ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2004年08月26日
 今回、DVD化されたことでようやく観ることができた90年代グランジ、というか90年代のシアトル・シーンのドキュメンタリー。僕ね、ほんとうにこれ、ずっと観たかったんですよ。当時のムーヴメントに関わったさまざまな人物(バンドやレーベル経営者、ジャーナリスト)たちの証言によって構成されているのだけれど、いちばん出番が多いのはプロデューサーのジャック・エンディーノかな。いちおう売りとしては、ニルヴァーナがライヴではじめて「スメルズ・ライク・ティーンスピリット」を演奏した場面になるのかもしれないが(歌詞がCDに入っているものと違うようなので、レコーディング以前の段階のものだろう)、個人的には、FLOPの演奏が観れたりするのが嬉しかったりもする(FLOP好きだったのだ)。ヤング・フレッシュ・フェローズが来日したときの模様も収められていて(このときのライヴは後にアルバムになったわけだけど)、まあ撮った人のセンスの問題もあるのだろうけれど、90年代前半ぐらいだと日本はまだアメリカの文化には追いついていなかったことが、ファッションなどから伺える。

 で、とりあえず思ったのは、グランジのA級戦犯ってエディ・ヴェダーなんじゃねえかな。たぶん体育会系に対するナードたちのルサンチマンみたいのをセンス・オブ・ユーモアで示そうとしたのが、グランジというサウンドのそもそもの動機だったような気がするんだけど、エディ・ヴェダーだけがもうひとりシリアスなの。当時の雑誌やタブロイド紙が映される箇所がわりとあるのだが、そこでもエディだけが、やたら深刻そうな顔で写ってる。たしかに今から思えば、グランジ=苦悩する若者っていうイメージってパール・ジャムの専売特許で、ニルヴァーナなんかは、むしろ『イン・ユーテロ』発表前後かカート・コバーンの死後になって、そういうイメージを付着された印象がある。で、サウンドガーデンとかアリス・イン・チェインズなんかは、ハード・ロックやヘヴィ・メタル的な音響の部分での評価のほうが大きかった。そのあたりの因果関係って、べつにメディアだけの責任ではない気がする。なんていうか、その人間の生来の気質みたいな部分も大きく関与していたんじゃないかな。まあ当然といえば、当然のことなのだが。
 このDVDとはぜんぜん関係ない話で、ブラック・クロウズのクリス・ロビンソンが、カート・コバーンが自殺したあとの『ミュージック・ライフ』のインタビューで、エディ・ヴェダーのことをものすごく批判していたけれど、彼が気に入らなかったのは、そういう本質的な部分、カートが「レイプ・ミー」をユーモアだよと言う(あるいは、わざわざ言わなければならなかった)のと、エディはぜんぜん違うスタンスを取っているのに、なぜか一緒くたにされてしまうことに対する苛立ちだったんじゃないだろうか。カート本人がエディを一時期嫌っていたのも、おそらく同様の理由だと思われる。

 いろいろと改めて発見するところがあったので、あとで文章加えるかもしれないけど、とにかくグランジ系のサウンドにハマったことのある人間は必見の一本である。ノスタルジーもあるし。というか、自分の問題意識は他のどこでもなくて、ここにあったのだと再確認した次第。そういえば、90年代グランジをリアル・タイムで聴いていた層って、僕を含め、日本でいえば団塊ジュニアとか、そのあたりの世代になるんだよね。これってけっこう重要なことだ。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽。
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