ルーズに掻き散らかされるギターのリフ(反復)に沿いながら「ワン・トゥー・ヒウィ・ゴー」と立ち上げられるサウンドは、言われるように古き良き時代のノリ、ガンズやブラック・クロウズを彷彿とさせる。けれども、個人的には、バックチェリーやアメリカン・パールを思い出した。いかにもロックン・ロールなクリシェの多用は、下手をすれば場を白けさせるけれども、ここでは、こちらをバンバンと燃え上がらせる。基本軸は、古典的な手法の積み重ねだが、しかし、ある意味ではダンサブルなグルーヴは、ひとつの時代を経たあとでしか獲得されなかった類のものだろう。ねえ、90年代のはじめに、なんでプライマル・スクリームは「ロックス」だなんて演らなければならなかった?
いいね、これがロックン・ロールである。グラマラスな女の子が恍惚の表情を浮かべながら腰を振るイメージが浮かぶ。そして猥雑なパーティーの果てに、真っ直ぐで純朴な天使が見つかる。彼女はピュアかだって?おいおい、オタクがやってるゲームかよ。ちがう。致命的なほどに純粋な天使はこの世には存在しないから、僕たちはいつだってあの世を見つめている。この瞬間が、ずっと続くならば、死んでもいい。君だけを探すレースだったら無限に成し遂げる覚悟。地獄の底で、ウザいくらいの炎にまかれたとしても、好き勝手にやっていたいんだ。無理とか無茶とかの可能性を、たかが人間が区切るなって。邪魔すんな。僕だって、あんたと同じで凡庸さ、けれど、昨日にしがみつくような真似はしないし、明日に期待をかける真似もしない。今、今、今、いまがいちばん大切だから、ほら、こうして無駄なテンションに合わせて、ありったけの叫び声を上げてみるんだ。聞こえない?構わない!でもね、生きている感じがするよ。古臭いだとかといわれたって、結局のところ、そいつは目の前で現存しいるんだからさあ、そうだろう、いわば普遍的だ。あんたは忘れるかもしれないけれど、べつの誰かは覚えてる、べつの誰かが思い出す、僕が忘れない、だからこれは永遠になくなりはしない。
過大評価だともいえる、そんな妄想を育ませるサウンド・トラックが響く。どこまでも響き渡るから。やあ、はじめよう。人生というリングの上では、誰だって孤立無援なんだった。戦って死ねるならば、それでいいや、それがいいや。日和ったりなんかしないよ。黄昏れたりもしない。大人の名を着る豚の歩みに合わせなきゃならないんだったら、高鳴る心臓が止まるまで、待って。待てないなら、先に死んで。
ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2004年08月28日
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