ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年05月31日
 覇-LORD 12 (12) (ビッグコミックス)

 『FLASH』で連載されている「漫画家魂」の第1回(2008年2月26日号)で、池上遼一が、原哲夫の登場を振り返り、次のようにコメントしているのが印象的だ。〈彼の作品を初めて見たとき、劇画界にも男の美学を描く新しい才能が出てきたんだ、と嬉しかったですね。同時に少し嫉妬もしたんですよ。というのは、彼はギャグも描けるでしょ。シリアスな闘いであっても、その間にどこかふざけたキャラを配置する(略)昔、『ジャンプ』の編集長に言われたことがあるんです。「キミの絵は洗練されすぎている。どこかバタ臭いものがないと売れないよ」って(略)そもそも『蒼天の拳』の霞拳志郎を描くことはできるけど、虎(フー)さんのような三頭身のギャグ的キャラなんて(略)ボクには描けないよね〉と。

 これは今日のマンガ表現におけるイディオムを考えるさい、意外と貴重な証言なのではないかと思われる。たとえば、原のアシスタントから出てきた森田まさのりなどは、劇画的なタッチを引き継ぎながらも、ほんらいはシリアスな線の登場人物を屈託なくデフォルメさせることができるし、さらにはギャグだけで丸々エピソードをつくれてしまう。ちなみに『週刊少年サンデー』第16号(2008年4月2日号)で、池上は、自らの出世作である『男組』をセルフ・パロディ化しているが、それはちょうど、出来上がっている映像にあわせマトはずれなアテレコを加えているようなもので、ギャグという要素をその作風のなかでうまく消化しているとは言い難い。野中英次を認めているのも、おそらくは、そうした資質の部分で、自分とは完全に別個の表現であると承知しているためであろう。だが、ここで重要なのは、かつては〈洗練されすぎてい〉て、〈バタ臭いものがない〉とされていた池上の作風が、今日の目からすると、間逆の意匠に見えかねないという点で、若い読み手は、たぶん、池上の作風を洗練とはとらないか、あるいはもしかしたら、そうして洗練された様式を、「ベタ」だとか「ネタ」だとかいう現代ふうの、オートマティックな意識で解釈している雰囲気である。

 まあたしかに、そのきわめて劇画的な、それこそオールドスクールと言い換えてもよい作風には、どうにもこう茶化してみたくなるような誘惑が備わってはいる。この、武論尊と組み、“超”三国志を標榜する『覇―LORD―』の12巻でいえば、公孫サン(漢字出ません)と張燕とが、泣きながら兄弟の契りを交わすくだりは、たまらないよね。ひさびさに再会した二人は、その感激を分かち合うべく、連れだって娼婦を求めにいくが、しかし二人ともがあまりにも醜男だったので、ことごとく同衾を断られてしまい、そして〈どうやら オレ達ァ、“女”より“国奪り”だなァ 兄弟……〉と、自分たちの使命に気づき、結束を固めるのであった。ああ、このときの張燕の表情のすばらしさといったら。まちがいなく、名場面に挙げたい。などという冗談はさておき。

 全体の流れに関しては、常元の暗躍と劉備の人徳とが、ここにきてあきらかな対照となり、物語を動かすキーとなっているのが見逃せない。『覇―LORD―』において、彼ら二人は倭の国から大陸に渡ってきた、つまりは古代の日本人に設定されている。以前にも述べたが、主人公である劉備は、いうなれば、先進国が発展のなかで失ってしまった価値観を、後進国からやって来、復権させる役割を負っている。そこで働いているのは、歴史的には遅れている者が、じつはコスモポリタン的に先んじている、の逆説だろう。だが、それに対し、常元という、たしかに弁は立ち、狡猾ではあるが、しかし後進国の遅れが野蛮にしか現れえない人物を導入することで、一種の弁証が、作中に出来上がっている。両者の対照の内から引き出されるのは、個人のレベルで文化と精神とが熾烈に衝突し合うイメージである。このことの意味は、むしろ彼ら周辺の人物への影響となり、表されているといえる。それにしても、まさか、卑弥呼が再登場してきたのには、おどろかされたな。

 10巻について→こちら
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posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(2) | マンガ(08年)
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