ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2004年09月11日
 及第点を一歩越えたレベルには仕上がっていると思う。けど、それっていうのはデビュー作の頃からいえたことであり、だからどうしたというところもある。このサード作は、正直なところ、ずいぶんと薄味である。というのもパパ・ローチというバンドがやっているのが、引き算だからなのだろう。デビュー作にあったラップの要素を差し引いたのが、セカンド作であり、セカンド作にあった直線的な勢いをさらに差っ引いたのが、これであり、そうして出来上がったのは、一昔前の典型的なヘヴィ・ロックに他ならない。さて、どうしよう。おそらくバンド側の目論見としては、そうすることで剥き身の自分たち、いわば彼らのサウンドの本質みたいなものに突き当たる、というのがあったんだと思う。だが結局のところ、辿りついたのは、スカスカで類型的なヘヴィネスとグルーヴの規則正しい回転でしかなかったわけだ。もちろん新しさやラジカルさを、バンドは求めていないとして、じゃあ楽曲の構成やメロディについて目をやったとき、むしろ欠点だけが浮き彫りになる。たとえば、ほとんどのナンバーが3分程度で締められるのだが、しかし、その3分がちょっと長く感じられる。これはリフにフックがないのと、楽曲の展開に工夫がないためである。そしてメロディ・ラインに関しては、よく聴けばわかるように、近年のボン・ジョヴィがうたうものと、そう大差がない。これは良い意味でとれば、優れたメロディを書いているという風になる、けれども、じっさいにはそのメロディを活かす、そういった部分に曲構成の重点が置かれていない、3分を通じて単調なテンポで進むので、どうにも平べったい、ドラマ性を欠いた印象を残すのだ。当人たちの気持ちはどうであれ、かつてラップ・メタルの群れに加えられていたバンドの多くが、いま現在、ラップやヒップ・ホップの要素を切り捨てていっている。たしかにそれは装飾にしか過ぎなかったのだろう。けれども、そうした装飾があることで、彼らが欠いていた点(たぶんソング・ライティングの能力)が補われていたのだ、ということを、このアルバムのまあまあな出来が示している。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽。
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