ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年07月23日
 デビルマン黙示録 STRANGE DAYS

 まず概要をいうのであれば、オリジナル『デビルマン』の世界観を拡張させた『AMON デビルマン黙示録』の、そのサイド・ストーリーになっており、シンプルに話のラインを取り出すと、ロック・バンドを組んだある高校生たちの愛と友情といったところである。オリジナル『デビルマン』とのリンクのためだろう、人類最後の夏は197X年にやってきたように設定されている、そのことが70年代を舞台にした良質の青春小説や青春映画のような、大人社会との軋轢にあえぐ若い純粋さの、直接的な描写へと繋がっている。オリジナル『デビルマン』においては、人類総体の業こそが作品のアウトラインを作っていたが、ここでは(『AMON デビルマン黙示録』自体がそうなのだけれど)、個人個人の自意識が物語を駆動させるキーになっており、そういった部分においては、じつに90年代以降を感じさせるテイストであったりもする。また、そのような登場人物たちにおける自意識の在り方は、見ようによっては、不動明と飛鳥了という、ふたつの根源のヴァリエーションとなっている点が、興味深い。つまり、「大きな物語」だとかといった言葉を使わせてもらうのであれば、70年代オリジナル『デビルマン』は、まだ「大きな物語」の生きている時代の産物であるがゆえに、善や悪への問い、あるいは人間存在への不信は、必然的に人類という大きな枠に届くことができたが、もはや「大きな物語」の機能していない現在においては、善や悪への問い、あるいは人間存在への不信は、どれだけ大げさに語ろうとも、結局は個人的な内面の葛藤に着地せざるをえないのである。と、そのようなことはもしかしたら、どうでもいいのかもしれなくて、表紙のギターを弾くデビルマンが、素直に、かっこいい。デビルマンとロック・ミュージックの親和性の高さは、「あとがき」で永井豪がいっているとおりであるけれども、それをここまで具現的に描いてみせた衣谷遊の手腕は、やはり評価に値するのだろう。このコンビは、どうやら本作をもって解消となるみたいだが、なんかすこしもったいない気もする。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ。
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