ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年08月09日
 If You Ain't Got a Weapon... You'll Never Get a Say

 本作『IF YOU AIN'T GOT WEAPON…YOU'LL NEVER GET A SAY』は、イギリスの4人組であるスリー・カラーズ・レッド(3 COLOURS RED)の、メジャー時代におけるベスト盤的かつ未発表曲集的な、2枚組アンソロジー・アルバムである。90年代の末にいったん解散してしまったバンドは、メンバーを違え、再結成し、昨年サード作にあたる『THE UNION OF THE SOUL』を発表したが、その内容はややどんより指数が高すぎた、全体的にミドル・テンポで統一され、爽快な箇所の少なさは、すこし退屈に似ていた。こうして、それ以前の音源を聴くと、なおのこと、そう思う。

 基本線は、疾走型のパンキッシュなサウンドである。が、同時期であったり同世代であったりするアメリカの、いわゆるメロコア(ポップ・パンク)勢が、どちらかといえば陽性な雰囲気を含んでいたのに対して、海を越えた場所でグランジのネガティヴさを引き継いだかのような、陰性のアグレッシヴさを発していた。FIERCE PANDAレーベルから96年に出たデビュー・シングル「ディス・イズ・マイ・ハリウッド」なんて、アメリカへの屈折した憧憬がそのまま、ジャケットの墓場の写真に映し出されている。と、資料代わりにブックレットをちらちらと見ながら、これを書いているのだが、そういえばデビュー当初は、英『メロディ・メイカー』誌や英『ケラング!』の表紙を飾ったりもするなど、期待の新星だったのだ。アラン・マッギーのクリエイション・レーベルがハード系のアーティストと契約したというトピックにも後押しされていた。メンバーにしたって、元ダイヤモンド・ヘッド(サポートに近いかたちだけど)や元センスレス・シングス、そしてワイルドハーツのベースの弟が在籍といった、クラスとしてはミニ・サイズだが、スーパー・グループとしての要因も孕んでいた。

 ただやっぱり、サウンドそれ自体は幅広というわけではないので、なかなか広域に支持されるとまではいかず、伸び悩みはあった感じはする。とはいえ、99年のシングル「ビューティフル・デイ」が英チャートの上位に入り、ヒットとなり、それなりの成功を収め、ほぼ同期であるA(エー)やフィーダーよりも頭ひとつ抜けたところに出る。が、そのふたつのバンドが現在も活動を続けていることを考えるのであれば、ともすると急ぎすぎたのかな。現時点から振り返れば、結局のところバラードが売れた、っていう寂しい事実が残っただけじゃん、みたいな、そういう。一部にはワイルドハーツのフォロワーみたいな見方もあったので、それがバイアスとなっていた可能性もある。じっさいファースト・アルバム『ピュア』にあった、ヘヴィネスとポップさとパンキッシュがぶつかりあう、そういった力強いエネルギーの回転は、セカンド・アルバム『リヴォルト』においては、ワン・アクセント程度にしか機能していなかった。

 でも『リヴォルト』には、バンドの貪欲な姿勢が、よく現れてはいた。リ・リリースされたシングル「ディス・イズ・マイ・ハリウッド」のB面で、アイス-Tによるリミックスを収録したり、また一方でメンバー自身は、スウェディッシュ・ポップ・パンクであるワナダイズのシングルのリミックスを担当したり、と、そうした周囲の状況への関わりが、自分たちの作品の方へとちゃんとフィードバックされている。『リヴォルト』からのファースト・シングルであった「パラライズ」からは、なるほど、ヒップ・ホップ的なフレイヴァーが感じ取れるし、それがポップなメロディと巧い具合に調和している。アルバムは、プロデュースがデイヴ・エリンガ、ミックスはクリス・シェルダン(シェルドン)という、英ハード・サウンド界における最高のバック・アップによって制作された。が、しかし、それでも、どこか目指す場所を失ってしまったかのような散漫さに支配されていた。それというのは、もしかするとバンドの抱えていた「自分は自分、だけど自分っていったい何」というジレンマが、なんの抑制もなしに表出された結果だったのかもしれない。

 と、思わずヒストリーを、つらつら述べてしまったが、それほどに濃密な時間が、ここには詰め込まれているのだった。

 バンドのオフィシャル・サイト→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽。
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバック