ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年05月17日
 スプラウト 7 (7) (講談社コミックスフレンド)

 この7巻が南波あつこ『スプラウト』のフィナーレにあたるが、やっぱり、ちょっと、残念な内容だったかもしれないねえ、というのが最終的な評価である。それはひとえに、本来区別されるべき恋愛感情と家族愛とが、ごっちゃになってしまったためであろう。いや、もしかしたら作者は、恋愛感情と家族愛とを区別するべきではない、もしくは両者に共通する、つまり自分以外の誰かを想うことの価値を掘り下げようという意図のもとに、あえてごっちゃにしたのかもしれない。だが、たとえそうだとしても、やはり、やり方が、浅はかで、薄っぺらく、拙すぎた。家族は大事、恋人は大事、というのを前提にしながら、ではなぜ家族が大事なのか、なぜ恋人が大事なのか、作品はまったく答えようとしていないのである。そして結局のところ示されたのは、たかだか、家族は大事だから家族は大事、恋人は大事だから恋人は大事、程度のトートロジーにほかならない。〈俺 俺 ときどき心配だった みゆは 俺じゃなくてもよかったのかなって あのとき最初に声かけたのがたまたま俺だったから みゆは俺を選んだだけで‥‥‥‥俺じゃなくても他のやつでもよかったんじゃないかって ずっと不安だった〉と草平が口にする言葉は、恋愛感情において、本質的な不安だといえる。しかしそれは、みゆと草平が別れる理由にはなっても、草平が実紅と付き合う理由にはならない。なぜ草平が実紅を選んだのか、なぜ実紅が草平を選んだのか、やはり、たまたま一つ屋根の下で暮らす機会があったから、にすぎないのではないか。そうしたもっとも重要とすべき部分を描くにあたり、家族の関係を例に出し、すり替え、誤魔化してしまった印象を受ける。なるほど。たしかに、どうして家族は大事なのか、それは家族だからだよ、という問答は、いちおう成立するには違いない。血縁関係がはっきりとしていればなおさらである。けれども、どうしてその恋人でなければならないのか、どうしてその恋人が大事なのか、という問いに対し、それは恋人だからだよ、と答えてみせるだけでは、そもそも赤の他人である存在を受け入れる理由として、ほとんど何も言っていないに等しい。なぜその人のことが好きなのか、ラヴ・ストーリーであるような物語において、そこに気分以上の材料を与えられていないことは十分な疵に値する。

 5巻について→こちら
 4巻について→こちら
 2巻について→こちら
 1巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(08年)
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