ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年10月29日
 だからさあ、自分のやったことに対して間抜けな言い訳するぐらいなら、最初から社会の一員みたいな顔をすんなよ、ってことだ。真鍋昌平『闇金ウシジマくん』第3巻、「ヤンキーくん」編結着の段である。無職ヤンキーの愛沢は、闇金融を経営する丑嶋社長を出し抜いて、その利益を奪取しようとするが、しかし〈いつも行き当たりバッタリで来た〉愛沢と、〈裏稼業の人間は、だれも守っちゃくれねェ…すべて、自己責任だ〉とする丑嶋とでは、そもそも覚悟の量が違った。わずか3秒で12万5千円が塵になっていく、スリル溢れる展開のなか、拘束された元ヤンキー社員マサルの覚悟が試される。〈俺にはよく分かるぜ。お前らは弱い。か弱い。罪悪感に押し潰されていたんだろう?〉。前巻では、へっぴり腰であった、この、マサルの覚醒が肝である。狩られる側から狩る側への変貌が遂げられている。〈オレは捕まってもかまわない。俺は、もう裏で生きてくしかねェ〉。ゼロの地点から再生し、そこから生きていくために、自分を見殺しにした人間への復讐のため、リスクまでをもぜんぶ背負い込むことが、決定される。ここでマサルと愛沢、ふたりの明暗が分けられる。とはいえ、行く先はどちらも地獄である。堕ちていくことに変わりはなかった。だが、どうだろう、生かされる不自由よりも、生きる自由に価値があるのならば、もちろん勝ったのはマサルだということになるわけだ。いやしかしながら、丑嶋の業の深さは異常である、救いがない、けれども、その救いのなさを含めて生きるといった覚悟まで、しっかりと出来てそうなあたりが、やっぱね、ちょっと、僕はまだそこのところに感情移入するほど踏み込めていない人間ではあるけれども、そのかわり、ある種の敬意は払える、かな。
 
 2巻について→こちら
 1巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ。
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