ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年07月01日
〈なら、世間て・・・・敵か?〉〈・・・クソや〉。尊敬していた父親を信じられなくなった甲斐は、いよいよ輝一の本格的な参謀役として活躍しはじめる。周囲の人間を巻き込まずにいられない輝一の激しい感情は、結果として児童売春の犠牲者である同級生みさとを救うような、そういう国家権力との戦いへと移行する。マスコミのカメラが、次々と大人たちにハンマーを振り下ろす輝一の姿を追う。かつて日本中を揺るがした、たったひとりの小学生が、停滞し閉塞した日本を、再び動かそうとしている。

 言うまでもなく、世界はクソである。が、しかし、そうしたクソであるところの世界でしか生きられない自分とは、いったい何なのだ。と、まるでゴミのような理屈で悩むのは簡単だ。しかし輝一は迷わない。あくまでも「気に入る」「気に入らない」という直感のレベルでもって行動している。クソのような連中をぜんぶ駆逐すれば、世界はクソでなくなる。それは余計なノイズを含まない分だけ、純粋であり、あるいは真実に近しい。そういった言い切りみたいなものがそのまま、「キーチ!!」というマンガの説得力となっている。

 ところで新井英樹の作風に宿っている暑苦しさというのは、主人公以外の登場人物を駆動させるモチベーションがカーニヴァル(2ちゃんねる)的なドライヴ感でしかない、そのような俗っぽさを、どこまで意図的なのかはちょっと断定できないが、しかしダイレクトに描いてしまうからなのだと思う。輝一に目をつけられ、敵対する大人たちも醜いが、輝一に感化され、行動をともにする大人たちもまた醜い。つうか、生きることの意味はともかく、覚悟と責任を、誰が誰に教えるのか。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ。
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