ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年08月30日
 『月刊少年シリウス』10月号掲載。まず最初の死体が発見される。『開かずの間』の奥で、つまり、密室の状況のなかで。なぜそこでどのようなわけでその人物は死んでいなければならないのか。具体的な謎が、物語の表面に、浮上する。と、ストーリーに関しては、それ以上は言えない感じである。というのも、本編のラストに、とりたてて読者参加企画というわけではなさそうなのに、唐突に、メタ・レベルから物語を眺める視線が、読み手に挑戦状を叩きつける。おそらく、そちらこそが、今回の本懐なのだろう、と思えるからなのだった。曰く、この事件の真相を解き明かせるものがいるかどうか確かめたい。曰く、とはいえ推理小説などというのは一種の詐欺的行為なのであり公正さを求めるのはじつに偽善的だ。曰く、だがすべての答えはすでに提示されている。曰く、にもかかわらずすべてを解き明かすことは不可能である。曰く、つまりすべてを解き明かすことができる者は皆無だろう、と。そして最後には、次のように綴られる。〈ところで、私が誰か? ここでいう私とは、誰のことなのか? この文章は――いったい誰が書いているのか?〉。いっけん見え透いたアイディアではあるけれども、ハッタリとしての効能はそれなりに果たされている。まるで清涼院流水を思わせるような、見得が切られている。というか、なるほど、そういえばこれはJDCトリビュート小説なのであった。おそらくは、書き手の存在と不在は読み手の存在と不在によって証明される、あるいはその逆ということもありうる、そのような意味合いのことが、そこでは問われているのではないか、という気がしないでもないが、それすらも謎のひとつとして、進む物語にかかってゆくみたいだ。

 『トリプルプレイ助悪郎――第三回「第三」』について→こちら
 『トリプルプレイ助悪郎――第二回「二人」』について→こちら
 『トリプルプレイ助悪郎――第一回「唯一」』について→こちら

 西尾維新その他の作品に関する文章
 『ひたぎクラブ』について→こちら
 『ネコソギラジカル (中) 赤き征裁VS.橙なる種』について→こちら
 『ネコソギラジカル (上) 十三階段』について→こちら
 『コドモは悪くないククロサ』について→こちら
 『タマシイの住むコドモ』について→こちら
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 『新本格魔法少女りすか 2』について→こちら
 『新本格魔法少女りすか』について→こちら

 『総特集 西尾維新』ユリイカ9月臨時増刊号について→こちら
posted by もりた | Comment(2) | TrackBack(0) | 読書。
この記事へのコメント
初めまして森田さん。メールもホームページもアドレスが無く少し戦々恐々ですが「助悪郎」の考察がしたかったので書き込まさせて頂きます。
僕が考えるに最後の文章の書き手…勿論維新氏ではあると思うのですが物語的な流れとして考えられるのは百足さんでしょうか。しかし森田さんのコメントを読んで思いついたのがあの文章は一葉によって書かれているのではないか、と言う事です。しかし僕は最初「勘繰郎」と同じように「誰かに書かれた」「読み物」だと考えたのですがこの考えは如何でしょう。
Posted by 鳴 at 2005年09月03日 21:50
鳴さん、どうもです。

基本的に、僕などは、読者は物語の傍観者にすぎない、というスタンスの読み手なので、推理っぽいことに参加するのは苦手なのですが、コメントにお答えする形で、すこしだけ考えてみたいと思います。

たしか『勘繰郎』なんかは、「私」という一人称で語られ、視点がその人物に固定されるため、それ以外の人物の内面は基本的に透視できないようになっていたと思うのですが(いま本が見つからないので、記憶違いだったら、すいません)、『助悪郎』の場合、 もちろん三人称で書かれているというのもあるのでしょうけれど、次々に登場人物の内面が透視されてゆきます、言い方を換えれば、視点がスイッチしていきます。最新(今回)のエピソードでは、最初一葉のサイドから見られていた物語が、途中から切暮に切り替わります。「一葉は……思う」という記述は「切暮は……思う」という記述に変更されます。とするのであれば、語り手はべつにいるわけで、それはもちろん作者である西尾維新なわけですが、今回の挑戦状みたいなものをみると、それとはべつのレベルで、登場人物たちを傀儡として筆記している人物がいるのではないか、と考えられます。傀儡というのは、たしか二葉が、すでに物語中で発しているキーワードだったように思います。筆記者は、操られる側ではなくて、操る側なわけですから、傀儡とはならない、その内面は記述されない。ここまでの段階で、姿を現していない、刑部山茶花と百足はともかくとして、内面が記述されていない、その視点が採用されていない人物がひとりだけいて、それは執事の別枝新になるわけですが、じゃあ彼がキーパーソンなのかといえば、いやあそこらへんはまったく見当もつかない、というのが正直なところです。
Posted by もりた at 2005年09月04日 14:07
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