
恋愛をする際の基準に関して、そのヴァリエーションはともかく、極端なほど大雑把に分類するのであれば、絶対評価的な恋愛と相対評価的な恋愛のふたつになるのではないか、と、そのようなことを椎名軽穂『CRAZY FOR YOU』は教えてくれる。余談になるが、絶対評価的な恋愛の立場においては、ほんとうの愛はある、と言い易いが、相対評価的な恋愛の立場においては、ほんとうの愛はない、と言い易い。
次巻でラストだからなのだろう、この巻では、さまざまな展開がぱたんぱたんと折り返す。ヒロインの幸は、ユキちゃんに対する一方的な慕情のために、赤星くんとの恋愛に踏み切れないでいる。幸の友人である登場人物たちが言うように赤星くんは〈ユキちゃんと比べて なんか劣ってるとこでもあんの?〉〈逆に言うとさ 赤星よりユキちゃんが勝ってんのって一体どこ?〉〈まあさあ 一般的には 10人中8人位はユキちゃんより赤星のが いい男だと思うんじゃないのぉ?〉であり、こちら読み手の側からみても、赤星くんは容姿言動ともになかなかの男前である。もしも自分に彼氏がいないとした場合、ほとんど拒否する理由が見あたらない。だから、この巻以前では、幸は赤星くんとの恋愛を真剣に考えようと努力する、その努力は、すなわち絶対評価的な恋愛から相対評価的な恋愛へと移行するための努力である。
しかし結論からいえば、報われる報われないといったジレンマを切り捨ててまで、幸がとるのは絶対評価的な恋愛である。赤星くんの良いところはたくさん挙げられる、そういったレベルでみると、なぜ幸がユキちゃんに好意を寄せ続けるのかは、不明瞭である。それこそフィーリングといった言葉以外では表せないものだろう。だが、それは裏を返せば、なぜならこうですよといったロジックでは解決しないがゆえに、恋愛が、感情を向けるべき相手が、代替不可能であるという意味で、絶対になりうるということである。
このマンガの切なさは、皆が皆それぞれ相対評価的な恋愛に落ち着けば、それなりに大団円であるような風に進みながらも、けっしてそうはならず、1人の人間の視線がべつの1人の人間へと固定される、そのような場面で強く働く純粋さだけをただ、信じるところからやってきている。
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第3巻についての文章→こちら
第2巻についての文章→こちら