ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2015年06月28日
 Foundations of Burden

 いやはや、こいつはもしかしたら、上半期最大のごめんなさい(あなたがたのことを侮っていました)対象かもしれない、と痛感させられたのが、PALLBEARERの初来日公演である。正直な話、これまでにリリースされた2枚のアルバムのどことなく優等生風にまとまった印象や海外のメディアのやたらと高い評価に、ハイプを思わせるような疑いの眼差しを抱いていたのたが、そのライヴにおけるパフォーマンスは、こちらの想像を一段階も二段階も越えていくものだった。

 直前に登場した日本のNEPENTHESが野蛮に暴れ回ることでハイ・エネルギーなドゥーム・メタルをアピールし、会場を大きく沸かせているのを目にしながら、このあとに出てくるPALLBEARERは少しばかり分が悪いんじゃないかと思っていたのだけれど、それとはまったく別の角度からドゥーム・メタルのドゥーム・メタルらしい側面を掘り下げ、そして、新世代を担うのに十分なポテンシャルを見せつけたのだから、恐れ入る。

 おそらくは、シヴィライズドといおうか音像的に洗練されたドゥーム・メタルと喩えるのが相応しい。確かに、そうしたイメージは2012年の『SORROW AND EXTINCTION』にも2014年の『FOUNDATIONS OF BURDEN』にも顕著なものではあった。アグレッシヴにど真ん中のストレートを狙うのではなく、緻密なコントロールでコースの隅を突いていくいくかのようなスタイルをトレードマークにしていたところがある。しかし、ライヴでは、アルバムのヴァージョン以上に低音の響きとダイナミズムが強調され、自然と体が仰け反るほどのインパクトを編み出していた。と同時に、それがかえって本来の楽曲に前面化されていたデリケートなアプローチと技巧とを、深淵と呼ぶことのできるレベルにまで引き上げていたのだ。

 デリケートなアプローチと技巧とは、特にヴォーカルのハーモニーとギターのハーモニーによって担われている。他方、ライヴを通じてよくわかったのは、低音の響きとダイナミズムの部分においてベースが非常に重要な役割を果たしているということだ。ヴォーカルのハーモニーとギターのハーモニー、低音の響きとダイナミズムのスクウェアなバランスが、ドゥーム・メタルとゴシック・メタルのミックスであるような(フューネラル・ドゥームやエピック・ドゥーム、プログレッシヴ・ドゥームと形容する向きもあるような)雰囲気とサウンドを作り出しているのである。

 出番が遅かったため、たぶん1時間ぐらいのセットリストなんだろうと踏んでいたのだけれど、実際には2時間に近いパフォーマンスが繰り広げられることとなった。1曲1曲が長尺なのもある。が、スローでありながら起伏が激しいというアンビバレントを飲み込んだ演奏からは、先に述べたとおり、スタジオの音源を遥かに越えるほどのインパクトが放たれており、反復のリフとフィードバックのノイズがいよいよもたらしたエンディングには、アルバムのアートワークを彷彿とさせるような呪術と終焉の景色とが魅惑的に宿らされていた。
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2014年11月08日
 I Am King

 なるほど、これがCODE ORANGEか。海外のハードコアのシーンでにわかに話題になるのもわからあ、と納得させられるほどの手応えは確かにあった。スタジオ音源と同等のインパクトを内包した(実にアピールの高い)パフォーマンスだったように思う。米ペンシルヴァニア州ピッツバーグ出身の4人組、CODE ORANGE KID改めCODE ORANGEの初来日公演、その初日にあたる新宿ANTIKNOCK でのライヴである。

 もちろん、全身がバネみたいな演奏のなかに垣間見られるフレッシュなエネルギーは、まだ20代になったばかりであるメンバーの年齢と無縁ではないだろう。しかし、若いというだけでは片づけられない。パッションが剥き出しとなった勢いに胸ぐらを掴まれる一方で、ジリジリじらされるような焦燥のヘヴィなグルーヴに足をとられる。

 ドラムの作り出すタメと2本のギターによるカオティックなアプローチとが、この筋の手練れにも似た奥行きをサウンドにもたらしているのだ。CODE ORANGE KID名義で2012年にリリースされたファースト・アルバムの『LOVE IS LOVE / RETURN TO DUST』や今年リリースされたセカンド・アルバムの『I AM KING』の、あのヒネくれたアンサンブルの正体が少しばかりわかった気がした。

 ギターはステージの左右に分かれ、いかついルックスのベースがフロントに立ち、しかもヴォーカルをとるのはフロントに立ったベース以外の3人のメンバーだという編成も独特である。ギターの1人は女性だが、キュートなルックスに反し、非常にアグレッシヴに動き、叫ぶ。ドラムの変則的なタメは、ひょっとしたら叩きながら歌うというスタイルに対応しているのかもしれない。

 ハイライトはやはり、『I AM KING』のタイトル・トラックでもある「I AM KING」であった。ギターのノイズと楽曲の激しい展開とが印象に残るナンバーであって、2枚のアルバムをプロデュースしたカート・バルーのCONVERGEに通じるところもあるにある。ただし、一概にはフォロワーとは言い切れない。モッシュ・ピットに相応しいスピードとスローにひずんでいくウネリの絶妙なコントラストが、これぞ新世代ならではの可能性を鮮明に切り開いていた。

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2014年10月25日
 An Overture

 YOUTH CODE、かっこいいじゃんね、と思う。米カリフォルニア州ロスアンゼルス出身の男女2人組のユニットである。2013年にセルフ・タイトルのファースト・フル・アルバムをリリースしたのちも、次々に細かく音源を発表し続けていて、この『AN OVERTURE』は、それらの音源を一括した作品となる。

