ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年05月18日
 周知のとおり、矢沢あいの『NANA』で語れらているのは〈あの頃〉のことであるが、しかし、たとえば紡木たくの〈あの頃〉が現在を過去として回想する視点であったのとは違い、まさしく現在からの視点で回想される過去でしかなく、この現在と過去のあいだに何が起こったのかを、ちょうど穴埋めするような手法の〈あの頃〉であることが、じょじょに明瞭となってきているのだけれども、同時に気づかされるのは、描かれている現在の内容からするに、物語の結末は未来にまで時間が進まないとやってこなさそうだぞ、ということである。未来とはすなわち、現在がすっかりと語られ、そしておそらく、ナナとハチ(奈々)とが、何らかのかたちで、再会することを意味する。もちろん、現在がすっかりと語られるためには、そこへ至るまでの経緯が十分に説明されていなければならない。ここで注意しておくべきなのは、そうした穴を埋める作業が、他ならぬ現在において作中人物たちがいかなる問題を抱えているのか、を解説する役割を果たしていることで、この19巻では、順調に子供は育ち、生活も裕福でありながら、しかしハチの置かれている状況はまったくの幸福だといえそうもないことが、あかされる。物語のはじまった当初より、ハチは恋に生きる女性であった。換言するなら、誰かを愛し、誰かに愛されることでしか、自分の居場所を得る術を知らなかった。それを愚かだと批判するのは容易い。だが、この世のすべてが平等には成り立ってはいない以上、そのようにしか生きられぬ人間というのもいるのではないか。この巻には〈ねえナナ こんな話 知ってる?〉とはじまるモノローグがある(P129)。これはもちろん、タクミとの仲が健全に機能していない、つまり現在の時点から発せられているものである。にもかかわらず、そのモノローグは〈ほんとは今も好きなの〉と閉じられる。ここは前後の文脈を踏まえたとき、たとえ愚かだとしても笑うことができないぐらい、切実で、せつない印象を寄越す。

 18巻について→こちら


posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(08年)
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