ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年07月28日
 正直、惰性で読んでいる風で、それほどおもしろいとは感じていなかったのだけれども、この巻を読んだらちょっと、考えるところがあった。吉田秋生のマンガというのは、基本的には、主人公なりヒロインなりが、非情であるというか、クールを気取っているというか、そういう造形の為されている傾向が強い。『カリフォルニア物語』のヒースや『吉祥天女』の小夜子とかにも、そのケがあるし、本作との登場人物の重複から、ひとつのシリーズとして捉まえるのであれば、『BANANA FISH』のアッシュや『YASHA-夜叉-』の静(凜)なんかも、もちろんそういった感じだろう。ただ、これまではそのクールさというのが、ある種のアパシーによってもたらされているとした場合、そのアパシーは、トラウマなどの精神的なドラマが駆動することで成り立っていたわけだが、この『イヴの眠り』における死鬼の非情さっていうのは、もうぜんぜんべつのレベルで成り立っている。それこそ優生学、あるいは遺伝子的に、彼は人を殺すことが許されている。そこに倫理や感情は存在しない。だから、その殺戮行為が物語化していくこともない。この巻で、今井という登場人物が死鬼について言及しているのは、たぶん、そういったことだ。ほんとうなら、それを相対化して、物語を立て直すエモーションとして主人公のアリサが設定されていると思うのだが、いかんせんキャラが弱すぎる、結果として死鬼のアパシーに物語そのものが殺されていく。本作が退屈な原因は、そのような構造にあるのだが、今井のセリフを見る限り、なんとなく作者もそれをわかってるんじゃねえかって気がする。もうちょい言えば、アリサに託すべきエモーションなり希望なりを、じつは作者自身がまだ断定しきれないのではないか、とさえ思う。才能の衰えとか、そういうことではなくて、時代性の問題として。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ。
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