ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年06月29日
 徹底抗戦!文士の森

 他人の論争が気にかかるのは、基本的に野次馬根性の働きなんだろうけれども、この『徹底抗戦! 文士の森 実録純文学闘争十四年史』ぐらいの勢いでもってやられると、自分のなかにいる下世話な野次馬さんはしゅんとしてしまう、そのかわりに、文学が文学でありうることの理由が、小説や批評とはまた違った形で提出されているようで、笙野頼子という作家の、真摯さであったり切実さであったり誠実さであったり危機感であったり、そういった態度の有り様に、素直に素直に感服してしまうのだった。

 訴えの中心である、大塚英志がサブ・カルチャー化する某文学誌に取り入り、モラルの欠いた行動によって、そこから笙野を追い出したという言い分は、必ずしも真実と完全合致するものではないのかもしれないが、しかし、そこに含まれている様々なトラブルの因子は、文学という手段がある種の時代性によって桎梏されることと密接に繋がっており、それに対し、見て見ぬふりをしたり、冷静を装ったりというデタラメだけは、きっちりと避けられている点が、論旨の強度となっているのだろう。

 個人的には、大塚の前提である商業的な数の倫理としてのサブ・カルチャーと、笙野の弱者の側に立つ文学という名のレジスタンスとが、対話として噛み合わないのは当然のような気もするのだけれども、たとえば規制的(支配的)なコードを破る力について考えるのであれば、笙野のほうにこそ強く感情移入したくなる。あるいは、サブ・カルチャーが、もはやサブ・カルチャーとしては機能しないこの時代において、核心に置かれるべき重要な問題が、ここには表明されている。入り口である。出口がどこかはわからない。が、しかし、だから多くの方に是非とも読んでいただきたい。いや、これ、すごい、悩まされる。

 この本に収められている「女、SF、神話、純文学〜新しい女性文学を戦い取るために〜」は
 ネット上でも読めます→こちら 「女性の著作権を考える会」(Articlesのところ)
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書。
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