ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2004年11月07日
 『新潮』12月号掲載の新作。生田紗代の小説には、たくさんの食べ物が出てくる。しかし、それらは味わわれない。「美味しい」と「まずい」の基準で選別されてゆくだけだ。なぜ「美味しい」のか、なぜ「まずい」のかも問われない。ただ好きだから「美味しい」のであって、嫌いだから「まずい」のである。そして「美味しい」ものを食べるのは、他にすることがないからで、それ以上の意味も理由もない。僕はそれを、ものすげえアパシーだと思う。マンションの18階から見える郊外の風景は死んでいる、そういう描写が冒頭にあるが、当然のように、そこに住んでいる人間も死人といっしょである。問題は、登場人物あるいは作者が、自分もそこに含まれいることに気づいているかいないかということで、自分の感情を大切にする「私」のあり方や、自分は自分のスピードでしか生きられないと断言されるラストなどを見ていると、もしかしたら気づいていないんじゃないかと思わせるところがあって、僕なんかは、あなたの世界はとても平和でそのなかで苦しめるだけの余裕があっていいですね、と、やっぱり引いてしまう。文章の上達もあまり見られないし、物語も相変わらず作れていない。デビュー作からずっと読んでいると、見切るタイミングがとりづらいのだけれども、もうこの人は読まなくてもいいか、いやもうちょい。……と思わせる何かはある、若さ?そうなのかな(あーだから、こういうのが香山リカがいうところの「生きづらい〈私〉たち」なのかもしれんね、そういった意味ではリアリティか)。

 →生田紗代『タイムカプセル』についての文章はこちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書。
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