 実は、はじめて『YOUTH CODE』を聴いたとき(ユニットの編成や出身地などから)てっきりDEATH GRIPSのようにエクスペリメンタルなヒップホップなのかな、とアタリをつけていたのだけれど、いやいや、オールドスクールなインダストリアルあるいはエレクトリック・ボディ・ミュージックの方向にフル・スウィングしたサウンドだったので、つい仰け反ってしまったのだが、もちろん、それが悪いというわけではないし、無機質なビートとアグレッシヴなヴォーカルの非常に魅力的なマッチングに、ちょっと時代錯誤じゃないか、という戸惑いは、段々と薄れていったのだった。

 SKINNY PUPPYやFRONT LINE ASSEMBLY、はたまた初期のMINISTRYや初期のNINE INCH NAILSまでをも彷彿とさせるリズムの打ち込みは、EDMの今どきな派手さに比べたら、ちょっと若くはないかもしれない。しかし、そこからはトレンドとは異なったレベルの美意識が確かに感じられる。反面、煽っていくタイプのスクリームが強烈なフックの役割を果たしているのである。

 女性がハードコア・パンクやデス・メタルのヴォーカルを担当しようともう珍しくはなくなって久しいが、こうした(90年代の前半には雨後のタケノコのようにわんさかいたよね、という)スタイルのサウンドにそれが乗ると結構なインパクトがある。男性がヴォーカルのナンバーもあるけれど、やはり、女性のヴォーカルか男女がツインのヴォーカルの方にYOUTH CODEならではの特徴が出ている。

 3曲目の「FOR I AM CURSED」が私的なベストである。冒頭の4曲は、リミックス・ヴァージョンなどを収録した『A PLACE TO STAND』とまったく一緒の内容になっているのだったが、『A PLACE TO STAND』と同じく、「FOR I AM CURSED」が最もぐっとくるし、キャッチーなんじゃないかな、と思う。クライマックスの作り方とコーラスのパートに、どことなくNINE INCH NAILSの「HEAD LIKE A HOLE」を感じさせるところがある。が、ダークでメランコリックなキーボードの旋律が、ニュー・ウェーヴやゴシックからの影響を声高に主張していて、それに吐き捨てるような勢いのヴォーカルが絶妙に合わさっていく。

 クールなヴァイブレーションとハイなエネルギーとが同居している。

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2014年09月16日
 Empress Rising

 ドゥームとは、超重量級のリフがもたらした恩恵の名である。我々はこのようなテーゼを信じてやまない。そして、それが真であることはこうも容易く証明されるのであった。スウェーデン、イエテボリ出身のトリオ、MONOLORDのデビュー・アルバム『EMPRESS RISING』の話だ。ドゥームやストーナーと称されるこの手のファンのあいだでは徐々に知名度を高めつつある(のではないかと思われる)RIDINGEASY RECORDSだが、そこからリリースされたなかでも、ヘヴィという観点で見るなら、『EMPRESS RISING』こそが、待ってました、の掛け声に相応しい。

 近年では「ヴィンテージであるがゆえにフェイクじゃない」式のプロダクションが目立ってきたジャンルではあるし、その傾向は(ことによるとWITCHCRAFT以降か)スウェーデンを含めた北欧のシーンに根強いような印象もある。それはそれで悪くはないのだけれど、正直なところ、音の厚みや圧のレベルにおいて、いくらか物足りなさもあった。刺激に乏しいといおうか。ああ、一度掴まれたが最後、背骨を砕かれるほどにヘヴィなリフが恋しいよ、であろう。こうした欲求を埋め合わせるものの一つに、つまり、MONOLORDの『EMPRESS RISING』はあたるのだ。

 タイトル・トラックである1曲目の「EMPRESS RISING」からしてもう、ほぼ完璧じゃんね。これぞドゥーム、であるようなうねりをモノにしている。無論、楽曲のテンポはスローであり(それがギターであれベースであれ)エフェクターをひずませながら、同一のフレーズを繰り返し、その繰り返しがズブズブとぬかるみにはまって身動きのとれないイメージを作り上げていく。全5曲だが、10分に近いナンバーがずらりと並ぶ。スタイルとして近いのは(トリオ編成ということもあって)初期のELECTRIC WIZARDやELECTRIC WIZARDの派生であるRAMESSESあたりではないか。低音をずしーんと響かせたグルーヴへの没入を延々とキープし続ける演奏は地下室のセッションを思わせる。あちこちに殺伐としたエッジが立っている。オジー・オズボーン・タイプの呪術的なヴォーカルもジャストである。

 MONOLORDの場合、リズムがよく跳ね、楽曲の構成と輪郭とがくっきりしているのは特徴だろう。混沌としたアンダーグラウンド臭が必ずしも濃くはないため、ハードコアなマニアの評価は分かれるかもしれない。しかし、ダイナミズムの前に出たサウンドが超重量級のリフによるインパクトを絶大にしているのは明らかであって、ぬおお、首までどっぷり浸かってしまうその中毒性もまたドゥームの系譜に通じていることの証明となるのだった。

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2014年08月19日
 Avowed Slavery

 けだるいダウナーとブチぎれたアッパーが同居している。ラリってるんじゃないか、と思わされる。危うさがある。THE ICARUS LINEの真骨頂である。その全5曲の『AVOWED SLAVERY』は、タイトルやアートワークから察せられる通り、昨年(2013年)にリリースされた『SLAVE VOWS』の続編、及びアウト・トラック集だろう。しかし、これがアウト・トラック集だとしたら、やはり『SLAVE VOWS』は素晴らしく充実した一作であった。なぜなら、『AVOWED SLAVERY』の内容もまた、『SLAVE VOWS』に負けず劣らず。このバンドが只者ではないことを知らしめるほどに引きが強いものとなっているからだ。

