ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年06月17日
 タッチ 1 完全版 (1)  タッチ 2 完全版 (2)  タッチ 3 完全版 (3)

 映画公開にあわせてか、連載当時のカラーページを再現して、順次刊行となる完全版。僕が『タッチ』を買うのは、これで3セット目である。ばかなのか。へへへ。でも、ワイド版よりもサイズが大きいので、落ち着いて読めるという利点は、すばらしい。

 というわけで、序盤をひさびさに読みかえした。個人的には、柏葉監督代行が登場してからが好きなので、あんまり最初のほうは読まないのだけれども、こうして読んでみると、やっぱりおもしろい。とくに、あだち充はいつ和也殺しを決めたのか、という点で、ひじょうに引きつけられる。

 僕の推測では、それはけっこう早い段階に想定されていて、第15話ぐらいなのではないかという気がする。第15話は、篠塚かおりという美少女が達也と和也と南の三角関係に介入し、それぞれの想いを複雑化させるといった具合で話が進み、和也が南からもらったあの〈めざせカッちゃん甲子園!〉という色紙を見て、甲子園優勝を夢想するという2ページによって閉じられる。その夢想のなかで、南はつねに達也と行動をともにしている。ここらへん、ただ和也の内面が表現されているだけだといえば、それまでだが、後々の展開を考えると、すこし暗示的である。

 また20話で、周りに気を遣いすぎる和也に向かって、南が〈長生きしないよ〉というあたり、その後の和也の運命を知っている現在から振り返りみれば、すでに死の匂いが漂っている。

 さらには、達也の野球センス(ポテンシャル)が読み手に対して、目に見える形で提示されるのも、ちょうどその時期である。

 だが、もちろん、その後すぐに和也は亡くなるわけではなく、達也は野球ではなくて、ボクシングを部活動として選ぶことになる。『タッチ』は『あしたのジョー』へのオマージュだ、という説が一部にあるが、あだち充は執筆当時、『タッチ』を少年マンガという枠組のなかで、どのような方向に進ませるか、まだ模索段階にあったのではないだろうか。それは、野球マンガとして成立させるか、それともボクシング・マンガとして成立させるか、という部分での迷いとなって現れている。

 『タッチ』は『みゆき』とほぼ同時の連載であったことも重要だ。『みゆき』は、近親相姦的なタブーを扱っていたわけだが、『タッチ』の場合は、ともすれば同一女性をめぐる骨肉の争いみたいなものになる可能性もあった。そういった恋愛に関する泥沼的なシチュエーションは、70年代半ばから80年代半ばにかけての、たとえば大映ドラマの大仰さが一般受けしたことからもわかるように、当時にしてみれば、スタンダードな表現様式であったとさえいえる。その部分を、コミカルなノリで押し切ったのが、あだち充の先駆性であったわけだけれども。

 この完全版、あだち充が当時を振り返ったエッセイがカバーについている。これがもうちょい多い字数であったならば、資料として、言うことはなかった。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ。
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバック