ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年03月26日
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 現代のこの国の生活様式において、どれほど通過儀礼と呼ぶに値するイベントが存在するかは定かではないけれども、告白、というのは確実にそのうちのひとつに数えられるものだろう。もちろん、ここでいう告白とは、信仰上のそれではなく、恋愛状態下にあって行われる、つまりは神に対して身の証明を果たすのではなくて、特定の他者を対象に自らの内面を明確化する行為であることも、また重要な点だといえるのだが、ともかく、告白をするための場、空間というものは、たいていチャンスやタイミング、ムードを考慮したうえで仮構された、そうでなければ突発的に発生した異界であって、たとえ正否はどうであれ、そこへ行って帰ってくることが、当事者の今後の在り方を左右し、場合によっては、自分が属する共同体(友人たち)に祝福されるような、劇的な儀式として機能するのである。そうして告白をする前と後とでは、同じ日常は繰り返されない。このことを、咲坂伊緒の『ストロボ・エッジ』2巻は、よく教えてくれる。それまで恋愛とは無縁のまま、高校にあがった仁菜子は、女子たちにアイドル視される蓮と知り合い、親しく日々を過ごすうち、彼への抑えきれない想いこそが初恋なのだと気づかされる。しかし蓮には恋人がいて、それが絶対にかなわない相手だと知って、はげしく落ち込むが、周囲の人びとの恋愛に臨む態度がいかに真剣かを目にし、ふられてもかまわない、せめて自分の気持ちを伝えることだけはちゃんとしようと決心するのであった。こうして、さあどうなる、というのが前巻のラストで、この2巻の冒頭では、いきなり、ふられている。たしかに失恋は辛い経験ではあるけれど〈蓮くんを好きという気持ちは丸ごと残ったままだけど〉仁菜子は、今までどおり、友達同士、仲良く接してくれることを蓮に頼む。ここから物語は、告白という行為を経たあとの、片想いを描いてゆくことになる。当然、後退として、ではなく。たとえば、自分と同様に蓮にふられたことのある女子たちから悪口を言うことを強要され、拒み、〈ふられたからって その相手を否定するなんて そのほうが間違ってる 否定なんかしない たとえ届かない想いでも それでも私の大切な想いなんだ〉と思う、この、仁菜子の言葉のなかには、告白以前にはなかった成長と決意が、あきらかに刻み込まれている。はたして噛ませ犬なのだろうか、新規登場した安堂にちょっかいを出されているときの反応にも、それは顕著であろう。女子とあれば携帯電話の番号を尋ねずにおられないほどにチャラい性格の安堂からしたら、仁菜子のまっすぐな様子には理解しがたいところがあるらしく、あるとき〈わかんねーよな――彼女持ちの男をまだ好きでいるなんて ダメなら次行きゃいーじゃん 次〉と忠告し、〈レンアイって もっと楽しいはずじゃん 辛い恋とかマジ意味分かんないねッ〉と言うのだが、仁菜子は堂々と笑って、〈安堂くんだっていつかするよっ いつか きっと こういう恋するよ。〉と答える。これを受けて、安堂が〈なにその上から目線〜〜〉と照れた素振りを見せるのが、印象的である。女性に臆することがなく、おそらくは童貞でもない安堂を、蓮への告白を経た仁菜子が、意外にも凌駕しているのだ。いや、意外でもないのかもしれない。作中に明示されているわけではないけれども、たぶん安堂のこれまでの恋愛経験は、通過儀礼的な告白と無縁なものであったのに違いない。したがって、いとも容易く、仲の良い女子との関係を断ち切れてしまえる。それすらも日常と一連なりの出来事でしかない。だが、その安堂が、どうやら仁菜子に今までにない真剣さで惹かれているみたいだぞ、というのが、この巻でのクライマックスにあたる。仁菜子と蓮、そして仁菜子の幼馴染みである大樹の三角関係的な状態は、前巻の段階で解消されてしまったが、大樹のかわりに安堂が介入することによって、ふたたびトライアングルが成り立ち、あらたな緊張が提出されている。この緊張の働きかけが、各人に対し、どのような変化をもたらすのか。次巻へと持ち越される、まさかの展開に、どきどき、と、わくわく、させられる。

 1巻について→こちら

・その他咲坂伊緒に関する文章
 『マスカラ ブルース』について→こちら
 『BLUE』について→こちら
 『GATE OF PLANET』について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(08年)
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