ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年05月21日
 二刀聖剣(ダブルエクスカリバー)、神を貫く。まさに捨て身の覚悟というべきか、拳の砕けることを畏れぬ覚悟が、シュラを加速させ、ついにクレイオスとの戦いに決着が訪れる。やがて崩れ落ちるクレイオスが述べる言葉のかっこうよさときたら。〈その力 己の魂と引き換えに得た刃は いかなるものであろうと斬り裂くのだな 仮令(たとえ)相手が神であっても〉。以前にもいった気がするけれど、『聖闘士星矢 EPISODE.G』における最大のテーマは、やはり、たとえ運命が神によって予め定められていようとも人はけして無力ではない、ということだろう。この一戦も、それを見事なほどのスペクタクルに変え、烈火のごとき熱のうちに表現していたように思う。そして、シュラの敢闘を含め、これまで聖闘士たちの起こしてきた奇跡が、とうとう神の側に動揺を与える。人間の強さが、その有限である一生に由来していることを見抜いたティターン神族のコイオスは、約束されたアイオリアとの一戦に、勝利すべく、自らの命を懸け、のぞむ。雷光電撃(ライトニングボルト)VS漆黒刺突(エボニーレイピア)、雷と雷が衝突し合う、ここからの展開が、いやまた燃えるなあ。力、力、力、逆賊であるアイオロスの弟であるがゆえ、ただ孤独に力だけを求め、強くなってきたアイオリアを、ティターン神族全体の未来のため、死をも厭わぬコイオスが圧倒する。だが、アイオリアには、あった。〈その力は神である私を倒せる力なのか?〉と問うコイオスに、〈倒す…力じゃない これは…全てのものを…守る…力だ…〉と答えるだけの力が、まだ、あった。それを勇気という。〈勇気ある者に…こそ奇蹟が起こる…!!!〉のである。瀕死の状態にありながら、なお小宇宙(コスモ)を強大にするアイオリアの拳に奇跡が宿る、そのときをおそらく、コイオスは目のあたりにすることとなる。

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 5巻について→こちら 
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(08年)
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