ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2017年05月29日
 チカーノKEI〜米国極悪刑務所を生き抜いた日本人〜 1 (ヤングチャンピオン・コミックス)

 1980年代、ハワイのホノルルで逮捕され、〈受刑者2千人超 終身刑や危険で凶悪な囚人が行き着く―― アメリカで最高危険ランク「レベル5」のランパーク刑務所に収監された〉ヤクザの日本人、ケイが、そこで一大勢力を築いているメキシコ系のギャング、チカーノの諍いに巻き込まれることで次第に頭角を現していく。マサシの『チカーノKEI ~米国極悪刑務所を生き抜いた日本人~』は、原作者であるKEIの自伝的なフィクションとして描かれている。が、少なくともこのマンガの場合、描かれていることがどこまで真実に沿っているのか、どこまでリアリティがあるのかは、さして問題ではない。不良の自慢話の大抵が内容を盛っているのと同様、それは信用したり、重要視すべきものではないのである。しかし、それでも『チカーノKEI』の1巻が魅力的になっているのは、他の二つの理由による。一つは、アメリカという多人種の文化圏に渡った一人の日本人が、その社会とは異なった価値観を手に奮闘しながら、周囲に一目置かれるほどの活躍を果たす式の筋書きにある。こういった筋書きは、たとえば西部劇の世界に登場した侍が、すぐれた剣技や体術、そして、日本人ならではの倫理を通じ、たくさんの人間のピンチを救ったり、幾多の困難をくぐり抜けたり等、フィクションによくあるパターンのヴァリエーションにほかならない。つまり、様式的であるがために魅力的でもある面を備えているのだ。もう一つの理由は、手段と空間の限定された特殊な状況におけるサヴァイヴァルになっている点であろう。刑務所を舞台にした囚人の権力抗争もまたフィクションによくあるパターンのヴァリエーションだけれど、それが『チカーノKEI』ではアメリカの巨大で凶悪な刑務所を題材にすることで、人種間の差別や対立、殺人すら厭わぬ暴力が露骨になっており、殴り合いがすなわち死に直結するようなバトル、ヴァイオレンスを通じ、明快な展開が生まれているのであった。ここでさらに見ておきたいのは、タフであることと日本人であることとが主人公であるケイの立場をレアにしているのだが、前者の特性は、あくまでも後者の特性に属していることである。ケイは、作品内で唯一のマイノリティであるにもかかわらず、体格にハンデがあるにもかかわらず、なぜ過酷なプリズンを生き延び、頭角を現していくのか。ケンカの場面には、精神論や根性論が作用しているとしか思われないところが多い。とはいえ、その精神論や根性論を抜きにしてしまったなら、アメリカの刑務所に異物として放り込まれた主人公の役割は消え失せてしまう。反面、精神論や根性論が突破口となればなるほど、海を渡った日本人のテーマにわかりやすさが増す。このことは(現時点では)『チカーノKEI』の強みでもあり、弱みでもある。
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