 とにかくまあ、2曲目の「JUNKADELIC」というタイトルが秀逸である。ジャンカデリックってなんだよ。無論、ジャンク(JUNK)とサイケデリック(PSYCHEDELIC)を掛けたものであろう。FUNKADELICへのリスペクトがあるのかどうかは知らない。が、こうしたタイトルとイメージとがびしっと似合ってしまうのが、THE ICARUS LINEのスタイルなのだし、実際、そのサウンドの方も、ジャンクとサイケデリックをない交ぜに、ルーズでアシッドなロックン・ロールを完璧にこなしている。ジョー・カーダモンの不機嫌なヴォーカルとシャープに尖ったギターのリフとが、ぐちゃぐちゃにひずんだダイナミズムを経由しながら、ほとんど錯乱状態のノイズへ突入するのだけれど、そのピーキーを地でいくようなアプローチには、えらく痺れるものがある。

 1曲目の「LEECHES AND SEEDS」や4曲目の「SALEM SLIMS」におけるパラノイアックでアグレッシヴ、呪詛や怨嗟の渦巻く展開には、ぎょっとさせられる。3曲目の「RAISE YER CROWN」は、禍々しいグルーヴのブルーズである。しかし、いずれのヴァリエーションにせよ、フラストレーションを飲み込んだ瞬間、わずかでも我慢ならず、反射的に爆発させてしまうタイプのスリルを含んでいる。ああ、この決して気安くないフィーリングこそが、THE ICARUS LINEの真骨頂なのは間違いない。13分に渡る5曲目の「THE FATHER / THE PRIEST」まで、暗黒の美学に貫かれているということであれば、これはもう完璧である。

 『SLAVE VOWS』について→こちら
 『ON THE LASH』EPについて→こちら

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2014年08月03日
 Next Four Years

 血眼でガナるしかないほどに爆発したエモーションを満載である。大声で叫べよ。圧倒しろ。前のめりの勢いは憤怒に駆られながら憤怒をも抜き去っていき、兎にも角にも真剣勝負だ、という凄みを宿らせている。本体にあたるTHURSDAYがしばらく動きを見せないなか、元LOSTPROPHETS組と合流し、NO DEVOTIONをスタートさせたジェフ・リックリィだが、もう一つのプロジェクトであるUNITED NATIONSも忘れられていたわけではなかったのか。久々に2作目のフル・アルバムとなる『THE NEXT FOUR YEARS』をリリースした。ジェフ以外はメンバーの流動的なプロジェクトである。それが通例であるように今回の『THE NEXT FOUR YEARS』も08年の『UNITED NATIONS』とはラインナップを違えてきている。とはいえ、基本の路線に変更はない。まあ、細かく指摘していくなら、『UNITED NATIONS』では明らかにカオティック・ハードコアやパワー・ヴァイオレンスのニュアンスを打ち出していたのに比べ、『THE NEXT FOUR YEARS』ではギターのリフやドラムのパターンにブラック・メタルを参照した部分が大きくなっている。ここ最近、ラウド・ロックのシーンにおけるブラック・メタル寄りのアプローチは一種のトレンドではある。この意味で、着実にイディオムのアップデートを果たしてはいる。ただし、機能性や様式美に回収しきれないエネルギーの奔流こそが、やはりUNITED NATIONSの醍醐味であろう。ジェフのヴォーカルは、ときおり(彼ならではの)ナイーヴな表情を覗かせるのだったが、そこに含まれた悲哀ですらも拒絶のイメージとアジテーションとを喚起するものにほかならず、強力なビートとともに楽曲のダイナミズムへと付与されている。そして、渾身のシャウトあるいはスクリームだ。それが攻撃性をガリガリ尖らせたアンサンブルの、そのスピードに乗じ、身も蓋もないぐらいに衝動のスリルを具体化してしまう。徹頭徹尾と思わされる。血眼でガナるしかないほどに爆発したエモーションが満載である。

 『UNITED NATIONS』について→こちら

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2014年07月24日
 Stranger Songs

 昨年リリースされたTHE SADDEST LANDSCAPEとのスプリットで名前を知った米マサチューセッツ州ボストン出身の4人組がMY FICTIONSである。が、その激情と喩えるのが相応しい(アンダーグラウンド・スクリーモとカオティック・ハードコアを行き来するかのような)サウンドは、なるほど、同郷のTHE SADDEST LANDSCAPEに通じるものであろう。緊急性を演奏に直接移し替えたスピードのなか、パセティックなギターとエモイッシュなスクリームとが抜き身の状態で切り結んでいく。それは絶望を遠景に掴まえるのではなく、間近に覗き込んでいったときにしか見出せない迫真の映像を思わせる。こうした魅力はBandcampに置かれたEP等で明らかだったのだけれど、もちろん、ファースト・フル・アルバムとなる『STRANGER SONGS』でも余すことなく確認できる。猛烈なテンションで勢いよく畳みかけてくる一方、スローなパートが静かに盛り上がり、ジリジリとした緊張感をもたらしてくる場面も少なくはない。とにかく、アグレッシヴに極まった衝撃がある。そこに神経質なまでの叙情性が同居させられている。これが『STRANGER SONGS』全体の(ひいてはバンド自身の)方向性といえる。ガッツ・ポーズを決めたくなるほどにジャストなのは、3曲目の「LOWER (A SELFISH SONG)」だ。テンポのダウンした後半に悲痛な叫びを満たしたナンバーだが、何もかもをなぎ倒してしまいかねない前半においてはフレーズの一つ一つに鮮やかなリリシズムが宿る。

