ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2004年09月20日
 この世はどこか間違っているというところの、どこかをいちいち指摘するのは面倒くさい。その面倒くさい労力を惜しまないのが、小谷野敦である。小谷野がいうところの愚民とは、簡単にいえば、大勢に加担する知識人をも含めた民衆のことで、それに対して反論しようとするのであれば、知識人を敵に回すばかりか、マイノリティになることをも恐れてはならない。全体を貫く小谷野の文章(ロジック)には、よくも悪くも呉智英バイアスがかかっており、言い分としては、ひじょうに明快だ。

 第一に、ある仮説に対して、根拠不十分という判断を下す場合に、代替案を出さなければならない義務はない。「分からない」でいいのである。相撲の行司ではないのだから、どちらに軍配を挙げなければならないということはない。まじめな学者が書いたものを読んでみれば、分からないことは分からないとはっきり書いてある。そこを推理小説よろしく犯人探しをするのが、インチキ学問なのである。 P102

 しかし個人的には、2点ほど難所があるように思える。それは、2ちゃんねるについて書かれた箇所と、タバコについて書かれた箇所である。
 や、2ちゃんねるのとこは、短いなかに、やや詰め込みすぎだというのが正確かもしれない。ここで小谷野が批判しているのは、2ちゃんねるを支持する知識人と2ちゃんねる自体という、ふたつの層であるわけだが、知識人の部分についてはともかく、2ちゃんねるに関しては、印象論で終わっている感は否めない。またタバコについて書かれた箇所であるが、毎度のことながら、議論の進め方が、ややヒステリックすぎる感じがする。僕なんかは、ヘヴィ・スモーカーの類に入るタイプの人間なので、言わんとしていることはわかるが、しかし、読ませる文章としてはキツい。でもまあ、何も言わないよりはぜんぜんマシなんだけど、うーん。

 あ。話は変るが、たぶん書かれた時期のせいだろう、憲法九条への意見がわりと出てくる。たしかどこかで誰かが「自衛隊というのは日本国民の防弾チョッキでなければならない(防弾チョッキでしかない)」というようなことを言っていて、僕にとってはそれが一番納得できる意見なのだが、えーっと、どの知識人がそれを言っていたかな、と思って必死で考えていたら、知識人じゃねえや、マンガ『ドーベルマン刑事』の加納だった。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書。
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