ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年08月17日
 『野性時代』9月号掲載の短編。直木賞候補以降、絲山秋子にとっては、こういったエンターテイメント系の文学誌が主戦場になったのか、ここのところ『野性時代』にはよく顔を見せているなあ。まあ読み手の側としては、読めるのであれば掲載誌などどこでもいいのであって、どうでもいいといえば、どうでもいい話だ。ただ、この人の場合、やっぱり純文学の方が向いている気がする。生における具体性よりも抽象性が目指されている、という意味合いにおいて。それは角田光代にもいえたことなのだけれども。それもまたどうでもいい話といえば、そうか。

 さて。『へたれ』の話の筋を、シンプルに取り出すのであれば、次のとおりになる。東京駅でホテルマンをやっている〈僕〉は、ある年の大晦日、たまたまローテーションのため休暇となったので、大阪に住む恋人のもとへ、品川駅から新幹線に乗って向かう。東京駅から乗らないのは、彼女に会いにいくことが、仕事の延長線上に存在しているように、そう思えてしまうからだった。しかし新幹線のなかで、移動する距離の最中で、東京から離れ彼女に近づいていく途中で、ふいに思い浮かんできたのは、草野心平の詩と名古屋に住む叔母のことであった。母親は〈僕〉が記憶を持たないほど幼い頃に亡くなっていた。父親は出張が多く、〈僕〉の面倒をみられなかった。そうして〈僕〉は叔母に引き取られ、暮らしたのだった。叔母は教師をやっていた。草野心平の詩集は、その叔母が〈僕〉に買ってきてくれたものだった。

 ここに書かれているのは、たぶん、関係性における可変と不変の問題であるように思う。〈僕〉はこれまでに関わってきた人々との関係を根本に、他者との結びつきは、揺れ動きながら変化し、ある場合には簡単に分かたれてしまうものだと考えている。それは人の気持ちがわからないといったレベルに止まらず、自分自身でさえ今こうして抱えている気持ちをキープできないのではないかといった、自己不信へと波及している。そうした逡巡のはてに、決断を先送りにする行動を指して、〈僕〉は自分のことを「へたれ」だという。ただ、それでも不変であると信じられるものがあって、それは、叔母の〈僕〉に対する態度なのであった。〈僕〉の叔母に対する気持ちや態度には、たしかに変化があることを、〈僕〉は知っている。けれども、〈僕〉がどれだけ人々の間を移動し、そのたびに自己不信を助長させようとも、叔母は相も変わらずに名古屋で暮らしているのだろう。そこらへん、心情としては、叔母が〈僕〉を待っていると錯覚させる。そのように考える。それはなにも叔母が自分に対して一方的な愛情を向け続けていると〈僕〉が信じているからではない。距離感の捉まえ方に関している。叔母は〈僕〉にとって、生まれてから死ぬまで、母にはなりえないし、恋人にもなりえない、つねに叔母という位置のままでいる。作中において〈僕〉は、ふと、もしも自分の性別が女性であったならば、叔母ともっと話をたくさんしただろうか、叔母にとって自分がもうちょっと扱いやすくなっただろうか、と思う。それはつまり、二人の間に横たわる精神的な距離の変化を指している。しかし、そういった変化の訪れないことが、〈僕〉に整合性を与える。近からず遠からず、核心には何も触れえない、そのようなポジショニングが〈僕〉を規定する。足場となる。もうすこしいえば、叔母を絶対的な他者として感知している、その距離感の保たれていることが、〈僕〉という自己を安定させているのである。

 ところで『新潮』9月号において、絲山秋子は、松浦寿輝と「「文」の生命線」という対談を行っている。そのなかで、詩を小説のなかに引用することについて、いくつかの質問を絲山は松浦に向ける。たとえば〈自分の詩を取り入れるっていうのは面白いですね。私がやろうとしても他の詩人の作品の引用しかできませんが、松浦さんは……〉といった具合に。その後、詩(散文)における言葉と小説における言葉は機能が違う、といった話になってゆくのだが、そのあたりの話題は、草野心平の詩を引用した本作『へたれ』の執筆時期と前後して行われた対談であるがゆえに、出てきたのだろうかなどと考えると、すこし興味深い。
 
 『沖で待つ』についての文章は→こちら
 『ニート』『2+1』についての文章→こちら
 『スモールトーク』についての文章は→こちら
 『逃亡くそわたけ』についての文章は→こちら
 「愛なんかいらねー」についての文章は→こちら
 『袋小路の男』についての文章は→こちら
 『海の仙人』についての文章は→こちら
 「アーリオ オーリオ」についての文章は→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(1) | 読書。
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Excerpt: 芥川賞・直木賞決まっていたんですね。 今年は、芥川賞が絲山秋子さん(39)の「沖で待つ」 直木賞が東野圭吾さん(47)の「容疑者Xの献身」でございます。 今回は特別烈華やかさ..
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Tracked: 2006-01-18 07:12