ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年11月27日
 キャットストリート 3 (3)

 ディスコミュニケーションに基づく、引きこもりやドロップ・アウトといったネガティヴなモチーフを流用しながらも、けっして暗くヘヴィなものにならず、むしろ力強くポジティヴな物語となっているは、もちろん『キャットストリート』というマンガが、けっしてリアリティを追求したものではなくて、徹頭徹尾ファンタジー然としているからに他ならないわけだが、しかし、それ以上に作者である神尾葉子の筆力が、作品全体を正の方向へと推進させようとしている、その部分に負うところが大きい。たとえば、どこまで意識的なのか、あるいは、まったくの無意識なのかはわからないけれども、未だ挫折からは完全回復していない主人公ケイト(恵都)の姿勢の、その描かれ方である。他の登場人物たちに比べると、極力うつむきがち、猫背に見えるようになっている。つまり内面が、ごく自然に顕在化した状態で、ストーリーのなかに組み込まれており、その彼女が、希望を持ったとき、空を見上げ、背筋が伸びる、そういった矯正の役割として、対面する男性陣はみな一様に、背が高く設定されているのでは、と深読みをしたくなるほどだ。しかし、そう考えると、やはり難しいのは女同士の友情だろう。かつての友人であり、今はあまり関係の良くない園田奈子の身長は、ほぼケイトと同じであり、目線が平行であるがゆえに、自意識をダイレクトに反映する鏡となって、機能している。この第3巻のクライマックス、ふたりが正面から激突するシーンは、単純にいい場面であり燃えるが、よくよく見てみると、奈子はヒールのあるブーツを履いている、その分、ぺったんこのスニーカーであるケイトよりすこし、頭が高くなっている。ちなみに横並びでシートに腰掛けている箇所では、ふたりの座高に差はない。要するに、ケイトと奈子は、本質的にはパラレルでありながらも、そのようには表されていない。そこからは、すくなくとも3つのポイントを読み取れる。ひとつには、現状では、あくまでも奈子がケイトに先行した存在であること。もうひとつには、その奈子のプライドを、いっさい傷つけることなく、ケイトに向かって、弱音を吐ける構図が導き出されていること。そしてケイト自身が、自分の自意識と、まだ完璧に結着をつけていない、その用意が出来ていない段階にいる、と、そういうことである。そのような骨格のしっかりととれていることが、リアルというエクスキューズを必要としない、すばらしくうつくしい未来行きの説得力を、明るく、読み手の側に伝える。もちろん今後の展開をも、ひじょうに楽しみにさせるのだった。

 1巻と2巻についての文章→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ。
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