見せつけたのだから、恐れ入る。
おそらくは、シヴィライズドといおうか音像的に洗練されたドゥーム・メタルと喩えるのが相応しい。確かに、そうしたイメージは2012年の『SORROW AND EXTINCTION』にも2014年の『FOUNDATIONS OF BURDEN』にも顕著なものではあった。アグレッシヴにど真ん中のストレートを狙うのではなく、緻密なコントロールでコースの隅を突いていくいくかのようなスタイルをトレードマークにしていたところがある。しかし、ライヴでは、アルバムのヴァージョン以上に低音の響きとダイナミズムが強調され、自然と体が仰け反るほどのインパクトを編み出していた。と同時に、それがかえって本来の楽曲に前面化されていたデリケートなアプローチと技巧とを、深淵と呼ぶことのできるレベルにまで引き上げていたのだ。
デリケートなアプローチと技巧とは、特にヴォーカルのハーモニーとギターのハーモニーによって担われている。他方、ライヴを通じてよくわかったのは、低音の響きとダイナミズムの部分においてベースが非常に重要な役割を果たしているということだ。ヴォーカルのハーモニーとギターのハーモニー、低音の響きとダイナミズムのスクウェアなバランスが、ドゥーム・メタルとゴシック・メタルのミックスであるような(フューネラル・ドゥームやエピック・ドゥーム、プログレッシヴ・ドゥームと形容する向きもあるような)雰囲気とサウンドを作り出しているのである。
出番が遅かったため、たぶん1時間ぐらいのセットリストなんだろうと踏んでいたのだけれど、実際には2時間に近いパフォーマンスが繰り広げられることとなった。1曲1曲が長尺なのもある。が、スローでありながら起伏が激しいというアンビバレントを飲み込んだ演奏からは、先に述べたとおり、スタジオの音源を遥かに越えるほどのインパクトが放たれており、反復のリフとフィードバックのノイズがいよいよもたらしたエンディングには、アルバムのアートワークを彷彿とさせるような呪術と終焉の景色とが魅惑的に宿らされていた。


















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