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2014年07月14日
 Ix 

 いやはや、EYEHATEGOD、CROWBAR、DOWNとメンバー同士が決して無関係ではなく、またその手のリスナーにとってはニヤニヤとさせられるバンドのリリースが相次いでいるけれど、CORROSION OF COMFORMITY(C.O.C.)のニュー・アルバムも(当然のごとく)ファンがニヤニヤとしちゃうような1枚となっているのだった。一時期はフロントマンであったペッパー・キーナン抜きの作品としては、2012年の『CORROSION OF CONFORMITY』に続く2枚目である。その『CORROSION OF CONFORMITY』が、そもそも初期の頃にはペッパー・キーナンはいなかったもんな、とセルフ・タイトルに相応しく、原点回帰とキャリアの集大成とを併せ持つことで会心の出来映えを見せていたわけだが、この『IX』もそれに負けず劣らず。おそらくは9枚目のフル・アルバムであることに由来しているのだろうシンプルなタイトルは、堂々たる自信と態度の表れにも思えてくる。

 メンバーの交替、出戻りが少なくはないC.O.C.だが、現在のラインナップであるマイク・ディーン、ウッディ・ウェザーマン、リード・ムリンは、一般的にオリジナル・メンバーと目される3名だろうし、トリオ編成における彼らの実績はセカンド・アルバムにあたる85年の『ANIMOSITY』にまで遡れる。『ANIMOSITY』の頃のC.O.C.は、スピーディなハードコアとメタルの融合、所謂クロスオーヴァーの領域にいたが、ペッパー・キーナンの加入以降、ヘヴィでスローなグルーヴを重視しはじめたことで、ドゥームやストーナーのジャンルに近接したポジションへと収まっていく。その間にもメンバーの交替、出戻りはあったものの、果たして『ANIMOSITY』と同様のトリオ編成となった『CORROSION OF CONFORMITY』では、久々にハードコアのテンションを表向きにした荒ぶるC.O.C.が確認できたように思う。もちろん、ペッパー・キーナン在籍時に開発されたサザン・ロックばりの図太いフィーリングが完全に排除されたわけではない。むしろ、鋭角状に研ぎ澄まされた印象であって、それらの総和が2010年代版のC.O.C.を確立させていたのである。『IX』は、正しくその発展型といえるだろう。

 テンポの速さと直接的な攻撃性に関しては、『CORROSION OF CONFORMITY』の方に分がある。『IX』では、再度ヘヴィでスローなグルーヴが強調されているのである。しかしながら、改めて方向転換がはかられているというより、サウンドに含まれる諸要素の比率をいじることで更なる深化とヴァリエーションとが探られているという解釈が似つかわしいし、結果、アンダーグラウンドの大物であるような風格が作品に付与されているのであった。たとえば、3曲目の「DENMARK VESEY」や4曲目の「THE NECTAR」などは実にパンキッシュで、猪突猛進型のナンバーだ。が、展開のなかに加えられた独特のうねりが、はたまたそれを用意するためのブレイクが、演奏とアレンジのレベルでC.O.C.が一線級の位置にとどまり続けていることを教えてくれる。渋みを増したマイク・ディーンのヴォーカルにも、リード・ムリンのぶっきらぼうなシャウトにも、熱いものがある。まだまだ衰えることのない貫禄をアピールしている。

 『IN THE ARMS OF GOD』について→こちら

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2014年07月04日
 Gigantoid

 リフのロックが好きである。ギターのリフが見事に決まっていれば、嬉しい。そして、その音がエフェクターによって特徴的に歪んでいたなら、なお良い。と、米カリフォルニア州オレンジ・カウンティ出身の4人組、FU MANCHUの『GIGANTOID』を聴き、思う。09年の『SIGNS OF INFINITE POWER』に続く、通算10作目のオリジナル・アルバム(コンピレーションである『EATIN' DUST』を含めると11作目)となるが、基本のサウンドは90年代の頃から大きく変わっていない。もちろん、そうした一貫性はFU MANCHUの醍醐味でもある。ギュインギュインというよりはブリブリとファズが鳴り響き、リフのダイナミズムを倍加させる。ヘヴィなうねりはストーナーまたはデザート・ロックと呼ばれるスタイルに近く、それでいながらもパンクとハードコアのエッセンスがガツンと前のめりのパワーを産み落としている点は今も健在だ。

 いや、今も健在どころか。はっちゃけ具体でいったら、ここ最近の作品のなかではマックスなのではなかろうか。1曲目の「DIMENSION SHIFTER」は、後半でこそドゥーム・メタルばりにスロー・ダウンし、サイケデリックなムードを満載にしているが、前半の破竹であるようなドライヴにまずは掴まれるものがある。あるいは、それとの対比が後半のパートにおける渋いグルーヴを一層際立たせているのだ。2曲目の「INVADERS ON MY BACK」は、さらにエネルギーを爆裂させている。スピードを得た図太い演奏、タメとハネの利いた展開のなか、タイトル通りのコーラスを大声にしているスコット・ヒルの(ヘタウマ)ヴォーカルが素敵である。その独特な節回しとヘヴィなうねりの絶妙なブレンドをFU MANCHUのトレードマークとするなら、それは3曲目の「ANXIETY REDUCER」や4曲目の「RADIO SOURCE SAGITTARIUS」で確認できるだろう。6曲目の「NO WARNING」と8曲目の「TRIPLANETARY」は、正しくラウドなハードコア・チューンだ。5曲目の「MUTANT」と7曲目の「EVOLUTION MACHINE」には、ゴツゴツと巨岩の転がっていくイメージがある。

