ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年07月07日
 ザ・フューチャー・エンブレイス

 ビリー・コーガンというアーティストに関しては、つよい感情移入をしてしまうタイプの人間である僕だけれども、彼の初ソロ・アルバム『ザ・フューチャーエンブレイス』に対しては、やや微妙なリアクションなのだった。ひさびさに全肯定できないなあ。というか、ミュージシャン側の欲望と、こちら聴き手の欲望の間にすれ違い、ギャップがあるのだろう。ズワン的なフレーズとムードとメロディを、『アドア』式の方法論(アプローチ)で組み立てたようなサウンドは、優雅に電子音が飛び交う空間を演出しているが、個人的には、すこしアンビエントすぎる、もうちょいギターの印象を大きく響き渡らせてもらいたかった。それに出来そのものについても、全体的に、やや詰めの甘さが感じられるような気がしないでもない。流れるままに、平面的に聴こえる。

 僕は、その繊細そうなイメージとは裏腹に、ビリー・コーガンという人は、コツコツと作業を積み重ねてゆくのが苦手なタイプじゃねえかしら、と睨んでいる。どっかで面倒くさくなるのではないか。そのことは、これまでのソロ・ワークス、たとえば、サウンド・エフェクトやギター・ノイズを放り出しただけみたいな内容の『身代金』サントラや、単純に楽曲を提供しただけみたいなレベルに止まる『スティグマータ』サントラなどから、推測できる。そういった杜撰さ(適当さ)をカヴァーするために、あるいはバンド編成によるダイナミックな演奏が、必要なのではないだろうか。

 とはいえ、かつて「ゴッド」という曲のなかで〈神は知っている、僕が救われえない人間だということを〉とうたった人間が、同じ人間が、このアルバムの8曲目「アイム・レディ」というナンバーで〈神よ僕はもう大丈夫、大丈夫、前進できる、旅立てる〉とうたっていることは、バイオグラフィをひとつのストーリーに見立て、眺めた場合、やや感動的なモーメントであったりもするのだが、いや、ごめん、ほんとうにすこし泣けてくるのだが、それはそれで、やや感情移入しすぎというものである。しかし、ビリー・コーガン痩せたよね。写真いじってんのかな。それと上半身の裸とか、これまであまり表に出さなかった気がするのだけど、ブックレットでは脱いでる。そこらへん、美意識というか自意識に多少の変化が、現れているのかもしれない。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽。
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