ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年01月07日
 文学界 2008年 02月号 [雑誌]

 『文學界』2月号掲載。藤野可織の『溶けない』は、少女文学を思わせるあどけない語り口で幕を開ける、が、それは意図的に凝らされた趣向であることが、しばらくするとわかる。そこで、おお、これはおもしろそうだぞ、という予感を得るのだけれども、そのせいなんだよね、結局のところ。読み進めるにつれ(正確には「ニ、」節の途中から)、あらら、といった残念な気分で胸がいっぱいになる。そういえば、同作家の『いやしい鳥』(第103回文學界新人賞受賞作)を読んだときも、似たような感想を抱いたものだった。一個の小説の内で文体をチェンジする式の工夫に作者の野心が預けられており、もしかしたら作中で働いている論理も(こちらが見抜けないだけで)高尚な可能性が疑えなくないのだが、そうして届けられる印象は、あまりにも不甲斐なく、ここでは、坊っちゃんや嬢ちゃん様にカスタマイズされた自意識の、その不甲斐なさが、作品のトーンを決めてしまっている。
posted by もりた | Comment(1) | TrackBack(0) | 読書(08年)
この記事へのコメント
一癖あるからいろんな読み方が成立するのかな。

非現実的な作品だけに、読む人のコンディションに
左右されますね。
作者に関しては、「汚れている」と書いている
サイトもあるくらいで・・・。
http://www.birthday-energy.co.jp/
に、藤野さんを解説する記事が載っていて、
もともとそういう性格で、作家業が適職らしいです。
しかし汚れているとはまたキビシイ。

藤野さんの作品、ちょっと気持ち悪い、でもどこか面白いとしか
見てなかったのですよ。
久しぶりに再読してみようかと思います。
なんか、不気味な世界ってたまにふれてみたくなりますし。
Posted by 久坂 at 2012年04月28日 11:46
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