 スペーシーと喩えるのが相応しい8分にも及ぶ9曲目の「THE LAST QUESTION」まで、この道一筋の矜持が漲っている。このバンドに関してはニュー・アルバムが常に入門編にあたる。要するにハズレがないということであって、今回もその例に漏れない。あらためてリフのロックとFU MANCHUが好きである。

 『SIGNS OF INFINITE POWER』について→こちら
 『WE MUST OBEY』について→こちら

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2014年06月21日
 Perfect World

 震撼のNADJA、再来日公演である。今回のライヴに際し、特に注目していたのは、近作である『DAGDROM』や『QUELLER』や『TANGLED』のモード、つまりは以前にも増してヴォーカルとダイナミズムの入った演奏が繰り広げられるのかどうか、であった。結論からいえば、ヴォーカルは(バンドの性質上、当然のごとく)なかったものの、2012年の初来日公演に比べ、ぐっとダイナミズムの前に出た演奏となっていたように思う。無論、それは(NADJAの前に登場したVAMPILLIAのパフォーマンスに顕著であった)動的なアトラクションの実践を意味しているわけではない。反復を基礎としたスローなうねりにミニマリズムをひょいとはみ出してしまう振幅が生じていたのだ。しかし、ギターにベース、ドラム・マシーンの基本ユニットにより粛々と奏でられる轟音は、紛れもなくNADJAならではのものであって、ドローン、スラッジ、シューゲイザーに喩えられるサウンドの、ああ、なんと蠱惑的なことか。確かに初見のときほどのインパクトはなかった。けれど、断絶のイメージに満たされながらも甘美に鳴り渡るという。寒々しい風景を描き出しながらも叙情性は豊かという。神秘や感動すらも伴った世界の出現を(聴覚を経由として)目の当たりにせざるをえない。エイダン・ベイカーのギターとリア・バッカレフのベースには、「音量」と「音響」と「音圧」のすべてにおいて、圧倒されるものがある。他方、机上にずらりと並べられたエフェクターが、彼らの非常にデリケートでもあるプレイに、より複雑なテクスチャーを施していく。エクスペリメンタルとも評されるアプローチだが、それは同時に果てのない天上を覗き見させる。スペクタクルへと通じているのだった。惜しむらくは、前回以上に演奏時間が短かったことと前回以上に観客の入りが芳しくなかったことであろう。

 前回の来日公演について→こちら
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2014年06月15日
 In Fact 【初回限定盤】(DVD付) In Fact 【通常盤/初回プレス仕様】 In Fact 【通常盤】

 そう、〈何度も / 声が嗄れても / 君に呼び掛けてる〉そのフレーズの逞しさに手を引かれていくような気がしたのだった。4人体制になったことでセンターが発生しないというKAT-TUNのトライアルは、先頃の『楔-kusabi-』アルバムにおいて着実な成果を上げていたと思う。かくして、その成果をタイアップ付きシングルのフォーマットに落とし込んだのが、この「In Fact」になるのだろう。基本の路線は「FACE to Face」や「楔-kusabi-」(楽曲の方)と続いてきたミステリアスなムードのダンス・ナンバーであって、それはKAT-TUNにとっての新しい様式とも見なせるものだが、クラブ・ミュージックを参照したアップ・テンポのビートと(線の細さが転じて)ヒロイックな叫びに喩えられるようなヴォーカルのメロディとが、これまで以上にマッチしている。総体的にフックが強いのである。

 低音のキックとベースのうねりに衝動がじらされる。しかし、バックのトラックは次第に激しく、ダイナミズムを得、塞ぎ込むのとは反対の角度に気持ちを煽っていくだろう。鋭くされた高揚がある。4人のヴォーカルによって歌われるのは、このグループに最も似つかわしい光と影の物語だ。ユニゾンで繰り返されるコーラスは、光を掴まえようとしているのにどうしてか影ばかりを踏んでしまう悲劇を、悲劇のままでは終わらせまいというロマンティシズムの内側に同居させている。確かに〈帰ろう / 僕らは / 僕らのあるべき日まで / 今日も / また / 君と答え探す〉と誓いながら〈ぐっと / 握った手の平を開いたら / 希望が震え出す〉のだけれど、そこはあくまでも〈霧の中で〉ある。逆説的に換言するのであれば、そこがあくまでも〈霧の中で〉あるがゆえに〈帰ろう / 僕らは / 僕らのあるべき日まで〉と願う声に信じられるものが生まれているのではないか。こうした両義性は、やはりKAT-TUNのイメージに相応しいし、リリックのみならず、ダウナーを完全に振り切ったサウンドにも反映されている。KAT-TUNをめぐるコンテクストを踏まえたとき、〈僕ら〉はもちろんKAT-TUNを指し、〈君〉はファンを指していると考えてもよい。エンディングに向かって、一層勢いを増していくキックの連打は、絶対に霧を抜けられる、という予感であり、確信だ。

 タイトル・トラック以外では、通常盤初回プレス仕様に入っている3曲が、ちょっと侮れませんね、と思わされるものである。アコースティックな調べがセンチメントな情景を描き出していく「MY SECRET」にせよ、タイトル通りといおうかブラック・ミュージックのエッセンスを導入した「BLACK」にせよ、ギターのカッティングに合わせてグループにまつわる固有名詞が引用される「DANGEROUS」にせよ、今のこの4人だからこそ、と納得させられるヴォーカルのパフォーマンスを聴かせてくれる。魅力的なバランスがあって、非常に洗練されている。

