ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年09月15日
 Sisters of the Red Death

 VENDETTA REDというバンドの話をしよう。VENDETTA REDは、00年にデビューしたアメリカの5人組である。簡単にいえば、アット・ザ・ドライヴ・イン以降の線上にあるようなサウンドだと思う。いちばん近いのは、イギリスのバンドになってしまうが、ハンドレッド・リーズンズではないかな、という気もする。LOVELESS RECORDSというインディ・レーベルから01年に発表された、ファースト・フル・アルバム『WHITE KNUCKLED SUBSTANCE』は、じつは、かなりのお気に入りであった。扇情的な勢いをキープしたまま、メロウにしなるメロディが、とてもとても魅力的に感じられたのだ。ギターは、わりとはっきりとしたリフを弾く。猥雑なテイストを含んだヴォーカルの声質も、よい。僕の好みからいえば、まさにジャストな音だった。

 しかし03年、EPICに移籍してのメジャー第一弾アルバム『BETWEEN THE NEVER AND THE NOW』は、なんか、ピンとこなかった。多くの楽曲は『WHITE KNUCKLED SUBSTANCE』と被っているにもかかわらず、聴きながら、どうも以前ほどにはテンションが高まらないのだった。全体的に、ややウェルメイドなつくり過ぎて、荒々しい部分が、洗練の名のもとに、削ぎ落とされてしまったからかもしれない。つまり、印象が違ってしまったわけだ。そういえば、ジェリー・フィンのプロデュースだ。よくよく考えると、僕とジェリー・フィンは相性が悪いらしく、彼のプロデュース作品でハマったものは、もしかしてゼロなんじゃないかしら。翳りが魅力的に映えないメイクをする人である。

 さて本作『SISTER OF THE RED DEATH』は、要するに、VENDETTA REDのサード・アルバム(メジャー・セカンド・アルバム)になるのだった。アメリカでの人気がどれだけあるのか、ちょっと見当もつかないが、ふたたびEPICからのリリースであるので、それなりの売り上げがあるのだろう。たしかWARPEDツアーに参加したりしてるはずなので、そういったところで、ちゃんとアピールし、支持を集めているという可能性は考えられる。

 ここでプロデューサーに迎えられているのは、ハワード・ベンソンである。ハワード・ベンソンといえば、ジェリー・フィンに劣らず、ポップでクリアな整形を施すタイプであるが、しかし、いや悪くない。それは楽曲自体が、かつてのポスト・ハードコア的な流れを引き継ぎながらも、もっとずっとメインストリームを意識し、ヴァラエティに富んだ、スケールの大きなものを目指しているからだろう。場面によっては、インキュバスのニュアンスや、ミューズのフレイヴァーを吸収しているように、受け取れる。そのような指向性が、VENDETTA REDの本質であったならば、僕は前作『BETWEEN THE NEVER AND THE NOW』を見誤っていたのだ。なるほど。ここから遡るように『BETWEEN THE NEVER AND THE NOW』を聴き直せば、けっして悪い作品ではない、どころか、コマーシャル性の高く、それが嫌味にならない程度にまでダイナミズムにより薄められ、いわゆるエモという領域のなかでも、独特な風味を持った内容に仕上がっていることに、気づく。つまり、ダイナミズムがコマーシャル性によって損なわれているという僕の思いなしは、逆の視点だったのである。

 そう、ベース、ヴォーカル、ドラム、2本のギターが巻き起こすダイナミズムが、『SISTER OF THE RED DEATH』というアルバムの隅々までを豊かに潤わしている。狂った拍子は用いられず、ストレートにメロディが伸びる。楽曲のヴァリエーションは多彩であるが、取ってつけたようなイメージに陥る危うげさも、冗長で散漫な様子もなく、全体でひとつの波状を為しえているみたいだ。ところで、楽曲のタイトルを、つらつら眺めていると、3曲目「A DARK HEART SILHOUETTE」と6曲目「SILHOUETTE SERENADE」には関連性が見つけられ、じっさいに曲調の方も、ともにストリングスを配されながら、力強くシンガロングなコーラスが高揚を誘う前者と、過剰にドラマティックなバラードとして奏でられる後者では、対になっているように思える。そのあたりから察するに、なにかコンセプチュアルなものが含まれていたりするのだろうか。まあ、その点は措いておくにしても、とにかく、ありったけのスキルとセンスでもって、レンジの広いエモーションを表現することに終始つとめた、という感じの出来になっている。

 とはいえ、諸々の部分に遊びがなくて、理知的なコントロールのもと、剛性の高められたサウンドであるので、単なるオルタナがかったハード・ロックでしょうと言い、仰々しさが煩わしく、メジャー臭い仕様が鼻につく向きもいるに違いない。たしかにそういった面もあるにはある。だけど、したたかに律せられた音は、自分の未熟さを衝動だなんてエクスキューズで誤魔化したりしない、むしろ、この方向性が、確信に満ち、逞しい、揺るぎのないものであり、それを支える力量が、すでに一線級の域にまで達していることを、如実に、知らしめている。

 バンドのオフィシャル・サイト→こちら(音出ます)
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽。
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