ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年09月14日
 『野性時代』10月号掲載の短編。もしも「大人の青春」あるいは「大人の青春小説」(大人のための……ではない)などという物言いが成り立つのであれば、青春などというのは、もはや特別に限定された空間でも期間でもなく、なるほど、そのような意味において、近代の終焉とともに青春という季節の無様さと尊さは永遠に失われたのだ、といえば、たしかにそのとおりなのだろう。以上、前置き。さて、ここからが本題、有川浩の『ロールアウト』について。基本的には、自衛官の男性と民間人の女性が恋に落ちるという、有川得意のパターンに基づく内容である。ただし、パニックや災害は起こらない。航空設計士として、次世代輸送機の開発に携わる宮田絵里は、自衛隊側の要望を尋ねるため、小牧基地へと訪れる。その際、不遜そうに見える態度の幹部、高科に出会う。彼から宮田に突きつけられた要望は、ただひとつ、トイレをコンパートメント式にして欲しいということであった。予算の関係上、それは無理だ、と宮田は思う。他に重点を置くべきところが多々あるだろう、と。だが、高科は自分の意見を曲げない。かくして、ふたりは衝突を繰り返し、やがて、それぞれの考えや立場を認めるに至るのだった。ふうん、という感じで、へえ、という感じである。つうか、まあ、生きるのは難しいですよ。だからさあ、日常を戦場に見立てて、必死んなって闘ってるんだといえば、それなりの体裁は繕える。ただ僕は、それって、ものすごい閉塞感だと考える。そういう人生のなかで、ピースフルな運動って、ほんとう恋愛だけだよね。はっきりといえば、有川の描く恋愛というのは、一種のストックホルム症候群であるケースが多い。としても、それは、ある面では、この時代を見事に反映している。息詰まった環境のなかで、病んだコミュニケーションを繰り返しているのが、現代人なわけだから。で、問題は、そのとき、主体あるいは自己の主題といったものは、いったい何に左右され、どこへゆくのだろうか、ということだ。おそらく恋愛対象として選び取った相手に委託される。『ロールアウト』の場合も、顛末こそ前後するが、社会人的な主張、もしかすると自己実現に値するものだろう、それは恋愛対象の喜びとイコールで結ばれる、混同される。相手の気持ちを重んずるばかりだとしても、しかし僕は、そのことが純粋さを保証するとは思わない。ただ悲しくなるほどオートマティズムに従っているだけだろう。
 
 『クジラの彼』について→こちら
 『海の底』について→こちら
 『空の中』について→こちら
 『塩の街』について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書。
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