ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2007年09月02日
 本題とは直截関係のない話だけれども、『ROCK JET』VOL.29(ニルヴァーナ特集号)に、なぜか(ということもないが)掲載されている角田光代のインタビューのなかの〈小説と音楽って、凄く相性が悪いと思っているんです。小説家には当然ロックが好きな人がたくさんいて、多くの人が実際に音楽を小説に取り入れていると思います。でも、私はすごく難しいことだと思うんです。小説に音楽を持ち込むと、絶対に小説は敗北すると思うんです。音楽を持ち込むこと自体が敗北宣言だと思っています。でも、それでも音楽をなんらかの形で小説に登場させるというのならば、小説は音楽に勝たないまでも、なんとか肩を並べなければならないでしょう。その時に小説に合う音楽と合わない音楽があることが重要になってくるんです。で、ニルヴァーナは合うんです〉という発言が印象的であった。それから角田は、小説を書きはじめたばかりの〈ちょうどその頃にロックをたくさん聴いていたので、最初の頃は音楽が好きだ! と思う気持ちを小説に入れることがカッコいいと思っていたんです。このロックが好きだ! という気持ちを何とか伝えたい、そして、小説に書けば伝わる、と思っていました。でも先ほども話したとおり、小説は音楽に負けてしまうんですね。でもその当時は気がついていないので、恥ずかしげもなくロックが登場する小説を書いていました。「ロック母」は、なぜニルヴァーナなのか、ということがちゃんとあって書いていますから。計算した上で書いています。若い頃はそういうことが出来なくて、カッコいいと思う音楽があれば、主人公がそれを聴いていることにして、すぐに小説に登場させていました〉といっている。これはもちろん技術と深く関わる話題であり、そして、かつてはいち若手女性作家に過ぎなかった彼女と、現在の彼女との、本質的な差異を捉まえているように思う。

 さて。書き下ろしである新作『予定日はジミー・ペイジ』の、その題にあるジミー・ペイジとは、言うまでもなく、あのレッド・ツェッペリンのギター、ジミー・ペイジのことなわけだが、しかしこれは、べつにロック小説というのではない。作品の比重は、むしろ「予定日」のほうにかかっており、要するに、出産小説とでもいうべき内容になっている。自分の妊娠を知った主人公の〈私〉が有名人の誕生日を一覧にした本を手に、〈白髪の医者が言っていた予定日のページを開く。その日に生まれた人の一覧がのっている。ふむふむ、ジミー・ペイジ。いいじゃないか。ボーヴォワール、宗兄弟、ジェーン・バエズ、いいじゃないの〉というわけだ。そうして出産までの日々を、ほぼ時系列で追ってゆく。〈私〉の置かれている環境は、けして特殊なものではなく、世間一般からすれば、平準的なものだといえる。結婚した夫との自然な営みのなかで、妊娠し、ごくふつうに周囲からは祝福される。だが、その平凡さこそが、作品の基調を為し、作中人物たちの息づかいをつくりあげる。ドラマティックとまではいかないまでも、当然、妊婦である〈私〉は不安になったり、恐慌をきたしたりする。これを、「あとがき」にあるとおり出産経験のない作者が、いかにフィクションに定着させていくのかが、ひとつの勘所であると思う。物語としてみた場合、いちおうは亡くなった父への嫌悪というのが、伏線としてあるのだけれども、それより、夢のなかや回想の出来事を含め、とっ散らかって曖昧な心理のほうから、〈私〉という個人の姿形が、よく伝わってくる。

 
・その他角田光代の作品に関して
 『ロック母』について→こちら
 『夜をゆく飛行機』について→こちら
 『ドラママチ』について→こちら
 『おやすみ、こわい夢を見ないように』については→こちら
 『ぼくとネモ号と彼女たち』については→こちら
 『酔って言いたい夜もある』についての文章→こちら
 『いつも旅のなか』についての文章→こちら
 『人生ベストテン』についての文章→こちら
 『対岸の彼女』についての文章→こちら
 「神さまのタクシー」についての文章→こちら
 『庭の桜、隣の犬』についての文章→こちら
 『ピンク・バス』についての文章→こちら


posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(07年)
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