・その他KAT-TUNに関する文章
 『楔-kusabi-』について→こちら
 『FACE to Face』について→こちら
 「WHITE」について→こちら
 「CHANGE UR WORLD」について→こちら
 『NO MORE PAIИ』について→こちら
 「Going!」について→こちら
 「Love yourself 〜君が嫌いな君が好き〜」について→こちら
 『Break the Records -by you & for you-』について→こちら
 「RESCUE」について→こちら
 「ONE DROP」について→こちら
 「White X'mas」について→こちら
 『KAT-TUN III - QUEEN OF PIRATES』について→こちら
 「DON’T U EVER STOP」について→こちら
 「LIPS」について→こちら
 「喜びの歌」について→こちら
 『Cartoon KAT-TUN II You』について→こちら
 『Live of KAT-TUN “Real Face”』DVDについて→こちら
 「REAL FACE」について→こちら

 DVD『KAT-TUN LIVE Break the Records』について→こちら
 DVD『KAT-TUN LIVE TOUR 2008 QUEEN OF PIRATES』について→こちら

 コンサート『KAT-TUN LIVE TOUR 2012 CHAIN』(2012年4月20日・東京ドーム)について→こちら
 コンサート『KAT-TUN LIVE TOUR 2010 PART2:WORLD BIG TOUR』(2010年・東京ドーム)
  7月24日の公演について→こちら
  7月17日の公演について→こちら
 コンサート『KAT-TUN LIVE TOUR 2010 公開リハーサル』(4月28日・さいたまスーパーアリーナ)について→こちら
 コンサート『不滅の10日間ライブ KAT-TUN TOKYO DOME 2009』(09年・東京ドーム)
  6月15日の公演について→こちら
  5月22日の公演について→こちら
  5月18日の公演について→こちら 
 コンサート『KAT-TUN LIVE TOUR 2008 QUEEN OF PIRATES』(08年8月5日・東京ドーム)について→こちら
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2014年06月06日
 Bureaucratic Desire for Extra Capsular

 2012年の来日公演は観られなかったので、前回と比べてどうだったかはわからないのだけれど、ああ、そのライヴはスタジオ・アルバム以上の有機性に富み、懐の深いものを感じさせるんだな、との印象を抱いた。ヘヴィ・ロック界の異端、レジェンド、驚愕のEARTHの再来日公演である。ドローン、アンビエント、ドゥームと喩えられるサウンドは、確かにスローでありながら重心は低く、決して間口の広いものではない。しかし、トリオ編成の極めて濃厚なインストゥルメンタルによって導き出されていたのは、必ずしも殺伐や虚無のダウナーに足をからめとられるかのようなイメージではなかった。中心人物であるディラン・カールソンのギターは、初期の作品で聴かれるヘヴィなリフと近年の作品におけるメロディアスなフレーズとを、終わりがいつくるのか読めないパターンの繰り返しに次ぐ繰り返しのなかで完全に合致させている。その響きは、抽象的というより、直感的であり、なおかつ肉感的でもある。本来の楽曲が展開らしき展開に乏しいため、演奏が進むにつれ、単調であるがゆえに息苦しさが増すかと思いきや、逆であって、焦点を絞りに絞り込んだパフォーマンスは、徹底した迷いのなさが限界を忘れさせるのに似た陶酔を連れてくるのだった。意外だったのは、ドラムのリズムが重要な役割を果たしていると思われたことだ。スタジオ・アルバムではメンタルへの強い訴えかけを持ったEARTHのサウンドが、ライヴにおいてはフィジカルな方向に引っ張られていたのは、おそらく、それのおかげだろう。とするのであれば、ハード・ロックやヘヴィ・メタルを照準に入れたとアナウンスされている新作『PRIMITIVE AND DEADLY』の内容も今回のライヴに近いものになるのではないか。実際、『PRIMITIVE AND DEADLY』のナンバーも(ディランのMCから判断するに)披露されていたはずである。無論、これでEARTHの全貌を知ったとはいうまい。が、現在進行形のレジェンドたる片鱗は垣間見られた。アンコールまでを含め、その密度は生半可でなかった。
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2014年06月03日
 Rain

 GOODTIME BOYSは英サウサンプトンやカーディフ出身のメンバーによって活動している。5人組である。これまでにSELF DEFENSE FAMILYとのスプリットであったり『ARE WE NOW OR HAVE WE EVER BEEN』『WHAT'S LEFT TO LET GO』といったEPを発表している。そのサウンドは所謂UKのバンドのイメージからすると少々裏切られるものだと思う。わかりやすく述べるのであれば、DEFEATERやTOUCHE AMOREに近い。エモイッシュなハードコア(ポスト・ハードコア)なのだった。AT THE DRIVE-INをいくらかメタリックにしたかのような印象もある。レーベルがDEFEATERと同じBRIDGE NINE RECORDSなのもあり、知らなかったらアメリカのバンドだと信じかねない。無論、ここで重視されたいのは、そうした国籍に捕らわれない指向(の越境)がアンダーグラウンドのシーンまたはハードコアのジャンルではしばしば起こりうる点であって、楽曲に備わったポテンシャルと演奏から溢れ出てくるエネルギーがいかに迫真的であるかなのだ。そして、正式なファースト・アルバムとなるこの『RAIN』なのだけれど、率直な話、1曲単位のフックやインパクトは先に挙げたEPの方が大きい。ちょっとばかり頭でっかちになったといおうか。叙情を深めたアレンジのせいか。初期衝動と同一に見られる瞬発力が弱まった気がしてしまう。しかし、裏を返せば、それは勢いのみで判断されるのとは異なったレベルの完成度を作品が得ていることでもある。事実、メランコリックでありながらアグレッシヴ、あるいはデリケートでありながらダイナミックなサウンドには圧倒されるものがある。TOUCHE AMOREの『IS SURVIVED BY』に対するイギリスからの返答という喩えをしたところであながち間違えてはいないだろう。それだけのアピールを紛れもなく持っている。

