ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2007年12月24日
 ブラッドハーレーの馬車 (Fx COMICS) (Fx COMICS)

 無垢な少女たちを待ちかまえる過酷な運命、沙村広明『ブラッドハーレーの馬車』のだいたいは、さしあたってそのようにまとめることができる。そして、その過酷さは、どう足掻いても彼女たちに死しかもたらさないような、そういう過酷さである。暗く、悲惨であって、救いがない。因果応報の者もあるが、ほとんどは当人の与り知らぬ非情な摂理によって地獄を思わせる境遇へと引きずり込まれ、誰ひとりとしてそこから這い上がることを、許されない。本来ならば、顔を手で覆い、目を背けたままにしておきたいストーリーといえる。しかし、それがなぜか、深い溜め息以上の感嘆を、こちらに手渡す。二十世紀の初頭、国中の孤児院にいる少女らは、ブラッドハーレー家の養女に選ばれることを憧れとする。そのことはすなわち、ブラッドハーレー聖公女歌劇団の一員に加わり、華やかな表舞台にあがることをも意味しているからであった。が、じっさいに選ばれたうちの何人かは、まったくべつの世界を覗かされる。「1・14計画」通称「パスカの祭り」と呼ばれる、人道に反しながらも、時代の移り目だからこそ実行されてしまったプロジェクトに基づき、刑務所の治安維持のため、欲望に飢えた囚人の群れに、まさしく生け贄として捧げられるのであった。正直な話、掲載誌の『マンガ・エロティクス・エフ』で1話目や2話目を読んだときには、その悲痛でしかありえないエピソードに、けっこうこたえたのだったが、こうやってまとめられたものに目を通してみると、痛々しいばかりではない、(あのSM的な画集『人でなしの恋』ともまた違う)べつの表情がうかがえ、胸を動かされた。たしかに結末だけを取り出せば、作中人物の多くは、幸福とは遠く離れた場所で、目を閉じる。だが暗闇へと滑り落ちてゆく最中、ほんの一瞬、希望と呼んでもいい光を、かするようにしてであれ、目の内にとらえているのである。その、一片の輝きが、さびしくも豊かな叙情をつくり、こちらの心を叩く。多少の大げさを承知で述べるなら、秘密めいた「1・14計画」あるいはブラッドハーレー家の謎とは、作中人物たちにとっては自分たちを左右する世界それ自体と、ほぼ同義であろう。世界は、けして望みどおりに回ってはくれず、かならずしも喜びを都合してはくれない。そうした現実にあって、彼らは、ほんのすこしの夢を見る。または、こう言い換えてもよい。ほんのすこしの夢を見ることだけは、許されている。叶えられることがなく、たとえ深い絶望のみがもたらされることになろうとも、それだけのことは、平等ですらあるほどに、許されている。見られた夢が希望に重なる、これはもちろん、特殊な状況にかぎらず、ごく普通の、一般的な事例に他ならない。だからここで問われたいのは、希望がただの夢で終わる、夢想のまま費えるしかないとき、それはまったく意味のないことなのか、という点だ。そうかもしれないし、そうではないかもしれない。このマンガのエモーションは、おそらく、そうした答えを出さない、含みのなかにゆだねられているのだろうな、と思う。たとえばそれは、マッチ売りの少女がちいさな炎によって得られた夢に似て。

 『エメラルド』について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(07年)
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