ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2007年09月14日
 わかってないのはわたしだけ (KCデラックス)

 あの娘が聴いているのはHOLEやELASTICAで、それはとてもわかりやすい、と思うのは傲慢だろうか。傲慢だろうね。眼鏡の人間がみな真面目だって決めつけるのと同じぐらい傲慢だろう。鳥飼茜、初の単行本『わかってないのはわたしだけ』には、「れいとエリ」「慶」「杏」「ミミ」の、五人の女子高生たちのターニング・ポイントを描く表題シリーズのほか、慶の兄である藍を中心とするエピソード「水辺のゆめ」の、全五篇が収められていて、そのどれもが、自分で自分を持て余して仕方がないような青春の像を、とても印象的に捉まえている。「れいとエリ」では、ボーイズ・ラヴならぬガールズ・ラヴ的な距離の微妙さにとまどう少女たちが、「慶」では、殺伐とした家庭環境のなかで兄に憧れることでしか居場所を掴めなかった少女が、「杏」では、かわいいという価値を第一義に他のものには目もくれなかった少女が、「ミミ」では、あまりにもまっすぐであるばかりに周囲からは引かれてしまう少女が、それぞれの足で、それなりの一歩を踏み出す。彼女たちはみな、とても躓きやすく、にもかかわらずヴァイタリティに溢れ、けして後ろを振り返ったりはしない。その姿が、あまりにもかっこうよいので、思わず見とれ、胸が潰れる。「水辺のゆめ」のセリフを借りるなら、つまり〈女のコは孤独だ ひとりぼっちぽつんと ひっそりと ただ眩しいくらい てらてらと光りながら そこでなにかを待ってる だれかが水に入るのを 俺は それが こわくて近寄れなかったんだ 全然〉といった感じである。これが褒め言葉になるかどうか、ちょっとわからないけれども、ところどころにおける独特なセンスと情緒の際立ちなど、ポスト・ジョージ朝倉の位置に、いまもっとも近いマンガ家であるかもしれない。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(07年)
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