ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2007年07月15日
 この5巻にきて、ようやく切なさの指数が高まってきた、という実感を南波あつこの『スプラウト』から受けとるのは、メインである実紅と草平の立場が、ともすると、かなわない両想い、に見えなくもない状態へと変化しているためである。これまでのストーリーにおいて、作中の目線は、片想いに終わるしかない実紅の気持ちを汲みっているにすぎず、マンガの内容は、いってしまえば、登場人物たちの関係性を描くものではなかった。そのため、学校生活や周辺のあれこれ、賑やかな下宿人らの存在も、ただ視界の片隅に置かれているような背景でしかなく、つまり実紅の感情の動きにのることこそが、物語を読むにあたっての前提であり、ときにはフラストレーションを覚えざるをえない条件であったわけだけれども、ここでの展開によって、そうした制約は解除されている。言い換えると、ヒロインの心理を押しつけるものから、登場人物たちの関係性を描くものへと、作品の性質は移行しているのである。草平の入院を機に、彼が大切にしているのは自分ではないという事実を、あらためて思い知らされた実紅は、この恋を断念しようと決め、辛いながらも平静を装い続けるのであったが、しかし、あるとき彼の発した一言に堪えきれず、泣き、その涙に草平は動揺させられる。そればかりがきっかけというのではないのだろうけれど、ほとんど磐石だと考えられていた草平と彼の恋人みゆの関係に、より正確を期せば、草平のみゆに対する接し方に変化が現れはじめている点に、ヒロインの内面だけをフォローするにとどまらない、目線の拡がりを感じられる。翻って、これまでに培われてきた実紅と草平の親密さというのは、まあ、実紅の場合は、片想いという好意で説明がつくにしても、草平の側からすると、彼のおおらかな性格以外に理由が見当たらず、偶々ひとつ屋根の下で暮らすことになったから、だけでは、さすがに短絡的だし、安すぎるだろ、と指摘のひとつもしたくなるところで、このたび、共通する性格からくる感情(これは恋愛感情をいうのではない)の共有という、おおきな動機づけがなされている。それもまた、実紅にのみ焦点を絞った状態では、発現しえなかったものであり、要するに、こうした事柄の数々が、マンガそのものから受ける切なさの指数を高めている、のである。

 4巻について→こちら
 2巻について→こちら
 1巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(07年)
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