ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2017年07月15日
 冥銭のドラグーン(3) (講談社コミックス月刊マガジン)

 日本史のIF(もしも)を描くことは、『山賊王』や『遮那王義経』を通じ、沢田ひろふみのお家芸になりつつある。『冥銭のドラグーン』では、もしも大阪夏の陣(1915年)で真田幸村が徳川家康を討ち取っていたのだとしたら、引き続き徳川方と豊臣方に分かれたままの争乱は、いかなる道筋を辿るのであろうかが創作されている。主人公は、真田大助幸昌(真田幸村の嫡男)の幼馴染みということになっている鏡風太である。風太の非凡な閃きが真田家に奇跡的な戦略と勝利とをもたらしていくのであった。1巻の冒頭に意図されているとおり、『冥銭のドラグーン』は、日本史の大幅な改変を厭わない。あくまでもファンタジー、ファンタジーとしての日本史と換言できるものであって、風太の存在は、これがファンタジーであることの象徴にほかならない。3巻では、真田家の四女、アグリに他人の考えを見透かせるかのような特殊な能力の備わっていることが示唆される。こうしたファンタジーの力学が、本来なら大阪夏の陣を境に敗者の側へと回されてしまう真田家を史実とは異なった運命に導くのだ。が、着目されたいのは、ファンタジーであるがゆえの設定を発展させることで(実際の年齢で数えてみてもまだ若い)風太や大助の姿に少年マンガならではの逞しさや純粋さを与えている点だと思う。それは一癖も二癖もある大人たちの仕掛ける策謀を風太と大助がなんとか跳ね返し、なんとか跳ね返したことの結果が彼らを次のステージにアップさせ、現実とは別個の日本史を屹立させるという物語の構成に明らかとなっている。題名にある『冥銭のドラグーン』とは、おそらく、六文銭(冥銭)を家紋とした真田家の騎兵たちに量産した八連発の鉄砲を持たせるという風太の着想に由来している。それは2巻で〈今まで誰も見た事のない最強の銃騎兵軍〉だとされ、プロト・タイプとすべき成果が3巻において〈炎を噴く龍が現れた如くに〉と形容される。もちろん、当時としては未曾有の戦力が誕生しうるかもしれない可能性もまた、日本史のIF(もしも)であることの産物だろう。
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