ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2004年10月15日
 前のシングルに引き続いて、かなりの嘘英語が駆使されている。こういった言葉の遣い方の変化というのは、たぶん『ERA』ぐらいから起こり出したことで、それがようやく実を結びつつあるという感じだ。以前までの歌詞であったならば、日本語としては可笑しいなと思いながらも、じっさいに歌ってみるとけっこう真面目な日本語として響いていたものが、ここでは完全に言語を越えた音となっている。たとえば3曲目「B.O.K」のコーラスの部分に、それは如実だ。「愛、無心、銀河、宇宙。心、銀河、宇宙。」という箇所、これ、歌ってみるとわかるのだけれど、「アイムシンギンガッチュシンギンガッチュ」という発音をしなければ、どうしても歌詞に追いつかない。さらに3回目のコーラスになると歌詞が多少変わって「愛、無心、いざ、宇宙。心、いざ、宇宙」となるのだが、これなんかも「アイムシンニンザッチュシンニンザッチュ」となって、はっきりといえば、聴き取りだけで元の内容を掴むのは困難になっている。だが、それが悪かというと、そうではない。これも『ERA』の頃からなのだが、中村の書く歌詞は、いわば「きみとぼく」の閉塞的な関係性に陥りつつあった。それがはっきりとしているのは「君ノ声」という楽曲だろう。あそこでは「きみとぼく」以外の他人は、自分の内面を肥大化させる鏡像でしかなかった。そのような縛りから解放され、開けた表現を為しうるために必要とされたのが、おそらく、こうした日本語の意味に捉われない音の自由さを追求した言葉遣いだったのだろう。そのことはサウンドの広がりにもちゃんと現われている。


posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽。
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