ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年09月30日
 『小説すばる』10月号掲載。連作小説の第1話目ということになるらしい。「worried about you」という題名は、ローリング・ストーンズのナンバーからとられている。熊井望は、スタジオ・ミュージシャンをやっている28歳の女性である。自分のことを、男でも女でもない、ただのギタリストである、という風に考えている。ときどき思い出すのは、中学のときに知り合い、大学を卒業するまで、地元でずうっとともに過ごしたTTのことである。彼女とはバンドを組んだこともあった。これまでの人生のなかで唯一友だちと呼べる存在だった。だが、今では、あることがきっかけで、疎遠になっている。それはそれとして。どちらが長く禁煙を続けられるか、よく仕事がいっしょになるベーシストとの賭けに負けた彼女は、だいっ嫌いな健康診断を受ける羽目になってしまう。その結果、心臓の部位に再検査の必要性が発見される。と、そのように読んでいけば、どこかのポイントで、たいへんドラマチックなことが起こりそうな気がしてくるものだけれども、話は、とりとめもなく、淡々と、日常を周回しながら、普段どおりのペースとスペースに帰ってゆく。さいしょ、読みはじめは、熊井の性別が男なのか女なのか、読み手にはわからない、また熊井を含めた複数人称が、それが女性だけの集まりを指していても、「彼ら」であったりする。そのへんは作者の狙いだろう。とはいえ、それは物語から女性性を排除しようという意識の働きではなくて、もうちょっとべつのレベルの問題を孕んでいる。どういうことかといえば、人がひとりで生きてゆくこと、あるいは、人は誰しもひとりの生き物であるということ、そういった事実の前では、そこに横たわる孤独の前では、性差などといったものは、むしろ二次的なファクターに過ぎない、という言い換えであるように思う。だからこそ、かつて付き合った男が、自分を女として、そのやさしさも含め、女以外のものとして見てくれないことに対して、熊井は、気を悪くするのである。その男が、女性というパターンのなかに自分を押し込め、一個の人間として、個性として、彼女の内面を捉まえない、そうした理解と前提の不一致が、ふたりの間に、断絶線を引くのであった。もちろん恋愛という関係性が、お互いに、固有性を付与することはありうる。だが、ここでは、その反対のセンが描かれている。TTと過ごした時代への追想は、そうした逆説のため、物語中に介在しているといえる。ひとつの不安が、心臓の音によって克服される、ラストの決まり方は、じつに、うつくしい。

 絲山秋子の他の作品について
 『へたれ』についての文章は→こちら
 『沖で待つ』についての文章は→こちら
 『ニート』『2+1』についての文章→こちら
 『スモールトーク』についての文章は→こちら
 『逃亡くそわたけ』についての文章は→こちら
 「愛なんかいらねー」についての文章は→こちら
 『袋小路の男』についての文章は→こちら
 『海の仙人』についての文章は→こちら
 「アーリオ オーリオ」についての文章は→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書。
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