ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年09月04日
 あだち充のマンガはどれもたいへんヘヴィな内容なのだけれど、と、僕が書き出せば、君は、えー、という顔をするかもしれないが、いやいやもう一度ちゃんと読み直したほうがいい、とくに『ラフ』など、その作中に漂う息苦しさは、異様である。そういったヘヴィさがどこから来るのかは、一概に断定できないが、しかしそれを、最終的には、さわやかな青春劇へと落とし込むあたり、あだち充の流石なところであったりする。さて、『クロスゲーム』である。これも現在『週間少年サンデー』誌上で再開した第2部を読む限り、とてつもなく重たい磁場を発生させている。それは第1部のラストを受けてのことである。この第1巻には、その第1部がぜんぶ、つまり主人公である樹多村光の小学生時代が丸々収められている。連載時、唐突にある登場人物の身の上に降りかかったハプニングに対して、僕は、あんまりだあ、と嘆いたクチであるのだけれども、あらためて読み返してみると、当初の段階より、あちこちに「不在」あるいは「喪失」というメタ・メッセージが張り巡らされているのに、気づく。同作者の傑作『タッチ』においては、ライバルの「不在」あるいは「喪失」が扱われていたわけだけれど、ここでは「不在」あるいは「喪失」の対象は、ダイレクトに、愛すべきパートナーであるのだった。それはつまり、泣きたいときに支えてくれる人物が損なわれたことを表している。そうして成り立つ悲しい関係性が、物語全体に、ひどく厳しい重圧を加えているみたいだ。そのへんは、ことによると、作者が実生活においてじつの兄弟を亡くした、という最近の出来事が作用しているのかもしれない。ともあれ。幼年期の記憶を、どのように受け止め成長しなければならないのか、そういった種のビルドゥングス・ロマンが、今後の展開として用意されているに違いない。と考えれば、まずまずの出だしとなっている。


posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ。
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