ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年11月19日
 100回泣くこと

 思いきりネタバレになるが、要するに、恋人が死んで悲しいというお話なのであった。『100回泣くこと』という題名のとおり、どうぞどうぞ泣いてください、と促されているようで、根が単純な僕なんかは読みながら、じゃあお言葉に甘えて、と鼻をずるずるとしたのであった。でも、ま、それだけである。あなたのは心には何が残りましたか、と問われれば、この本を他人に薦めるような人間だけには絶対になりたくねえし、そういう奴らはみんな死んでしまえばいいのに、という圧倒的な嫌悪感なのだった。いや、しかし、小説家という職に就いたら、やはり、こういうものを書かずにはいられないものなのか。疑問である。僕はこれまで、中村航の作品には、他人と親密になることへの拭いきれない不信感みたいなものを感じていて、それがフックとして機能していると見ていたのだが、ここでは、そういった抵抗は綺麗に除去されている。つるつるで、すべすべである。かわりに、昨今の日本人が大好きそうな、犬との交流や、自意識が世界の成り立ちと直接的に繋がってしまうことを語らう会話や、数式や工学的なエトセトラや、もちろん闘病生活などが満載にもかかわらず、腹八分目な内容に仕上がっているのは、さすが野間文芸新人賞作家ですね、ナイス・スキルといった感じで、そこらへんに、あんがい作者の嫌な性格が出ているのかもしれませんね、あはは。と、冗談はさておき、こういった小説が、ある程度の読者層に対して、エモーショナルであるとしたら、それはいったいどういうことなのか。たぶん、ミザリー・ラヴズ・カンパニー的な共感なんだろうな、と思う。結局のところ、この世のなかで自分が一番可哀相な人間である、という思いなしは、苦くて甘い優越感なのであって、おそらく、それがリアリティの担保となっている。いっけん贅沢に思えない贅沢はなんて贅沢なんだろう。かくして人々は、自殺の王やメロドラマの女王といっしょに末永く幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。そんな歌を、昔あるバンドが、うたってた。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書。
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