ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年05月06日
 先日創刊された『m9』Vol.1の記事のなかに、田中太陽という人が書いた「今こそキン肉マンを再評価せよ!」なる文章がある。そこで田中は、今日はロジカルな作品がマンガの主流となっているが、その評価基準では測ることのできない点において、かつてのヒット作である『キン肉マン』の魅力を見、ロジックを無視し、矛盾や不合理を厭わなかった結果、いくつかの発明がなされたことを述べて、たとえば、それは「キャラクターの強さを数字で表すことにより、読者にわかりやすくする」ことであり、たとえば、バトル形式のマンガに「倒した敵が味方になる」パターンを導入したことだ、といっている。じっさいに、『キン肉マン』がそれらの発祥であるかどうかは、よりくわしく検討される余地のあるところだが、しかし、すくなくとも『キン肉マン』がそれらを『週刊少年ジャンプ』誌に定着させたとの見方は、けして誤ったものではないと思われる。そのうえでもう一つ、個人的につけ加えたいのは、血筋、血統、現代的にいえば遺伝の要素を、強さの無根拠の根拠とするようになった嚆矢も、じつは『キン肉マン』だったのではないか、という点で、もちろん、主人公であるキン肉スグルがじつは捨てられた王子だったという設定は、そもそも貴種流離譚的なもののヴァリエーションだろう。しかし、それがバトル化を徹底していくうち、勝利をフォローするおおきな要因となっていったのである。そしてその、たとえ後付けであれ、先天的に強者になる資質を備えていた、式のパターンは、『キン肉マン』以降の作品に多く見られるようになる。『ドラゴンボール』にサイヤ人が登場するのは89年頃であるし、まさしく血統を大事にする『ジョジョの奇妙な冒険』の連載が開始した87年に、『キン肉マン』の連載が終了しているのも何か因縁めいている。いずれにせよ、現在も『ONE PIECE』や『NARUTO』、『BLEACH』などが、じつは主人公の父親が、ということになっており、また、やはり『キン肉マンII世』がその代表になるのだけれども、往年のヒット作の続編、二世ものや先祖ものも結局は、血筋の問題が前提になっていなければ成立しない。極端な話、そのことの説得力を支えているのは、無意識であろうとも、現代的な優生学の見地であるかもしれず、おそらく、徳弘正也だけが『ジャングルの王者ターちゃん』や『狂四郎2030』において、自覚的に、これの否定形で物語をつくることに成功しているとさえいえる。まあ要するに、ある時期から『週刊少年ジャンプ』的な力学は、生まれが凡庸である存在はもとより、無作為な突然変異や自然な奇形すらも排除する方向に動いてきたのである。そのなかにあって、藍本松の『MUDDY』は、異端だったのだろうか、それとも尖鋭だったのだろうか。すでに連載は打ち切りのかたちで終了になってしまっているが、突発的に生誕した人間型のキメラ(合成動物)である主人公のマディが、その誕生に関わる元天才学者のクレイと旅を続けるうち、人間らしさとは何かを学んでゆく(はずだった)ストーリーは、けっこう重要な問題提起を含んでいたように思う。ただし、作者自身がそれに気づいていたのかどうか、うまく生かしきることができなかったのは残念である。長さからすると、全2巻でまとまるのかな。話がごっちゃになってきたので、作品内容そのものに関しては、次巻が出たときに、あらためて触れることにする。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(1) | マンガ(08年)
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徳弘「狂四郎2030ばかり持て囃されジャングルの王者ターちゃんは殆ど語られない」
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