ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2007年10月08日
 きららの仕事 16 (16) (ジャンプコミックスデラックス)

 バトルものにおいて、主役を、ワキ役が食う、というケースは、けっして稀ではない。主人公の資質が陽であるようなとき、ライヴァルは陰の資質を為し、それが際立つ場合などは、とくにそうだ。しかしながら、『きららの仕事』における坂巻の存在感は、はたして、それだけで説明がつくものだろうか、というのを、この16貫(16巻)の展開を読みつつ、思う。ネタを割ってしまうことになるが、きららと坂巻の決着から浮かび上がってくるのは、もしかすると、勝ち抜き形式のバトルもので女性が優勝できるか、的な問題ではあるまいか。もちろん、女性VS女性、あるいは、女性VS(エイリアンやモンスターなどの)異者ということであれば、それは問題とならない。マンガを含む種々のサブ・カルチャー表現で見かけることは可能である。だが、男女入り混じってのバトルということになると、たしかに一個一個の戦いを突破することはあっても、最終的なウィナーに女性個人がなっているケースは、なかなか思いつかない。これはトーナメントやバトルロイヤル(バトル・ロワイヤル)といった方法を問わず、そうだといえる。いや、そもそもバトルを繰り返して成る物語の多くは、身体的な能力の差が直截に関係する格闘技(武闘)をベースにして発展してきた以上、それは仕方がないことなのだとしても、男性VS男性ならば、そのようなハンデを気力で乗り越えるパターンがすくなくはなく、それがカタルシスに繋がる最大の要因でもあったりするのだから、もっともな理由とはならない。以前から述べているとおり、『きららの仕事』は、スシバトル編に入ってより、ほとんど古典的なバトル・マンガともいえる様相を見せているのだが、ここでは勝敗を分かつ手段は、あくまでも料理であり、格闘技(武闘)を描いたものよりは、男女の差が縮んでも良さそうなものだけれど、結局のところ、男を漢(おとこ)と読み替えるような精神の力学によって、登場人物たちの運命は定められる。スシバトル編の終幕をもって、第一部は終わり、いったんのリセットが入るわけだが、おそらくそれは、主人公である女性をふたたび活躍させるためには、ふんだんに取り入れられたバトルもののエッセンスを、どうしても洗い流さざるをえない、という限界を示している。もしも第二部で、作中にアナウンスされている「ワールド・スシバトル」が行われるとしたら(正直なところ可能性は低いと見るが)、越えなければならないのは、その限界である。

 15巻について→こちら
 14巻について→こちら
 12巻について→こちら
 10巻について→こちら
 9巻について→こちら
 8巻について→こちら
 7巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(07年)
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