ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年03月09日
 ナンバMG5 14 (14) (少年チャンピオン・コミックス)

 城南が攻め込んできて、騒然とする市松高校に、芹沢と対決すべく登場した剛であったが、大勢のヤンキーに囲まれ、行く手を阻まれてしまう。ここでの剛による〈何人いんだよクソッ!! アイツんとこまで届かねえ!!〉というセリフは、西森博之の『今日から俺は!!』の、あの、今井たちとともに開久に乗り込んだ伊藤が末永の目の前で苦戦を強いられる場面を思い出させはしまいか。はっきりといえば、多勢に無勢でゲス野郎を相手にしている、そのようなシチュエーション以外に似たところはない、その後の展開もまったく異なっている、にもかかわらず両者が共通した表現であるように感じられるのは、仲間の信頼を一身に受けた主人公がそれを裏切らない、といったテーマの部分にかかってゆくブリッジとして、同一の意味合いを含んでいるためである。西森よりも後発のマンガ家である小沢としおが、どれだけ『今日から俺は!!』を意識しているかは定かではないし、じつはもっとべつの参照項があるのかもしれないけれど、この『ナンバMG5』の14巻における激闘は、たとえ無意識にであれ、先行する作品によって提示されたドラマを、解体し、再解釈を施し、復元し、なぞらえている。もちろん、それを悪く言うのではない。王道とは、そういうふうに踏襲されてゆくものだ。けっして、あらかじめ成功しているすぐれたパターン、あるいは典型的なパターンの、うわべだけをすくい取ってみせることではない。それでは、なんちゃって王道である。なんちゃって、なんちゃって、その気もないのに無理するな、である。近年では、とある作品の評価に「王道」という修辞が用いられているとき、だいたい、この「なんちゃって王道」である場合が多い。たとえば、一個のレビューのなかで、本質的には理解を違えるはずの、王道、と、ベタ、の二語が、あたかも入れ換え(言い換え)可能であるかのような錯誤が起きてしまうのは、そのためにほかならない。結局のところ、作品の質は、その表層ではなくて、中核(コア)となる領域で、いったい何が起きているのか、に拠っている。この巻のクライマックス、剛と芹沢のタイマンに顕著なとおり、『ナンバMG5』の中核にあるのは、だせえ奴はかっこうよい生き方には勝てない、負ける、これであろう。そして、そのようなテーマは、まさしくヤンキー・マンガ、いや、少年マンガ全般の王道をゆくものである。

 12巻について→こちら
 11巻について→こちら
 10巻について→こちら
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 8巻について→こちら
 5巻について→こちら
 4巻について→こちら
 3巻について→こちら
 1巻について→こちら

 1話目について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(08年)
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