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2014年06月01日
 Easy Pain

 06年のファースト・アルバム『SETTLE DOWN CITY』以来の手応えではないだろうか。米ケンタッキー州ルイヴィル出身の3人組である。JESUS LIZARDやUNSANE、あるいは初期のグランジを土台にしたと覚しきジャンクなヘヴィ・ロックが身上であった。が、地響きをイメージさせるほどのダイナミズムは、08年のセカンド・アルバム『OLD WOUNDS』や、続く2011年の『IN AND OUT OF YOUTH AND LIGHTNESS』を経ながら、次第にサウンドの後方へと下がっていった。かわりに主張を得てきたのが、不吉なグルーヴを執拗に繰り返すというミニマリズムのアプローチであって、機嫌の悪さにも似たテンションが、ダイナミズムとは別の形でアウトプットされていたわけだ。それが練り鍛えられ、本作『EASY PAIN』において、ついにスタイルの完成と同義の構成力を持つに至った。軋んだリズムと呪詛のようなヴォーカルが召還させるアトモスフィアにはSWANSの『TO BE KIND』に通じるものがある。しかし、YOUNG WIDOWSの場合、トリオ編成であることに起因するのか。前衛や実験の多様性であるより、極めてシャープな身振り、機動性の高さを重視した印象となっている。もう一つ引き合いを出すなら、THE ICARUS LINEの『SLAVE VOWS』にも似た暗さ、ザラザラとしたテイストのなかにダウナーなアプローチを兼ね揃えているのだけれど、これはガレージ産、ノイズ育ち、ジャンクなヘヴィ・ロックをルーツとすることに由来するものであろう。アルバムのタイトルを終盤のコーラスに組み込んだ2曲目の「COOL NIGHT」は、スローなドゥーム・メタルとブルーズみたいでもある。全編に渡り、過剰なまでのエネルギーを剥き出しにするのではなく、抑制を加えることで、ぶち壊しの狂気とスレスレの緊張感を生み出していく。バンドの新しいマスターピースに挙げられる内容だと思う。

 『OLD WOUNDS』について→こちら
 『SETTLE DOWN CITY』について→こちら

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2014年03月08日
 Blood Maker

 DOG SHREDDER改めWILD THRONEは、米ワシントン州ベリンハム出身の3人組、ヴォーカル兼ギター、ベース、ドラムのトリオなのだが、バンド名を変更してから初となる3曲入りのEP『BLOOD MAKER』で聴かれるのは、MARS VOLTA、MASTODON、BARONESS以降ともいえるハイ・エナジーでプログレッシヴな(ときにサイケデリックでスペーシーな)ハード・ロックのヴァリエーションであって、ああ、それがすこぶるサマになっているじゃねえかよ、と思う。もちろん、何々のフォロワーにとどまるのではなく、自分たちのカラーをきっちり出していることは前提の話として、である。トリオならではのコンパクトでシャープなヴァイブレーションが、するどく突き刺さってくるかのような印象を生んでいるのだった。

 プロデューサーはロス・ロビンソンである。フル・アルバムじゃないので単純な並列はできないのだけれど、かつて彼が手掛けたAT THE DRIVE-INの『RELATIONSHIP OF COMMAND』やTHE BLOOD BROTHERSの『...BURN, PIANO ISLAND, BURN』と同様のスリルが、しかし『BLOOD MAKER』にも見つけられるだろう。初期衝動とイメージのダブるアグレッシヴなサウンドが、その混沌までをも損なわぬまま、ラウドであることを第一義に再現されている。DOG SHREDDER時代のEP『BRASS TACTICS』と比較してみるなら、音の厚みが数倍増し、迫力それ自体が大幅に格上げされているのがわかる。

 妖しいヴォーカルのメロディが一転、爆発したテンションの演奏にさらわれていく1曲目の「THE WRECKING BALL UNCHAINED」は、激しい稲妻だ。ドラムの猛烈なアタックに導かれ、ギターとベースとがスピードの速いグルーヴを織り成す。丁丁発止のリズムが次々と展開を入れ替え、そのなかに多彩なフレーズで切り目を入れるギターのアピールは白眉といえる。2曲目の「SHADOW DESERTS」もそれに負けず劣らず。ヴォーカルのメロディにサイケデリックなムードが強まっているが、トリオ編成であるがゆえの演奏のフレキシブルさが同時にアップとダウンの著しい往復を可能にし、THE JIMI HENDRIX EXPERIENCEやCREAM、MOUNTAINをも想起させるような骨太のフィーリング(レトロスペクティヴというよりは原初的なハード・ロック)を獲得している。

 3曲目の「BLOOD MAKER」は、なるほどタイトル・トラックに相応しい。基本のサウンドはラウドでいて、アグレッシヴなのだけれど、複雑に構成された楽曲の部分部分にメロウなしなりがある。エモーショナルなうねりがある。それらの総和が濃密なカタルシスをもたらしているのである。いずれにせよ、フル・アルバムが待ち遠しいですね、であろう。

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2014年03月01日
 From All Purity

 バンド名がINDIANで、1曲目のタイトルが「RAPE」である。眉を顰める向きもあるだろうし、おそらくそちらの方が政治的には正しい。しかし、この地獄を這いずるかのごとき重低音のグルーヴ、亡者が苦悶し、喚き散らしているみたいなヴォーカルとハーシュ・ノイズをもって具体化させられたサウンドは、それ自体が圧倒的に邪悪なものであり、まあ良識派の立場とは絶対に相容れないでしょうね、と思う。ハナからヴィジョンが違うと言うしかない。世界に対する呪詛だけが持ちうる闇黒のリアリティを通じ、強烈なエネルギーとともに圧殺の磁場が作り出されているのだ。

