ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年10月09日
 ナンバMG5 1 (1)

 現在連載されているもののなかで、もっともおもしろいヤンキー・マンガは、もちろん秋好賢一『香取センパイ』なのであるが、小沢としお『ナンバMG5』はもしかするとそれを抜くかもしれないねえ、といった感じなのであった。僕がそれらの作品を高く評価するのは、つまり、かっこうよさを求めた結果ヤンキーになってしまう、といった因果律がはっきりとしているからである。たとえば高橋ヒロシ『WORST』を見てみれば、思春期におけるネガティヴさの反映として、不良が存在しているように思う。月島花の明るさは、我妻涼(『QP』)の暗さに対する反動でしかない。そういった表現は、たしかにある種の切実さとリアリティを宿している、が、しかし、90年代以降の閉塞感を乗り越えられないのではないか。田中宏『莫逆家族』からは、虐げられた末にドロップ・アウトしてしまった人間が成人しても大人になれない、という息苦しさを感じとることができる。というわけで、『ナンバMG5』である。このマンガは、筋金入りのヤンキー一家、そこの次男が、高校入学を期に、爽やかで平和な青春を夢見る、という高校デビュー系の逆のセンを狙っている。主人公は、すっかりとヤンキー的なセンスに毒されているため、ふつうの高校生から見れば「ださい」ことを「かっこいい」ことと、とり違えている。つまり、主人公にすれば、世間一般における「イケてる」ことは「シャバい」ことに他ならないのである。このへんのギャップが、ユーモアとして効いている。しらけない、殺伐としない、陽気な作風へと繋がっている。また、この作者のばあい、『フジケン』の頃からしてそうだったのであったのだが、話の筋のなかで倫理に結びつくようなものを働かせることを怠らない。家族への疑いなき愛情や、雨降って地固まる的な友情が、その基盤になっている。家庭の事情などにより、いわゆる壊れかかった(キレている)登場人物も存在するけれども、物語は、彼らの側に引きずられるよう進行するのではなくて、むしろ彼らをポジティヴなほうへと感化してゆく。そのあたり、微笑ましく、頼もしい。

 第1話についての文章→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(1) | マンガ。
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Excerpt: テストまで残すところ最後の日となってしまいました。 ページメンテナンスと提示しときながら何もやってない日々がとってもやってられなかったのです。申し訳ないです。 今作ってしまうとそちらに集中して..
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Tracked: 2005-10-10 10:11