ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2007年07月22日
 仁義S 4 (4) (ヤングチャンピオンコミックス)

 この件については、もうちょい、詳細に検討する余地があるかもしれないが、おそらく80年代の終わりから90年代の半ばまでを舞台とする『あばよ白書』あたりを境に、立原あゆみのマンガでは、スーツ姿のではなくて、スカジャン系のヤクザがメインを張ることが多くなった。それというのはもちろん、作者の世界観(これは、ほとんどの作品に共通しており、東日本の一方には風組があり、一方には関東一円会があり、相対するようにして西があり、『週刊少年チャンピオン』全盛期の編集長と名前を同じくする壁村耐三が、全国のヤクザにカリスマとして崇められている)における、世代交代を表しているわけだけれども、しかし『あばよ白書』の主人公が、ヤクザになるため、暴走族時代には愛用していたスカジャンを卒業し、スーツを着用するようになるのとは異なり、90年代の終わりから00年代にまたがる『東京』や『弱虫(チンピラ)』の主人公たちが、スカジャンのまま、ヤクザの世界で成り上がりを達成してゆくのは、結局のところ、子供と大人の境界線が曖昧になってしまったこの国の現在を反映しているのであって、それと並行しながら、各々の作品では、日本人という総体からイデオロギーやイズム、プリンシパルが消失されることへの憂慮が、通底音となり響き渡っている。ここで思い出したくなるのは、80年代後半を出発点とする『JINGI(仁義)』(注・ここでは便宜上『仁義』と表記させてもらいます)の存在である。無印の『仁義』とは、そもそも学生時代に極左のテロリストであった主人公のひとり義郎が、資金集めのためなら手段を選ばぬ組織に違和を覚え、自らのアイデンティティを見失ったところで、もうひとりの主人公でヤクザの仁に出会い、彼のその、任侠という抽象的なものを心から信じ、命を捨てることも厭わぬ姿勢に、感化され、コンビを組み、バブル期の経済を手玉に取って、フルに活用し、先行する世代の腐敗を粛正してゆく、という話で、もしかするとそこからは、この国における近代的な価値観の、善となる部分が、悪であるような部分を取り除く、式の構図を見てとれる。もちろんこうしたとき、日本の近代性はヤクザの社会と一致しているわけだが、もはや、そのような理念すらも有効ではない時代にあって、はからずも制度から漏れてしまった人間は、いったい何を頼りに生きればいいのか、この寄る辺のなさこそが、スカジャン系のヤクザとなって、いま現在の立原マンガには現れている、と考えたい。じじつ、『東京』では、自分が何を為すべきかわからない主人公の迷いが、結果として、多くの弱者を救うこととなるのだし、『弱虫』では、生きる意味を持たない主人公のアパシーのせいで、周囲の人間が次々と死んでゆき、死の輪郭だけがエモーションをつくりだしている。では、『仁義S(じんぎたち)』の主人公アキラの場合はどうか。両親の存在が無いに等しく、主人公が根無し草的であるのは、この作者にお馴染みのものではあるが、『本気!』初期や『仁義』無印のイケイケ破滅型とは違って、確たる目標や信念を備えておらず、ただ気運に流され右往左往するのみ、そうした消極性は『東京』や『弱虫』と同様だといえる。その点がじつは、作品を物語のレベルで見たさい、カタルシスの乏しさに繋がってしまってはいるのだけれども、テーマとしては、過去作のちゃんと延長線上が目指されている。べつに自作の(作画やプロットの両面において)コピーとトレースばかりを繰り返しているんじゃないのだよ、立原先生は、たぶん。ともあれ、先に述べたとおり、立原あゆみのヤクザ・マンガはみな、同じ世界観を共有しており、それぞれの作品の登場人物同士がニアミスしたり、他の作品にゲストとして招かれたりするケースは、これまでにもすくなくはなかったわけだが、『仁義』から『仁義S』への直截的な主人公の交代において、それが両者の時代と世代とを対照する関係になっているのは、重要なポイントであろう。と、ここからようやく、この4巻の内容に触れるのだけれど、いやあ、元テロリスト義郎の十八番、時限爆弾でもって一気にケリがついたのには、まあレアなパターンではないとはいえ、さすがに驚かされたぜ。『仁義』無印時代の仇敵である合同や美里を揃えたとたん、これだもんなあ。どこからどこまでが伏線で、どこからどこまでがたんなる閃きなのか、一概には判断できない力業は、相変わらずである。かくして義郎と仁の一時的な訣別にも終止符が打たれ、ふたたびひとつにまとまった墨田川会の、その再編のおり、今回の騒動の活躍によって、アキラは、七ッ山組組長代行に就任、敵対組織と関連する大学病院潰しの大仕事を命じられる。こうした展開は、ヤクザと医者を兼ねる大内とのコンビが、今後に生きてくることを予感させる。他方、誰の子かもわからぬ赤ん坊を出産した女性を、それでも女房にしようと決意するアキラの姿には、今日的な家族の再編といった課題が与えられているようにも思われるのだが、その女房がさあ、アキラに感謝の印としてプレゼントするのは、やっぱりスカジャンだった。

 3巻について→こちら

・その他立原あゆみに関する文章
 『極道の食卓』
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『ポリ公』2巻について→こちら
 『月の教室』について→こちら
 『喰人』1巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(07年)
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