ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2007年11月18日
 レンジマン 6 (6) (少年サンデーコミックス)

 作者であるモリタイシの「あとがき」を読むと、やはり打ち切りであったらしい『RANGEMAN(レンジマン)』であるけれども、しかし、この最終6巻の、それでも作品に対する落とし前だけはちゃんとつけようとする意志の感じられ、まさに畳み掛ける勢いでもって読ませるところが、好きだ。ストーリーは、主人公とヒロインの恋愛に焦点化され、ふたりの関係を見届けるかのように、他の登場人物たちはワキに固まってゆく。レンジマンが、敵対する異星人と戦闘を行うたび、好きな人のことを忘れてしまう、という設定も、ほとんど両想いの状態からつくられてゆくクライマックスにおいて、見事に引き立っている。裏を返せば、結局のところ、ここまで話を持ってくるにあたり、これ、というほどのメインに相当する一本道が、こちら読み手の側からは見えにくくあった点に、本作の難があったということではないか。たしかに、作者の資質なのであろう、賑やかでコメディの要素がつよいマンガではあったが、『いでじゅう!』序盤のようにワン・エピソード単位のハプニングが連鎖していくというより、ラブコメ(ラヴ・コメ)的なディスコミュニケーションを積み重ねていくスタイルであったため、やはり、これ、といった目的があらかじめ読めないと(たとえそうした予測が裏切られることがあっても)、なかなか展開には、はまりにくい。加えて、これが単独者のヒーローではなく、戦隊単位の複数で構成されるヒーローを扱っていたのも、あまり有利に働かなかったふうに思う。じじつ、主人公以外は、意外と交換可能な要員であったのに対し、主人公のみが、すぐれた才能(恋愛衝動過剰)の持ち主であるがゆえに交換不可能な、それこそ特権的な立場であったのだし、終盤に至るまでメンバーが揃わなかったせいで、戦隊単位であることの意義も、あまり感じられなかった。いや、むしろ物語の進行を遅延させ、テンポを悪くしていたぐらいだ。もちろん、マンガが続いていけば、それなりの膨らみも生まれたのだろうが、そうしたヒーローものの要素は、先ほど述べたラブコメ的なディスコミュニケーションの、いわばダシにあたる部分だったのであり、つまり言葉を換えれば、フックが弱かったということである。とはいえ、怒濤のクライマックスを経たあと、ラストに満ちるせつなさとさわやかさには、胸が打たれる。極端な話、ヒーローものもラブコメも、何かを失っていく過程がドラマを催すものだけど、その報いが、きれいなかたちのハッピー・エンドとして描かれているからであった。ちなみにカヴァーを外すと、連載中にはなかったエピローグが見られるが、おまえさん方のその幸せカップルぶりが、じつに憎い。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(07年)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバック