ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2007年08月22日
 極道の食卓 3巻 (3) (プレイコミックシリーズ)

 しかしほんとうに立原あゆみはジャガイモのみそ汁のネタが大好きだな。他のマンガでも、さんざん読んだぜ。ジャガイモのみそ汁のネタとは何か、いや書かないけれども、このあたりのおっさんセンスが、きっと、ヤングな層を取り込めない要因のひとつではあるのだろう。さて、『極道の食卓』の3巻だが、初っぱなからいきなり風組の新年会で、『本気!』の読み手ならば、思わず仰け反るような風岡(本気の尊敬する人ね)の扱いに、大笑いする。その風岡を含め、小間や紅花ら風の草書をひさびさに見られる演出はにくいが、それをだよ、完全に一発ギャグのために使っちゃってるのが、すごい。また主人公である久慈雷蔵と別れた奥さんのエピソードで、反則ともいえる『本気!』のセルフ・パロディを披露するあたり、作者の突き抜け方というか、吹っ切れ方に尋常じゃないものを感じるのだよ。なんていうか、もう、やりたい放題である。いま現在、もっとも自由なマンガは、この『極道の食卓』だと言いたい。まあ冗談半分にではあるが、しかし本気半分で、こうした手つきに見え隠れする立原の自作に対する批評性は、もうちょい高く買われて良いと思う。そこからさらに立ち入った見方をするのであれば、これまでの作品にも多く取り込まれてきた教育や司法、福祉や医療の問題を、『本気!』に代表されるシリアスなパターンでは、もはや描ききれなくなった結果、ユーモアがかった『極道の食卓』のスタイルが編み出されたともいえる。じっさい、これ以前の作品では、善と悪の二項対立で現代社会を捉まえることの困難さゆえか、あるいは躊躇いからか、話の筋がどんどん暗くなるばかりであった。『本気!サンダーナ』のラストは、たしかに泣けるけれど、すべての判断は神に委ねるといわんばかりに、一種の保留状態を提示するに止まっている。どのようなかたちであれ、すべての人間は生きることを許されている、としても、それを前向きに、あかるく表せなくなっていたのだ。ところが『極道の食卓』は、同様のテーマをうちに秘めながらも、あかるく、たのしい。そして、それが意識的に為されているのは、現在、立原が抱えている『仁義S』、『ポリ公』、『恋愛』といった、従来の路線を貫く、他の連載と比べてみたさい、あきらかで、悪ふざけばかりではなく、久慈雷蔵という異色の存在に託されているものは、意外とおおきいことが、わかる。

 2巻について→こちら
 1巻について→こちら

・その他立原あゆみに関する文章
 『仁義S』
  4巻について→こちら 
  3巻について→こちら
 『ポリ公』2巻について→こちら
 『月の教室』について→こちら
 『喰人』1巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(07年)
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