ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年10月20日
 Vheissu

  僕はといえば、今様の、若い、ストリート風あるいはメインストリーム型のヘヴィ・ロックに関しては、グラスジョー(GLASSJAW)とサーズデイ(THURSDAY)とスライス(THRICE)のヴァリエーションに過ぎない、結局はコマーシャルなヴァージョンに他ならないのでしょう、というスタンスで構えている人間なのであって、だからスライスの前作つまりサード・アルバムにあたる『ザ・アーティスト・イン・ザ・アンビュランス(THE ARTIST IN THE AMBULANCE)』には、死ぬほどガッカリさせられたのだった、駄目駄目だろ、お前らが世の風潮におもねったらアウトじゃんね、日和りやがって、というツッコミである。が、しかし、どうしたことであろうか、本作『VHEISSU』の出来映えときたら、この汚名返上の凄まじい内容について、讃える以外の何ができるっていうんだ。たしかに初期の頃のような、スラッシーでメロディックな傍若無人さは、もはやありえない。期待できない。としても、『ザ・アーティスト・イン・ザ・アンビュランス』においては凡庸な音色に囚われた、あのメタリックなギター・リフは、完全に形を違え、べつのレベル、さらなる高次元で、ふたたび極上のダイナミズムを復調させている。この閾を、たとえるならば、メタリカが『メタリカ』アルバムによって、それまでとは異なる位相で、ヘヴィであることを体現した、あの感じだ。それか、KORNにおける『イシューズ』のような、そういう位置づけの作品だといってしまってもいいだろう。そう、つまり。安易な共感や連帯をエモーションと取り違えた、シャバい、三下アーティストどもには覗けやしない深遠と深淵が、その音の向こうで、口を開けている。いや、それは言い過ぎすぎるか。とにかく、である。まさにスライス・イズ・バック、『VHEISSU』なのである。

 はっきりいって、トゥ・ツ・ツ・ツー・ツツ、と、モールス信号のリズムを合図に、演奏のスタートする1曲目「IMAGE OF THE INVISIBLE」からして、これまでと形相が、違う。ハードコア調の荒々しいコーラスが繰り返されるので、表面はゴツゴツと荒れているように見えるのだけれども、旋律はメロウであったりと、楽曲のつくりは、計算し、洗練されている。すばらしくキャッチーだ。そうした成り立ちが、いかにして可能となっているのか。ヒントは、いっけんただのSEに思える、冒頭のモールス信号である。トゥ・ツ・ツ・ツー・ツツという、シンプルな単音の連なりを、メンバーひとりひとりが、自分の耳で拾い、各楽器で加工したうえで、ふたたび元の位置にあわせる、ギターやベース、ドラムはもちろん、それぞれべつの要素であり、棲息する領域は異なるが、同じ対象をかたどっているので、仲違いを起こすことや歪なアヤを為すことはない、要するに、一点を定めて、そこに向かい、全方位から、集中線を引く要領である。おそらく、そのようなアレンジの積み重ねによって、ひとつのまとまりが構成されている。驚くのは、「IMAGE OF THE INVISIBLE」においてのみ、それが実践されているというわけではないことだ。ほとんどの楽曲が、ほぼ同じパターンを踏襲している。2曲目「BETWEEN THE END AND WHERE WE LIE」の場合、モールス信号のかわりにメロトロンっぽいものが用いられており、3曲目「THE EARTH WILL SHAKE」ならば、寂しげなアコースティック・ギターの調べが、それにあたる。4曲目「ATRANTIC」も同様に、イントロが、一曲のサウンドをガイドしている、濃密なクライマックスを、ゆるやかに導き、5曲目「FOR MILES」では、ピアノの旋律が、その役割を果たす。そうした構造の、端的なのは、あの「さくら〜さくら〜」という、お馴染みのフレーズが、オルゴールによって奏でられる 7曲目「MUSIC BOX」だろう。ふつう日本人であるならば、ピンクの色合いをイメージするメロディが、もつれあい、からみあう、重低音のなかで、モノトーンの世界に埋没してゆく。桜が散る瞬間は、一度しかないがゆえに、美しいものであるが、ここでは、散り終わったあとの、何もない、空虚な光景が、延々と再現される。寒々しく、異様で、終(つい)を行き過ぎている。

 が、しかし、それが心に迫ってくるのであった。人が世界と行う殲滅戦に際して、静寂が終焉を意味するのであれば、鎮魂歌は亡くなった者を慰めはしない、ふたたび死地で立ちつくすだけの自分を思い出させるに違いない。けれども、そのときには、感情も同時に、甦っているはずである。ラスト・ナンバーである「RED SKY」の、ドラマティックなうねりが、深く深いところへと、聴き手の意識を潜らせる。そばには誰もいない。ひとり息を呑んでいる。その悲しみを生きることが、壮大なスケールの叙情詩として、こちらに言い渡されている。

 『IF WE COULD ONLY SEE US』についての文章→こちら

 バンドのオフィシャル・サイト→こちら


posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽。
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