ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年01月29日
 7SEEDS 12 (12) (フラワーコミックス)

 世界が終わったあとの世界を取り扱ったマンガというのはけしてすくなくはないが、多くの場合、そこで描かれるのは、近代的な自我というリミッターのはずれた社会ないし中途半端に中世以前へと先祖返りした近代的な人間であるふうに思われる。その結果、暴力が作品の中心にくる。あるいは、暴力を主題化すべく文明は崩壊させられる、と言い換えられる。だが田村由美の『7SEEDS』で、世界が終わったあとの世界と相対するのは、近代以降における社会のルールをきわめてまっとうに遵守しようとする人間たちである。もちろん、この作品の場合、生存者の数が極端に低く、その多くがついさっきまで現代的な暮らしをしていた、そうした条件が揃えられている、というのがあるのかもしれないけれど、しかし世界の終わりの真っ最中といえたシェルター編においてでさえ、近代的な自我のプライドを作中人物たちが手放さなかったことは、注目に値する。とはいえ、このマンガの舞台が、他のそれと比べ、サヴァイバルにやさしく設定されているということはない。相対的にみたら、むしろ、苛酷な部類に入るであろう。だから、ひとまず、次のように仮定することも可能なのではないか。『7SEEDS』では、人類はほんらい野蛮を事とする動物である、と規定する想像力とは違う角度から、世界が終わったあとの世界で生きる人びとの姿が、想像されている。と、さて。この12巻では、とうとうあの精鋭揃いである夏のAチームが、本格的に登場し、他のチームへと関与してくる。シェルター「龍宮」を封じ、地上に脱出した花たちの前に、あきらかに装備仕様の異なる謎の集団が現れる。それこそが、つまり、自分たちの意志で未来行きを選んだ安居たち、夏のAチームであった。他のチームを一般人と呼び、〈血を絶やさず 子孫を残し 再びこの国を繁栄に導く〉ことを使命に、発砲すらも躊躇しない彼らの態度は、ともすれファシズムを想起させる。いや、そもそも〈君たちのチーム名は「夏」である ほかに春・秋・冬の3チームが一般から行くはずだ そのほかにも生き残った人々がいるに違いない 君たちは その中で 最も優秀であり かつ訓練も積んでいる 迷える人々を保護し 管理し または戒め 害を成すものは取り除け 導くのだ〉というふうに作中で示される彼らの行動理念それ自体、十分にファシズムと共鳴しうる。むろんファシズムは近代の内側に含まれるシリアスな問題にほかならないし、もっとも規律の訓練が徹底されている人間たちが、もっとも暴力を厭わず、もっとも冷酷であるのは、作品に込められた一種のアイロニーであるようにも思われる。これに対し、性格のまったく違う夏のBチームがどう絡んでくるのか、そのことが、おそらくは今後の物語の行方を握る。

 10巻について→こちら
 9巻について→こちら
 8巻について→こちら


posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(08年)
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