 米イリノイ州シカゴ出身の4人組であって、通算5作目のフル・アルバムとなるのが本作の『FROM ALL PURITY』である。初期の頃は確かにドゥームと呼ぶのに相応しいスタイルを強調していたけれど、前作の『GUILTLESS』から参加したウィル・リンゼイ(元WOLVES IN THE THRONE ROOM)のギターが影響しているのか、スローなテンポを基礎としながら、スラッジやドローン、ジャンクまでもがない交ぜに、禍々しさを増し、さらに殺伐としたイメージを深めているのだった。もしかしたらKHANATEとYOBのあいだのどこかに位置付けることができるかもしれない。

 全6曲、決して尺の短くはないナンバーが並ぶ。が、リフやリズムのパターンに十分なフックが備わっており(あくまでもこの手のジャンルのなかでは、であるものの)楽曲の構成はダイナミックといえる。振る舞いは極めてフィジカルである。一方、それがおどろおどろしいオーラと結びつき、阿鼻叫喚のメンタルを溢れさせているところに大きな特徴がある。絶望には底がない。果てがない。無限であることの意味を問うかのように演奏は軋み、問い続けるかのように不穏な絶叫が繰り返される。

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2014年02月14日
 Try Me

 たとえばTHE GASLIGHT ANTHEMがパンク・ロックであり、ラナ・デル・レイがサッドコアであるような時代(アメリカ)の、これはもしかしたらポスト・パンクであって、ポスト・ハードコアなのではないかと思う。前身のEND OF A YEARから改名し、他のバンドとのスプリットを含め、いくつものEPを発表してきたニューヨーク出身のSELF DEFENSE FAMILYだが、初のフル・アルバムとなるのが、この『TRY ME』である。しかしまあ、バンドの編成がよくわからないところもあるし、実際のサウンドもアルバムの内容も一概にはこうだと形容できないものだといえる。

 基本的にはミドル・テンポを主体としたエモイッシュなロックである。スポンテニアスな演奏のなか、ゆらゆらとしたグルーヴがある。しゃがれ声のヴォーカルはブルーズのようでもあり、フォークのようでもある。部分的にだが、90年代頃のニール・ヤング、あるいはニール・ヤングと合体した時期のPEAL JAMをも思わせる。オルタナティヴ・カントリーに近いところもある。CAMPER VAN BEETHOVEN、もしくはCRAKERあたりに通じるテイストもある。前衛というのではないけれど、スタイルに囚われない多様性が、どうしてかストイックなまでの一貫性と同居している不思議さ。ちょっとばかり耳にした感じは地味なのに、演奏のパターンを巧みに繰ることでサウンドへ訴求力と呼ぶのに相応しい奥行きを作り出しているのだった。

 個々の楽曲が際立っているというより、それらの連なりがじりじりとした焦燥と陶酔(ときには倦怠)を醸していき、アルバムをトータルで魅力的にしている。女性ヴォーカルが入ったり、メインになっているナンバーもあるが、それもまた作品の全体像に寄与するものであろう。アートワークを含め、どうやらアンジェリク・バーンスタインというポルノ女優を題材にしたコンセプトを持っているらしく、6曲目と11曲目に演奏はなく、長いモノローグ(インタビュー)となっている。自分は英語が堪能ではないので、モノローグの意義を汲み取ることはできないのだけれど、これをアナログ・レコードやカセット・テープの仕様になぞらえるなら、要するにA面とB面とを区切る構成になっていることがわかる。確かに1曲目から5曲目までと7曲目から10曲目までとでは、いくらか雰囲気が違う。ギターの響きに激しさを加え、ハードコアのシーンに接続されるようなパッションがよく出されているのは後半において、である。

 10曲目の「DINGO FENCE」は10分にも及ぶ。延々リピートされるコードにそって〈All the dumb cocks, they get what they want〉〈All the dumb cops, they what they want〉というコーラスを繰り返す。アルバムの前半、とりわけ3曲目の「TURN THE FAN ON」や5曲目の「APPORT BIRDS」と呼応したサイケデリアが、濃い染みにも似た哀愁と入り混じる。レーベルのDEATHWISHのなかでも異色のアーティストだろう。個性派だ。
 
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2014年01月09日
 Obliterations [Explicit]

 ハッピーでなんかありやしねえよ。気分はまあ、いつだって低空飛行になりがちなのだったが、それでもダレてばかりはいられないし、切迫したものに激しく胸を突き上げられることがあらあ。そのとき、米カリフォルニア州ロスアンゼルスの4人組、OBLITERATIONSのセルフ・タイトルのデビューEPは、格好のBGMだ。そこで聴かれるサウンドは、バンド自身がバイオグラフィでアピールしている通り、 BLACK SABBATHと BLACK FLAGからインスピレーションを得ているのだろう。重心を下に置き、無骨な軋みとアンダーグラウンドに似つかわしいオーラをまとっているのだけれど、何よりもシンプルでストレートなハードコアであり、ロックン・ロールとして非常に滾っている。要するに、カッとくるのである。MC5やTHE STOOGES、ZEKEやTHE DWARVESあたりを引き合いに出して構わないかもしれない。ハイ・エナジーのスピード感がある。SAVIOURSのヴォーカルやBLACK MOUNTAINのギターによって組まれたバンドらしいが、それらに特徴的なドゥームであったり、サイケデリックであったりのエッセンスは、ほとんど持ち込まれていない。OBLITERATIONSの強烈なビートが立ちのぼらせているのは、「くそったれ。こんちくしょうめ」の衝動と同義になりうるような攻撃性であって、荒々しいガレージ・パンクを着こなした「KICK AGAINST THE PRICKS」をはじめとし、猥雑であるがゆえに正直なスタイルはばっちり決まっている。

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